- 阿部和美
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慣習林の承認と開発許可の見直しはパプアのコミュニティを救えるか:パーム油生産の事例から
※本記事における見解は筆者個人のものであり、Asia Peacebuilding Initiatives:APBIの公式見解ではありません。
はじめに
パプアでは、1960年代からインドネシアに対する分離独立運動が存在している。インドネシアが民主化に舵を切る中で、2002年には分離独立要求に応える形で特別自治法が施行された。しかし、特別自治法の条項が適切に履行されない、パプアの人々に対する人権侵害行為が頻発するなどインドネシア政府に対する不満は解消せず、現在まで分離独立運動は収束していない。資源が豊富なパプアでは、近年、政府主導の開発が進められ、パプアの人々の闘争は新たな局面を迎えている。
パーム油は、食用油のほかに、マーガリンやショートニング、加工食品、石鹸などの非食用品として使用されている。他の植物油脂と比べて収穫量が多く、様々な用途で使用しやすい性質を持つため、世界中で需要が拡大し続けている。その生産の8割をマレーシアとインドネシアで占めていて、栽培面積は特にインドネシアで増加傾向にある。インドネシア最東に位置するパプアには、まだ手つかずの広大な森林が広がっていて、パーム油生産の最前線である。
パプアでは、それぞれのコミュニティが、アダットと呼ばれる慣習法によって先祖代々守られてきた土地を維持・管理している。インドネシアの他地域でも、コミュニティがアダットを大切に守ってきた。アダットとインドネシアの現法との関係で、インドネシア各地で土地問題が発生しており、多くのコミュニティが土地の権利を求めて闘っている。2002年に施行されたパプアに対する特別自治法には、アダットに基づく土地の権利を尊重するよう明記されている。しかし、パーム油を生産するためのアブラヤシプランテーションの整備先などの土地の需要が高まる中で、コミュニティの土地の権利は尊重されないまま、開発が推し進められてきた。本稿では、アブラヤシプランテーション整備を事例として、パプアの人々の土地の権利がどのように扱われてきたのか見ていく。
アブラヤシプランテーション整備の実態
パプア南部に位置するムラウケ県は平野が広がり、土地開発が盛んに行われている地域の一つである。カトリック教会の一部であり、活発な人権NGOであるSKPムラウケには、連日土地問題の解決を求める人々が事務所を訪れるという。人々の相談内容から、ムラウケの開発は以下のように進められて土地問題が発生している。
企業は土地利用の交渉をする際、接触する相手を注意深く選んでいる。町内会のような団体を避けて特定の個人に接触するという。なぜなら、団体は計画に反対したり新たな条件を提示したりして、交渉が長引く可能性が高いからである。企業は往々にして、接触相手に都合の良い側面のみ説明し、第三者に相談する機会を与えないようにその場で契約書への署名を求める。そして多くの場合、署名した人物は土地を貸与する契約と思い込んでいるが、実際は売買または譲渡が成立しているという。契約書の控えは署名者に渡されずに企業が回収してしまうため、契約内容を改めて確認する方法はない。
接触された人物が、署名せざるを得ない状況に追い込まれる事例も少なくないという。接触相手は、パプアからジャカルタに連行されて、パプアでは入手できない最新型の携帯電話をあてがわれ、高級ホテルのバーで女性の接待を受けながら酒を飲まされ、署名を求められる。飲酒により適切な判断力が失われ、見知らぬ大都会に連れ去られ、精神的に不安定な状況で契約に合意してしまうのである。
いずれの事例も、形式的には署名された契約書が存在するものの、コミュニティの土地の権利が尊重されているとは言い難い。コミュニティで話し合う機会も作られないまま、土地が売却または譲渡されている。森林は物資や食糧を調達する生活を支える場であり、コミュニティの結束やアイデンティティを支える象徴的な場でもある。先祖代々守られてきたその森林に、ある日突然ブルドーザーがやってきて、伐採が始まる。土地を追われた人々は厳しい生活を余儀なくされるだけでなく、土地の喪失という重大な事件によってコミュニティ内部に深刻な対立が生じてしまう事例もあるし、土地喪失の責任を署名者が死によって償う事例もある。
SKP事務所がコミュニティから相談を受けて企業に働きかけても、企業は相談内容を否定して話し合いに応じないという。稀に話し合いに応じても、担当者は国軍兵士や警官を同行させる。1969年にインドネシアに併合されて以来、長年にわたって弾圧を経験し、国軍や警察に対する恐怖感や不信感が根強いパプアの人々は、兵士や警官の存在を知った途端、何も主張できなくなってしまう。
パプア地域でパーム油を生産している最大手の企業は、韓国とインドネシアの合弁会社コリンド(KORINDO)である。コリンドは、1993年にパプアで森林伐採事業を開始し、1998年にパーム油を搾油するためにアブラヤシプランテーション整備に着手した。2013年からコリンドのアブラヤシプランテーションは急速に拡大し、2016年までに、新たに約3万ヘクタールの森林がアブラヤシプランテーションとして整備されている。コリンドは地域住民との土地問題だけでなく、環境保護の観点からも違法行為が確認されている企業の一つでもある[1]。
パプア地域全体では、2021年時点で24社が、約57万ヘクタール(三重県と同規模)の土地をアブラヤシプランテーション用地として確保している[2]。確保された区画の中には豊かな生態系を育む貴重な原生林が含まれていて、アブラヤシプランテーションの拡大は環境保護の観点から問題視されている。アブラヤシプランテーションの整備は、原生林の喪失だけでなく、深刻な大気汚染も引き起こす。2015年には、ムラウケで整地のために森を焼き払った際に生じた煙によって、パプア地域のフライトが数日間キャンセルになるという事態が生じた。大気汚染によって、地域住民や労働者にも深刻な被害が出ていると推測される。
2018年12月、パプア地域の教会関係者やNGOを中心とする54団体は、マラナタ決議(Resolusi Maranatha) をインドネシア政府に提出した。マラナタ決議には、コミュニティの土地が次々と開発用地に転換され、土地を追われて生活に窮乏する人々が増加する状況と、政府が促進する開発事業が特別自治法に違反してパプア人の土地の権利を侵害している実態、そしてインドネシア政府と企業に対する18の要求が記載されている。54団体の多くは、パプアの紛争解決を目指して活動を展開してきた。マラナタ決議は、紛争解決を目指す団体にとっても、開発事業によるコミュニティの土地の喪失が看過できないほど深刻な脅威になっていることを表している。
慣習林の承認
パプア地域で多くの混乱を引き起こしながらパーム油生産が行われる一方で、インドネシアでは、アダットに基づく土地の権利を承認する動きが少しずつ見られるようになった。コミュニティの土地の権利を無視した開発は、パプアだけでなく、インドネシアの様々な地域で行われてきた。多くの人々が、アダットを尊重するよう声を上げて闘ってきた成果である。
2012年5月に憲法裁判所から発出された決定(No.35/ PU-X/20)では、1999年林業基本法第1章第6項の国有林の定義が憲法に照らして違憲であると判断し、慣習法によってコミュニティが維持・管理する慣習林は国有林に含まれないとした。つまり、その森林が慣習林であると認められれば、政府主導の政策であってもコミュニティの総意を無視して開発を進められないと、明確に示されたのである。この判断を受けて、ジョコ・ウィドド大統領は2016年12月に9のコミュニティが維持・管理してきた森林を慣習林と認めた。慣習林の認定は年々増加していて、2022年時点でそれまで国有林とされてきた1億2千万ヘクタールが慣習林と認められている。
2022年10月には、ようやくパプア地域の7つのコミュニティが維持・管理してきた森林が慣習林と認められた。今回認められた範囲は約10万ヘクタールで、パプア全土に広がる多くの慣習林のごく一部である。パプアには3千800万ヘクタールの国有林があり、そのうち少なくとも800万ヘクタールは慣習林と考えられている。
開発許可の見直し
2022年1月、環境林業省は200件近くの林業・プランテーションに関する事業許可を撤回した。同時に、2000件以上の鉱業に関する許可も撤回された。事業許可を撤回された企業には、137のパーム油生産を行う企業が含まれている。事業許可の撤回は、天然資源を管理するためのプロセスの見直しと、現在の開発事業の整理のためと説明されている。実際に開発が進められず放置されている事例、開発が進められていても非効率であったり他の事業者に任されていたりという事例、違法行為が見られた事例の許可が撤回された。
インドネシアは、2001年から3千万ヘクタールに及ぶ熱帯雨林を消失している。ブラジルに次ぐ規模である。インドネシアでは、毎年のように大規模な森林火災が発生し、森林の消失と煙害が深刻な問題となっている。ウィドド大統領はアブラヤシプランテーションに関する新たな事業許可発行の停止と既存の許可の見直しを宣言していたが、その取り組みは2021年9月にようやく始動した。事業許可撤回は、政策を大胆に実現した結果である。
しかし、事業許可が撤回されれば操業が停止するというほど、単純な話ではないようである。アブラヤシプランテーションの整備を進めるためには、森林地区を開発可能な「その他利用地」にするための許可を環境林業省から得る必要がある。また、環境林業省の許可とは別に、土地空間計画省/国家土地庁から栽培の許可が必要である。現在操業している企業は2種類の許可を保有しているが、環境林業省が事業許可を撤回しても、既に土地空間計画省/国家土地庁の事業許可を有している企業は操業が可能ではないかと懸念されている。
実際に、パプア地域でアブラヤシプランテーションを整備するプルマタ・ヌサ・マンディリ社(PNM社)は森林伐採を継続している。1月6日に事業許可の撤回が公表されて以降、2月14日までに新たに50ヘクタールの熱帯雨林が伐採された[3]。パプアでは人々が同社に激しく抗議をしているが、PNM社は事業を継続するとともに、事業撤回を受け入れず、政府を訴えている。
PNM社の事業継続は違法なのか。ウィドド大統領が問題提起をしたように、許可を得るプロセスの不透明さと手続きの煩雑さが長年蓄積された現在、違法かどうか判然としていない。2015年からプランテーションの整備には、先述した2種類の許可が必要となったが、それ以前はどちらか一方の許可があれば操業が可能であった。事業許可撤回が形式的なものとならないように政策の実効性を高められるか、政府の姿勢が問われている。
パプアのコミュニティを救えるか
開発許可の見直しは、土地の喪失という危機に直面するパプアのコミュニティを救えるのだろうか。環境汚染や土地の不法利用を続ける企業の操業が停止されれば、状況の悪化も一時的に止められる。しかし、開発許可の見直しは、コミュニティの土地の権利を保護して慣習林を認める動きと連動しているわけではない。
ウィドド大統領は自身もビジネス業界の出身であり、開発促進を非常に重視していて、企業の誘致や投資の呼び込みに力を入れている。彼の目玉政策の一つである雇用創出法(法律2020年第11号)は、2020年11月に施行された。この法律は、従来の投資やビジネスに関連する様々な法令を見直し、手続きを簡素化し、国内外からの投資を誘致して新たな雇用を創出させることを目的としている。開発許可の見直しも雇用創出法に則った取り組みの一つであり、さらなる開発と雇用創出のために他ならない。
慣習林の承認と現在発行されている開発許可の見直しという2つの動きを見ると、表面的にはパプアで深刻化するコミュニティの土地の喪失を食い止める方向に進んでいるようである。しかし、開発許可見直しの背景には、さらなる開発促進と雇用創出を推し進めようとするウィドド大統領の姿がある。政府が進もうとしている道は、コミュニティの土地の権利を保護し、土地の喪失を抜本的に解決するという方向とは異なるようである。
[1] “Korindo: Korean palm oil giant stripped of sustainability status,” BBC, 15 July 2021 (https://www.bbc.com/news/world-asia-57845156).
[2] Hans Nicholas Jong, “Oil palm growers’ misdeeds allow an opportunity to save West Papua’s forests,” Mongabay, 24 March 2021 (https://news.mongabay.com/2021/03/palm-oil-west-papua-license-audit-kpk/).
[3] Asrida Elisabeth, Philip Jacobson, “Palm oil firm hit by mass permit revocation still clearing forest in Indonesia,” Mongabay, 22 February 2022 (https://news.mongabay.com/2022/02/palm-oil-firm-hit-by-mass-permit-revocation-still-clearing-forest-in-indonesia/).
早稲田大学社会科学研究科博士後期課程修了。博士(社会科学)。
国際NGO・Asian Network for Free Electionsでの国際選挙監視業務、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)選挙支援アドバイザー、防衛省能力構築支援事業担当官、秋田大学 国際資源学研究科 助教を経て現職。専門は、国際協力論、平和構築論、東南アジア研究。