報告書・出版物

は じ め に本報告書は、ボートレースの交付金による日本財団の平成24年度助成事業「排出規制海域(ECA)設定による大気環境改善効果の算定」の成果をとりまとめたものです。MARPOL 73/78条約附属書Ⅵの改正により、船舶から排出されるNOx、SOx及びPMに関しては、自国内に排出規制海域 (ECA:Emission Control Area) を設定できることになりました。このECA設定を希望する国は環境影響評価を行い、それに基づいて適切な海域設定を行うことが求められ、IMOへ文書を提出し、審議の上で承認を得ることになっております。このような中で、当財団では独自に我が国周辺海域において船舶による大気環境影響の評価が可能な計算モデルを作成し、シミュレーションを行い、我が国沿岸域住民の健康や陸・海域への環境影響を評価するとともに、我が国におけるECA 設定に関して国際的にも信頼が得られる科学的な資料を作成し船舶に係わる環境政策の適切な策定に寄与することを目的として、平成22 年度から本事業を進めてまいりました。そして、船舶自動識別装置 (AIS:Automatic Identification System) 搭載船舶の航行データを利用することなどにより従来にない細密な排ガス分布データを得、最新の大気質シミュレーションによって我が国周辺における詳細な排ガス濃度を求め、その影響を評価してきました。こうした作業の結果、船舶からの排ガスによる我が国周辺の大気汚染物質濃度の影響は極めて明確になり、それらの成果は国土交通省海事局の専門委員会にも提出して高い評価をいただきました。また、船舶からの排出ガスデータベースについては、国立環境研究所が作成する東アジア全体の全人口発生源を網羅するアジア地域排出インベントリ(REAS:Regional Emission Inventoryin Asia)への採用が決まるなど、高い評価をいただいております。本事業では、さらに排出量の変化や予測環境濃度と環境基準との適合性をものさしとする評価に加えて、欧州や米国がIMOへECAの申請を行った際の評価を参考に、人体健康影響や生態系影響を定量的に評価する方法の我が国への適用を試みました。さらに、統一された指標を用いて米欧におけるECA設定の環境改善効果の定量的比較を行うなど、我が国におけるECAの有効性についての多角的視点による検討を試みました。これまで我が国において、船舶からの排ガスによる環境影響評価として多角的な方法が適用されたことはなく、我が国では他の分野においても類似の研究例がないことから先進的な試行例になり得るものと考えます。環境問題の解決は海事産業にとって真剣に取り組んでいかなければならない重要な事項となっており、このような試みは将来必ず役に立つものと信じております。本事業で得られた成果がこれからの環境問題の解決に役立ち、我が国国民の健康と生態系の保全及び我が国海事産業の持続的発展に寄与することを願う次第です。本事業を進めるにあたりましては、高崎講二九州大学大学院総合理工学研究院教授を委員長とする「排出規制海域設定に関わる大気質環境改善効果算定委員会」並びに武林亨慶應義塾大学医学部教授を委員長とする「排出規制海域設定に関する評価モデル調査研究委員会」各委員の方々による熱心なるご審議とご指導を賜りました。また、国土交通省海事局、海上保安庁をはじめ、関係機関の皆様からの多くのご協力をいただき完遂することができました。今回のように環境問題に関わる難しい課題に対し、豊富な経験と高度な専門的知識をもって熱心に取り組んでいただきました委員及びオブザーバーの皆様、並びに本事業の推進にご支援、ご協力いただきました関係者の皆様に対しまして、心から厚くお礼申し上げます。平成25年3月海 洋 政 策 研 究 財 団理 事 長 今 義 男排出規制海域設定に関わる大気質環境改善効果算定委員会委員名簿(順不同、敬称略)委 員 長 高崎 講二 九州大学大学院 総合理工学研究院 環境エネルギー工学専攻教授委 員 神成 陽容 独立行政法人国立環境研究所 客員研究員前田 和幸 独立行政法人水産大学校 海洋機械工学科 教授浦野 靖弘 一般財団法人日本船舶技術研究協会 基準・規格グループ 主任研究員(北林 邦彦 一般財団法人日本船舶技術研究協会 安全技術ユニット長)津野 良治 一般社団法人日本船主協会 海務部 係長(河本賢一郎 一般社団法人日本船主協会 海務部 係長)及川 武司 日本内航海運組合総連合会 審議役森野 悠 独立行政法人国立環境研究所 地域環境研究センター大気環境モデリング研究室 研究員山地 一代 独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域物質循環研究プログラム 大気化学輸送モデリング研究チーム 研究員華山 伸一 海洋政策研究財団 海技研究グループ 主任研究員排出規制海域設定に関する評価モデル調査研究委員会委員名簿(順不同、敬称略)委 員 長 武林 亨 慶應義塾大学医学部 公衆衛生学 教授委 員 加藤 順子 金沢工業大学 客員教授佐瀬 裕之 財団法人日本環境衛生センター アジア大気汚染研究センター生態影響研究部 部長林 健太郎 独立行政法人農業環境技術研究所 物質循環研究領域 主任研究員( )内は前任者排出規制海域設定に関わる大気質環境改善効果算定委員会出席者名簿(順不同、敬称略)オブザーバー丸田 晋一 国土交通省 総合政策局 海洋政策課 海洋政策渉外官松井 淳 国土交通省 海事局 安全基準課 環境基準室長松本 友宏 国土交通省 海事局 安全基準課 専門官柚井 智洋 国土交通省 海事局 安全基準課 主査矢野 京次 社団法人海洋水産システム協会 研究開発部 部長味埜 敏郎 社団法人海洋水産システム協会 研究開発部 技師陣内 幸児 日本郵船株式会社 技術本部 技術グループ兼環境グループ 調査役永田 順一 株式会社商船三井 経営企画部 CSR・環境室 室長新井 健太 株式会社商船三井 技術部 計画・開発グループ グループリーダー塩入 隆志 株式会社商船三井 技術部 計画・開発グループアシスタントマネージャー池田 真吾 川崎汽船株式会社 技術グループ 造船計画チーム チーム長井上 清次 川崎汽船株式会社 環境推進室冨田 稔 川崎汽船株式会社 環境推進室三浦 安史 石油連盟 技術環境安全部 環境技術グループ長船木 恵司 石油連盟 技術環境安全部 環境技術グループ星 周次 いであ株式会社 国土環境研究所 環境技術グループ グループ長水野 太史 いであ株式会社 国土環境研究所 環境技術グループ 主査研究員早乙女拓海 株式会社環境計画研究所 調査研究部 環境情報解析チーム 研究員排出規制海域設定に関する評価モデル調査研究委員会出席者名簿(順不同、敬称略)オブザーバー丸田 晋一 国土交通省 総合政策局 海洋政策課 海洋政策渉外官松井 淳 国土交通省 海事局 安全基準課 環境基準室長芝田 裕紀 国土交通省 海事局 安全基準課 主査柚井 智洋 国土交通省 海事局 安全基準課 主査北林 邦彦 一般財団法人日本船舶技術研究協会基準・企画グループ 主任研究員 兼 基準ユニット長星 周次 いであ株式会社 国土環境研究所 環境技術グループ グループ長水野 太史 いであ株式会社 国土環境研究所 環境技術グループ 主査研究員林 やよい 株式会社環境計画研究所 調査研究部 環境情報解析チーム 研究員関係者石黒 純一 日本エヌ・ユー・エス株式会社 技術主幹櫻井 達也 同上 安全・環境解析ユニット コンサルタント佐竹 晋輔 同上 安全・環境解析ユニット コンサルタント岩崎 一晴 同上 安全・環境解析ユニット原 大地 株式会社日本海洋科学 コンサルタントグループ 主任研究員事務局岡嵜 修平 海洋政策研究財団 常務理事工藤 栄介 同上 特別顧問華山 伸一 同上 海技研究グループ 主任研究員加藤 隆一 同上 海技研究グループ グループ長三木憲次郎 同上 海技研究グループ グループ長森 勝美 同上 海技研究グループ グループ長代理南島るりこ 同上 海技研究グループ 海事研究チーム チーム長目 次第Ⅰ編 調査の概要1.調査の目的 ....................................................................................................................... Ⅰ2.委員会等開催日 ................................................................................................................ Ⅱ2.1 排出規制海域設定に関わる大気質環境改善効果算定委員会 ................................... Ⅱ2.2 排出規制海域設定に関する評価モデル調査研究委員会 .......................................... Ⅱ2.3 講演会開催 .............................................................................................................. Ⅱ3.調査内容の概要 ................................................................................................................ Ⅲ3.1 ECA 設定の有効性評価に係る追加解析 .................................................................. Ⅲ3.1.1 大気質改善に係る追加解析 ............................................................................. Ⅲ3.1.2 ECA 設定のタイミングに係る解析 ................................................................. Ⅳ3.1.3 ECA 設定の広域的評価に係る評価 ................................................................. Ⅳ3.1.4 ECA 設定の有効性評価................................................................................... Ⅴ3.2 ECA 設定における地理的範囲と大気質改善効果の関係に係る解析 ....................... Ⅴ3.3 これまでに実施した作業の更新 .............................................................................. Ⅴ3.3.1 昨年度に実施した大気質シミュレーションの修正 ......................................... Ⅴ3.3.2 船舶発生源データの更新 ................................................................................ Ⅵ3.3.3 将来シナリオを対象とした死亡者数・疾病発生数の算定 .............................. Ⅵ3.4 IMOに対するECA 申請に際しての基礎資料の作成 ............................................. Ⅵ3.4.1 多角的な評価手法の開発 ................................................................................ Ⅵ3.4.2 多角的な評価手法の関東域への適用 .............................................................. Ⅵ3.4.3 人体健康影響評価 ........................................................................................... Ⅶ3.4.4 生態系影響評価 ............................................................................................... Ⅷ3.4.5 大気中濃度・沈着量・死亡者数に対する船舶寄与分の算定 .......................... Ⅷ3.4.6 ECA 申請に係るクライテリア ........................................................................ Ⅷ第Ⅱ編 調査の内容主要用語説明 ........................................................................................................................ 0-1主要略語集 ........................................................................................................................... 0-41 ECA 設定の効果に係る検討の進め方 ............................................................................. 1-11.1 大気環境に係る改善指標の比較 ............................................................................. 1-31.1.1 各国の大気環境基準値などの比較 ................................................................. 1-51.1.2 生態系・人体健康影響評価への取り組みの日米欧の比較 ............................. 1-81.2 大気質シミュレーションモデルの整備 .................................................................. 1-91.2.1 大気質シミュレーションモデルの概要 .......................................................... 1-91.2.2 現況(2005)を対象とした大気質シミュレーションにおける入力データの整備 ........................................................................................ 1-101.2.3 将来(2020年)を対象とした大気質シミュレーションにおける入力データの整備 ........................................................................................ 1-111.2.4 ECA 設定による大気環境影響評価の対象領域 ............................................ 1-121.2.5 実施したシミュレーション .......................................................................... 1-141.3 我が国を対象としたECA 設定による環境改善に関わる多角的視点による評価手法の検討 .................................................................................................... 1-161.3.1 海域及び陸域における大気汚染物質の排出状況による評価 ....................... 1-181.3.2 環境基準をものさしとした2020年の大気中濃度の評価 ............................ 1-211.3.3 陸上の環境改善効率指標をものさしとした2020年の大気中濃度の評価 ... 1-241.3.4 生態系影響をものさしとした2020年の大気中濃度及び沈着量の評価 ...... 1-291.3.5 人体健康影響をものさしとした2020年の大気中濃度の評価 ..................... 1-321.4 多角的視点からの評価手法における不確実性評価 .............................................. 1-381.4.1 海域及び陸域における大気汚染物質の排出状況による評価に関連する不確かさ ...................................................................................................... 1-381.4.2 環境基準をものさしとした2020年の大気中濃度の評価に関連する不確かさ ...................................................................................................... 1-391.4.3 陸上の環境改善効率指標をものさしとした2020年の大気中濃度の評価に関連する不確かさ ........................................................................................ 1-411.4.4 生態系影響をものさしとした2020年の大気中濃度および沈着量の評価に関連する不確かさ ........................................................................................ 1-421.4.5 人体健康影響をものさしとした2020年の大気中濃度の評価に関連する不確かさ ...................................................................................................... 1-421.4.6 まとめ .......................................................................................................... 1-452 関東を対象としたECA for N 設定の効果の定量的評価................................................. 2-12.1 関東域を対象としたECA for N 設定による環境改善に関わる多角的視点による項目別評価結果 ....................................................................................................... 2-32.1.1 海域及び陸域におけるNOx排出状況による評価 ......................................... 2-32.1.2 環境基準をものさしとした2020年の大気中濃度の評価(NO2及びO3) . 2-112.1.3 陸上の環境改善効率指標をものさしとした2020年の大気中濃度の評価 ... 2-182.1.4 生態系影響をものさしとした2020年の大気中濃度及び沈着量の評価(窒素沈着量及びAOT40) ........................................................................... 2-252.1.5 人体健康影響をものさしとした2020年の大気中濃度の評価(NO2及びO3) ............................................................................................. 2-312.2 関東地方を対象としたECA for N 設定の効果のまとめ ...................................... 2-353 関東を対象としたECA for S 設定の効果の定量的評価 ................................................. 3-13.1 関東域を対象としたECA-S 設定による環境改善に関わる多角的視点による項目別評価結果 ....................................................................................................... 3-33.1.1 海域及び陸域におけるSO2・PM 排出状況による評価 ................................. 3-33.1.2 環境基準をものさしとした2020年の大気中濃度の評価(SO2及びPM2.5) ........................................................................................ 3-113.1.3 陸上の環境改善効率指標をものさしとした2020年の大気中濃度の評価 ... 3-213.1.4 生態系影響をものさしとした2020年の硫黄沈着量による酸性化の評価 ... 3-283.1.5 人体健康影響をものさしとした2020年の大気中濃度の評価(SO2及びPM2.5) ........................................................................................ 3-323.2 関東地方を対象としたECA for S 設定の効果のまとめ ....................................... 3-374 ECA for N 設定の有効性に対する海域間比較 ................................................................ 4-14.1 ECA for N 設定の有効性に関する地域間比較の手法 ............................................. 4-14.2 Δ濃度・Δ窒素沈着量及び人口分布の算定方法について ..................................... 4-14.3 NO2濃度・窒素沈着量の改善範囲の地域間比較 ................................................... 4-24.3.1 NO2濃度 ........................................................................................................ 4-24.3.2 ΔN 沈着量 ..................................................................................................... 4-34.4 他の海域も含めたECA for N の有効性について ................................................... 4-45 ECA for S 設定の効果に対する海域間比較 .................................................................... 5-15.1 ECA for S 設定の効果に関する地域間比較の手法 ................................................. 5-15.2 Δ濃度及び人口分布の算定方法について ............................................................... 5-15.3 SO2・PM2.5濃度の改善範囲の地域間比較 ............................................................. 5-25.3.1 SO2濃度の改善範囲の地域間比較 ................................................................. 5-25.3.2 PM2.5濃度の改善範囲の地域間比較 ............................................................... 5-35.4 他の海域も含めたECA for S の効果について ....................................................... 5-46 ECA 設定における地理的範囲・導入時期と大気環境改善効果の関係 .......................... 6-16.1 ECA for S 設定の地理的範囲と大気環境改善効果の関係 ...................................... 6-36.1.1 ECA for S 設定の地理的範囲とSO2濃度の改善効果の関係.......................... 6-56.1.2 ECA for S 設定の地理的範囲とPM2.5濃度の改善効果の関係 ....................... 6-86.2 ECA 設定のタイミングと大気環境改善効果の関係 ............................................. 6-136.2.1 グローバル規制及びECA for S の導入時期と大気環境改善効果の関係 ..... 6-136.2.2 ECA for N の導入時期と大気環境改善効果の関係 ...................................... 6-157 2010年を対象とした船舶排出量データの作成 .............................................................. 7-17.1 排出源データの算出方法 ........................................................................................ 7-27.1.1 商船 ................................................................................................................ 7-27.1.2 漁船の活動量 ............................................................................................... 7-147.2 排出係数の検討 .................................................................................................... 7-157.2.1 NOx ............................................................................................................. 7-157.2.2 SO2 ............................................................................................................... 7-177.2.3 PM ............................................................................................................... 7-187.2.4 その他 .......................................................................................................... 7-187.3 2010年を対象とした船舶発生源データ............................................................... 7-197.3.1 商船からの排出源データ ............................................................................. 7-197.3.2 漁船からの排出源データ ............................................................................. 7-347.4 NMVOCs ............................................................................................................. 7-537.4.1 非燃焼起源NMVOCs 総排出量の算出 ........................................................ 7-537.4.2 非燃焼起源NMVOCs 発生源データの作成 ................................................. 7-597.4.3 2005年と2010年のデータ比較 .................................................................. 7-608 多角的視点からの評価に関するまとめと今後の課題 ..................................................... 8-1参考資料1 人体健康影響評価について ..................................................................... 参考1-1参考資料2 生態系影響評価について ......................................................................... 参考2-1第Ⅰ編 調査の概要I1.調査の目的港湾付近の大気汚染を改善するために、付近の航行船舶に限定して規制を強化する考え方がある。改正されたMARPOL 73/78条約付属書VIにおいて、NOx、SOx及びPMに対する排出規制海域(ECA)の設定を各国が希望する場合、環境影響評価を行い、定められた手続を経て自国の海域に設定できることとなっている。本事業においては、ECA 設定に関する広範囲の環境影響評価が可能なモデルを用いてシミュレーションを行い、沿岸域住民の健康や陸・海域への環境影響を評価するとともに、我が国におけるECA設定の根拠となる科学的な資料を作成し、我が国の海洋環境の適切な向上に寄与することを目的として、平成22年度より3年計画で日本財団の助成により本事業を実施した。平成22年度は、上記事業の初年度として、シミュレーションの元となる陸上及び海上の排出源データを作成するとともに、ECA 設定に関する広範囲の評価が可能なモデルに関する調査検討を行った。ここで、排出源データとは、大気汚染物質排出データのうち、単なる排出総量ではなく、大気環境を対象とした化学輸送シミュレーションにおいて利用できる、空間的・時間的な解像度を持つデータベースと定義する。平成23年度は、これらの成果を踏まえて、現況 (2005年) における排出源データをより精緻化し、また、将来 (2020 年を想定) シナリオについてもより詳細に検討し、将来における大気汚染物質の排出源データを算出した。そのうえで、大気環境を対象とした大気拡散反応モデルを用いた現況の濃度計算結果を、既存の試算結果や実測値と比較し、その整合性について評価、検討した上で、将来の排出源データを用いて将来の大気汚染物質濃度の予測シミュレーションを行った。さらに、濃度計算結果を用いた人体影響及び生態系への影響に対する評価モデルによる試算を行い、ECA 設定時の改善効果を算定・整理することを目的とした。最終年度となる平成24年度は、大気拡散反応モデル及び生態系・健康への影響の評価モデルの修正を行った。特に本年度は、地理的に細かいメッシュを用いた計算時における評価方法及びPM2.5の評価方法について修正・改良を行った。さらに、昨年度までの計算結果と地理的な設定を含めた複数の削減シナリオに基づきECAを設定した場合の計算結果の差異を求め、ECA設定時の大気汚染物質濃度の改善効果について算定及び解析を行い、算定に当たっては地理的な設定の違いによる港湾域及び周辺居住区への影響の差異を考慮した。そして、これまでに計算してきた大気汚染物質濃度の改善効果を用いて、ECA 設定時の生態系・健康への影響評価を行った。評価に当たっては国内における基準だけでなく、WHO のガイドライン値など国際的なモデルや閾値を用いた評価も行った。その上で、国内における政策決定のために、複数の削減シナリオの中から、環境改善効果のII観点から見て最適な設定オプションを選択できるように環境影響評価のための資料を作成した。また、その設定オプションをIMOの場において説明するためには、異なった論理を展開する必要もあることから、提出資料のために別途資料を作成した。一方で、これまでの本事業の成果について解説する講演会を開催し、一般への周知啓蒙を行った。2.委員会等開催日本調査の実施にあたって、以下のように委員会を開催し、調査方針及び調査結果についてご審議いただいた。2.1 排出規制海域設定に関わる大気質環境改善効果算定委員会第1回:2012年 5月17日第2回:2012年 9月11日第3回:2012年12月20日第4回:2013年 2月15日なお、上記の委員会のほかに、下記の船舶大気シミュレーション専門家会合を開催した。第1回:2011年9月7日第2回:2012年2月1日2.2 排出規制海域設定に関する評価モデル調査研究委員会第1回:2011年 5月24日第2回:2011年 9月20日第3回:2012年12月21日第4回:2013年 2月21日2.3 講演会開催講演会「次第に明らかになってきた日本周辺の船舶排ガスの実態とその影響~排出規制海域設定による大気環境改善効果の算定事業成果発表会~」を2012 年7 月23 日に開催した。III3.調査内容の概要3.1 ECA設定の有効性評価に係る追加解析3.1.1 大気質改善に係る追加解析(1) 港湾近傍における濃度分布の算定国内でも利用実績の高い近傍拡散モデルのMETI-LIS (経済産業省-低煙源工場拡散モデル) を用いて、幾つかの港湾近傍におけるSO2及びNOx濃度の日平均濃度を定量した。(2) O3及びPM2.5濃度の再評価O3の改善効果については1 時間平均日最高値・8 時間平均日最高値・日中平均値などの短期間における高濃度現象に着目して評価を行った。また、PM2.5 の改善効果については、重量濃度に加えてIC(Inorganic Carbon)などの成分濃度にも着目して評価を行った。(3) O3への短期間曝露に起因する人体健康影響評価日本におけるO3による死亡に関する疫学研究文献を調査し、昨年度にBenMAP に登録されているC-R Functionから抽出されたC-R Functionの妥当性を確認した。次に、前節で算定されるシナリオ毎のO3の短期影響に対して適用可能と考えられたC-R Functionを選択し、O3への曝露に起因する短期影響評価を実施した。この際、計算ツールとしてはBenMAPを使用せず、同等の処理を行うことの出来るツールを独自に開発して、昨年度の検討によって明らかになったBenMAPにおける短期影響評価の処理に関する問題について検討した。(4) 沈着量の再評価NOx 乾性沈着量を考慮した全窒素の沈着量分布を作成し、ECA for N を考慮すべき海域について再度検討した。(5) 大気質改善効果の評価対象ECA 設定による大気質改善効果を算定するに当たって用いる評価指標について、他国の環境基準値設定の方法やこれまでの見直し状況を調査した。(6) ECA設定による大気濃度の減少分とその影響が及ぶ範囲の把握東京湾、伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海にECAを設定した場合に期待される濃度減少分(Δppb もしくはΔμg/m3)とその影響を受ける人口の分布を、各海域を含む地方計算領域におIVいて算定(Δppb×人口)し、各海域におけるECA 設定の効果の違いを把握した。また、各種シミュレーション毎にも同様にΔppb×人口を算定し、同算定値からも大気質改善効果を評価した。3.1.2 ECA設定のタイミングに係る解析(1) PM2.5への曝露に起因する人体健康影響評価2020 年におけるPM2.5への曝露に起因する人体健康影響評価を実施した。さらに、燃料中S分の規制については2015年においてECA for S を導入する場合と、導入が決定済みの2020年もしくは2025年からのGlobal Switchの導入まで待つ場合とでは、両者の間に年平均値で見た場合の改善効果が同等であった場合でも最大10年のタイムラグが発生する。そこで、そのタイムラグが生じた場合の影響について評価を行った。Global Switchの導入のみを考慮したシナリオでは、ECA設定シナリオとほぼ同程度の大気濃度削減効果がSO2及びPM2.5について得られるが、Global Switchの導入は2020年あるいは2025年であり、ECAfor S の設定とは約5年間の導入時期の差が生じる。このことによる人体健康影響評価を考察した。(2) ECA導入の時期と陸上における排出削減対策との関係自動車NOx・PM法の対象地域におけるNOx及びPMの陸上排出量と、同対象地域に面する港湾区域におけるシナリオ別の同船舶排出量を集計し、都市域での将来の排出量推移を考慮した上で、ECA for S の導入のタイミングを考えた。ECA for N の導入時期について考察を試みた。2020年以降で適切な計算対象年を選択し、対象年に対応した陸上、特にNMVOCs 排出源の定量的な削減シナリオを設定できた場合には、NOx、NMVOCs 排出のいずれも2020 年に比較して大きな削減量が期待できるため、明らかなO3に係る環境改善効果が計算されることが期待できる。ただし、近年顕在化が指摘されている越境大気汚染など、今後、ECA for N設定の時期やそれに係るO3濃度への改善効果の関係を評価する際には、様々な項目を包括的に考慮してシナリオ設定を行うことが求められる。3.1.3 ECA設定の広域的評価に係る評価(1) 離岸距離別のECA設定による大気質ミュレーションAISの受信可能範囲である離岸距離50NM (EEZ内) の海域をECA設定海域に設定した大V気質シミュレーションを実施し、委員会において報告した。なお、対象とした将来シナリオはリファレンスシナリオ、ECA 設定シナリオ及びグローバル規制導入シナリオとした。(2) 越境大気汚染に係る調査越境大気汚染に係るアジア地域での議論進捗や研究動向を調査し、我が国周辺の越境大気汚染について評価を試みた。3.1.4 ECA設定の有効性評価これまでの作業をまとめ、ECA設定を考察する際に必要な評価項目を用いて、東京湾・伊勢湾・大阪湾・瀬戸内海・津軽海峡に対するECA設定の有効性を総合的に評価した。3.2. ECA設定における地理的範囲と大気質改善効果の関係に係る解析自動車NOx・PM 法の対象地域に面する三大湾を対象とした削減シナリオについて大気質シミュレーションを実施し、SO2及びNO2の濃度改善効果について昨年度のシミュレーション結果と比較した。ここでの目的は、港湾区域内のみ(≒停泊船舶)を対象としたECA設定、いわゆる経済的負担の少ないECA 設定で昨年度シミュレーション結果と同等のSO2及びNO2の濃度改善効果が得られるかどうかを確認することである。関東計算領域及び近畿計算領域について、港湾区域内のみ (≒停泊船舶) をECA対象とした場合など、地理的範囲を限定したECA for S 設定を行った場合に、陸上の環境改善効率指標を用いて、シナリオ間の比較・検討を行った。停泊中船舶のみにECA設定する場合は、東京湾及び大阪湾の全域にECA 設定する場合よりも「陸上の環境改善効率指標」は大きくなるが、「陸上の環境改善指標」は小さくなった。3.3. これまでに実施した作業の更新3.3.1 昨年度に実施した大気質シミュレーションの修正A2 シナリオを適用した日本計算領域の大気質シミュレーションを新たに実施し、広域的なSO2及びPM の排出削減が及ぼす大気質改善効果を算定した。また、日本計算領域のシミュレーション結果から作成される境界条件を用いてA2 シナリオを適用した関東計算領域の大気質シミュレーションを再度実施し、結果の違いを確認した。VI3.3.2 船舶発生源データの更新(1) 将来における検討やシミュレーション計算に使用することを目的として、2010年を対象とした新たな船舶発生源データの構築を実施した。昨年度までに構築・使用した船舶排出源データは、2005年を対象年としたものであったが、今後、将来における検討やシミュレーション計算に使用することを目的として、2010年を対象とした新たな船舶発生源データを構築した。2010年を推計の対象年とするにあたり、最新のデータが入手困難なものについては、既存のデータを年度補正した。3.3.3 将来シナリオを対象とした死亡者数・疾病発生数の算定東京湾を例として将来シナリオ毎に死亡者数及び疾病発生数を算出し、死亡者数に対する疾病発生数の割合や不確実性の評価を試みた。3.4. IMOに対するECA申請に際しての基礎資料の作成3.4.1 多角的な評価手法の開発本事業では欧米によるECA提案を参考にし、環境基準による評価に加えて生態系影響及び人体健康影響も含めた多角的な視点(①海域及び陸域における大気汚染物質の排出状況による評価、②大気中濃度と環境基準による評価、③陸上の環境改善効率指標による評価、④生態系影響による評価、⑤人体健康影響による評価)による総合評価手法の開発を行い、開発した手法を用いて、我が国におけるECA設定の効果の定量的評価を試みた。このような多角的な評価手法の開発は、①将来あり得るECA設定の効果の再検討において活用できるとともに、②日本の気象・大気環境の特性を重視した上で、日米欧の比較を行うことにより、ECA設定の効果を客観的に判断し得る科学的資料として活用できるものと考える。同時に、我が国において、各種発生源対策及び環境影響評価に係る先進的な試行例になり得るとも考える。3.4.2 多角的な評価手法の関東域への適用本事業で検討した「多角的視点からの総合評価手法」を用いて、関東域を対象としたECAfor N 設定の効果を定量的に評価したところ、③陸上の環境改善効率指標及び⑤人体健康影響において一定の改善効果を確認することができたと考える。ただし、陸上を含めたNOx・NMVOCsの排出状況によって将来におけるO3予測濃度が大きく依存することが示された。その結果、ここでの評価結果のみをもってECA for N 設定の効果を判断することは難しいと結論された。VII本事業で検討した「多角的視点からの総合評価手法」を用いて、関東域を対象としたECAfor S 設定の効果を定量的に評価したところ、①海域及び陸域におけるSO2・PM排出状況、③陸上の環境改善効率指標及び⑤人体健康影響において一定の改善効果を確認することができたと考える。ECA for N では、陸上を含めたNOx・NMVOCs の排出状況に将来におけるO3予測濃度が大きく依存することが示され、本事業における評価結果のみをもってECAfor N 設定の効果を判断することは難しいと結論された。ただし、同様の排出状況の変化がPM2.5 の将来予測濃度及びそれに伴う陸上の環境改善効率指標及び人体健康影響に及ぼす影響は、O3と比較すれば線形性があるといえる。以上より、多角的視点による総合評価手法では、SO2・PM排出量、陸上の環境改善効率指標及び人体健康影響において一定の改善効果を確認することができたと考える。関東計算領域の解析を基に、日本計算領域、中部計算領域、近畿計算領域、瀬戸内計算領域についても各計算領域における陸上の環境改善効率指標を比較・解析することで、ECAfor N 設定による有効性について地域間比較を行った。その結果、「総合的に見て、東京湾に対するECA for N は現時点で有効と判断できるだけの根拠はないと言わざるを得ない」という関東域計算領域に対する評価は、その他海域にも当てはまると考えられた。関東計算領域の解析を基に、日本計算領域、中部計算領域、近畿計算領域、瀬戸内計算領域についても各計算領域における陸上の環境改善効率指標を比較・解析することで、ECAfor S 設定による有効性について地域間比較を行った。その結果、陸上の環境改善効率指標よりPM2.5 の改善効果を判断すれば、関東に次いで近畿が他の計算領域に比較して高い値を示している。したがって、近畿においても関東と同じようにECA for S の有効性を確認できると考えた。3.4.3 人体健康影響評価ECA設定シナリオの大気質シミュレーション結果を受けて人体健康影響評価を実施した。評価項目は、PM2.5への曝露による年平均値を用いた長期影響、O3への曝露による短期影響(日最大値の年平均値を用いた評価を含む)とし、ECA 設定によって死亡あるいは疾病発生数がどの程度減少するか算定した。3.4.4 生態系影響評価(1) 沈着量による生態影響評価ECA設定シナリオの大気質シミュレーション結果から硫黄沈着量及び窒素沈着量の分布VIII図を作成し、沈着量に対する船舶寄与率やECA 設定の効果を算定した。(2) AOT40による植生影響評価ECA 設定シナリオの大気質シミュレーション結果からAOT40 を算出し、AOT40 に対するに対する船舶寄与率やECA設定の効果を算定した。3.4.5 大気中濃度・沈着量・死亡者数に対する船舶寄与分の算定ECA 設定が推奨された海域に対してA0 シナリオから船舶排出量を全て削除したシナリオを追加で計算し、同様の算定を行った。3.4.6 ECA申請に係るクライテリアECA 指定を希望する国あるいは共同体は、国際海事機関 (IMO) の海洋環境保護委員会(MEPC) に対して提案文書を8 つのクライテリアに基づく評価から構成された提案文書を提出することとなっている。そのうち本事業によって明らかとなった部分について申請書の一部となるドラフトを作成した。以上第Ⅱ編 調査の内容0-1主要用語説明本報告書で使用した用語のうち、特に説明が必要と思われる主要な用語について以下に記す。その他の用語については、本文中の解説を参照されたい。ボトムアップ手法本報告書内では、外航船・内航船・漁船について、個船の活動量をベースに燃料消費量もしくは排出量を推定した後、対象エリア・時刻別に存在する隻数を乗ずることで総量を算出する手法と定義した。トップダウン補正本報告書内では、内航船及び漁船について、対象となるセクターにおいて消費された燃料種別のエネルギー量から排出量を算出する手法と定義した。本報告書では、資源エネルギー庁長官官房総合政策課が毎年編纂している総合エネルギー統計のうち、エネルギーバランス表を用いた。商船一般に貨物もしくは旅客の輸送を行う船舶をいうが、本報告書内では、航行時については、AIS を搭載し、AIS 陸上局において受信された航行データに含まれるものを全て「商船」と定義した。したがって、AIS を搭載している練習船等の官公庁船、500総トン以上の遠洋漁業に従事する漁船等を含んでいる。停泊時については、2005年の港湾統計 (年報) における甲種港湾及び乙種港湾に入港した外航商船、外航自航 (フェリー) 、内航商船、及び内航自航 (フェリー) を「商船」と定義した。外航船一般に国際航海に従事する船舶をいうが、本報告書内では「商船」のうち、航行時については、外国籍の船舶及び日本籍で航行区域が「遠洋区域」の船舶 (ただし、国内2次輸送に従事する大型タンカーを除く) 並びに日本国籍で日韓を往来する旅客船及びフェリーを「外航船」と定義した。停泊時については、2005年の港湾統計 (年報) における甲種港湾及び乙種港湾に入港した外航商船及び外航自航 (フェリー) を「外航船」と定義した。内航船一般に国内の海上輸送に従事する船舶をいうが、本報告書内では「商船」のうち、日本籍で航行区域が「遠洋区域」以外の船舶 (ただし、日韓を往来する旅客船及びフェリーを除く) 並びに国内の2次輸送に従事する大型タンカーを「内航船」と定義した。主に国内海上輸送に従事しているが、一時的に日韓を往来する船舶 (旅客船及びフェリー以外) も含まれている。0-10-2停泊時については、2005年の港湾統計 (年報) における甲種港湾及び乙種港湾に入港した内航商船及び内航自航 (フェリー) を「内航船」と定義した。漁船本報告書内では、漁業センサスにおいて操業実態のあるものを漁船と定義した。したがってその隻数は、漁船登録と異なる場合がある。排出量本報告書内では、対象となるセクターからの総排出量と定義した。内航船及び漁船はトップダウン補正された排出量と同義である。外航船は、精度等を考慮し、離岸距離50海里以内の範囲での排出量としている。ただし、セクター間及び陸上との排出量の比較では、内航・漁船について、外航船との比較を容易にするため、離岸距離別の排出構造を考慮する場合がある。排出源データ本報告書内では、船舶起源の排出源データは、3次メッシュ別・時刻別・船種別・船型別で整理された排出量のデータベースと定義した。陸上起源の排出源データは、我が国を対象とした既存の排出源データであるEAGrid2000-Japan より、3 次メッシュ別・月別・時間別の人為起源 (燃焼・非燃焼・農業) 及び自然起源 (植物起源VOC) 排出量のデータベースと定義した。3 次メッシュ標準地域メッシュ・システム (昭和48 年7 月12 日 行政管理庁告示第143 号「統計に用いる標準地域メッシュ及び標準地域メッシュコード」) に基づくもので、一定の経線、緯線で地域を網の目状に区画する方法である。第1次地域区画は、経度差1度、緯度差40分で区画された範囲を指す。第2 次地域区画は第1 次地域区画を縦横8 等分したもので、第3 次地域区画は第2次地域区画を縦横10等分したものである。一般にこの第3次地域区画のことを「基準地域メッシュ」あるいは「3次メッシュ」と呼ぶ。平成19 年度PM 影響調査報告書平成19年度 船舶起源の粒子状物質 (PM) の環境影響に関する調査研究報告書、平成20年6月、海洋政策研究財団 (財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団)Global SwitchMARPOL 73/78条約 附属書VIにおいて、2020年に予定されている燃料中硫黄分に対する規制、ECA 以外の全ての海域に適用される。全球への適用であることであることから、このように呼ばれることが多い。同附属書では硫黄分が0.5 %を超えないこととされており、A重油(留出油) の限定はない。また、船上処理装置による代替技術による達成も可能とされている。0-20-3EAGrid2000-Japan国立環境研究所及び埼玉大学、財団法人計量計画研究所が共同開発した日本全国における排出源データであり、EAGrid2000-Japanは、東アジア域を対象とした0.5度メッシュベースのインベントリであるEAGrid2000について、日本を対象に詳細化したデータベースである。推計対象年は2000 年であり、人為起源 (燃焼・非燃焼・農業) 及び自然起源 (植物起源VOC) の排出量が3次メッシュベース、月別・時間別に推計されている。船舶寄与ベースラインに対して、船舶からの排出量を勘案した際にその変化量の絶対値を「船舶寄与分」する。変化率を評価指標とすると、もともと船舶及び陸上からの排出源の両方を考慮した場合の排出総量や濃度が極めて小さい地域について非常に大きな数値となり誤解を生むおそれがあるからである。エンドポイント観察対象として登録されたときの状態と対極にある状態を指す。例えば、生存率あるいは死亡率が研究対象ならば「生存」に対して「死亡」が、皮膚癌の発生を研究対象とする場合には「皮膚癌なし」に対して「皮膚癌の発生」がエンドポイントである。治療行為等の有効性を示すための評価項目あるいは評価指標としても使用される。本報告書ではPM2.5あるいはオゾン濃度が変化した場合に人体健康に与える影響の評価項目あるいは評価指標で、個々のC-RFunctionとの対応が取れるような詳細なレベルを指すものとして用いる。リファレンス(シナリオ)本事業においては、将来設定において、何も規制を行わなかった場合をリファレンス、あるいはその際のシナリオをリファレンスシナリオとしている。後述のベースラインとは使い分けていることに留意されたい。この際、グローバルスイッチは実施されていないものとしている。なお、国の「船舶からの大気汚染物質放出規制海域(ECA)に関する技術検討委員会においては、グローバルスイッチが実施されている場合をリファレンスとしている点に留意されたい。ベースライン船舶及び陸上からの排出源のうち、船舶からの排出量をゼロとし、陸上からの排出量及び計算領域外からの移流のみを考慮する場合をベースラインと定義している。リファレンスラインあるいはリファレンスシナリオとは使い分けている点を留意されたい。0-30-4主要略語集本報告書で使用した略語のうち、主要な略語について以下に記す。その他の略語については、本文中の解説を参照されたい。ADMERAtmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment。独立行政法人産業技術総合研究所が開発した大気汚染シミュレーションモデルのひとつで、数百 km 規模の領域スケールにおける大気汚染物質の、長期平均的な濃度分布の推定が可能であり、その空間分解能は5 km ×5 km となっている。ADMER は、シミュレーションの専門家でなくても、比較的容易に大気濃度分布を計算できることを目的の一つとして開発されたものである。AISAutomatic Identification System。船舶自動識別装置。AISは、SOLAS 条約で2002年から全世界レベルで導入された船舶自動識別装置であり、我が国も500 総トン以上の国際航路の船舶及び300総トン以上の国際航路の客船に設置が義務づけられている。AIS では、船舶情報 (自船の識別符号・位置・針路・速度) を含む22 種類のメッセージが用意され、これらを自動的に送信すると共に他の船舶が送信した情報を受信・解析する装置である。AOT40Accumulated exposure Over a Threshold ozone concentration of 40ppb。AOTxとはAccumulatedexposure Over a Threshold ozone concentration of x ppbの略であり、オゾンの環境影響等を評価するための指標のひとつであって、濃度がx ppb以上の時の濃度と時間の積和と定義される。この場合は濃度が40 ppb以上の時の濃度と時間の積和を表す。BenMAPthe environmental Benefits MAPing and analysis program。米国で開発され、コードが公開されている人体健康に対する影響評価モデルであり、機能が多く柔軟性も兼ね備えている。機能としては、現在の人口分布、将来の人口分布予測、大気汚染物質の濃度分布、大気汚染物質の濃度から死亡数や疾病発生数等を求める関数 (C-R Function:Concentration-Response Function) 、人体や環境及び生態系への影響を金銭換算するためのパラメータ等の入力データを用意できれば、各人口層に対する各種の健康影響 (死亡、疾病発生、労働損失、学校欠席、活動制限等)を評価可能である。CAMxComprehensive Air quality Model with extensions。大気反応シミュレーションモデルのうち、米国環境保護庁(EPA)によって開発された、第3世代化学物質輸送モデルのひとつである。0-40-5CMAQCommunity Multi-scale Air Quality Modeling System。大気反応シミュレーションモデルのうち、米国環境保護庁 (EPA) によって開発された、第3世代化学物質輸送モデルを代表するものであり、世界中に多くのユーザを持つ。地形、土地利用形態、発生源、気象などの情報を入力することにより、大気中の様々な汚染物質の濃度分布や湿性・乾性沈着量を計算する3 次元オイラー型の化学物質輸送モデルである。様々な大気中の複雑な物理・化学過程を詳細に扱うことができ、様々な空間スケールを1 つのフレームワークでまとめて扱うことができるマルチスケールのモデルであって、1つの格子サイズの想定解像度は1 km~100 km 程度と従来のモデルと比較しても広い適用範囲を持つ。C-R FunctionConcentration – Response Function。一般には、大気汚染物質の濃度から死亡者数や疾病発生数等を求める関数である。BenMAP コードでは大気汚染物質の濃度差から死亡者数や疾病発生数等の変化を求める関数を利用しており、これをHealth Impact Functionと呼んでいる。しかし、C-R Functionの方が広く使われているので、誤解を与えない限り、この関数のこともC-RFunctionと呼ぶことにする。BenMAP には予め幾つかのC-R Functionが登録されており、ユーザはそのうちのどれかを選択してもよいし、部分的に修正もできるし、あるいは自らが設定したものを使用することもできる。ECAEmission Control Area。排出規制海域。船舶から排出されるNOx、SOx及びPMに関して、一般海域よりも厳しい排出規制が課せられる規制海域。EEZExclusive Economic Zone。1982年の国連海洋法条約に基づき、自国の沿岸から最大で200海里の範囲内に設定される水域で、沿岸国が水産・鉱物資源の探査・開発・保存・管理等に関して主権的な権利を持つ。GAINSGreenhouse gas and Air pollution INteractions and Synergies。国際応用システム分析研究所(IIASA) が開発した人体に対する影響や生態系に対する影響評価モデルであり、RAINS の進化版であって、欧州で使用されている。IIASAInternational Institute for Applied Systems Analysis。国際応用システム分析研究所。1972年にオーストリアのウィーン近郊に設立された非政府系の学際的な国際研究機関であり、社会経済問題、人口問題を含め、地球温暖化問題の研究で世界的に著名である。0-50-6IMOInternational Maritime Organization。国際海事機関。船舶の安全及び船舶からの海洋汚染の防止等、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関。JATOPJapan Auto-Oil Program。(財)石油産業活性化センターが経済産業省の支援を受け、1997年度から石油業界及び自動車業界と共同で実施した「Japan Clean Air Program (JCAP) 」をさらに発展させたプロジェクトであり、「CO2削減」、「燃料多様化」、「排出ガス低減」という3つの課題を同時に解決する最適な自動車・燃料利用技術の確立を目指している。MEPCMarine Environment Protection Committee。海洋環境保護委員会。IMOを構成する委員会の一つで、海洋環境を対象としている。METI-LISMinisty of Economiy, Trade and industry Low rise Industrial Source dispersion model。固定及び移動発生源から排出される大気汚染物質の大気中濃度をシミュレートするプリューム・パフモデルである。その開発は経済産業省と (独) 産業技術総合研究所が主導しており、主に有害大気汚染物質に係る排出抑制対策の推進を目的としている。同モデルはベンゼンなどに代表される有害大気汚染物質の拡散計算を目的として開発されたものであるが、固定及び移動発生源からの排ガスの拡散も解析の対象としている。その対象範囲には10 km以内が推奨されている。MADRIDModel of Aerosol Dynamics, Reaction, Ionization, and Dissolution。CMAQ に含まれるエアロゾルモジュールのひとつであり、エアロゾルの大気中での生成、核生成、無機・有機成分の反応・凝縮、凝集等を計算する。NCARNational Center for Atmospheric Research。米国大気研究センター。NMVOCsNon Methane Volatile Organic Compounds。非メタン揮発性有機化合物の総称。NOAANational Oceanic and Atmospheric Administration。米国海洋大気局。NOxNitrogen Oxides。窒素酸化物。0-60-7PBLPlan Bureau voor de Leefomgeving。オランダ環境評価庁。本報告書では、北海沿岸の8ヶ国 (ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、UK) がオランダ環境評価庁に対して、依頼した(i) 環境影響と健康改善の評価の報告書(Assessment ofthe environmental impacts and health benefits of a nitrogen emission control area in the North Sea,2012)を指す。PMParticulate Matter。粒子状物質。RAINSRegional Air Pollution INformation and Simulation。 RAINS モデルは国際応用システム分析研究所 (IIASA) が開発した複数汚染物質/複数影響について統合的な評価を行うツールであり、経済及びエネルギーの今後の展開、排出削減能力及び費用、大気拡散特性及び大気汚染に対する環境の感受性に関する情報等を組合せ、利用者が指定した排出削減シナリオの費用と環境影響の推定や、指定した環境目標を達成するための最適化を行うことができる。RAINS-AsiaRegional Air Pollution INformation and Simulation-Asia。上記のRAINS をアジアに適用したものである。SFCSpecific Fuel Consumption。燃料消費率 [g/kWh]。SO2Sulfur Dioxide。二酸化硫黄。SUM60SUM of hourly average ozone concentrations > or =60 ppb。オゾンの環境影響等を評価するための指標のひとつであって、オゾン濃度をXppb とすると、午前8 時から午後8 時の間において、X が60ppbより大きい時間についてXの和をとり、これを3月分累積した値である。UNFCCCUnited Nations Framework Convention on Climate Change。気候変動に関する国際連合枠組条約。US-EPAUS Environmental Protection Agency。米国の環境保護庁。0-70-8WHOWorld Health Organization。世界保健機関。WRFWeather Research and Forecasting model。WRFモデルは、実用的な天気予報とそれに関連する研究のために開発された、次世代の3 次元メソスケール気候予測数値モデルであり、最先端気象モデルの一つに位置づけられている。その開発には米国大気研究センター (NCAR) /米国環境予測センター (NCEP) /米国海洋大気庁予報システム研究所 (NOAA/FSL)が携わっており、現在も定期的にバージョンアップが行われている。多数の力学に関するコード、3次元変動データ同化システム(3DVAR)、並列計算用のソフトウェア構造など。WRF は、数キロメートルから数千キロメートルといった幅の広い領域にも対応できるモデルである。WRF-CHEMWeather Research and Forecasting-Chemistry。大気反応シミュレーションモデルのうち、NCAR及びNOAA が開発した第3 世代化学物質輸送モデルのひとつである。このモデルは、気象モデル (WRF) と直接的に結合しているオンライン型モデルであり、そのため、大気化学種の気象・気候へのフィードバックをシミュレートすることが可能なモデルであって、気候変動の分野においてもその発展性が期待されている。0-81-11 ECA 設定の効果に係る検討の進め方本事業では欧米によるECA 提案を参考にし、環境基準による評価に加えて生態系影響及び人体健康影響も含めた多角的な視点による評価手法の開発を行い、開発した手法を用いて、我が国におけるECA設定の効果の定量的評価を試みる。このような多角的な評価手法の開発は、①条約の仕組みから将来においてECA 設定の効果の再検討が行われた場合において活用できるとともに、②日本の気象・大気環境の特性を重視した上で、日米欧の比較を行うことにより、ECA 設定の効果を客観的に判断し得る科学的資料として活用できるものと考える。同時に、我が国において、各種発生源対策及び環境影響評価に係る先進的な試行例になり得るとも考える。多角的視点として以下の5点を抽出すると共に、評価・解析方法を構築した。なお、これら視点の評価の対象となるのは、2020 年における各シナリオに対する大気中汚染物質の濃度分布を求める大気質シミュレーションである。本事業ではU.S. EPAが開発し、米国・カナダのECA申請時において採用された実績を持つCMAQ (Community Multiscale Air Quality) を用いて、我が国におけるECA設定に関わる大気中濃度や沈着量などの大気質改善効果の算定を行うこととした。(1) 海域及び陸域における大気汚染物質の排出状況による評価日本周辺を航行する船舶 (内航船・外航船・漁船) からの大気汚染物質の排出量インベントリを現況 (2005 年) 及び将来 (2020 年) を対象として作成し、陸域排出源における排出状況との比較を行う。欧米の解析でも行われており、シミュレーション計算の基礎になるものである。なお、将来の利用を想定して、2010 年を対象とした同排出量インベントリを作成している (7 章参照)。(2) 環境基準をものさしとした2020年の大気中濃度の評価我が国においてECA 設定の検討を行う場合は、環境基準あるいはその達成状況をものさしとしてシミュレーション結果である大気中濃度あるいは改善濃度の評価を行うことが基本となる。上記(1)で解析したシナリオ毎にCMAQ で計算された大気中濃度の改善効果を、我が国の大気環境基準の達成の観点から評価した。(3) 陸上の環境改善効率指標をものさしとした2020年の大気中濃度の評価濃度を指標とした削減レベルだけではなく、陸域での影響範囲を含めた面的な評価をするため、a)大気中濃度を人口で重みづけた面的な広がり (陸上の環境改善指標) と、b) 排出削減努力量当たりの改善効果 (陸上の環境改善効率指標) の二つを導入した。a) は、対象とする大気汚染物質の大気中濃度の改善分 (Δ濃度) に人口分布を乗じることで算定する。b) は、a) を排出削減努力量 (Δ排出量) で割ったものである。a)指標は、米国内における環境影響評価などにおいて既に用いられている人口で重み付けした環境改善濃度と同様の考え方である。これら二つの指標を用いて、陸上の排出源において船舶と同等の排出削減努力量を想定した場合との比較を行った。更に、欧米におけるこれら2つの指標と国内ECA設定時との比較では、同指標による解析が欧米では行われていないため、独自に逆推計などを行ったうえ、比較を行った。1-11-2(4) 生態系影響をものさしとした2020年の大気中濃度及び沈着量の評価生態系影響については、我が国における酸性雨および大気からの沈着による富栄養化の元凶に鑑みて、多岐にわたるエンドポイントに対してどの程度の影響改善が期待できるかを定量的に評価する
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