- 大橋 正明
- バングラデシュ
ロヒンギャ難民を取り巻く状況:バングラデシュのキャンプと国連の対応、マレーシア(クアラルンプール)の現状を中心に
※本記事における見解は筆者個人のものであり、Asia Peacebuilding Initiatives:APBIの公式見解ではありません。
バングラデシュを筆頭にアジア諸国に難民として滞在しているロヒンギャの大半の人たちの状況は、急速に悪化している。その一番の原因は、国連を中心とした多国籍主義に基づいた支援体制の崩壊だ。しかし日本はその体制を支える側なので、私たちはその深刻さを感じることが滅多にない。ここでは、この深刻化する各地の状況を簡略に述べておきたい。
バングラデシュの難民キャンプの状況
2025年3月、国連の世界食糧計画(WFP)は、トランプ米国大統領就任以降に深刻化した資金不足のため、ロヒンギャ難民に対する食糧配給量を1人あたり月12.50ドルから6ドルに半減すると発表した。この金額では、必要最小限とされる量の米を購入するのも困難であり、貧困、栄養不良、そして人身売買や危険な海外逃避などのリスクを一層高めることになる。結局3月末に米国政府が、WFPを通じてロヒンギャ難民に7300万ドルの新たな資金援助を行うと発表したので1人当たり月12ドルとなった。しかしロヒンギャ難民の支援資金は今も十分集まっていないので、この金額は近いうちに半減される可能性がある。そうなると、キャンプとその周辺で、大きな混乱が起きることは必須だ。
続く6月、国連児童基金(ユニセフ)は資金不足のため、難民キャンプ内でバングラデシュのNGOが運営する数千の「学習センター」と呼ばれる小中学校の運営を停止した。これにより、ロヒンギャとバングラデシュ人が半々を占める数千人の教師が職を失い、約50万人の子どもたちが就学の機会を失っている。このため、キャンプでは児童労働の増加や児童婚が増えたと報告されている。また解雇されたバングラデシュ人の教師たちが、それらを運営していたNGOの事務所に抗議に出向いたので、何か所かで小さな揉め事が発生した。
また現場で難民のケアに当たっている国連職員の数も、大きく削減されている。このままでは国連が提供してきた生活維持に不可欠な各種サービスの提供が遅れたり止まったりするので、ロヒンギャの人々の生活に大きな影響をもたらすことになる。
一方難民キャンプでは、ミャンマーから新たに来たロヒンギャ難民が2024年初頭から2025年の7月までの約18か月間に15万人も増加した。この背景には、ミャンマーのラカイン州における国軍と多数を占めるアラカン軍の衝突の激化、両派による迫害や虐待、両派への強制的な徴兵などと推定される。この迫害や虐待には、24年8月5日にラカイン州マウンドー郡のナフ川の河岸に避難していたロヒンギャの民間人少なくとも200名が、ドローンと砲撃による攻撃で死亡したと推定される事件が含まれている。
そんな状況下の8月、コックスバザール県の33のロヒンギャ難民キャンプが8つの選挙区に編成され、詳細は不明だが事前選抜された約3,500人の「代表者」が投票して、約500人の評議員を選出した。その後この中から、30~40名からなる3年任期の中核委員会が選出され、さらにそこから数名からなる代表団が選出された。しかしこれらに対しては、投票者数が極めて限定されており、民主的とは言い難く、選出された人もバングラデシュ政府の立場に近いといった指摘もある。
この後の8月末の三日間、コックスバザール市でユヌス首席顧問(首相に相当)を含めた政府高官、前述のロヒンギャ代表団、諸外国に暮らすロヒンギャ、国連職員、外交官によるバングラデシュ政府主催のハイレベル対話が開催された。これは、9月30日にニューヨークで開催された国連「ミャンマーにおけるイスラム教徒ロヒンギャとその他の少数者の現状に関するハイレベル会議」に向けた準備会合であった。この対話では、差し迫った懸念事項、正義と説明責任の必要性、ミャンマーへの安全かつ尊厳ある帰還のための条件整備に焦点が当てられた一方、国際資金の減少といった課題も認識された。
ロヒンギャに関する国連会議
この国連会議でバングラデシュのユヌス首席顧問は、支援減少の中での「唯一の平和的選択肢は彼らの帰還を開始すること」と警告し、国際社会に対し「安全で尊厳ある帰還のための実践的なロードマップを策定する」ことと「ミャンマーに効果的な圧力をかける」よう促した。日本政府は、110万人以上のロヒンギャを受け入れているバングラデシュを称賛し、2021年のクーデター以降、日本は2億ドル以上の人道支援を提供してきたと述べ、ミャンマーの軍事政権に対し暴力の即時停止と民主主義の回復を強く求めた。一方中国は、ロヒンギャの帰還実現のためにはミャンマーとバングラデシュの二国間対話が不可欠と強調し、「人権問題の政治化」に警戒を促した。
マレーシア、特にクアラルンプール(KL)のロヒンギャ
ミャンマーやバングラデシュで呻吟しているロヒンギャがリスクを冒して国外逃亡する際の一番の目的地は、マレーシアだった。その理由は、タイやインドネシアと同じくこの国は難民条約に未加盟であるため同国から難民認定を受けることはできないが、同国に入国したものの多くが労働力不足のために労働することを黙認されているからだ。具体的には、同国のUNHCR事務所から数年かけて難民証明を入手すれば、同国の法律には守られないものの、家を借りたり、一部の銀行やデジタルで口座を開いたり、携帯電話を契約する、そして組織を作ることなどが可能になるからだ。また数百あるロヒンギャのコミュニティスクール(小中学校)や私立高校で勉強し、奨学金を上手く獲得できれば大学や大学院に進学できるし、そうなれば合法的に滞在する道も開かれる。また医療費も、UNHCRがある程度補助してくれる。さらに今までは毎年数千人が、この国から米国やカナダ、日本などに第三国定住することが可能だったからだ。
このためマレーシアには、アフリカを含めた約50か国からの約20万人の難民がUNHCRの証明を持って暮らしており、この9割の19万人前後がミャンマーからの難民と想定される。さらにこのミャンマー難民の約半分がロヒンギャで、次いで多いのがチン民族だ。なおこれらの数字は、UNHCRの証明を所持する人の数で、それをまだ申請していない、あるいは申請中を含むと、ロヒンギャの数は15万人程度と推定される。
バングラデシュとミャンマーからマレーシアへの移動ルートは、しばしばメディアでも報道される海上ルートと、タイ経由の陸上ルートの二つに大別される。これらの移動には、「ダラル」とロヒンギャに呼ばれるエージェントが介在している。このエージェントには、陸路の場合、ロヒンギャ、アラカン人、ミャンマー人、タイ人などと関係国の出入国関係者が関わっていると想像できる。数十万円もの支払いが必要だが、比較的安定的に移動しているようだからだ。それでも途中で摘発されたり、事故に遭ったりすることがある。なおこのエージェントが、身代金を要求する誘拐や人身売買に関わっている可能性も疑われる。
ロヒンギャの多くは、マレーシアの首都クアラルンプール(KL)とその周辺、北西部のペナン州、そして南部のマラッカ州などで暮らしている。ロヒンギャのコミュニティスクールを運営するなどのCBOやNGOがいくつもあるが、KLにはこの国在住のロヒンギャのために行政的なサービスを提供する組織、マレーシア・ロヒンギャ協会(RSM)が存在している。以下にこのユニークなNGOを紹介する。
マレーシア政府ではなくUNHCRのKL事務所に登録されているこのNGOは、2010年2月、ペナン市で56のロヒンギャの組織などから約3,000人が参加した大規模な集会で設立され、会長、事務局長、青年代表、女性代表、財務、監査などの執行部の役職者を選出した。国際組織であるイスラム諸国機構(OIC)のによって創設された、米国に本部を置く世界の 61 のロヒンギャ組織を統括するアラカン・ロヒンギャ連合(ARU)と関係している。
KL市内にイスラムの祭日イードを除いて毎日事務所を開き、専従職員を配置するこのRSMの主な役割は、以下の通りである。
1)証明書類及び調停:通常1日5~20人程度の訪問者を対象に、UNHCRの証明などの書類を持っていない場合は、診療所・NGO・関係当局への身元確認の書類発行などを行っている。具体的には
―病院からの遺体の家族/親族への引き渡し;UNHCRの証明を持たない死亡者の遺体引き渡しなどの病院での手続き。
―婚姻に関する事項:婚姻の認知、離婚通知、親権に関する調停や合意形成。最近マレーシア政府が難民の結婚登録を行うと発表したので、それが実施されたらRSMは婚姻届の発行をやめる。それは組織の負担軽減になるが、収入減にもなる。
―真偽確認のために警察や裁判所と連携し、必要な場合は裁判所に出廷。
―入管や警察などが拘留者を釈放す際の受け入れ。食事の提供、親族への連絡、帰宅手配。
2)医療・人道支援の調整:
―COVID-19の期間はマレーシアのNGOや国連機関と連携し、食料品と衛生キット配布のためのデータ提供および配布。
―ワクチン接種の普及活動。最近もクリニックと提携して、約75人の子供に麻疹の予防接種をこの事務所で実施した。
3)一時滞在のシェルターと教育:
―一般と女性向けシェルターを運営していたが、資金問題で両方とも閉鎖した。
―今も9つのコミュニティスクールを支援している。
しかしマレーシアのロヒンギャのコミュニティにも、支援削減の影響が及びだしている。その一つは、UNHCRのKL事務所の予算の大幅削減に伴う人員の大幅削減による影響である。先述のように、マレーシアのUNHCRに難民申請すると数年後に面接が行われて、その後に証明が発行される。数年間も要するのは人員不足のせいなので、UNHCRのKL事務所の人員が半分以下に削減されるとこの発行が更に遅くなる可能性が高い。この証明がないと難民は就業等ができないので、家族や親族がその人を経済的に支える期間がさらに伸びることになる。もう一つは、ロヒンギャを含めた数千人の難民を第三国定住として毎年受け入れて来た米国が、今年からそれを中止したこともマレーシアの魅力を失わせる可能性がある。
ロヒンギャの人々に対する支援が大きく削減され、未来への可能性も小さくなっている。普遍的であるべきこの人たちの人権は、今後どこでどのように実現していくのだろうか?
聖心女子大学グローバル共生研究所 招聘研究員





