アメリカの議会政治の可能性-議会フェローの経験から
寺井 綾乃
上院議員事務所の外交政策担当フェローを務めた。
民間議会交流団体で日米議会交流事業を担当、
時としてアメリカは“the great experiment(一大実験)”と言われる。建国以来アメリカは、南北戦争や様々な国内の分断を経て“a more perfect Union(より理想的な連邦国家)”とより良い民主主義の体現を目指してきたが、今日テレビをつければ毎日のようにアメリカの政治の混沌が目に入る。連邦議会はgridlock(行き詰まり)状態、アメリカ人の議会への支持率は30%にも満たないと言われ1、2021年1月6日に起きた議会議事堂襲撃事件以降はアメリカにおける民主主義の衰退が国内外で懸念されている。
私は2022年〜2023年、初代笹川平和財団(SPF)-アメリカ政治学会(APSA)フェローとして米国連邦議会で勤務した。ワシントンDCの丘の上に連邦議事堂や最高裁判所等が立ち並ぶ地区、通称Capitol Hillで議会スタッフ(補佐官)と机を隣にし、議員活動を支え、メディアを通さない直の政治の空気に触れた8ヶ月は、上記のような政治・議会への懐疑の念やシニシズム、期待感の低下が社会に存在している中で、かえって私に「アメリカの議会政治の可能性」を気づかせてくれた。なんともナイーブ、理想主義だ、と指摘されるのを承知の上でこのようなことを自信を持って言えるのは、①党派を超えての協力、②強い気概を持つ議会スタッフの存在、そして③共通の思い・ビジョンを有する人が議会に集まったときのエネルギー及びその熱量が生み出す可能性、を自分の目で見て感じたからである。
未だ存在する超党派での協力
最近は民主党と共和党で合意できるイシューといえば対中政策くらいしかないし、同じ党内でも中道派と極左・極右での意見の相違が深まっているのは確かである(本論執筆時の、新年度予算をめぐる政府閉鎖の攻防が良い例である)。しかし、メディアや表舞台から見えないところでは超党派での協力が行われ、常に模索されているのも事実である。多くの議員連盟は民主・共和両方の議員がそれぞれ共同で長をなし、勉強会やミーティングを通じて共通の関心事項の政策立案・議員立法に取り組んでいる2。また、超党派の議員団で一緒に外遊もする。寝食を共にし、長時間のバス移動中会話をする中で、議員同士の信頼関係が構築され、共通の関心イシューの発見につながる。
昨今アメリカ社会では、政治的イデオロギーとして対立する場合、相手を「敵」として扱う風潮があり、議会において党の垣根を越えた友情・関係性を作る機会が少なくなってきていると聞く。しかし、フェローシップ中、カメラのないところで超党派で物事を動かそうと奮闘する議員や同僚の姿を毎日のように目にした今、議会でのbipartisanship―党派を超えての協力―は未だ消え失せてはいないと考えるのだ。
議会の原動力となる議会スタッフ
そのような超党派での取り組みは議員レベルで行われることも多々あるが、多忙な議員に代わって、アイディアを法案に落とし込むいわゆる実務を行うのは、アメリカ中からやってきた若き議会スタッフたちである。首都ワシントンの下院議員事務所には15人ほど、上院議員事務所では30人ほどが勤務し、地元のスタッフと連携しながら有権者対応、広報、政策立案に至るまで幅広い業務を行っている。約1年前に下院スタッフの最低年収が$45,000に改定されたものの3、物価の高いワシントンにおいて議会スタッフの給料は決して良いものとはいえず、多くの場合議会で働くということは減給になるだけでなく、真夜中まで投票が行われるなど長時間勤務は当たり前である(数年前は一番エントリーレベルと言われるスタッフアシスタントの給料は$30,000前後で、家賃を払えないために夜レストランで勤務するなど兼職するケースも多かったという)。また、インターンとして地元の議員の事務所に入り、その後議員の右腕である首席補佐官まで上り詰めた人、シンクタンクや産業界で分野のエキスパートとして外から政策に関わってきた人、法を施行する側の行政府で外交官や公務員として勤務後に法を作る側の立法府に移ってきた人など、議会スタッフのバックグラウンドは多様である。
そんな中多くのスタッフに共通する点は、皆仕事に対する強い矜持と、本人もしくは議員が考えるアメリカや世界のあるべき姿の実現に向かって、日々アイディアの種を拾い、奔走し、たとえ壁に直面しても諦めない強い気概を持ち合わせていることである。ある首席補佐官は、「どんなにくたくたで夜遅くに帰宅しても、誰かのため、公共益のために仕事ができ、貢献できているのかなと思えると次の日も頑張れる」と言っていた。議会スタッフはよくambitious(野心的)と呼ばれるが、結果を追い求め、一見困難に見えてもチャレンジする彼ら・彼女らのあくなき挑戦心、気概、公共益のために働いているのだという矜持が、議会での原動力となっているのではないかと感じるのだ。
変革への熱気に包まれる議会
そんな彼らが勤務する議会は、「社会を、国を、世界を変えたい!」という様々な思いをもってアメリカ国内のみならず世界中から集まった人々の熱気に包まれている。永田町の議員会館とは異なり誰もが入れる開かれた4ワシントンの議員会館は、陳情にやってくる有権者や外部団体でごった返し、食堂はイベントやブリーフィングでやってきたシンクタンクの有識者や、法案をブレインストームし、協賛者を探すスタッフやロビイストの会話で賑わう。そんな議会は様々な人・団体・アイディアの宝庫で、それらを引き寄せ、結びつけることができる求心力に溢れた場なのだと感じた。
ただ、アイディアとしては正論であっても全てを実現できるわけではない。それを政策にするプロセスが政治であり、議会である。常時変動するステークホルダー間の関係性、各々の思惑、そして政局など、様々な要素が交差する議会にて物事を進めるには、議会内外のステークホルダーを巻き込むことができるネットワーク。中長期的にどうゴールまで持っていくかの戦略。思うように物事が動かない時も諦めない忍耐力。立ちはだかる様々な壁を乗り越えられる突破力。風向きが変わった時の政局を見極め、それに沿って方向転換を考えることができる政治力。そして政治という様々な利害関係が交錯する世界の中でこの人なら信頼できると思わせる人間力が必要である。
とはいえ、羅列は出来てもそれぞれ決して容易なことではない。しかし、強い信念を持つ議員、その信念を実行に移すスタッフ、そして政治の可能性を信じ、政治の力で人々の生活、そして世界をより良い方向へと変えていきたいという志を共有する様々なステークホルダーが集まり、共に物事を成し遂げようとするエネルギーは、議会という特有の場でしか感じられず、その熱量によって作り出される可能性は無限大なのではないか、と思うのだ。
議会政治=the Great American Experiment?
上記のような考えは今日のアメリカの実情から乖離しており、あまりに理想的で楽観的過ぎるかもしれない、というのは私も認識している。実際、故中山俊宏先生の言葉を借りると、(アメリカにおける)「政治とは相手を理解することであったり、合意したり、妥協を取りつけること」だった昔に比べて、「いまの政治においては、原理にこだわり、譲歩をしないということが、『強さ』として語られ」5ており、それが米国議会に存在していることは否めない。しかし、もしもアメリカが終わりのないthe great experimentであるのなら、そして今まさにa more perfect Unionを目指しもがいている最中であるのなら、どんなに格好が悪くて混沌としていても、私はアメリカにおける議会政治の可能性を信じ続けたいと思うのである。
フェローシップ前も、社会のために役に立てるような人間になりたいという思いは漠然とは持ってはいたが、議会フェローとして、政策の影響を受ける有権者やコミュニティに属する人々と直に接し、政策がどのようにして議員やスタッフをはじめとする一人一人の努力によって作られているかを垣間見た今、今後の人生、どのような形であれ公共政策に関わっていきたいとの思いを強くした。フェローシップ後はまずは行政府という場から議会を見ることになる。SPF-APSA米国連邦議会フェローとして得た連邦議会制度や政策形成プロセスに関する知識と個人的に強く感じた議会への希望は、キャリアにとどまらず、一個人としてアメリカという国に関わり、一市民として政治参画へのあり方を考える上での糧となるであろう。このような貴重な機会を与えていただいた笹川平和財団の皆様及び関係各所に、この場を借りて心より感謝の気持ちを申し上げたい。
(了)
<募集中!> 2024年度 SPF-APSA米国連邦議会フェローを募集しています (募集締切:2023/12/15) |
▮ 派遣期間:2024年9月~2025年8月 ▮ 派遣先:米国ワシントンD.C. ▮ 募集人数:合計2名 ① 研究者カテゴリー:1名 ② 実務家カテゴリー:1名 |
---|---|
募集情報の詳細はウェブページからご確認ください。 | https://www.spf.org/jpus-j/fellowship_a/apsa-fellowship-application.html |
- “Congress and the Public,” Gallup <https://news.gallup.com/poll/1600/congress-public.aspx>, accessed on October 9, 2023.(本文に戻る)
- 米国議会には、諸外国との交流を主目的とする議連から、シンガーソングライター議連、鶏肉議連など数多の議員連盟が存在する。議連の目的・上院と下院の議連の仕組みの違いなどについてはこちらのブログ記事を参照していただきたい。このブログは著名な米国連邦議会の専門家によって綴られており、議会運営について興味のある読者の方にはおすすめである。James Wallner, “What are congressional caucuses?” Legislative Procedure, April 26, 2023 <https://www.legislativeprocedure.com/blog/congressional-caucuses-explained>, accessed on October 11, 2023.(本文に戻る)
- Lexi Lonas, “Pelosi announces $45,000 minimum salary for House staffers,” The Hill, May 6, 2022 <https://thehill.com/homenews/house/3479398-pelosi-to-announce-45000-minimum-salary-for-house-staffers/>, accessed on October 9, 2023; 議会スタッフの給与の変遷については議会調査局が毎年レポートを出している。例えば下院議員スタッフの2001~2021年の給与についてはこちらを参照していただきたい。R. Eric Petersen, “Staff Pay, Selected Positions in House Member Offices, 2001-2021,” Congressional Research Service, September 29, 2022 <https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R44323>, accessed on October 9, 2023.(本文に戻る)
- ワシントンの議員会館に入るには、空港のようなセキュリティチェックを通過しなければいけないものの、事前の議員事務所との予約は必要ではなく日本の議員会館のような受付もない。(本文に戻る)
- 中山俊宏「バイデンの政治家としての気質とその可能性」SPFアメリカ現状モニターNo.78、2020年12月15日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_78.html>(2023年10月4日参照)。(本文に戻る)