石井正子(立教大学教授)
2017.02.12
  • フィリピン南部

ドゥテルテ政権下での和平実現の見通し:ムラドMILF議長とのインタビュー

2016年9月3日、MILFダラパナン基地にて

2016年7月18日、ドゥテルテ大統領は、「バンサモロの平和と開発のためのロードマップ」を承認した。このロードマップは、連邦制への移行とバンサモロ政府設立を同時に目指す方針を反映したものである。ドゥテルテ新政権の下での和平実現の見通しについて、石井正子立教大学教授が、ムラドMILF(モロイスラム解放戦線)議長にインタビューを行った。

【バンサモロ基本法案国会不通過の教訓】

Q:バンサモロ基本法案に対する承認を国会で得られなかったことの教訓を、現政権下でどのようにいかしていきますか。

ムラド議長

 私たちが学んだ教訓の1つは、バンサモロ基本法の内容をもっと多くの人たちによく知ってもらう必要があるということです。バンサモロ基本法に対する批判の多くは、和平合意の目的についての理解が欠如していることによって生じたものです。

 また、ママサパノ事件がバンサモロ基本法に反対する人たちによって利用されたことからも教訓を学びました。あのような事件を二度と起こさないために、より効果的な対策をしておく必要があります。和平交渉が、重要な局面にさしかかった時には、このことは特に重要です。

 ママサパノでMILFやバンサモロイスラム自由戦士(BIFF)と交戦した国家警察特殊部隊(SAF)は、この地域に最近派遣されたばかりの部隊で、隊員たちは、地域の地理や状況に詳しくありませんでした。

 麻薬取締部隊は、彼らが訪れたことがない農村部でも活動します。ママサパノ事件の教訓から、ドゥテルテ新政権とは、麻薬取締作戦に関して緊密な連携をとるようにしています。連携態勢を強化するための会議もすでに開催しています。

Q:麻薬取締作戦に関する連携態勢を強化するために、「敵対行為停止合同調整委員会(CCCH)」や「臨時合同行動グループ(AHJAG)」に加えて、さらに新たな調整機構を設置するのですか。

ムラド議長

 「敵対行為停止合同調整委員会」と「臨時合同行動グループ」に関する取り決め事項(TOR)を見直して、その機能を拡大できないか検討することになると思います。

Q:バンサモロ基本法の内容をもっと多くの人たちによく知ってもらう必要があったとおっしゃいましたが、公聴会は何度も開催されましたよね。宣伝広報活動が不十分だったというのは、一般の国民に対してということですか、それとも国会議員たちに対してということですか。

ムラド議長

 両方に対してです。和平プロセスにもっと多くの人たちを関与させることも重要なポイントです。「バンサモロ移行委員会(BTC)」を拡張して、これまで委員会に参加していなかった人たちも参加できるようにすることについて、私たちはドゥテルテ新政権と合意しています。

Q:新たなロードマップによると、再編された「バンサモロ移行委員会」には、MILFの他に、「ムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)」の代表や先住民族の代表、スルタン、地方政府の代表などもメンバーに加わることが想定されています。委員会のメンバー構成をさらに多様化させるべきだという考え方に賛成されますか。

ムラド議長

 賛成です。どのような人を新たな政府側のメンバーとするかは政府の裁量にまかされていますが、すべてのグループを参加させることが重要だと考えています。

Q:MILF(モロイスラム解放戦線)側の委員にMNLF(モロ民族解放戦線)のメンバーを加えるおつもりですか。

ムラド議長

 いいえ、それはできません。私たちが「バンサモロ移行委員会」の多数派を占めている必要があります。しかしMNLFは、政府側の一員として参加することにすでに同意しています。

【MNLFとの和平合意とMILFとの和平合意の一本化】

Q:MNLFの「1996年最終和平合意」とMILFの「バンサモロ包括的合意(CAB)」を統合するための作業部会(TWG)が設置されています。これらの2つの合意における異なる自治地域の規程をどのように一本化するおつもりですか。MNLFは、1976年のトリポリ合意で言及された13の県と9つの都市に自治政府を設立することを目指すとしています。

ムラド議長

 自治地域の領域に関しては、統合は十分可能だと思います。なぜなら、バンサモロ基本法の原案には、自治地域の拡張に関する条項が含まれていたからです。そこには、自治地域に隣接する地域では、その地域の有権者の10%以上が要求すれば、対象地域に加わるかどうかを問う住民投票を行うことができ、住民投票で有権者の過半数が賛成すれば、いつでも自治地域に加わることができると書かれています。

 目的をすぐに達成できるか、徐々に達成できるかの違いがあるだけです。例えば、隣接する州を段階的に自治地域に組み入れていくことができます。MNLFとの間には、目的をどのように達成するかについては意見の相違がありますが、目的自体については、違いはないと思っています。当該地域の住民に機会を与えれば、住民たち自身が決めるでしょう。

 作業部会はすでに機能していますが、まだMNLFのセマ派にしか参加を呼びかけていません。これに対し、私たちは、MNLF内の他の派にも呼びかけをしています。私たちは、MNLFとMILFがフィリピン政府との間にそれぞれ結んだ和平合意を最終的に一本化したものを、イスラム協力機構(OIC)に提出できるようになることを望んでいます。OICが設置した「バンサモロ調整フォーラム(BCF)」は、2つの和平合意の統合を目ざすものです。

Q:リビアのカダフィが積極的だった頃は、OICは非常に重要な役割を果たしていましたが、現在でもOICがファシリテーターとしての役割を果たすことを期待していますか。

ムラド議長

 OICは今でも活発に動いています。私は、8月17日にクアラルンプールで、OICのイヤド・アミン議長に面会しました。彼は、2つの和平合意を一本化することを強く支持しています。「バンサモロ調整フォーラム」を強化すべきだという意見も述べました。

Q:OICがミスアリを「バンサモロ調整フォーラム」に招き入れることも期待できそうですか?

ムラド議長

 実はミスアリは、「バンサモロ調整フォーラム」にすでに彼の代理人を派遣しています。ただフォーラムの事務局長は、代理人を通してではなく、ミスアリ本人と直接話した方がいいという考えを私に対して述べています。

Q:私には、闘争のあり方に関して、ミンダナオとスル諸島の間の意見の違いが大きくなっているように思えます。MNLFの公式ウェブサイトは、フィリピン政府とマレーシア政府の行動は「植民地主義」だと非難しています。彼らのウェブサイトには、マレーシアは、MNLFの指導者をマギンダナオ人からタウスグ人に替えたがっているとも書かれています。バンサモロは、多様なエスニック・グループの統合体だったはずですが、当初のそうした考え方が変わってきているように見えます。

ムラド議長

 ミスアリは、マレーシアに捕らわれていたことがありますから、マレーシアに対して非常に強い反感を持っています。しかし、マレーシアに対する強い反感が、スル諸島の人々に広く共有されているとは私は思いません。

 ミスアリの問題のほかにも、バンサモロを2つの自治地域に分けようとしている政治家も何人かいます。彼らは、スル諸島諸州をミンダナオから切り離したいのです。しかし、そうした政治家たちは自分たちの利益のためにそうした動きをしていることは明らかです。

Q:その一方で、ドゥテルテ大統領は、「MILFにはバンサモロ基本法を与え、ミスアリにはスルを与えればいい」と語ったと言われています。

ムラド議長

 はい。ですが、われわれは一緒になることができると私は思っています。

【ドゥテルテ政権下での見通し】

Q:ドゥテルテ政権が新たに公表したロードマップは、連邦制に言及しています。「バンサモロ基本法は、他の地域での連邦制導入の際の『雛形』となる」というドゥテルテ大統領の発言に対するお考えをお聞かせいただけますか。

ムラド議長

 私たちは新政権に対して、この地域の問題を解決するためには、まず和平合意を実行に移すことが重要だということを強調しています。このことは、ドゥテルテ大統領本人にも伝えています。

 私たちは、フィリピン政府が連邦制を採用するという案を支持していますが、連邦制の採用そのものがバンサモロの問題の解決に大きく資するとは思っていません。まずは、バンサモロ自治政府を設立する必要があります。そのあとで、フィリピンが連邦制に移行したら、バンサモロ自治政府の機能をさらに強化して、自治政府から連邦制下で強い権限を持つ州政府に再編すればいいでしょう。政府との間の和平合意が実行されるのであれば、私たちは、連邦制の考えに反対するつもりは全くありません。

Q:ドゥテルテ政権は、和平合意を実施するのに必要な強い政治的な意思を持っているとお考えですか。

ムラド議長

 ドゥテルテ大統領は非常に人気があります。私たちは、彼の人気が高いうちに、和平プロセスをできるだけ早く進めようと考えています。アキノIII前政権下では、私たちは、大統領の任期の終盤になってから、バンサモロ基本法案を作成したり、そのための議論を行ったりしましたが、その時にはアキノIII大統領の指導力はすでに低下し始めていました。ですから、新政権下では、ドゥテルテ大統領がまだ強力な指導力を発揮できるうちに、できるだけ早く和平合意を実行に移したいのです。

Q:大統領就任前のドゥテルテ氏と行動をともにしたことはありますか。ドゥテルテ氏はあなたの友人ですか。

ムラド議長

 彼とは面識はありますが、協力したことはありません。彼がダバオ市長だった時に、何度か連絡は取り合っていました。

Q:ミンダナオ出身の大統領が誕生したことは、MILFにとって有利なことだと想いますか。

ムラド議長

 有利な面もあると思います。彼は、ミンダナオでは、フィリピン国内のどの地域よりも、治安の問題が重要であることを理解していますし、ダバオは紛争の影響を大きく受けるということもよく理解しています。

 ミンダナオ島以外の地域出身の政治家とは違って、彼はモロに対して偏見をもっていません。彼は、自分自身もモロだとさえ言っています。

【国際社会の役割】

Q:最後に諸外国の役割についてお聞きしたいと思います。残念なことに、マレーシアのファシリテーターであったアブ・ガファル・モハメド氏は亡くなってしまいました。彼の死後も、マレーシアは、ファシリテーターとしての役割を果たすことができるでしょうか。

ムラド議長

 私たちは、国際社会の関与は絶対に必要だということを新政権に繰り返し伝えています。交渉は終わったのだから、国際社会の関与はもう必要ないという人もいますが、私たちはそうは思いません。

 和平合意の実施の段階では、交渉の段階よりもさらに国際社会の関与の必要性が高まると私たちは考えています。和平合意のほとんどは、合意の実施段階で、暗礁に乗り上げています。机上で合意されたことが、実際に現場で実行されることを保証する必要があります。それを手助けできるのは、国際社会だけです。

 マレーシアは、今後も和平交渉にファシリテーターとして関与し続けると言明していますし、私たちもそう信じています。マレーシアには、亡くなった前任者の後任を務めることができる人がきっといると思います。

Q:マレーシアが、和平プロセスのファシリテーターを務めることの意義は何でしょうか。

ムラド議長

 隣国であるマレーシアは、彼ら自身もこの紛争の影響を受けてきました。この紛争のせいで、フィリピン南部から数多くの移民がマレーシアのサバ州に押し寄せています。マレーシアが、和平プロセスを支援しようと考えた主な理由も、そこにあります。

 エストラダ政権がMILFに対して全面的な戦争をしかけてきたため、MILFは交渉の再開には関心を持たなくなっていましたが、エストラダ政権の跡を継いだアロヨ政権は、MILFとの交渉を支援してくれることを期待して、インドネシアやブルネイに働きかけました。しかしどちらの国からもあまりいい反応はしてもらえませんでした。そこで、フィリピン政府は、マハティールに声をかけました。マレーシアは、この紛争が自国にも影響を与えていることを認識していたので、交渉の手助けをすることに合意したのです。

Q:ファシリテーターを務めるマレーシアがムスリムが大多数の国だということも、あなた方にとって有利に作用していますか。

ムラド議長

 その国が何教徒の国かは重要ではありません。重要なのは、その国の政策です。

Q:日本の役割についてはどのようにお考えになりますか。

ムラド議長

 日本の役割は非常に重要です。特に社会開発計画に関して重要な役割を果たしてくれることを期待しています。政治的なプロセスのいくつかの局面にも、日本が関与し、このプロセスに対する人々の支持を一層強めるための働きかけを行ってくれることも私たちは期待しています。

Q:今日はお忙しい中、このインタビューのためにお時間をとっていただき、どうもありがとうございました。

ムラド議長

 こちらこそ、どうもありがとうございます。

MASAKO ISHII石井正子

立教大学教授

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