報告書・出版物
成果報告書「東アジア海域の海洋安全保障環境」第1回国内研究会第2回国内研究会第3回国内研究会第4回国内研究会第1回国際会議2011 年3 月31 日海洋政策研究財団本書は、海洋政策研究財団が平成22 年度に実施した研究事業「東アジア海域の安全保障環境」の概要と成果を報告するものである。目 次1 研究事業の趣旨等(1)目 的(2)計 画(3)平成22 年度研究で東・南シナ海を研究対象としたことの背景2 平成22 年度研究事業の実施概要3 平成22 年度研究事業の成果概要(1)第1 回国内研究会(2)第2 回国内研究会(3)第3 回国内研究会(4)第4 回国内研究会(5)第1 回国際会議4 今後の計画別紙1「第1 回国内研究会成果概要」別紙2「第2 回国内研究会成果概要」別紙3「第3 回国内研究会成果概要」別紙4「第4 回国内研究会成果概要」別紙5「第1 回国際会議成果概要」添付:発表等資料綴り1 研究事業の趣旨等(1)目 的島嶼の領有権や国家管轄海域の境界画定、さらには海洋資源の取得権を巡る紛争が顕在し、加えて中国海軍の増強と外洋進出が著しい東アジア海域の安全保障環境について研究し、地域の安定と日本の防衛・総合的安全保障政策に資する。ここにおいて、東アジア海域とは、概ね、小笠原列島とマリアナ諸島を結ぶ線から以西の西太平洋、オホーツク海、日本海、東シナ海、南シナ海、フィリピン群島水域、インドネシア群島水域、マラッカ・シンガポール海峡およびインド洋の東部とする。(2)計 画本研究事業は3 年程度継続するものとし、研究初年度の平成22 年度においては、主として東シナ海および南シナ海(以降、東・南シナ海と表記)に焦点を当てた。(3)平成22 年度研究で東・南シナ海を研究対象としたことの背景地勢戦略的に見た場合、東・南シナ海は軍事戦略上の要衝海域である。東アジアにおいて緊張が高まる、更には有事の事態となれば、東・南シナ海は国家間の熾烈な対立の舞台となる。平時の今日においても、海底資源開発等の海洋利用を自国に有利に推し進めようとの思惑から、周辺国の間で海軍力増強が相互作用的にエスカレートする傾向をみせている。また、東・南シナ海を通るシーレーンは、日本のみならず、グローバル経済を支える海上物流の大動脈となっている。国家間武力紛争やテロ等によって、東・南シナ海のシーレーンが通れなくなる、あるいは重要国際港湾が使用できなくなるといった事態が生じれば、日本と世界の経済は大打撃を被ることになる。東・南シナ海は、日本と世界の安全保障において死活的に重要な意味を持っている。しかし今、東・南シナ海の安全保障環境は極めて不安定化している。そこには二つの要因がある。一つは、中国の海軍力の急激で不透明な増強であり、もう一つは、そこに在る海底資源の取得権を巡る国家間の主張の対立である。新興のシーパワーの急激な台頭は、海洋のパワーバランスを崩し安全保障環境を激変させる。増大する中国の海軍力は、東・南シナ海のパワーバランスに影響を与え、その不透明性と相まって地域諸国に警戒感を強めさせている。一方、東・南シナ海には石油・天然ガス等の海底資源の埋蔵が確認されており、世界的な資源需要の高まりの中で、その開発への取組みが活発化しつつある。しかし、東・南シナ海には、島嶼の領有権や排他的経済水域・大陸棚の境界画定を巡る国家間紛争があり、海底資源の取得権に係わる対立は武力紛争にエスカレートする危険性をはらんでいる。冷戦時代と冷戦後のこれまで、東・南シナ海の安全保障は、アメリカ海軍と日米同盟体制が担ってきた面がある。しかし、中国の影響力が拡大し続け、また、経済における国家間の相互依存関係が益々強まっていく時代において、一方で、従来とは異なった安全保障環境の安定化のためのアプローチもまた必要となっている。東・南シナ海は、複数の国によって囲まれており、その安全保障環境の安定化には関係各国による協調的取組みが必要となる。当該地域の諸国は、経済力や政治形態に違いはあるものの、国際関係に成熟している。アメリカも、東アジアに一定の影響力を維持していくはずである。地域諸国とアメリカを含めて、今こそ、東・南シナ海の安全保障環境安定化のための方策について検討すべきである。そのためには、この地域の安全保障環境について、国内外の専門家の知見を糾合し総合的に把握し、安定化のために取り組むべき課題を明確にしていく必要がある。2 平成22 年度研究事業の実施概要以下に示す、国内研究会と国際会議を通じて所期の成果を得た。(1)国内コアメンバーによる研究会日本国内の専門家をコアメンバーとして、クローズド方式の国内研究会を以下の通り計4 回実施した。ア 国内研究会第1 回国内研究会日時・場所:平成22 年7 月16 日・海洋船舶ビル10 階会議室テーマ:「中国の海洋への関心と人民解放軍海軍の役割」第2 回国内研究会日時・場所:平成22 年9 月2 日・海洋船舶ビル10 階会議室テーマ:中国海軍・法執行機関の行動と東南アジア諸国およびアメリカの関心第3 回国内研究会日時・場所:平成22 年12 月17 日・海洋船舶ビル10 階会議室テーマ:東・南シナ海の戦略構図第4 回国内研究会日時・場所:平成23 年1 月21 日・海洋船舶ビル10 階会議室テーマ:東・南シナ海の安全保障環境認識(国内研究会の総括)イ 国内コアメンバー国内研究会に参加するコアメンバーは、以下10 名の防衛・安全保障、海洋法、および外交の専門家で構成した。秋山昌廣(海洋政策研究財団会長)秋元一峰(海洋政策研究財団主任研究員)浅野 亮(同志社大学法学部教授)飯田将史(防衛研究所主任研究官)上野英詞(海洋政策研究財団調査役)川中敬一(防衛大学校教授)斉藤良(防衛研究所所員)竹田純一(NHK 考査室主管)林司宣(海洋政策研究財団特別研究員)毛利亜樹(同志社大学助教)(3)国際会議本事業計画で第1 回目となる国際会議を、2011 年2 月16・17 日に東京で、国内コアメンバーに加え、以下に示す海外の専門家をコアメンバーとして招聘し公開方式で開催した。海外コアメンバーオーストラリア:S・ベイトマン(ウールングン大学教授)中国:金永明(上海社会科学院法学研究所副研究員)フィリピン:ロンメル・バンラオイ(フィリピン平和研究所教授)インドネシア:エヴァン・ラクサマナ(CSIS 研究員)シンガポール:イアン・ストレイ(ISEAS 研究員)アメリカ:ジョナサン・オドムイ(アメリカ海軍法務官)ベトナム:チャン・トゥイ(ベトナム外交学院南シナ海プログラム主任)3 平成22 年度研究事業の成果概要(1)第1 回国内研究会平成22 年7 月16 日(金)、海洋船舶ビル10 階会議室で第1 回国内研究会「中国の海洋への関心と人民解放軍海軍の役割」を開催した。細部別紙1「第1 回国内研究会成果概要」に示す通りである。(2)第2 回国内研究会平成22 年9 月2 日(木)、海洋船舶ビル10 階会議室で、第2 回国内研究会「中国海軍・法執行機関の行動と東南アジア諸国およびアメリカの関心」を開催した。細部は別紙2「第2 回国内研究会成果概要」に示す通りである。(3)第3 回国内研究会平成22 年12 月17 日(金)、海洋船舶ビル10 階会議室で第3 回国内研究会「東・南シナ海の戦略構図」を開催した。細部は別紙3 第3 回国内研究会成果概要」に示す通りである。(4)第4 回国内研究会平成23 年1 月21 日(金)、海洋船舶ビル10 階会議室で、第4 回国内研究会「東・南シナ海の安全保障環境認識(国内研究会の総括)」を開催した。細部は別紙4「第4 回国内研究会成果概要」に示す通りである。(5)第1 回国際会議平成23 年2 月16 日(水)・17 日(木)、都内「ホテル ニューオータニ」会議室で、本事業の第1 回目となる国際会議「東アジア海域の安全保障環境」を開催した。細部は別添「第1 回国際会議成果概要」に示す通りである。4 今後の計画(1)研究事業の構成平成22 年度と同じく、国内コアメンバーと海外コアメンバーを選定し、国内研究会4回と国際会議1 回を計画する。(2)対象海域平成23 年度は、中国海軍の西太平洋への進出、オーストラリアで強まる中国海軍力増強への懸念、東アジア海域の安全保障環境のインド洋への影響、等々を勘案し、対象海域を、概ね、日本-オーストラリア-インドを結ぶ三角形内にある、西太平洋、東シナ海、南シナ海、およびアンダマン海とする。(3)着目点上記対象海域における安全保障環境について、主として以下に着目しつつ研究する。① アメリカと中国の海洋戦略の相互作用② オーストラリアとインドの戦略が及ぼす影響③ 国際安全保障における日本の戦略的価値④ 台湾問題・朝鮮半島情勢が及ぼす影響⑤ 域外(欧州)の視点(4)コアメンバーア 国内コアメンバー以下の専門家から選定する。① 中国の海洋戦略② アジアの安全保障③ アメリカの戦略④ 地政学⑤ 国際法イ 海外コアメンバー着目点を考慮し、以下の諸国から各1 名を選定し、論文提出を依頼すると共に国際会議に招聘する。アメリカ、中国、韓国、フィリピン、ベトナム、シンガポール、オーストラリア、インド、欧州(イギリス)の9 カ国から9 名。別紙1「東アジア海域の海洋安全保障環境」第1回国内研究会「中国の海洋への関心と人民解放軍海軍の役割」(成果報告)標記について以下の通り報告する。記1 実施の概要(1)日時・場所平成22 年7 月16 日(金)・海洋船舶ビル10 階会議室(2)プログラムおよび参加者ア プログラム13:00-13:10 研究会趣旨説明秋元一峰(海洋政策研究財団主任研究員)13:10-13:30 基調講演秋山昌廣(海洋政策研究財団会長)13:30-14:40 セッション1「中国と海洋」発表「中国の海洋への関心と人民解放軍の役割」(60 分)川中敬一(防衛大学校教授)質疑・応答(10 分)14:40-15:00 休 憩15:00-16:00 セッション2「人民解放軍海軍の動向」発表「人民解放軍海軍の動向」(50 分)竹田純一(NHK 考査室主管)質疑・応答(10 分)16:00-17:00 セッション3「中国の法執行態勢」発表「中国の海洋とその上空における法執行」(50 分)毛利亜樹(同志社大学助教)質疑・応答(10 分)17:00-17:15 休 憩17:15-18:00 討 議イ 参加者以下の国内コアメンバー秋山昌廣 海洋政策研究財団会長秋元一峰 海洋政策研究財団主任研究員飯田将史 防衛研究所主任研究員上野英詞 海洋政策研究財団調査役川中敬一 防衛大学校教授齋藤 良 防衛研究所所員竹田純一 NHK 考査室主管林司宣 海洋政策研究財団特別研究員毛利亜樹 同志社大学助教2 発表・討議の概要(1)基調講演研究事業の開始に当たり、主催者である秋山昌廣・海洋政策研究財団会長が「東アジア海域安全保障考察の視点」と題して、要旨以下の通り講演した。[講演要旨]:東アジアの海域には、領土・領海問題やEEZ・大陸棚の境界画定、資源開発あるいは海上交通を巡る様々な国際問題がある。その海域には、日本にとって重要なシーレーンが通っている。中国は、4 月の西太平洋での艦隊演習や南シナ海にU 字型海域を示し自国の歴史的権利を主張するなど大きな影響力を及ぼしつつある。我々は先ず、中国の海洋戦略と、それに対応するアメリカの戦略について事実調査をすることが重要である。調査のための視点として、リアリズムとリベラリズム、冷戦時代の世界と今日の相互依存世界の比較検討、勢力均衡と帝国・覇権主義、二国間対話の限界と多国間主義の展望、国連海洋法条約と海洋ガバナンスといったことに着目する必要がある。リアリズムの視点だけでは事実を見誤ることになる。また、相互依存が深まる国際関係の中で、勢力均衡ではない新たな安全保障の概念が必要になるだろう。一方で、新しい勢力均衡論といったものも考える必要がある。中国は二国間主義から多国間主義に移行しているが、中国の暴発的な膨張が収まらない限り対話には限界があるだろう。将来、中国が一つの覇権を握っている可能性はあるが、その場合、中国との関わりにおいて極めて難しい局面を迎えるだろう。国連海洋法条約を基礎とする海洋ガバナンスとレジームの構築は、国際関係を論じるうえで検討すべきものとなるだろう。(2)セッション1「中国と海洋」川中敬一・防衛大学校教授が、「中国の海洋への関心と人民解放軍の役割」と題して要旨以下の通り発表した。[発表要旨]:中華人民共和国の今日の海洋進出は何を意味するのか、それを知る為には、中華人民共和国(以降、中国と表記)の建国の理念とその後の歴史を辿り、中国とは何かを研究する必要がある。中国は、国家として何をしたいのかが明確であり、軍はその国家の意思に沿うべくシステマチックに整理されている。軍は国家目的達成のための手段である。中国は広い領域を持つており、それはかつてナチスが征服した範囲よりも広い。隣接国は14 カ国、海洋を挟んでの隣接国は9 ヶ国に及ぶ。中国の歴史は侵略とその防衛の繰り返しである。日本はそのような経験があまりないが、隣国として認識し理解する必要がある。侵略の繰り返しの結果が中国の“ゆがみ”であるが、それは一概に悪いものと決め付けてはならない。辛亥革命は、排満・興漢と反列強という二重のナショナリズムの追求によって中華回復を追求したものであった。孫文たちは三民主義を展開し、マルクス主義との違いを主張したが、その違いは実はよく分かっていない。毛沢東は被害者意識が強く、また民族文化の意思も強かった。それが、中国の建国思想の根底に流れている。建国には3 つのステップがあった。第一のステップは、生存を確保することであった。毛沢東の時代には、中華文明といったことをあまり明確に打ち出さなかったが、鄧小平に代わってから、新たな価値観を模索し構築するようになり、海軍においては戦略ミサイル潜水艦の保有を目指すなど、人民戦争からの脱却も図られた。第二のステップは、経済成長による国力の充実であり、そして、第三のステップが、中華文化による新秩序建立である。中国人は極めて現実的で環境に忠実に従おうとする民族である。中国の武装力は、人民解放軍、人民武装警察部隊、民兵から構成されており、政府ではなく党の指導を受けている。中国は、軍事大国に対抗するため核兵器を開発した。毛沢東と葉剣英は自力で核兵器の開発を目指し、少ない財源が核兵器システム構築のために投入された。その一方で、劉少奇や鄧小平らはソ連の核の傘に入ることを検討していた。その闘争は文化大革命の重要な要素でもあった。中国の脅威対象はアメリカとG7 である。それは昔からぶれていない。国際社会にあって、中国の外交上の目標は、自国に都合のよいルールを作り出していくことである。そこには価値観の違いがある。中国は中華的価値観を常に持っている。改革開放期、核兵器開発に軍事予算が圧迫される中で、定員削減による効率化を図り、その後、科技強軍を展開し核兵器システムと軍の現代化を推し進めていった。経済成長を達成した今、中国は軍事強化に動き出し、ハイテク条件下の人民戦争戦略の下の富国強兵を進めようとしている。中国の統一戦線工作の最大の舞台は国連である。中国は、アメリカとの対決を念頭においているが、負ける戦いは考えていない。アメリカの物資の65%が通る南のシーレーンを支配下におくことでアメリカに打撃を与え得ると考えている。甘粛・青海には東・南シナ海から巡航ミサイルが届かない。有事、その地域に政府機能を移すことも考えている。西部大開発プロジェクトの目的の一つでもある。中国は対馬海峡を重視している。対馬海峡を支配することで日本海を制海することができると考えている。毛沢東は建国してすぐ強力な海軍力を作るよう指示しており、これまで、計画的にことが進められてきた。中国の軟戦戦略は、ジョセフ・ナイのソフトパワーに対比されるが、実質は異なる。中国は対抗と合作によって海上の安全保障環境を保持しようと考えている。中国は、全面戦争はアメリカとの戦争と台湾統一戦争だけと考えている。日本との戦争は平時のものとして考えられている。平和時の軍事闘争の中に、軍事外交が含まれる。国力の増大と共に、中国は台湾の地政学的価値を再認識し始めた。台湾問題は政治的な問題としてではなく、地勢戦略的な意味を持つようになっている。(3)セッション2「人民解放軍海軍の動向」竹田純一・NHK 考査室主管が、「人民解放軍海軍の動向」と題して要旨以下の通り発表した。[発表要旨]:中国は、経済大国の後に政治大国になり、次に軍事大国を目指している。中国が軍事大国にまで行き着くのかを注視してきた。建国60 周年の中国では、海軍も60 周年である。建国から30 年は大雑把にいって毛沢東の時代であった。国土の辺境と人民戦争の重要性が唱えられた。海軍はブラウン・ウオーター・ネイビーと言われたが、現代化に伴い変化してきた。グローバルコモンズを重視し、南下と東進を進めている。中国は今、国防という中心的任務と共に非軍事任務にも力を要れ、総合的な軍拡を目指していると考えられる。海軍では北海艦隊に力が注がれていたが、今は南海艦隊が主力となっている。中国の核心利益はこれまで新疆ウイグル自治区と台湾だったが、いまや南シナ海にまでそれを拡大してきた。中国は戦略地域の拡大を進めている。東進・南下の過程において、アメリカとの間でグローバルコモンズをめぐる衝突が生起する可能性がある。また、ロシアとの間でも不必要な軍拡競争を生起させる可能性もある。中国海軍の重要な任務は、台湾有事の際にアメリカ軍の接近を阻止することである。現状、グアム辺りで食い止める必要があると考えている。最近メディアが注目したものとして、91765 部隊による実弾演習がある。韓国哨戒艦沈没事件を受けた後の演習として注目された。アメリカ海軍が黄海に入ったのは1994 年以来であり、それへの牽制はかなり厳しいものであった。中国のソマリア沖・アデン湾への海軍の派遣は、国際貢献であるのか、あるいは軍事演習の一環として捉えているのか、これをアメリカは慎重に見極めようとしている。人民解放軍には訓練条例があり、ソマリア沖・アデン湾への支援部隊の任務は訓練の一環と位置づけられている。人民解放軍の指揮官の知識・技能レベルは高い。空母については、ウクライナから購入した空母を改修しており、純国産の2 隻が目下建造中か計画中と言われるが、完成が何時になるかは不透明である。中国は未だグローバルな海軍力ではないが、地域的に強大な海軍力として台頭し、その軍拡が地域に不必要な軍拡競争を招いている。中国はこれまで、既成事実を作り、次にそれを拡大することを繰り返してきた。中国のパワーがこのまま拡大を続ければ、アメリカの抑止能力とその信頼性は減少することになるであろう。アメリカの地域における軍事力のあり方が問われることになるだろう。(4)セッション3「中国の法執行態勢」毛利亜樹・同志社大学助教が、「中国の海洋とその上空における法執行」と題して要旨以下の通り発表した。[発表要旨]:海上法執行組織の役割は、中国の国内法に基づく「法執行」である。その概念において、平時と有事の間に大きなグレーゾーンがあり、それは、日本がこれから直面する課題となるものである。また、中国による「合法性」の強調には行動原理というものがあって、対外的と国内的にそれぞれ異なる意義がある。中国の行動の源泉はナショナリズムであることを理解する必要がある。中国の海上法執行組織には、国家海洋局、海警、海監、海巡、漁政がある。これらは中央と地方に組織をもっており、中国当局は国連海洋法条約と国内法の執行機関であると説明しているが、何をどのように取り締まっているのかは不明瞭である。海監総隊は国務院のもとにある国家海洋局に属しているが、海軍と密接な関係をもって行動している。2008 年海監総隊が尖閣諸島に現れたとき、中国当局は、あくまでもパトロールであると発表している。2009 年、アメリカ海軍の観測船インペカブルに対しては必要以上の妨害を加えている。2010 年に海上保安庁の巡視船「昭洋」を妨害した際、中国当局は中国国内法の適応内の行動であると説明している。中国では、定期的に国内法が制定されてきた。1992 年の領海及び接続水域法は、中国国内法の独自性が極めて明確に表れている。そこには、「安全保障上の違反があった場合」という文言があり、このような表現は他の国家の国内法にはない。2009 年に制定された島嶼保護法では、「島嶼の保護と管理」と説明されているが、文民・漁民による日本の無人島への上陸を許容すると解釈できる条項がある。中国の国内法における法執行関連条項には、法執行が平時と有事の間のグレーゾーンにおける行動と位置づけていると解釈できるものがある。日本をはじめ多くの国では、法執行は平時における犯罪行為の取締等と位置づけられており、中国の法執行においては解釈の相違から錯誤が生じる可能性が高いことを認識する必要がある。さて、中国の三戦は、世論戦、法律戦、心理戦が柱となっている。ここにおいて法は、安全保障政策の枠組みに組み込まれている。中国当局が「法に則った行動」と言う場合、安全保障政策の一環であることを認識する必要がある。最近、中国では「海権」と「海洋権益」を区別して使用する傾向がみられる。国際社会に中国の拡張を危惧させないための措置とも言われる。「海権」は、中国が国内法と国際法に拠って有する合法的な権利であり、「海洋権益」は、合法的に護られるべき権益である。中国では、海洋における権利が脅かされているという脅迫感があり、雪辱というナショナリズムを抑制するための使い分けと解釈できる。(5)質疑・応答Q1:中国は空母の建造と運用を戦略として考えているのか。A1:空母は本気で持とうとしている。技術的な問題をクリアすることは難しいようだが、開発は進められている。空母を力のシンボルと捉え、地域諸国に示し、南シナ海の支配を強めることに利用する考えであろう。Q2:軍の独走はないとの考えが示されたが、軍のどのレベルの話かで見解が異なるのではないか。A2:権力闘争の歴史の中で、軍事戦略がある程度の幅をもって揺れ動くこともあったし、人民解放軍の中で規律の乱れや独断的な行動がみられることもあったが、総じて、党が軍をコントロールする形態は守られていると考えた方が適切である。Q3:中国海軍ではマハンはどのように扱われているのか。A3:中国海軍はマハンを研究しているが、中国海軍がマハンの理論を戦略や作戦に取り入れているとは思えない。ただ、島嶼をひとつずつ抑えていったところは、少なからず影響を受けているとも見えるだろう。Q4:核心利益をどう解釈すればいいのか。これまで中国は台湾と新疆ウイグル、チベットを核心利益と位置付けていたが、そこに南シナ海を4 つ目に入れた。それにはどういう意味があるのか。A4:他のところとは意味合いが違うのかもしれない。むしろナショナリズムに訴える意味合いが強いのでは。自分の勢力圏を主張して権力を拡大しようとしている証左ともいえるのではないか。Q5:中国はanti-access 戦略を本当に採用しているのか。アメリカはQDR でAir SeaBattle を示しているが、中国はこれに対して行動をとっているのか。A5:米韓演習で米海軍が黄海に入ることを拒否し、また、対応して中国海軍艦艇を黄海に投入したことから、anti-access という考えがあるのではないか。Air Sea Battle については、米軍が何をいわんとしているのか不明瞭なところがある。中国は研究をしているようだが、明確に発言をしたことはない。Q6:中国の海上執行機関で横の連携があるのか。情報の集約はあるのか。A6:国家海洋局が縦割り是正の役割を担っていると言われるが、実態は不明確だ。自覚はしているようだが。Q7:分散型の法執行体制は統合される方向に動くのか。A7:願望としては統合の方向に行きたいということは確認できているが、それがどこまで実行されるかはわからない。C8:海上警察力が重複しているという認識は中国側にもある。一つの海上警衛隊に統合するという動きもあるようだが詳細はわからない。Q9:世論調査で高い支持があったとのことだが、インペカブル事件はナショナリズムが高揚している時期だったのではないか。世論調査は定期的に行われているのか。A9:中国は権益が脅かされているという考えを常に持っているので、ナショナリズムがいきなり高揚したという考えではないと思う。世論調査は定期的に行われているわけではない。別紙2「東アジア海域の海洋安全保障環境」第2 回国内研究会「中国海軍・法執行機関の行動と東南アジア諸国およびアメリカの関心」(成果報告)標記について以下の通り報告する。記1 実施の概要(1)日時・場所平成22 年9 月2 日(木)・海洋船舶ビル10 階会議室(2)プログラムおよび参加者ア プログラム13:15-13:20 研究会経緯説明秋元一峰(海洋政策研究財団主任研究員)13:20-14:10 セッション1「東南アジア諸国の関心」発表:飯田 将史(防衛研究所主任研究官)14:10-15:00 セッション2「アメリカの関心」発表:上野 英詞(海洋政策研究財団調査役)15:00-15:15 休 憩15:15-16:00 セッション3「中国の三戦」発表:斎藤 良(防衛研究所所員)16:00-17:00 セッション1・2・3 に関する討議17:00-17:30 意見提示・自由討議イ 参加者以下の国内コアメンバー秋山昌廣 海洋政策研究財団会長秋元一峰 海洋政策研究財団主任研究員飯田将史 防衛研究所主任研究員上野英詞 海洋政策研究財団調査役川中敬一 防衛大学校教授齋藤 良 防衛研究所所員竹田純一 NHK 考査室主管林司宣 海洋政策研究財団特別研究員毛利亜樹 同志社大学助教2 発表・討議の概要(1)セッション1「東南アジア諸国の関心」飯田将史(防衛研究所主任研究員)この1 年ほど、アメリカ海軍艦艇の行動阻害や海島保護法の制定など、中国が強行な姿勢を示している。南シナ海は中国にとっての「核心利益」であるとの発言があったとも伝えられている。ここ10 年あまり、中国は東南アジア諸国に対して非常に協調的な姿勢を見せてきた。「南シナ海行動宣言」に署名し、2005 年には中国、ベトナム、フィリピンによる「共同資源探査」が合意実施にいたった。これらは平和路線の一歩となるような政策であった。1990 年代に広がっていた中国脅威論が、2000 年代には、中国チャンス論に変わってきてもいた。南シナ海を巡る中国の姿勢の変化を追ってみると、西沙諸島の支配から始まり、南沙諸島に進出し永興島の軍島化すると共に、永暑礁、赤瓜礁を次々に獲得していった。このあたりから東南アジア諸国との争いが生じてきた。美済礁事件は東南アジア諸国に非常に大きなインパクトを与え、中国脅威論が浮上してきた。しかし、1999 年になって、東南アジア諸国との行動規範に関する話し合いを受け入れ、2002 年に「南シナ海関係国行動宣言」に署名した。東南アジア諸国の要求が大幅に盛り込まれた宣言に対して、中国はこれを受け入れて署名を行ったことで、中国と東南アジア諸国との関係は良好となった。何故、中国は東南アジア諸国に対して穏便な姿勢をとっていたのか。大きく二点が挙げられる。一つは、経済発展の実現という観点からであり、そのためには環境づくりが不可欠であった。二つ目にはアメリカとのパワーバランスが挙げられる。東南アジアでは対米不信が広がっていて、中国に対する東南アジア諸国の考え方が大きく変化していた。また、中国はアメリカの当地域における介入が脅威であり、行動宣言を作ることで、アメリカを抑制できると考えた。ところが、2009 年あたり、中国は東南アジア諸国による200 海里以遠の大陸棚の延長に対して、強硬な姿勢をとり始め、各国間での対立が激化しだした。また、中国のパトロール・法執行活動が強化され、漁業を巡って東南アジア諸国との対立が顕在化していった。これと平行して、中国海軍も軍事訓練を活発化させ、南シナ海での多兵種合同実働・実弾演習などを実施するようになった。そのような中で、アメリカ海軍のインペッカブルへの妨害行動が発生した。中国側の主張は、インペッカブルは中国政府の許可を得ず排他的経済水域で活動していたのであって、これは国際法と中国の法に違反している、というものであり、アメリカと中国の間で双方の主張がぶつかることになった。なぜ中国は強硬な姿勢に転じたのか。そこには、①他国による主権顕示の強化に対する対応、②資源開発への出遅れから生じる焦り、③問題の「国際化」「多変化」「同盟化」への懸念、④安全保障戦略上の重要性と実力への自信の高まり、が背景にあると考えられる。このような中国の姿勢が様々な「副作用」を引き起こしている。東南アジア諸国は軍備増強を進めており、アメリカ軍は東南アジア地域への関与を強化しているし、大国の関与増大へ向けたASEAN の動きも活発化してきている。ASEAN の防衛大臣会議にアメリカやロシアの参加を促し、中国に対するカウンターバランスを狙うようになった。中国の中では、意見が割れている。強硬路線で、軍事プレゼンスの強化、法執行機関の統合、あるいは台湾との共闘を目指すべきであると唱える人々がいる一方で、協調路線派は、従来の協力姿勢を継続することで中国の孤立化や周辺環境の悪化の回避を狙うべきであると考える一派がいる。この問題の進展が中国の外交全般を展望する上で重要な鍵となる。(2)セッション2「アメリカの関心」上野英詞(海洋政策研究財団調査役)話の前提としてアメリカの地政学的特徴について述べる。安全保障政策において地政学的な観点を無視することはできない。アメリカは「大陸規模の島国」であり、アメリカの安全保障戦略の最前線である。イギリスと日本は両端に位置する重要なハブである。そのようなアメリカの関心の一つは海洋境界の確定であり、二つ目は中国海軍の海洋進出である。中国の海洋進出はアメリカの行動海域との接触が避けられない状況に陥ってきており、アメリカの関心は高まっている。南シナ海は中国の核心利益だが、航行の自由や海洋コモンズへの自由なアクセスと対峙する。アメリカの立場はクリントン国務長官が2010 年7 月ハノイで発言したとおりである。まず、南シナ海における国際法規の遵守こそがアメリカの国益である。第二に、領土紛争の解決のため、すべての関係国による協調的な外交プロセスを支持する。第三に、南シナ海における領土主権をめぐる紛争に対しては、いずれの側にも与しない。むしろ、いずれの当事国も国連海洋法条約を遵守して、領土主権と海洋スペースに対する権利を追求すべきである。第四に、行動宣言を支持する。つまり、クリントンの発言は、中国を牽制しアセアン諸国を支持する姿勢を意味する。アメリカも直接的な当事者となりうるのだが、EEZ における第三国の軍事活動に対する米中の見解が異なる。国連海洋法条約によると、EEZ は航行の自由を保証するが、沿岸国の権利・義務は尊重されなければならないものである。これに対してアメリカは領海より以遠の海域は国際水域であるという解釈に立っており、すべての国が公海における航行の自由と上空飛行の自由を享受するとしている。ただし、アメリカは海洋法条約を批准していない。一方の中国は、沿岸国の権利・義務の尊重規定を重視し、中国のEEZ 内で航行の自由と上空飛行の自由を容認するが中国の関係法規を遵守すべしと考えている。アメリカにとっての大きな関心事項としてアクセス拒否環境が挙げられる。QDR2010においては、8 つの戦略計画が明示された。それらは、新たな空海統合戦闘構想の開発、長射程攻撃能力の拡充、海面下作戦応力の強化、前方展開戦力の強化、宇宙へのアクセスと宇宙のアセット利用の強化、C4ISR の抗耐性の強化、敵のセンサーや戦闘指揮システムの破壊、そして軍のプレゼンスと即応態勢の強化である。そのうち、第一の新たな空海統合戦闘構想の狙いとは、高性能アクセス拒否・地域拒否能力を備え、多様な軍事作戦を遂行する敵を打破するために、アメリカの軍事行動の自由に対する増大する挑戦しうる、あらゆる作戦次元に及ぶ統合能力を発揮するための、空、海戦力の運用を検討する、というものである。それは、エアーシーバトル(2010 年5 月)に詳しく書かれている。これは、西太平洋海域の特徴、アメリカのパワープロジェクトと中国軍の対応、空海戦闘構想の狙い、アメリカの対応、そして日本への期待について包括的に、そして中国と名指して詳細にまとめたものである。アメリカが関心を寄せる大きなものとして、アメリカ軍の再配備計画がある。アメリカ軍はグローバルな再配備を遂行しており、グアムが最前基地として重要性を増してきている。再配備は駐留した国家の安全を守るというよりは、そこを拠点としてパワーを展開するという意味が強い。中国の進出に対してアメリカはどのようにして対応するか。アメリカはある一つの国家がある地域において地域的な覇権国になることを嫌ってきた。信頼できる軍事プレゼンスの維持が必要不可欠であり、また同盟国との協力関係を維持し、アメリカのプレゼンスを東アジアに残すことが命題となる。(3)セッション3「中国の三戦」齋藤良(防衛研究所所員)人民解放軍は心理戦を重視する。政治工作には三原則があり、国共内戦、抗日戦争、あるいは朝鮮戦争での成功体験がある。このような背景を持つ人民解放軍はハイテク化した湾岸戦争から、心理戦は戦術レベルから戦略レベルになっていると捉えた。宣伝戦に大きな影響を与えたのはコソボ紛争とイラク戦争である。特にメディアコントロールが着目された。自国のメディアに対する報道規制や、記者会見での情報制限、イラク側放送局を破壊することで情報の封殺やアメリカにとってマイナスの情報を隠蔽するなどの方法に着目した。そこでは、情報を全部隠すという手法よりも、むしろ積極的に記者会見を行うことで情報を操作することを教訓とした。イラク戦争で得たいまひとつの教訓は法律戦である。このような三戦に関しての研究の成果が、「中国人民解放軍政治工作条例」の改定(2003年12 月)であった。明確に「興論戦、心理戦、法律戦を実施し・・・」という文言が盛り込まれた。ハイテク化によって心理戦の様態が変化し、それを行う手段が発展したという背景があり、その裏には政治将校の復権を狙った動きが見て取れる。三戦の研究としては、国防大学、軍事科学院が挙げられる。学生に対して教育を施しているのは、南京政治学院で理論研究、西安政治学院で法律戦に関する研究教育が盛んである。どのように三戦を展開しているのか。問題意識は、国際的な発言権は西側にあって中国にはないというところが出発点にある。西側メディアは主導的にアジェンダを設定し、中国は「被告」という不利な印象がある。そこで、2008 年1 月の全国宣伝思想工作会議においてこれを是正するよう発言があった。同様に、「軍事対外宣伝工作の強化と改善に関する意見」において積極的かつ効果的な対外宣伝と世論闘争を展開し、我に有利な国際世論環境を作ることを訴えた。その他、軍事サイトの活用、国防部のホームページの開設を展開してきた。心理戦では、訓練、威嚇手段としての演習、外国との訓練、閲兵式あるいは心理防護を展開する。法律戦に関しては、2006 年中国国防白書で初めて「法律」という文言が入った。文芸工作は、人民解放軍の宣伝手段である。総政治部の直轄組織が文芸工作を展開する。文芸工作は防衛交流や報道ではカバーできない層に対する有効な宣伝手段となっている。(4)質疑応答および討議Q1:キーワードとして、南シナ海が核心利益であるというところである。だが、中国がどこまで真剣にこれを考えているのか。国防部ではそのような文言を明確に使用していない。アメリカによると、中国には、伝統派(国内に集中するべき)、開明派(中国の台頭があくまでも平和的なものであり、アメリカに取り込まれないべき)、強硬派(中国のスタンスを明示していくべき)という三つの派がいるという。中国は果たして今どのスタンスにいるのだろうか。南シナ海をめぐる問題で、日本との関係はどのように展開するのだろうか。中国がアメリカとのバランスを考えた際に、日本を取り込むことも一案なのではないか。A1:中国が南シナ海を本当に核心利益と捉えているかどうかはいまだ疑う余地がある。出元がアメリカである。また、一般的にいえば、領土問題は核心利益であるため、その観点から見れば、南シナ海は明らかに核心利益。では、中国が公式にこの問題に関してまったく妥協する余地がない、中国の中央政府に影響を及ぼすほど重要な問題として捉えているかといえば、決してそうではないはずである。台湾、新彊ウイグル、そしてチベットがやはり「核心利益」であり、南シナ海はそこまでまだ到達していないと考える。ただし、南シナ海をめぐる問題は、ナショナリズムを背景として注目されているし、実力が高まったことから生じる自信もあり、そこから「核心利益」という発言がでたのかもしれない。中国自身は今のところ、伝統派的な考えが根強くあって、強硬派にまで到達していないしできないという風に考えている印象がある。そのため、強硬派一点張りで行くという選択肢はあまりないのではと考える。また、中国が日本を取り込む可能性については、報道では少なくとも触れられた形跡はない。東シナ海と南シナ海の大きな違いは、「あせり」。東シナ海においては資源を確保しているが、南シナ海ではまだ何も得ていない。そのため焦りが如実に表れている。C1:実際に中国の誰がいつ核心利益と発言したかについては誰もわからない。誰もわからない。C2:核心利益というのは言葉の問題なのかもしれない。アメリカの質問に答える際に、この言葉を英語に直して使用した可能性はある。核心利益、という日本語に固執しるよりも中国の戦略全体像を捉えるほうが賢明だろう。南シナ海の問題に関しては、中国の研究者は限定して話さない。アメリカや日本の反応に対して中国自身も実は焦りをもって対策を練っているとも考えられる。C3:以前の研究会において、中国人は、海洋の自由、high sea での自由、などといった言葉を中国人は好まず、結局は海上の航行と上空の自由という文言では合意ができた。Q4:比較的数年前まで米中関係は、大統領と国家主席では大きな方針では合意するが、細かい部分ではぶつかっていた。中国に対してアメリカは遠慮がちに扱ってきたように思う。だが、最近の米中関係では、お互いがかたくなな姿勢を採っているように見受けられる。これからの大きな国際問題、国連を中心とする問題、ASEAN+における中国の動きが協調的な姿勢を展開するのか、それとも資源確保という自己利益を追求する姿勢と、どちらに向かっていくのかを踏まえたうえで、南シナ海を捉えていくべきだと考えるが、いかがか。A4:アメリカにとってこの地域は最前線であるため、中国がここに進出することで、衝突が起こることは目に見えている。構造的な対立は免れない。双方は戦争を望んでいるわけではないから、協力関係を築くところはもちろん築くだろうが、根本的な対立構造は消滅しないだろう。C5:米中関係は対極にあっていいと思う。米中間での関係悪化は軍事面だけである。米中の対極関係の中で、軍がいくら抵抗しても、それを究極まで達成できるとも思えない。中央政府のコントロールがある程度利いているはずである。他方、オバマ政権も優柔不断で対中姿勢が明確に定まっていない感がある。中国に対する配慮を見せている。ぐらぐらした中で米中関係が動いているように思う。C6:個人的な印象としては、長期的に見て米中の折り合いがつかない根本は、地域的な秩序形成の差異があるからだと感じる。中国は目標を達成するために、あえて地域的な協力を展開してきた。既存の秩序にチャレンジしたいと考えたわけではなかったはずである。最近の問題は、アメリカが下地としているルールと中国が下地としたいルールが異なるという事実があるからである。究極的には中国の政治変化がない限り、構造的な対立は消えない。Q3:世界が中国の復興に対する心理準備不足なのではないか。という中国的な主張があるが、中国は世界がもつ中国に対する「誤解」を解かなくてもいいのだろうか。これは宿命なのだろうか。A3:人民解放軍は党の軍であり、自ら弱いという基本的な考えがある。弱い自分に味方してくれる人を探すという姿勢があるから、このような手法が生まれたと考えられる。C7:雑駁にいえば三戦は以前から行われてきたものである。対象が軍隊の内向け、国内向け、そして外国向けのやり方がある。大多数は内向けなのである。Q4:政治将校の復権という話があったが、よく飲み込めなかった。もしこの三戦が政治将校の復権を狙っていたのであれば、それまで失権していたのか。この意味をもう少し説明してほしい。もう一つは、湾岸戦争と心理戦争のハイテク化という話の中で、①打撃の重心は敵の心理であり、心理戦は独立した作戦様式となる、ということと、②現代心理戦は全地球規模の大心理戦であり、敵の政策決定層への打撃と栄養が重要戦略目標である、という具体例はなにか。A4:政治将校の失権は言葉が重いのかもしれないが、いずれにしても、政治将校はもういらない、という声は確かにあった。政治将校への疑問を持った人が多かった。政治将校の必要性、つまり、ソフトパワーとしての政治将校の必要性のためにも心理戦の扱いが政治将校との考えがでた。Q5:これまで弱い立場から心理戦を行使してきたという立場の中国だが、軍事大国となった中国がアメリカと対峙するために、心理戦を使ってくる可能性があるように感じる。軍事費の透明性に関して、企図の透明性を強調しているが、具体的にはどういうことなのか。A5:企図の透明性に関していえば、解放軍報が嘘をつくわけない。隠しているところはあるが。企図はきわめて明確である。彼らは台湾を統一するために必ず先制攻撃をする、と明確に書いている。なので、そこを疑うことはないだろう。Q6:核心利益に関して、脅し半分観測杞憂半分のように見受けられるが、いかがだろうか。宣伝戦の中で、日本のメディアの中でも中国人がやってきて一つ一つ批判していくのだが、細かいところまでケチをつけてきているところがあるが、それも三戦の一環なのか。A6:このようなある程度自由な意見が出てくる背景には、中国の自信があるようにもある。そのような意見がでてくる背景についてしっかりと研究しておく必要がある。C8:これまでの中国の宣伝戦は押しつけ中心だったが、これからは外国人にわかるように、個々の国にあわせた宣伝を行っていく必要があるという考えにかわってきた。これは中国の政策がそのまま実行されている証左といえるだろう。C9:核心利益の出元はおそらく中国外交部と考えてだとうだろう。また、アメリカに響くように発言をすることが重要だったが、クリントンがARF で反応しすぎたために、中国内でも再検討がなされている。別紙3「東アジア海域の海洋安全保障環境」第3 回国内研究会「東・南シナ海の戦略構図」(成果報告)標記について以下の通り報告する。記1 実施の概要(1)日時・場所平成22 年12 月17 日(金)・海洋船舶ビル10 階会議室(2)プログラムおよび参加者ア プログラム13:15-13:20 研究会経緯説明秋元一峰(海洋政策研究財団主任研究員)13:20-14:40 セッション1「中国の外交・安保の基本と党・政・軍関係」(仮題)発表:浅野 亮(同志社大学法学部教授)(50 分)質疑・応答、討議 (30 分)14:40-15:00 休 憩15:00-16:00 セッション2「中国人民解放軍の最近の動向」(仮題)発表:川中 敬一(防衛大学校教授)(40 分)質疑・応答、討議(20 分)16:00-17:00 セッション3「東アジア海域における軍事基地と中国の海洋戦略」(仮題)発表:秋元 一峰(海洋政策研究財団主任研究員)(30 分)質疑・応答、討議(30 分)17:00-17:15 総括秋山 昌廣(海洋政策研究財団会長)イ 参加者以下の国内コアメンバー秋山昌廣 海洋政策研究財団会長秋元一峰 海洋政策研究財団主任研究員浅野亮(同志社大学法学部教授)飯田将史 防衛研究所主任研究員上野英詞 海洋政策研究財団調査役川中敬一 防衛大学校教授齋藤 良 防衛研究所所員竹田純一 NHK 考査室主管林司宣 海洋政策研究財団特別研究員毛利亜樹 同志社大学助教2 発表・討議の概要(1)セッション1「中国の軍事安全保障・外交政策について」浅野亮(同志社大学法学部教授)「中国は整合的に成長している、という考えに当てはまる情報がほしい」とよく頼まれるが、私はそのことについて非常に懐疑的である。中国の軍事力には2 つのポイントがある。その一番目は軍事に関して中国の近代化が急速に進んでいるが優先順位が不明確であり、それは外交・安全保障の決定プロセスによるもので、必ずしも整合的・合理的ではない。二番目が中国は軍事力の直接的な行使はしないけども、平時においては軍事力を背景にしながら主に『三戦』を用いた心理的な戦いを進めているということである。党軍関係の大きな特徴としては、人民解放軍は政治に関して「ああしろ、こうしろ」というビジョンを持っていないが、簡単に言えば拒否権を持つという形で政治に関して影響力を持っている。もう一つは沈黙を保つことによって政治指導者に精神的に圧迫感を与え、結果として軍に配慮するということ。主にこの二つである。軍が個人レベルで意見を発表することはあるし、またジャーナリズムを通して軍人が意見を発表することはあるが、それが軍人の個々人が自分の意見を持って発言しているかは疑わしい。何故なら強硬派と知られる羅援少将の発言を調べてみると、一つ置きに強硬な発言、一つ置きに穏健な発言、というかたちが繰り返されており、まるでゴーストライターが裏でシナリオを書いているのではないかと思える。ただ名前と写真を貸しているだけのように見える。個人の意見かどうかは疑わしい。一度会ったとこがあるので、もう一度その少将に会ってそのことについて聞こうと思ったが、逃げられてしまった。確かに、以前よりも軍がメディアに出て意見を述べるようになったが、それが必ずしも自分の意見かどうかはわからず、どこまで影響力があるかは不明である。外交部は党の中央委員会 200 人の中には入っているが、中央政治局には入っておらず、国務院の指導下にある。一方軍隊は国務院ではなくあくまで共産党の指導下にある。しかし、厳密にいえば共産党の指導下というよりも、個人の指導下、必ずしも党組織の下ではない。総書記、党の中央軍事委員会主席の指導下にある。政治体制は中央集権的、実際の政策決定は分権的である。地方は中央の言うことを聞かない。地方は地方同士で競争し合い牽制し合っている。軍隊もそのような面があることは否定できない。しかしプロセスは不透明で公表されていない。軍事や安全保障の政策決定プロセスは、不透明である。これは当たり前のことであり、「私はこのように戦争を行う」という人間はいないので、ここは本質的に不透明である。中央政治局のなかに党中央政治局常務委員会があり、委員は9人いるが、そのなかに外交と軍事安全保障の専門家はいない、一つレベルの下がった党中央政治局に中央軍事委員会の副主席が2 人いるが、実際の影響力はわからない。ここにはいわゆる外務大臣である外交部の部長は入っていない。外務大臣は党の中央委員会200 人の中にはいるが、共産党の中のランキングでは下にいる。私が外交部の人間にこのことを聞いたところ、実際には政治局は外交にタッチしないという話だ。常務委員のなかでもそれぞれの専門領域がある。イデオロギー担当、宣伝担当、公安担当、治安担当、など。その中でもはっきりとした派閥があり、特に胡錦濤か前任者の江沢民か次の習金平に連なるグループが確実に存在しており、それらの非公式なグループが政策決定において極めて強い影響力を持っている。今回の尖閣諸島を巡る問題、または反日デモにおいても、派閥争いが密接に関係していたと推測する私の友人達や先輩も非常に多いし、私自身もそう思う。問題はこの常務委員会9人が本当に7800万人で構成される共産党をしっかりと束ねられるのか、というとそんなことはない。じゃあ束ねていない証拠があるかというと、そういうのは共産党員もなかなか言わないのでこちら側で推測するしかない。それは明らかに胡錦濤に忠誠を誓うレトリックを使いながら、実際は全然違うことをやる、という中国特有のパターンが広く見られる。中国の軍の指導については、中央軍事委員会というものがあるが、主席が1 人、副主席が3 人、委員が8 人で構成されていて、主席はもちろん胡錦濤で、この10 月に習近平が副主席になった。習金平についてだが、彼の経歴から見て曽慶紅とのつながりが極めて強いと思われる。何故かというと、江沢民の後継者と自他ともに認められていた、上海の党委員会の書記をしていた陳良宇が2007 年に腐敗汚職の責任を取らされて失脚した。胡錦濤が彼を失脚させたのは間違いないのだが、あろうことか江沢民の腹心中の腹心である曽慶紅が実際に失脚させた。要するに皇帝の腹心が、皇太子が邪魔で廃嫡させたということだ。陳良宇に代わって上海の党委員会の書記になったのは習金平であり、習金平が曽慶紅には恩義がある。少なくとも2012年頃までは習近平と曽慶紅の仲は良いだろうと言われている。習近平はかつて国防大臣の秘書を務めていたが、秘書と言うのは実は次の世代の軍の指導者になる可能性が極めて高いのだが、軍に残っても政治のトップにはなれないということで「軍に残らないか」という声を断った。結果として習金平の判断は正しかった。他の副主席の格伯勇は実際には制服組のトップ、徐才厚はいわゆる政治将校のトップということである。よく言われるのは、解放軍は共産党の軍隊であり、軍内部には政治将校がいて共産党の党委員会や支部が張り巡らされており、共産党の軍に対する影響力は非常に強いと言われている。確かに共産党は人事を握っているため権威が高い。しかし、実際には中央軍事委員会には、政治将校は徐才厚一人、残りは軍事専門家である。ここで権力の分割が行われている、要するに政治指導者達は政治将校を信頼しているとは限らず、分割して統治している。また、総参謀部が動くためには総政治部の承認が必要であり、実際に兵隊が動くには総後勤部から燃料を調達しなくてはいけない。どの部局も一つだけでは動けない。軍事的な合理性よりも、政治色の色濃い軍事体制になっている。軍事財政に関しては、総後勤部がこれまで担当していたが、これが国家の財政とどのように連動していたのか分からなかった。最近は国家財政の中で議論されるようになり、しかも金融危機以後、民生を犠牲にしてまで国防費を伸ばすということは行われなくなった。解放軍の運営の仕方というのは軍事財政で見る限りにおいて国家の枠組みの中で動くようになってきた。ここまで見ると問題がないように見えるが、解放軍と言うのは命令があればすぐ動くという訳ではなくて、誰と誰が同郷であるとか、誰と誰の仲が良いとか、人間関係で動くところが強い。胡錦濤が何をいっても軍部は知らぬふりを決め込むことができる状況であり、胡錦濤は雨とムチを用いなくてはならない。胡錦濤は軍事を知らないまったくわからない、ほとんど丸投げの常態である。そうなると制服組トップの格伯勇にまかせなくてはならないが、胡錦濤と彼が親しい訳ではない。格伯勇の経歴をみると1999 年に総参謀部の常務副参謀長、作戦の実質的な仕切りをまかせられるが、しかしその後総参謀長にならず突然制服組のトップになっている。誰がこの人事を仕向けたのかはわからないが、おそらく胡錦濤ではないだろう。したがって、胡錦濤と制服組のトップとの間はそれほど親密ではないのではないか。かといって現在の解放軍には政治的な役割を大きく果たす林彪のような人間がいる訳ではなく、あくまで軍は専門家集団として自らのアイデンティティを優先し、その意味での組織的な利益、個人的な利益が損なわなければ満足しているという傾向が強くなっている。つまり軍隊は戦闘集団というより中国政治の中では利益集団の1 つとして機能しており、最高指導者が軍隊の利益を大きく損なわなければ、政治には介入しないという状況である。本音では軍隊も今の状態では実際の戦争に行きたくないし、要するに武力を使わない三戦というのはその表れでもある。そのような状況で共産党と軍隊が共生している。しかしこれはあくまで状況的なものであって制度として確立しているものではない。したがってこれは政治的コンテキストが変われば、党軍関係は大きく変わる可能性がある。このような中国の政策決定メカニズム、要するに派閥・人間関係で動く。軍隊は利益集団である傾向が強い。「党軍関係」というのは長らく中国政治では注目されて来た概念である。簡単に言えばシヴィリアンコントロールが中国どれだけ利いているかという問題である。しかしシヴィリアンコントロールには問題が色々とある。しかし軍人とシヴィリアンの区別がつかない、経歴だけでは決められない。シヴィリアンコントロールは一種のイデオロギーという面があり、文民統制が行われれば戦争が起こりにくいという考えが底辺にある。「シヴィリアンは戦争について間違いを犯す権利がある」と聞いたことがあるように、実際には、最近は戦争を知らないシヴィリアンが戦争を起こす。シヴィリアンコントロールを追求する学者は今でも多い。軍