報告書・出版物

序 文海洋政策研究財団は、トルコ共和国の関連当局や研究組織と共に、日本とトルコ共和国によるグローバルな海洋安全保障協力の提言を得ることを目的として、「日本とトルコ共和国との海洋安全保障ダイアローグ」をシリーズとして開催してきた。当ダイアローグは、トルコの軍総参謀本部、外務省、海軍司令部、沿岸警備隊司令部、内閣府海事庁、ハジェッテペ大学および日本の外務省、海上自衛隊の支援・協力を得て、以下の通り4 年にわたり4 回実施した。第1 回目:2007 年11 月、 於アンカラおよびイスタンブール第2 回目:2009 年3 月、 於東京第3 回目:2010 年2 月、 於アンカラおよびギョルジュク第4 回目:2010 年11 月、 於東京および串本ダイアローグには、両国から外交、海洋安全保障、海運等に関わる実務者や有識者が参加し、活発な意見交換がなされ、所期の成果を得ることができた。2010 年11 月25 日、ダイアローグの参加メンバーは、ダイアローグを通じて得られた意見等を取りまとめて、ここに、共同提言書『日本とトルコ共和国によるグローバルな海洋安全保障協力の促進に向けて』を発表する運びとなった。「日本とトルコ共和国による海洋安全保障ダイアローグ」には、以下の組織・研究所から専門家が参加した。(日本側) (トルコ側)海洋政策研究財団 軍参謀本部外務省 外務省海上自衛隊 海軍司令部防衛大学校 沿岸警備隊司令部海上保安大学校 内閣府海事庁東海大学 ハジェッテペ大学TOBB ETU 大学目 次1.日本とトルコによるグローバルな海洋秩序・安全保障の推進および海洋開発の促進···································································· 1a.海洋安全保障環境のパラダイム··········································· 1b.海洋保全環境のパラダイム················································· 2c.日本およびトルコ····························································· 22.提言-日本およびトルコ、協調するシーパワー- ······················· 6a.対話の促進······································································ 6b.情報交換態勢の確立·························································· 7c.国際関係・防衛・航行安全における協力······························· 7d.持続可能な海洋開発のための協力········································ 8e.海事産業の発展のための協力·············································· 81.日本とトルコによるグローバルな海洋秩序・安全保障の推進および海洋開発の促進a.海洋安全保障環境のパラダイム1990 年代、ソヴィエト連邦の崩壊以降、海洋における安全保障のための行動の実態が大きく様変わりした。冷戦終焉によって活発化した経済活動のグローバル化がもたらしたものである。シーレーンの安全確保は特定の国の利益のためだけでなく、世界経済全体の関心事ともなった。グローバル化の波は、海洋世界に航行船舶と貨物の増大と共に、テロ、武器密輸、麻薬取引、人身売買などの危険や脅威ももたらすことになった。このことから、海洋安全保障のための作戦と海洋における情況掌握の態勢を構築する必要性が生じてきた。一方、新興国における産業活動の活発化と人口大国における需要の増大から、海洋の権益を巡って新たな国家間紛争が生起している。また、開発に伴う海洋自然環境の汚染が、人類社会に持続可能な海洋管理という課題を突き付け、環境保護が総合的な海洋安全保障の重要な一部として認識されるようになった。2000 年代に入り、上記に加えて、海洋の安全保障環境に更に大きな変化が及ぶことになった。それは、国境を超えたテロ、不法行為、パワーバランスの変化、エネルギーの需要と供給の変化、地球温暖化等によるものである。かくして、ポスト冷戦時代の海洋の安全保障環境は、そのパラダイムを大きく変化させることとなった。このように不安定化する海洋の安全保障環境のパラダイムを安定的な方向にシフトするには、異なる特徴があっても同じ価値観を持ち、かつ地政学的に重要な場所に在る海洋国家同士による安全保障協力が不可欠である。-1-b.海洋保全環境のパラダイムグローバル化の加速と、国家経済のグローバル化への依存の増大が、歴史上類を見ない相互依存システムを創り出している。このシステムは、産物や人々を交流させることのできる海洋世界という共有物を、国際的な協定や条約を遵守しつつ日々自由に使用し得ることによって成り立っている。さて、海洋における活動の増大は、一般的に認識されている海上における危険や脅威とは別に、事故あるいは自然災害によって生じる環境破壊から海洋を護るための予防と対応策としての海洋保全の問題を提起している。世界の人口の80%は沿岸から100 マイル以内に住んでいる。世界の通商の90%は海上輸送に拠っており、そのうち75%は少数の脆弱な国際海峡や運河を通っている。海上航路帯とそのチョークポイント、さらには港湾、パイプラインや石油・天然ガスのプラットフォームあるいは海底通信ケーブルといった施設の周辺の海洋環境の保全は、安全保障に影響を及ぼすものとして認識すべきであろう。最近メキシコ湾で発生した歴史上最悪の原油流出事故が示したように、あらゆる国が海上事故による原油流出の影響を受けることになる。そこにおいて、海上保全には、海上安全保障と同じように、二国間あるいは多国間の対話と協力が必要となる。海上交通と海洋資源に多くを依存し、海洋との関わりにおいて地勢戦略的に重要な位置を占める日本とトルコは、互いに協力し合い、地域と世界の海洋保全に大きな役割を果たすことができるであろう。c.日本およびトルコ日本とトルコは、アジア大陸の東西両端に位置している。日本もトルコも、-2-西欧諸国に属してはいないが、西欧文明を導入しつつ発展してきた大国である。アジアやアフリカの諸国が植民地化を経験し、混乱の時期を過ごしたパックスブリタニカの時代においても、日本とトルコは早くから西欧文化を取り入れて近代化を目指した。両国は植民地化されることなくアジア大陸の両端で大国の地位を守った。トルコは第一次大戦の敗戦国の一つであり、日本もまた第二次大戦で敗戦を被った。しかし今、日本はアジア大陸の東端において日米同盟を構築し、またトルコは西半球において北大西洋条約機構(NATO)の一員として、それぞれ大きな役割を果たしている。両国は、互いの緊密な関係を通して、日本にとってはNATO やロシアあるいは中央アジア諸国に関し、トルコにとっては、日米同盟や中国さらにはASEAN 諸国に関し、情報を共有し合い、これらの国々と協力し、ともに海上平和活動に加わるといったことが可能となるだろう。トルコは、黒海、エーゲ海そして地中海に海岸線を有する戦略的に極めて重要な国であり、世界海運の要衝であるスエズ運河、紅海、湾岸地域およびアデン湾を介してインド洋と結ばれている。トルコは、異なる民族や安全保障システムあるいは地政学的な競争相手に囲まれ、その国土は東西に伸びて世界の歴史の起源となる三大大陸に及んでいる。トルコは、確固たる民主体制を有し、1952 年からNATO の一員となり、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの指針である「国家の平和と世界の平和」(“Peace at home, Peace in the World”)に従って侵略抑止を基本とする防衛的な軍事力を整備している。トルコにとってシーレーンは経済活動の大動脈である。トルコは、イスタンブール海峡(ボスポラス海峡)やチャナッカレ海峡(ダーダネルス海峡)の海上交通安全と安全保障に強いリーダーシップを発揮して-3-いる。最も顕著な例として、トルコは「黒海海軍協力任務グループ」(Black SeaNaval Cooperation Task Group: BLACKSEAFOR)の設立に大きな役割を果たした。BLACKSEAFORは、地域各国間の対話と協力と相互運用性を強化し、もって黒海地域の平和と安定を図ることを目的とするものであり、黒海沿岸6カ国の海軍が参加している。更に、トルコは、地域における主要な海洋安全保障の作戦の一つである「調和による黒海作戦」(Operation Black SeaHarmony)の創設者であり、同作戦へのロシア、ウクライナそしてルーマニアの参画を可能とした。BLACKSEAFOR が、エネルギーのライフラインとしての黒海における信頼と安全保障の構築のために優れた役割を果たしている一方、Black Sea Harmony は、地域的な海洋安全保障への寄与を通して、世界的規模で海洋の安定を普及させていると言える。トルコはまた、バクーからトビリシを経て地中海東部のトルコの港湾ジェイハンに至るパイプラインプロジェクトの開業を受けて、2006 年に初のエネルギー安全保障作戦としての「地中海の盾作戦」(Operation Mediterranean Shield)を発動し、NATO 加盟国にも拘らずOperation Black Sea Harmony などと情報交換を実施している。トルコは日本と同じく、国連安保理決議に基づきアデン湾とソマリア沖においてNATO部隊やSNMG-2あるいはCTF-151に参加して海賊対処に貢献している。東アジアにあって、大陸と海洋に臨む地政学的に重要な位置にある日本は、歴史上、アジア太平洋における国家間の対立と攻防に常に大きな影響力を及ぼしてきた。第二次大戦後、日本は、アメリカとの間で安全保障条約を結び、憲法のもとで専守防衛を基本とする防衛力を整備し、東アジア諸国との良好な国際関係の維持に努めている。今年で50年目を迎える日米安全保障条約体制は、-4-冷戦時代を通じて武力紛争を抑止し、今日に至るまで、東アジアの安全保障環境の安定化のみならず、地域経済の発展にも大きく貢献してきた。日本は、太平洋、オホーツク海、日本海、東シナ海に面し、海洋立国として優れたシーパワーを育んできた。日本にとって、シーレーンは国家の生命線であり、その安全の確保は国防の最重要命題である。ことに、中東方面からインド洋を通り東アジアに到る資源輸送ルートとしてのシーレーンは、日本の経済と生存を支えている。そのため日本は、日米同盟を基盤としつつ、中東諸国との良好な国家間関係を構築すると共に、シーレーンの安全確保のために、マラッカ・シンガポール海峡の安全のための取組みに積極的に参画している。また、東アジアの海域には資源・環境の問題があり、日本はトルコと同様に、地域多国間による海洋管理に意欲的に取り組む姿勢を示している。日本とトルコは、海洋と密接に係わり合いを持って発展してきた歴史がある。両国は、脅威の認識に相違はあるが、シーレーンが国家の生命線であること、そのシーレーンには様々な不安定要因が顕在していること、欧米諸国との協調を機軸とした外交を進めていること等々から相似た安全保障環境にある。加えて両国は、国防の基本方針を同じくし、また、効果的な海洋管理の推進にも意欲的に取組んでいる。さて、1890 年のオスマントルコ海軍エルトゥールル号の遭難時における日本の救助活動、1985 年のイラン-イラク戦争時における日本人救出のためのトルコによる航空機派遣、1990 年に発生したマルマラにおける地震被災者に対する海上自衛隊による支援等、日本とトルコは、互いに助け合い永く親密な関係を維持してきており、価値観においても多くを共有している。しかしこれまで、日本もトルコも、地域的な海洋安全保障を通じてグローバ-5-ルな海洋安全保障に貢献することを目的として具体的な共同行動を起こしたことはなかった。アジア大陸の東と西の端に位置する両国は、包括的な海洋安全保障の分野で相互協力することを通じ、協働する機会を模索すべきであり、それにより両国において直接・間接に、海洋管理、シーレーンの安全確保、地域および地球規模の安全保障の枠組み作り、海事産業の発展が決定的に促進・支援され、確実なものとなるであろう。2.提言 -日本およびトルコ、協調するシーパワー-日本とトルコが協力して、海洋における包括的な安全保障を促進するために、両国政府に対し以下を提言する。a.対話の促進a-1.海上自衛隊とトルコ海軍の対話海上における防衛と安全保障に関する、海上自衛隊とトルコ海軍とによる「海上防衛対話」(Navy to Navy Talk)を歓迎する。a-2.海上保安庁とトルコ沿岸警備隊の対話海上保安庁とトルコ沿岸警備隊との間の、関連する機関も含めた海上安全と保安に関する対話は、両国の海上協力を発展させるものとなる。a-3.海洋政策に関わる研究組織間でのトラック2の学術会議両国の大学・研究所は、民間レベルでの海洋安全保障協力に関する学識経験者による研究会や意見交換を活発に企画すべきである。政府の政策が、トラック2からの提唱によって開始されるケースは多い。-6-b.情報交換態勢の確立海洋情況に関わる情報交換両国は、アジア大陸の東西から、法令に従い、海洋領域における情報共有の態勢を確立すべきである。c.国際関係・防衛・航行安全における協力c-1.地域的な演習・訓練への参加両国は、海上自衛隊とトルコ海軍、さらには海上保安庁とトルコ沿岸警備隊との間における共同演習・訓練を、日本・トルコ間の関連取極に基づいて定期的に実施すべきである。c-2.海洋における平和貢献および航行安全のための活動の成果・教訓に関する意見の交換両国は、海上における平和活動の成果と任務に関し意見交換を進めるべきである。日本もトルコも国連安保理決議に基づき、ソマリア沖・アデン湾における海賊取締に尽力している。c-3.地域・国際的な協力関係の促進両国は、東アジアからインド洋と地中海を経て大西洋を結ぶシーレーンを“海洋安全の弧”とすることに貢献すべきである。そのためには、両国は両国の二国間協力を多国間のものに発展させることを考慮すべきである。日本はトルコを介してNATO との関係を築くべきである。トルコは、マラバール演習等、インド洋や東アジア海域を舞台とする多国間演習への参加を検討すべきである。c-4.海上安全のための協力分野の拡大日本は法制の検討を行った上で、海上自衛隊とトルコ海軍、海上保安庁とトルコ沿岸警備隊の間の実動面での協力がどこまで可能か、あるいは何を可能と-7-すべきかについて検討し、必要な措置を講じるべきである。d.持続可能な海洋開発のための協力d-1.海洋技術協力両国は、海洋自然環境保護や船舶起因海洋汚染への対処に資する技術協力を促進すべきである。日本は、トルコに対し、油流出予防、海洋環境保護、バラスト水管理等で技術支援が可能である。d-2.海洋の総合的管理の促進両国は、海洋管理システムの構築において協力すべきである。トルコは、海洋自然環境保護や航行安全策に関してソフト・ハード両面に優れた知識・技量を有しており、共同海洋管理システムのノウハウを日本に提供することができる。日本は、海洋基本法に基づく諸施策を通じて得られた知識・教訓をトルコに提供することができる。e.海事産業の発展のための協力e-1.海運業の促進両国は、海運に関わる経済協力を促進すべきである。農産物などの取引からトルコには90 社を超える日本企業が進出している。しかし、日本もトルコもシーレーンが生命線であるにも拘らず、海運業での関わりは活発ではない。近年、トルコの港湾の売上高は大きく増大している。加えて、トルコは小型船舶の造船において世界一の規模を誇る。シーレーンに死活的重要な国益を有する両国が、海運分野で協力し合って発展することの意義は大きい。日本にとってはビジネスチャンスであるとも言える。-8-e-2.海運に関わるインフラ整備への支援トルコの海運需要は伸びているがインフラの改善が追いついていない状況にあり、イズミール湾等におけるハブ港の整備が必要である。日本とトルコは、この分野において協力すべきである。-9-
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