ペンス対中演説をどう読むか¹

中山 俊宏
冷戦が終わり、文明の主流はリベラル・デモクラシーの側にあるという確信がフランシス・フクヤマをして「歴史の終焉論」を主張させた。それを「歴史の終焉」と形容したのが正しかったのかどうかはさておき、世界政治がある一定の方向にむかって「収斂(converge)」しつつあるという感覚は多くの人に共有されていたといえよう。
この歴史の終焉論は幾度となくチャレンジされた。まずは90年代、冷戦構造の軛から解放された国々が、内部に抱え込んでいた矛盾を制御しきれなくなり、音を立てるかのように壊れていった。国家が融解し、紛争が国境を超えて隣国に流れ込み、世界は破綻国家の問題に向き合わざるをえなかった。この時、「歴史は終わっていない、『文明の衝突』がこれからの世界政治の基調となっていくのだ」という主張がなされた。
フクヤマの歴史の終焉論は、物理的時間の経過として歴史が終わる、という主張ではなかったことはいうまでもない。それは、個々の事象を大きな歴史的物語と関連づける意味がなくなるという意味で、比喩的に「歴史の終焉」を主張したに過ぎない。その意味で、破綻国家が悲惨な状況を生み出し、それが内戦の国際化、そして地域の不安定化につながっていっても、少なくとも思想的には超然としていられた。つまり、ある局面で、ある特定の地域の人々が悲惨な状況に陥っていることと、大きな歴史の物語は別の局面で進行している事態だと。つまり、それは世界の周縁で起きている事態で、それが取り込まれるか、置き去りにされるかはわからないが、世界史のメインステージで進行している事態とは無関係だと。
2001年9月11日、アメリカの中枢に対するテロ攻撃を受けて、やはりこれで「歴史の終焉」という状況認識に終止符が打たれるだろう、と考えた人は少なくなかった。9月11日の朝、旅客機が世界貿易センターに突っ込んだ瞬間、「対テロ戦争」の時代がはじまったと。あの瞬間、アメリカはこれまで感じたことのなかった恐怖感をいだくとともに、「歴史的使命」を再確認し、歴史の歯車が回転しだす音を感じ取っていた。しかし、振り返ってみると、「対テロ戦争」は、明らかに戦い方を間違った戦争だった。その戦争は部分的にいまでもアフガニスタンとイラクで続いているが、その意味は定かではない。ブッシュ政権は、対テロ戦争をまさに「歴史的闘争」と定義したが、それゆえにアメリカ自身の過剰反応を引き起こしてしまった。
このころからまた別の文脈で、歴史の復活が唱えられるようになる。象徴的には、ロバート・ケーガンの『歴史の復活と夢の終焉』(2009年)があげられる。フクヤマの議論を意識しているのはそのタイトルに明らかだ。それは大国間政治の復活を見通し、国家が歴史的闘争を繰り広げる時代を予感させるものだった。ここでケーガンがいう「夢」とは「世界政治がある一定の方向にむかって『収斂』しつつあるという感覚」だ。
しかし、フクヤマの歴史の終焉論が「流行り」でなくなった後も、この「夢」は以外にしぶとかった。少なくともブッシュ政権が繰り広げた「対テロ戦争」は、歴史がすんなり終わらないならば、自らの力でねじ伏せ、歴史を終わらせて(=中東の民主化)しまおう、という論理だった。
冷戦後、中国は歴史の終焉論にすんなりは組み込めない、一貫して厄介なアクターだった。ナショナル・インタレストに論文「歴史の終焉?」が掲載された1989年、まさに「歴史の終焉」とは逆行する天安門事件が起きている。その後も、国際社会の最大の課題のひとつは、どうやって台頭する中国をこちら側に引き入れるか、だった。しかし、中国を国際社会に引き入れながら、その台頭を好ましい方向にシェープ(形づくる)できるという前提が崩れることはなかった。それは「責任あるステークホルダー」や「戦略的再保障」と、名前を変えながらも引き継がれた。
しかし、ちょうどケーガンが「歴史の復活」を唱えだした頃だろう、中国をこちら側に引き入れることができる、というそもそもの前提が誤っている、という対中強硬派が一貫して展開してきた議論が、メインストリームの言説の中に入り込むようになってくる。その代表的な例は、ジェームズ・マンの「チャイナ・ファンタジー」だろう。もはや、中国がすんなりこちら側にくるという幻想を捨てなければならない、というのがマンの主張だった。しかしその後も、中国に対する疑念は高まりつつも、アメリカは完全に舵を切ることはなかった。こうした方向性を支えていた基本認識は、「中国は冷戦時代のソ連とは違う、それはアメリカにとって実存的な脅威ではない、ソ連とは本格的な貿易関係がなかったが、中国とはお互いに輸血し合っているような状態にあり(それは時に経済的MADと呼ばれた)、それは米中双方にとって大きなプラスの可能性である、そして、それをテコに米中関係を制御していけば、プラスサムの関係を構築しうる」、こうしたことが前提となっていた。
前書きが極端に長くなってしまったが、この基本認識にチャレンジしたのがペンス演説だという読み方ができる。米中関係は、実は経済的な関係があるからこそ厄介である、ペンス演説にはそうした認識が明確に示されていた。これはアメリカの対中戦略の前提を大きく変えかねない。「中国と経済関係を維持することで、兵器に転用されかねない最先端技術が流出していく、中国の中産階級は潤っていくのに、アメリカの中産階級はますます転落していく、中国は開かれたアメリカ社会の脆弱性を一方的に悪用している」、こうした対中認識がはっきりとうかがえた。ペンスがハドソン研究所で演説した翌日、ラリー・クドローNEC委員長は、「中国と対抗するための通商有志連合(trade coalition of the willing to confront China)」の構築の必要性を訴えている。「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に「非市場経済国(NME)」と自由貿易協定(FTA)を結ぶことを禁止する条項が盛り込まれているが、これは中国が変わらないならば中国との関係を断つという脅しと同時に、「対中通商有志連合」構築の意味合いがある。
この対中認識が正しいのか、仮にその認識が正しいとしても、それに対処するための方針がペンス演説に示されているかといえば、それはまだはっきりとはしない。しかし、ペンス演説は、ワシントンポスト紙のジョシュ・ロギンが指摘するように、トランプ・ホワイトハウスの中にある様々な中国に関する立場を融合させたものであるがゆえに、内部からの切り崩しにはあいにくく、それゆえに一定程度継続する可能性がある。さらに、もし中国の台頭に待ったをかけるとしたら、今しかないという切迫感がある。ひとつの大きな疑問符は、ペンス演説との関連で、トランプ大統領自身が明確に立場をとっていないことである。副大統領が、ここまで明確に中国を脅威として位置づけたということは普通ならば後戻りできないはずである。それゆえに「第二のフルトン演説(鉄のカーテン演説)」というような言葉も飛び交っている。しかし、この政権の場合、どこまでそれがあてはまるのか、とりあえずはブエノスアイレスのG20サミットで予定されている米中会談の行方を見守るしかない。
(了)
- ペンス演説そのものの詳細な解説については渡部恒雄「ペンス演説はアメリカの対中戦略の転換を示すものか?」を参照。