報告書・出版物

平成24年度河口域の一体的な管理に関する調査研究報告書はじめに海洋政策研究財団は、人類と海洋の共生の理念のもと、海洋・沿岸域に関する諸問題に分野横断的に取り組んでいます。国連海洋法条約およびアジェンダ21 に代表される新たな海洋秩序の枠組みの中で、国際社会が持続可能な発展を実現するため、総合的・統合的な観点から調査研究し、広く社会に提言することを目的にしています。活動内容は、海上交通の安全や海洋汚染防止といった本財団がこれまでに取り組んできた分野はもちろんのこと、沿岸域の総合的な管理、排他的経済水域や大陸棚における持続的な開発と資源の利用、海洋の安全保障、海洋教育など多岐にわたります。海洋政策研究財団では、平成24 年度の1 年計画で「河口域の一体的管理に関する調査研究」を実施しました。沿岸域のうち特に河口域は、淡水と海水が交わる汽水域であり、干満の差や河川流量の変化により、土砂堆積による干潟形成や土砂侵食が発生する等、地形や環境が複雑に変化するエリアとなっています。また、河口域では、海運活動、港湾活動、漁業活動、レクレーション活動等が行われ、港湾施設や下水処理場が建設される等、高度に利用されている一方、魚類が遡上・降下する生態系の保全にとっても重要な役割を果たすとともに、津波の河川遡上等の防災面でも、特に管理が必要なエリアです。また、河口域には海ゴミが堆積しているとの研究結果もみられます。このように、河口域の利用調整や環境保全の問題を解決するためには、河口域の一体的管理が必要でありますが、河口域は管理対象が異なるさまざまな管理主体により縦割り的に管理されており、利用調整や環境保全等の河口域が抱える諸問題を解決するための相互の調整・協力が十分に図られておらず、これまで研究分野、行政分野のいずれにおいても一元的な整理検討がなされてこなかったと言えます。そこで、本研究では、利害関係が輻輳する河口域管理の実態と問題点について整理し、必要な支援策の調査研究を実施いたしました。本報告書はその成果をとりまとめたものです。最後に、本書の作成および本調査研究の完了にあたって、河口域の一体的な管理に関する調査研究委員会のメンバー、委員会にご参加いただいたオブザーバー、本事業を支援していただいた多くの協力者の皆様に厚く御礼申し上げます。平成25 年3 月海 洋 政 策 研 究 財 団理 事 長 今 義 男河口域の一体的な管理に関する調査研究研究メンバー寺 島 紘 士 海洋政策研究財団 常務理事大 川 光 海洋政策研究財団 政策研究グループ長代理遠 藤 愛 子(PL) 海洋政策研究財団 政策研究グループ研究員佐々木 浩 子 同 上釣 田 いづみ 同 上菅 原 善 則 海洋政策研究財団 企画グループ調査役目 次はじめに河口域の一体的管理に関する調査研究メンバー一覧第1章 研究概要 ………………………………………………………………………… 11.研究の背景 …………………………………………………………………………… 12.研究目的 ……………………………………………………………………………… 33.研究内容 ……………………………………………………………………………… 34.研究体制 ……………………………………………………………………………… 4第2章 河口域の一体的管理に関わる取組み状況 海外事例 ……………………… 91.アメリカ ……………………………………………………………………………… 92.イギリス ……………………………………………………………………………… 153.オーストラリア ……………………………………………………………………… 18第3章 河口域の一体的管理に関わる取組み状況 国内事例 ……………………… 311.椹野川 ………………………………………………………………………………… 31第4章 まとめ …………………………………………………………………………… 51第1 章 研究概要1. 研究の背景(1)背景その1-森林・流域・沿岸域がかかえる問題点平成21~23 年の3年間に実施した「森川海の一体的な管理に関する調査研究」事業において、先進的な取組みを実施している全国20カ所の流域圏における現地ヒアリング調査を実施し、①森川海が抱える問題点を確認し、②その中で現行制度では解決できない森川海が抱える問題を確認し、③問題解決に向けた一体的管理とは何か、さらに問題解決に向けた必要施策とは何かについて調査研究を実施した。①の森川海が抱える問題点は以下のとおりである。・土砂、赤土、工場・農業・生活排水よる水質汚濁の結果、農業・漁業生産低下や干潟・海洋環境の悪化・ダム、堰等の河川横断構築物の設置による河川流量減少に伴う栄養塩供給不足の結果養殖ノリの色落ち等水産業への被害・ダム、堰等の河川横断構築物の設置による河川流量減少や魚道未整備に伴う水産資源悪化の結果、水産業への被害・大規模な原生林伐採等、森林のオーバーユースによる河川からの栄養塩供給不足や土砂流出の結果、水産業への被害や海洋環境の悪化・森林・農耕地における過疎化・高齢化による守り手・担い手不足に伴う手入れ不足や管理放棄等のアンダーユースの結果、河川を通じて運ばれる倒木等や、内陸・河川からの家庭ゴミ等の漂流・漂着・海底ゴミ問題・上流部における廃棄物処理場等の設置の結果、上下流域における環境悪化・適切な水循環及び水資源利用のための河川水・地下水・湧水・伏流水・海水の一体的管理の欠如・ダム放流量・河川流量と、工業用水、農業用水、水道用水、内水面及び海面漁業活動との水資源利用調整・利用面、生態系保全にも重要な役割を果たす河口域利用の未調整・生態系アプローチに基づく管理エリアと、行政区画が異なる場合の、生態系変化や悪化・河川と海岸における総合的な防災対策・上記の環境問題に伴う地域産業衰退の結果、沿岸地域社会やコミュニティーの存続の危機や崩壊これらの問題解決に必要な一体的管理とは、①総合的な政策・戦略・計画・条例等の制定、②行政区画を超えた広域的な関係主体の連携及び協議、③縦割り行政に横串を通すしくみの構築、④一体的管理システムの継続運営があげられるが、他にも人材育成、情報収- 1 -集・共有・活用、資金源の確保が必要となる。しかし、実際には、森林・流域などの陸域におけるさまざまな人間活動が、沿岸域の資源や自然環境に影響を及ぼすことを考慮せず、陸域と海域の管理主体・管理対象が別々で相互の連携・調整が十分に行われておらず、分野に特化した法律等だけでは、地域の実情に応じた問題解決が困難な状態となっている。上記にあげた12の森川海が抱える問題点のうち、土砂管理、赤土流出防止対策、栄養塩類及び汚濁負荷の適正管理と循環の回復・促進、漂流・漂着ゴミ対策の推進については、既に解決のための施策が推し進められている。そこで、今後、問題解決が必要と認められる6つの施策を以下のとおり、提案する。●河口域の総合的管理利用面、防災面、及び生態系保全にも重要な役割を果たす河口域における利用調整を図り、必要に応じて特区やゾーニングを実施する●湧水・伏流水の管理沿岸域総合的管理に、湧水・伏流水の視点を含める●水資源の利用調整ダム放流量・河川流量と、工業用水、農業用水、水道用水、内水面及び海面漁業活動との水資源利用調整を図る●生態系に基づく管理行政の管理エリア、管理主体、管理対象が異なるなか、生物の生活史全体に配慮した管理主体の連携システムを構築する●総合的な防災対策ハード対策とソフト対策が一体となった、流域・沿岸域における総合的な防災対策を構築する●海底ゴミ対策海底ゴミについて、流域圏が一体となって処理するしくみを構築するとともに、発生源対策を推進する(2)背景その2-国際的動向英国では、2009 年に制定された海洋・沿岸アクセス法に基づき、2011 年3月に、海洋政策声明が策定された。本声明1.3.5 では、「陸上及び海域で発生する活動は、陸上と海域双方の環境に影響を及ぼす可能性がある。沿岸と河口域は価値の高い環境であるだけでなく、社会的・経済的資産でもある。英国政府は、河口域及び河口域内で発生する活動が、沿岸域総合的管理(ICZM)の原則に沿った統合的かつ全体論的な形で管理されることの確保に尽力する。」と述べられており、海域のうち、特に河口域及び河口域内における活動が、ICZMの原則に基づき管理されることが目指されている。また、米国チェサピーク湾では、メリーランド州、ペンシルベニア州、バージニア州、コロンビア特別区、チェサピーク湾委員会、環境保護庁、市民諮問グループ等、さまざまなステークホルダーで構成される、- 2 -“Chesapeake Bay Program-A Watershed Partnership”が1983 年より実施されている。ここでは、沿岸域および河川流域全体の再生プログラムが実施されている。このように、河口域は沿岸域の中でも特に総合的・一体的管理が必要なエリアであるが、海洋基本計画には、「河口域」に関する具体的施策がみられない。2.研究目的沿岸域のうち特に河口域は、淡水と海水が交わる汽水域であり、干満の差や河川流量の変化により、土砂堆積による干潟形成や土砂侵食が発生する等、地形や環境が複雑に変化するエリアである。また、河口域では、海運活動、港湾活動、漁業活動、レクレーション活動等が行われ、港湾施設や下水処理場が建設される等、高度に利用されている。一方、魚類が遡上・降下する生態系の保全にとっても重要な役割を果たすとともに、津波の河川遡上等の防災面でも、特に管理が必要なエリアである。また、河口域には海ゴミが堆積しているとの研究結果もみられる。このように、河口域の利用調整や環境保全の問題を解決するためには、河口域の一体的管理が必要であるが、河口域は管理対象が異なるさまざまな管理主体により縦割り的に管理されており、利用調整や環境保全等の河口域が抱える諸問題を解決するための相互の調整・協力が十分に図られておらず、これまで研究分野、行政分野のいずれにおいても一元的な整理検討がなされてこなかった。そこで、本研究では、利害関係が輻輳する河口域管理の実態と問題点について整理し、今後の本格調査及びそれに基づく支援策の研究に備えることとする。3.研究内容(1)問題点の整理全国の河口域が抱える問題点を文献調査等により把握するとともに、全国から数カ所の河口域を選定し、河口域管理の実態とその問題点を現地調査により把握し、今後の本格調査及びそれに基づく支援策の研究に備える。(2)河口域の一体的管理のための情報の収集・一元化・発信(共有)河口域の利用調整や環境保全の問題を解決するためには、河口域の一体的管理が必要であるが、陸域と海域の管理主体・管理対象が別々で、分野に特化した法律等だけでは、地域の実情に応じた問題解決が困難な状況となっている。そこで、一体的管理に向けた具体的手法の一つとして、まずは、情報の整備、具体的には情報の収集・一元化・発信(共有)を通じて、陸域・河口域・沿岸域の開発・利用・保全・管理について検討する。- 3 -4.研究体制(1)委員会本事業は、「河口域の一体的な管理に関する調査研究委員会」を設置し、年3回委員会を開催した。(2)委員委員長 松 田 治 広島大学 名誉教授委員 磯部 雅彦 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授委員 関礼子 立教大学社会学部現代文化学科 教授委員 竹村公太郎 財団法人リバーフロント整備センター 理事長委員 森下丈二 農林水産省水産庁資源管理部 参事官委員 山下 洋 京都大学フィールド科学教育研究センター 教授/副センター長委員 寺島紘士 海洋政策研究財団 常務理事- 4 -河口域の一体的管理のための情報の収集・一元化・発信(共有)1.情報の収集・一元化・発信(共有)(1)目的20 カ所のサイト調査の結果あきらかにされた6 つの問題点を解決するためには、陸域・河口域・沿岸域の一体的管理が必要であるが、陸域と海域の管理主体・管理対象が別々で、分野に特化した法律等だけでは、地域の実情に応じた問題解決が困難な状況となっている。そこで、一体的管理に向けた具体的手法の一つとして、まずは、情報の整備、具体的には情報の収集・一元化・発信(共有)を通じて、陸域・河口域・沿岸域の開発・利用・保全・管理について検討する。(2)目標・国又は地方公共団体が主体となって、陸域・河口域・海域の開発・利用・保全・管理に関する情報システムを構築する・市民・コミュニティなどの利害関係者の調整のために利用される・国又は地方公共団体が本情報システムのノウハウを活用してシステムを構築することにより、労力的、時間的コストダウンが図られる・本情報システムは追加更新され、国又は地方自治体により管理・維持される(3)選定箇所①四万十川流域(高知県・愛媛県)②吉野川流域(徳島県・香川県・高知県・愛媛県)(4)作成範囲・基本:集水域(watershed)・自治体が決定(5)本情報システムの特徴①情報のInterface化目的別・分野に作成された、陸域、河口域、沿岸域の開発・利用・保全・管理に関する国土数値情報および地方自治体が作成している地図情報等、作成年代、フォーマット、保存状況(情報の欠如等)が異なるこれらの2 次情報を、関係者が利用しやすくするために統合化・interface化した②1次情報・2 次情報の活用現地におけるヒアリング等の1 次情報、および国土数値情報と地方自治体が作成してい- 5 -る地図情報等の2次情報を活用し、両者を活用することにより情報のギャップを埋めた③利用面に関するデータこれまでの情報視覚化は、環境リスクアセスメントや、資源評価のために作成されていたものが大部分を占めるが、本情報システムは、持続可能な開発計画や政策策定に必要な環境データ、資源データに加え、人による利用に関するデータを地図化(視覚化)したものである④コスト削減本情報システムに利用したCommon MP GIS ソフトウェアは、俯瞰図の作成が可能なフリーソフトウェアであり、コストをおさえた、空間(3次元)管理の実現を目指している2.Web サイトの構築(1)目的「森川海の一体的な管理に関する調査研究」の結果、森林・流域・沿岸域の一体的管理の必要性をあきらかにされたが、これら研究成果を共有し、広く世間に広めることで、このような分野の研究を促し、海域の持続可能な利用と健全性の確保のための施策立案に資することを目的とする。「森川海の一体的な管理に関する調査研究」の成果物の一つとして、平成23年度にパンフレット「森川海の一体的管理の実現に向けて」を作成したが、配付先が限られるため、不特定多数の誰もがアクセス可能なWeb による情報発信を実施し、森林・流域・沿岸域の一体的管理の必要性と研究成果の普及を目指す。(2)ターゲット森川海の問題を抱える地方自治体、地域住民に対し、問題解決に向けた情報共有・発信を行う。また、研究・教育・啓発目的にも利用されることを目指す。GIS マップについては、将来、地方自治体や市民団体等の利用化を目指す。(3)コンテンツ①全国20カ所の流域圏の先進的な取組み②全国20カ所が抱える森川海の問題点③現行制度では解決できない森川海の問題点と必要施策④現行制度(政策、法制度)⑤問題解決に向けた一体的管理とは⑥河口域の一体的管理⑦地図情報(吉野川)- 6 -(4)今後の課題・情報の更新・管理・問い合わせ・登録、メールマガジン- 7 -第2章 河口域の一体的管理に関わる取組み状況 海外事例1.アメリカ(1)アメリカの国内法と政府の主な取り組みアメリカの河口域に関する条文は、沿岸域管理法(Coastal Zone Management Act of1972)が改正する中で取り込まれてきた。沿岸域管理法には、河口域(Estuary)や河口域保護区(Estuary sanctuary)という文言が定義されている(表2-1)。アメリカでは、この沿岸域管理法のもとで、沿岸域及び河口域保全計画(16 U.S.C. § 1456d. Coastal andEstuarine Land Conservation Program:CELCP)と国家河口域調査保護区システム(16U.S.C. § 1461. National Estuarine Research Reserve System (Section 315):NERRS)という2 つの河口域に関する主要な取り組みが実施されている。そこで、以下にCELCP とNERRS の取り組みをまず紹介し、次にアメリカの河口域管理の具体例として特に有名なチェサピーク湾プログラム(Chesapeake Bay Program)の概要について紹介する。表2-1:アメリカ沿岸域管理法における河口域及び河口域保護区の定義(仮訳)Estuary河口域The term "estuary" means that part of a river or stream or otherbody of water having unimpaired connection with the open sea,where the sea water is measurably diluted with fresh waterderived from land drainage. The term includes estuary-type areasof the Great Lakes.「河口域」とは、海水が土地排水から派生した淡水に適度に薄められた場所で、外海と揺るぎないつながりのある河川・小川・その他の水域の一部を意味する。本文言は、五大湖の河口域型区域も含む。Estuary sanctuary河口域保護区The term "estuarine sanctuary" means a research area which mayinclude any part or all of an estuary and any island, transitionalarea, and upland in, adjoining, or adjacent to such estuary, andwhich constitutes to the extent feasible a natural unit, set aside toprovide scientists and students the opportunity to examine over aperiod of time the ecological relationships within the area.「河口域保護区」とは、河口域と河口域に接している、あるいは、隣接している島・移行地帯・山地の一部、あるいは、全てを含む自然的な単位の可能な範囲を作り上げている調査区域であり、科学者や学生が区域内で長期間生態的関係を調査できる機会を提供する。(参照元:http://coastalmanagement.noaa.gov/about/czma.html#section304)- 9 -(2)沿岸域及び河口域保全計画(16 U.S.C. § 1456d. Coastal and Estuarine LandConservation Program:CELCP)沿岸域及び河口域保全計画(CELCP)の策定や指針の発出は、アメリカ商務省長官が行なっている。CELCP の目的は、「生態学的、保全上、レクリエーション上、歴史的及び審美的な価値を有するゆえに重要と考えられる沿岸域及び河口域の保護」とされている。CELCP を通して、該当する沿岸域及び河口域を有する州やその他地方自治体は、沿岸域及び河口域またはそれらの地役権を購入するための資金を要求できる。2003 年6 月にアメリカ商務省長官によって発出されたCELCP の指針には、各州が沿岸域及び河口域の保全計画を定める際の基準及びプロセスが概説されている。実際の計画は、州の沿岸域管理機関において州の計画を通して州レベルで調整するという体制がとられている。CELCP の開始以降、現在までに75,000 エーカー超(30,352.5 ヘクタール:東京ドーム約6,458 個分)が保護されている。CELCP の第1号は、ミシシッピ州ビロクシ(Biloxi)沿岸に位置するディアー島(DeerIsland)であった。この島は、鳥類及びその他野生生物の生息地としての保全を図るために政府から資金提供を受けている。CELCP は、2002 年から2011 年までの間に、175 を超えるプロジェクトに対し、およそ2500 万ドル(およそ234億円)を拠出している。各州の計画の申請状況や計画内容などの詳細については、海洋大気庁(National Oceanic andAtmospheric Administration:NOAA)のホームページ上で参照することができる(http://coastalmanagement.noaa.gov/land/media/celcpplansweb.pdf)。(3)国家河口域調査保護区システム(16 U.S.C. § 1461. National Estuarine ResearchReserve System (Section 315):NERRS)国家河口域調査保護区システム(NERRS)は、①河口域保護区(Estuarine Sanctuary)と②河口域(Estuarine Area:沿岸域管理法315 条(b)に基づき指定)から構成される。沿岸域管理法の315条によって、1986 年4月7日以前に指定された河口域保護区は、国立河口域保護区(National Estuarine Reserve:NER)に指定され、1986 年4 月7日以降に指定された河口域はNER に指定することができる。アメリカ政府は、①NER として長期にわたる適切な管理を確保するため、沿岸州又は個人に対して②NER内での調査やモニタリングのための財政を支援することができる。NERRS とは、沿岸域(陸域及び水域)保護のためシステムであり、具体的には、長期にわたる調査、水質モニタリング、教育、沿岸管理を行う。NERRS は、NOAA と沿岸州との間のパートナーシッププログラムとして行なわれる。資金の拠出や技術的な支援は、NOAA と関連機関が実施しているが、管理は、各州の機関又は大学が地元のパートナーからのインプットを得て実施している。保護区(Reserve)自体の管理は、連邦/州がパートナーシップを通して行うが、国レベルでは、NOAA のEstuary Reserve Division of theOffice of Coastal Resource Management が担当している。州レベルでは、州当局又は知事- 10 -が決定する大学が担当し、多くの保護区には、地元政府や非営利団体の代表者などから成る地元管理委員会や助言委員会が設置されている。現在NERRS は、全米で28か所指定されている。NERRS の詳細は、NOAA のウェブサイトから見ることが出来る(図2-1)。例えば、当該ウェブサイトでサンフランシスコ湾をクリックすると、サンフランシスコ湾における管理の取り組み状況が分かる。具体的には、サンフランシスコ湾におけるNERRS の範囲、設置時期、主管庁、管理におけるパートナーなどが記載され、更に対象地のプロフィールや管理計画、各種実施プログラム(研究調査、教育、管理、研修)、関連情報などにリンクすることが出来る。図2-1:NERRS のウェブサイト(参照元:http://nerrs.noaa.gov/ReservesMap.aspx)(2)河口域に関する事例:チェサピーク湾プログラム(Chesapeake Bay Program)アメリカでは、河口域に関する法律や政策上の取り組みに関連して、様々な分野横断的プログラムが各地で展開されているが、その中でも特に有名な事例は、チェサピーク湾プ- 11 -ログラム(Chesapeake Bay Program)である。チェサピーク湾は、NERRS のサイトとしてメリーランド州とバージニア州にサイトを有している。そこで、アメリカの河口域に関する事例として、このプログラムについて、以下に簡単に紹介する。アメリカの東海岸に位置するチェサピーク湾の流域は、メリーランド州、バージニア州、ペンシルべニア州、デラウェア州、ウェストバージニア州、ニューヨーク州と首都ワシントンD.C.を含み、河口域の規模は北米最大である。チェサピーク湾には、ポトマック川(Potomac River)、サスケハナ川(Susquehanna River)、ジェームス川(James River)などの川が流れ込み、流域には約1660 万人もの人々が暮らしている(図2-2)。図2-2:チェサピーク湾の地図(参照元:http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00870/contents/092.htm)チェサピーク湾は、1960 年代から農業・工業・生活の排水や開発などを主因とする環境問題が進み、各種メディアでその問題が取り上げられてきた。こうした環境問題に対処するため、1970 年代前後に環境NPOが設立、80年以降、州政府を越えた様々な活動が展開されている。チェサピーク湾の問題解決の大きな前進となったのは、1983 年に締結されたチェサピーク湾協定(Chesapeake Bay Agreement)である。州を越えてチェサピーク湾の環境修復に向けたプログラムを協議・実施することとなった同協定には、当時メリーラン- 12 -ド州、ペンシルベニア州、バージニア州、ワシントンD.C.が調印した。チェサピーク湾プログラムは、様々な改良を経て、現在19 の連邦機関、約40 の州機関(メリーランド州、ペンシルベニア州、バージニア州、デラウェア州、ニューヨーク州、ウェストバージニア州、ワシントンD.C.)、州政治家、約20 の学術機関、約1800の群・市の機関、約60 の民間組織(企業、NPO、市民団体)など多岐に渡るステークホルダーで構成されている。活動を統合的に展開していくためのチェサピーク湾プログラム事務所は、メリーランド州アナポリス市に設置されている。チェサピーク湾プログラムには、運営委員会と各州の知事や市長とアメリカ環境保護局の行政官などからなる役員会が構成されている。役員会は、各州の省庁職員などからなる委員会から政策アドバイスを受けつつ、各種法制度の推進や承認を行なっている。また、役員会と運営員会に加えて、市民、自治体、専門家による各種諮問委員会が設置され、縦割りを超える統合的な協議のもとで環境問題に対処する計画が立てられている。現在、決定した各種計画を達成するために目標ごとに編成された、漁業、生息地保全、水質保全などのグループが実際の計画の実施と管理を行い、定期的な報告を行なうことで順応的管理の理念の下で事業が展開されている。更に、それらの活動情報を広報するワーキンググループや科学的な評価を行なうチームによって活動が強化されている(図2-3)。図2-3:チェサピーク湾プログラムの組織図(参照元:http://www.chesapeakebay.net/about/organized)チェサピーク湾プログラムは、現在、連邦政府、州政府、民間企業などの資金的協力を得て活動を展開している。チェサピーク湾プログラムの歴史、課題、事業の状況、活動支援、ニュース、その他写真・地図・報告書などの資料、プログラムの運営内容等の詳細に- 13 -ついては、チェサピーク湾プログラムのホームページから参照することができる(図2-4)。図2-4:チェサピーク湾プログラムのウェブサイト(参照:http://www.chesapeakebay.net/)- 14 -2.イギリス英国では、2009年12月に、海洋に関する新しい枠組みとなる「海洋及び沿岸アクセス法(Marine and Coastal Access Act)」が制定された。本法のもと、2021年までに、海洋計画区域ごとに10 カ所の「海洋計画(Marine Plan)」と、海洋計画の策定過程にどうやって関係者を関与させるか、活動内容を段階的に示した文書である「市民参加声明(Statement of Public Participation)」の策定が目指されている。計画策定は、10カ所の海洋計画区域のうち東部地区より策定されており、2011年3月に、「東部沿岸及び東部沖合海洋計画区域における市民参加声明(East Inshore and East Offshoremarine plan areas Statement of Public Participation)」が、同地区の海洋計画策定に先駆けて策定された。また、「海洋及び沿岸アクセス法」第44 条を根拠に、2011 年3月には、これら海洋計画の立案や、海洋環境に影響を及ぼす意思決定のための枠組みを提供する「海洋政策声明(Marine Policy Statement)」が発行されている。海洋政策声明では、沿岸域総合的管理について、「陸上及び海域で発生する活動は、陸上と海域双方の環境に影響を及ぼす可能性がある。沿岸と河口域は価値の高い環境であるだけでなく、社会的・経済的資産でもある。英国行政府は、河口域及び河口域内で発生する活動が、沿岸域総合的管理(ICZM)の原則に沿った統合的かつ全体論的な形で管理されることの確保に尽力する。」と述べられており、河口域は、沿岸域総合的管理の原則に沿って管理されることが目指されている。そこで本章では、1997年より現在まで約20年の間、河口域管理が実施されている英国プリマス湾・タマー川河口域管理に関する活動をレビューする。(1)概要管理エリア プリマス湾・タマー河口域管理組織 タマー河口域協議フォーラム(Tamar Estuaries ConsultativeForum;TECF))管理主体 Queen’s Harbour Master Plymouth (QHM)・QHMは英国国防省(Ministry of Defense)の下部組織・QHMのトップは、英国海軍の司令長官(Commander Royal Navy)・海軍工廠(Dockyard Port)の管理(海軍、商業、レジャー施設を含む)(2)活動のあゆみ1992 年 MODが管轄権及び地理的エリアの縮小を考察→パブコメ1994 年 ・Coastal Office 設置・関与する関係機関が増加- 15 -1997 年 タマー河口域管理計画(Tamar Estuary Management Plan)→パブコメ→タマー河口域管理計画2001-2006 策定2004 年 タマー河口域管理計画 2001-2006 の見直し2005 年4~8 月 関係者との協議2005年10~12月 タマー河口域管理計画 ワーキンググループ2006 年1 月 ・関係者に対し原案が公開・タマー河口域管理計画 2006-2012 策定2009 年11 月 タマー河口域管理計画2006-2012 見直し2012 年10 月 タマー河口域管理計画2013-2018 策定(3)管理対象エリア①プリマス湾, タマー川感潮限界点、Tavy, Lynher and Plym, ヤーム河口域までのウェンブリー海岸②EUの生息地指令に基づいて指定された特別保全区域(Special Area of Conservation)③EUの鳥類指令に基づいて指定された特別保護区域(Special Protected Area)(4)タマー河口域協議フォーラムメンバー(2013-2018計画年)と活動内容・Queens Harbour Master・Associated Bristish Ports・Cattewater Harbour Commissioners・English Heritage・Natural England・Devon and Severn Inshore Fisheries and Conservation Authority・Cornwall Inshore Fisheries and Conservation Authority・Plymouth City Council・West Devon Borough Council・South Hams District Council・Devon County Council・Cornwall County Council・Sutton Harbour Company・Marine Managamemet Organaization・Environment Agency・Duchy of Cornwall・South Devon AONB (Area of Outstanding Natural Beauty )・Tamar Valley AONB- 16 -タマー河口域管理計画2006-2012 において、タマー河口域協議フォーラム(以下、フォーラム)は、プリマス港海洋連絡協議会、ウェンブリーボランティア諮問グループ、ワーキンググループの3 つから構成されていたが、タマー河口域管理計画2013-2018 では、主に資金面のアドバイスをおこなうコアグループが新たに設置され、現在フォーラムは、これら4 つの部分から構成されている。プリマス港海洋連絡協議会は、異なる河口域港の利用者・利害関係グループ間の調整促進や、フォーラムへのアドバイスを実施する。ウェンブリーボランティア諮問グループは、ウェンブリーボランティア保全地域の管理を審査し、プリマス湾・タマー河口域のうちウェンブリーに関係する部分について、フォーラムにアドバイスを実施する。このように、フォーラムは、軍港、軍港管理者、商業港の管理者、国際マリーナ、ボートヤード、地方自治体等で構成されており、フォーラム参画住民は約40,000 人にのぼる。活動内容として、年3 回の会議が開催され、主要なトピックとして、①調整、②モニタリング・情報管理、③景観・生物多様性保全、④歴史的環境、⑤水質、⑥開発と沿岸域の改変、⑦漁業、⑧海運・航海・安全、⑨パブリックアクセス・レクレーション・係留、⑩啓発・理解・コミュニティの係わり、等が議論されている。なお、会議の結果はプリマス市HPで公表されている。参考資料・Tamar Estuaries Consultative Forum (2012):Tamar Estuaries Management Plan2006-2012・Tamar Estuaries Consultative Forum (2012):Tamar Estuaries Management Plan2013-2018・Marine Managamanet Organaisation HP(http://www.marinemanagement.org.uk/)- 17 -3.オーストラリア(1)オーストラリアの河口域管理に関する基礎調査の結果オーストラリアの河口域管理に関する調査を始めるにあたっては、まず一般検索ツールのグーグル(Google)と学術論文のデータベースであるサイエンスダイレクト(ScienceDirect)を使用して、オーストラリア(Australia)と管理(Management)というキーワードに、河口域に関する単語を組み合わせて検索した。河口域に関する単語としては、河口や入り江を指す「Estuary」、流域を指す「River basin」、分水界や流域を指す「Watershed」、そして河口を指す「River mouth」を使用した。検索結果は、表2-2の通り。表2-2:オーストラリアの河口域管理関連のデータ検索結果(2012 年8 月13日付)検索ソフト 追加の単語 ヒット件数 主な内容Estuary 5,230,000 National Estuaries Network, HunterCoast and Estuary Management,Estuary Management Policy,Wollongong, Lower Hawkesbury Estuary,Brunswick River Estuary Managementetc.Riverbasin 2,200,000 Murray-Darling Basin, Hunter RiverBasin etc.Watershed 784,000 Murray-Darling etc.GoogleRivermouth 250,000 Tweed River, Margaret River Mouth,Murray River Mouth etc.Estuary 8,226 Tool for estuary management (TuckeanSwamp and Lake King) etc.Riverbasin 12,364 Murray-Darling Basin, Hunter Valleyetc.Watershed 8,088 Data gathering techniques for Australiandryland etc.ScienceDirectRivermouth 1,222 A Comparison of Issues and ManagementApproaches in Moreton Bay, Australiaand Chesapeake Bay, USA etc.Google では、Estuary のヒット件数が最も多かった。これは、オーストラリアの全国河口域管理ネットワーク(National Estuaries Network:NEN)の存在にあると考えられる。NENは、オーストラリアの集水域、河川、河口域の状態を把握するために、国や州の政策- 18 -決定者や科学者との間で2000 年に結成されたネットワークであり、これまでインターネットを通して盛んに情報配信を行なっている。一方、Science Direct では、Riverbasin のヒット件数が最も多かった。その理由は、ニューサウスウェールズ州(New South Whales)、ビクトリア州(Victoria)、クイーンズランド州(Queensland)、南オーストラリア州(Southern Australia)、キャンベラ首都特別地域(Canberra)をまたぐマレー・ダーリング流域(Murray-Darling Basin)の存在にあると考えられる。マレー・ダーリング流域の管理は、関係州政府及び連邦政府からなるマレー・ダーリング流域庁(Murray-Darling Basin Authority:MDBA)が行い、統合的な管理を実施している。MDBA の制度は、統合的管理や水取引制度の導入など学術的関心の高い政策が多く、これまでに多くの論文が執筆されている。NENとMDBA は事例として興味深いが、NENはオーストラリア全体のネットワークであり、MDBA は流域圏規模の政策であるため、どちらも特定の河口域の具体的な事例にはならない。そこで本調査では、NEN とMDBA の情報をまとめた上で、ヒット件数が次に多かったニューサウスウェールズ州のハンター河口域・沿岸域の管理計画(Hunter EstuaryCoastal Zone Management Plan:HECZMP)を具体例としてまとめた。NEN、MDBA、HECZMP については、それぞれ関係する①基本情報、②対象地における問題点、③取り組み、④参考文献という順で紹介する。(2)河口域のネットワーク(全国河口域管理ネットワーク:National EstuariesNetwork:NEN)①オーストラリア全土の河口域の基本情報オーストラリア政府は、1997 年に国や州の自然資源管理に関係している政府機関や研究機関とともに国土と水資源に関する監査活動(National Land and Water Resources Audit)を開始し、農業、沿岸域、乾燥地帯の塩分濃度、干害などに関する全国レベルの調査を実施した。その中で河口域に関する調査として2000 年から河口域評価事業(EstuaryAssessment 2000)を開始し、2002 年にはオーストラリアの集水域・河川・河口域の状態に関する報告書(Catchment, River and Estuary Condition in Australia:CRECA)を発表している。河口域評価事業において、河口域は表2-3のように定義されている。表2-3:河口域評価事業(Estuary Assessment 2000)による河口域の定義(仮訳)An estuary is a semi-enclosed coastal body of water where salt from the open seamixes with freshwater draining from the land where waters with different salinitiesmix or where marine and fluvial sediments occur together.河口域は、半閉鎖性の沿岸水域で、外洋の海水と陸から流れ出る淡水が混ざり合った異なる塩分濃度の場所、あるいは、海洋と河川の堆積物が共に発生する場所である。(参照元:http://www.anra.gov.au/topics/coasts/estuary/index.html)- 19 -オーストラリア全土にある1000 以上の河口域のうちNLWRA が調査した河口域は、979でそのうち9%は過剰に開拓されている状態(図2-5:赤)、19%は人為的介入が行なわれている状態(図2-5:水色)、22%は未開部分が多く残されている状態(図2-5:薄紫)、50%は未開に近い状態(図2-5:紫)だとされている。未開状態に近い河口域は、人口密度が比較的低い北部に多く、過剰に開拓されている河口域は、シドニー、メルボルン、アデレード、ブリスベン、パースなどの大都市を有する南部に多い。またオーストラリアの河口域は、各地の地形、潮流、波などによって形状が異なる(図2-6)。図2-5:オーストラリアの河口域とその状態(参照元:http://www.anra.gov.au/topics/coasts/estuary/index.html)図2-6:オーストラリアの河口域とその状態(参照元:National Land and Water Resources Audit 2002 p.12)- 20 -②オーストラリア全土における問題点オーストラリアの河口域は、気候変動、豪雨、干害、浸食などの自然災害による脅威にさらされている。こうした自然災害は、過剰な土地利用、養分や土砂の流出、川岸植物の減少などによって、一層被害が大きくなるとも言われている。また、自然環境の変化は、農業や漁業に甚大な影響を与えるとも言われている。こうした河口域の状況に対して、オーストラリアの集水域・河川・河口域の状態に関する報告書(CRECA)は以下のような課題を提起している。・ 未開に近い状態の河口域を維持するための保全管理戦略の作成が必要。・ 自然資源管理プロセスの中で、河口域管理の目標を達成していくための働きかけが必要。・ 国や州レベルでの河口域管理の主導機関とその責任に関する明確な説明が必要。・ 河口域管理を改善するための企業や市民の強い責任にもとづいたオーストラリア全土の沿岸域政策や管理イニシアティブの開発が必要。・ 河口域を管理する職員や自治体の計画を支援するための情報、研修、支援の継続的提供が必要。③全国河口域管理ネットワーク(National Estuaries Network:NEN)の取り組み全国河口域管理ネットワーク(NEN)は、国土と水資源に関する監査活動(National Landand Water Resources Audit)中の河口域の評価をすることを目的に、国や州の政策決定者と科学者によって2000 年に設置された。NEN の業務は2002 年に終了したが、その後も知識や考え方の交換・共同事業構想・最新の科学成果を共有する場としてのネットワークの価値を見出したメンバーによって、活動は続いている。NENの活動は、オーストラリア連邦政府・州政府・自治体・大学・民間企業による沿岸域共同研究センター(CoastalCooperative Research Centers)が2006 年まで支援し、その後、オーストラリア地球科学局(Geoscience Australia)が支援している。NEN の目標は、「河口域の自然資源管理と環境保護を向上させること」であり、河口域に関係する国や州の管理者と科学者をつなぐネットワークを形成することで、その目標を達成しようとしている。NENのメンバーは、オーストラリアの全ての州と特別地域の河口域管理者と研究者で形成され、ハイレベルの政策決定者や現場の研究者ではなく、その間で、科学的知識を政策決定に翻訳していく役割を担う調整者である傾向が強い。NEN の主な活動は、河口域管理に関する会合の開催である。会合は、年2 回それぞれ3日間の日程で開催されている。会合の1日目は、各州の管理者の情報更新の場、2日目は開催州の現地視察、3日目は一般公開で専門家や科学者による河口域研究成果の報告の場となっている。NEN に関する情報は、オーストラリア政府が管理している沿岸域の情報サイトに併設されている(http://www.ozcoasts.gov.au/nen.jsp)。当ウェブサイトには、NEN の背景、最新のニュース、イベント開催案内、連絡先、メンバー専用ページなどの情報が掲- 21 -載されている。④参考文献・ National Land and Water Resources Audit, 2002, Catchment, River and EstuaryCondition in Australia, Commonwealth of Australia(2013 年3月10日アクセス)http://www.anra.gov.au/topics/coasts/pubs/summary-reports/catchment-condition/pubs/catchment-condition.pdf・ Australian Natural Resources Atlas, 2007, Estuary Assessment 2000, Departmentof Sustainability, Environment, Water, Population and Communities (2013年3月10日アクセス) http://www.anra.gov.au/topics/coasts/estuary/index.html・ Australian Online Coastal Information - OzCoast, National Estuaries Network,Australian Government - Geoscience Australia, (2013 年3 月10 日アクセス)http://www.ozcoasts.gov.au/nen.jsp(3)流域圏規模の政策(マレー・ダーリング流域庁:Murray-Darling Basin Authority:MDBA)①マレー・ダーリング流域の基本情報図2-7:マレー・ダーリング流域の位置(参照元:http://www.mdba.gov.au/annualreports/2008-09/role.html)- 22 -マレー・ダーリング流域は、キャンベラ首都特別地域、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州、クイーンズランド州、南オーストラリア州にまたがり、その流域面積は約106万km2(オーストラリア本土の約1/7、日本の国土の3 倍弱)におよぶ(図2-7)。30,000以上の湿地帯を有するマレー・ダーリング流域には、マレー川とダーリング川を中心に更に20以上もの川と地下水が存在している。現在、流域の居住者約200 万人(国民の11%)に加えて、約100万人の人々がこの流域の水を農業・工業・家庭用水として利用している。マレー・ダーリング流域では、オーストラリアの灌漑農業の約7割(農業生産の40%)が行なわれ、農業用水利用の割合は、水利用全体の9割を占めるほどである。②マレー・ダーリング流域の問題点マレー・ダーリング流域は、オーストラリアの14%の面積を有しているにも関わらず、オーストラリアの平均降雨量のうち6.1%のみしか享受していない。こうした自然環境に加えて、マレー・ダーリング流域の水使用量は、人口や農業生産などによって増加の一途をたどり、地域一体で干ばつ、塩害、水不足が常態化している。ダム建設が厳しい政策批判の対象となるオーストラリアでは、水問題に対処するためマレー・ダーリング流域を中心に、1980 年代前半から水取引が検討され、1990 年代には見直しが入り、1998 年から本格的に取引が始められているが、現在も州内での取引が一般的で、まだ水問題の解決には至っていない。③マレー・ダーリング流域庁(Murray-Darling Basin Authority:MDBA)の取り組みマレー・ダーリング流域庁(MDBA)は、マレー・ダーリング流域の気候変動政策、健全な河川のための支援、賢明な水利用、水供給の保障のための統合的水資源管理を目的に設置された連邦政府の1機関である。MDBA の歴史は、1914 年のマレー川水合意(RiverMurray Waters Agreement)によって1917 年に設置された、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州、南オーストラリア州からなる水利用調整のためのマレー川委員会(RiverMurray Commission:RMC)にさかのぼることが出来る。RMC は、1960 年代以降、著しく伸びた水使用量に対応して体制を改良している。1985 年には関係州の大臣からなるマレー・ダーリング流域大臣評議会(Murray-Darling Basin Ministerial Council)を設置、1987 年には連邦政府と州政府によるマレー・ダーリング流域委員会(Murray-DarlingBasin Commission:MDBC)を設置、2008 年には組織をより統合的な管理に導くために水法(Water Act 2007)に基づいてMDBA を設置している。MDBA は、持続性・環境・水・人口・コミュニティ担当大臣(Minister for Sustainability, Environment, Water,Population and Communities)任命の6名の委員のもとで約300人のスタッフによって運営される。MDBA の組織体制は、図2-8 の通りである。持続性・環境・水・人口・コミュニティ担当大臣は、流域管理計画(Basin Plan)の決定者であり、MDBA の6 名の委員の任命者で- 23 -ある。MDBA は、流域管理計画の策定・実施・モニタリングを行なうとともに、各州に助言を行なう。連邦政府は、税収から自然資源管理の資金を州の水管理部署や支部に提供できる。一方、流域大臣評議会(Ministerial Council)は、6州の大臣で構成され流域管理計画に従い、各州の資源の効率的かつ持続的利用のための計画や管理の決定を行なう。州は、土地・水・自然資源の主権を持ち主要な川のダムを建設・保有・管理する。また、州の法律により水管理の権限は、水利権調整を行う州の省庁が持っている。なお、ビクトリア州以外は灌漑整備を民営化している。流域当局委員会(Basin Officials Committee)は6州の職員からなり、流域大臣評議会に報告を行なうとともに、MDBA に助言と決定を提示する。流域市民委員会(Basin Community Committee)は、水の直接の利用者を中心に構成され、料金などに関する市民目線の発言を行なうとともに、助言を流域大臣評議会に行なう。自治体は、水供給・水の衛生設備・洪水予防の管理を行なうが、その資金源として州の支援を得ることが出来る。図2-8:MDBA の組織体制(参照元:http://www.mdba.gov.au/about/governance)- 24 -図2-9:Basin Planのスケジュール概要(参照元:http://www.mdba.gov.au/basin-plan/next-steps)MDBA の主な管理機能は、流域管理計画の準備と実施(持続可能な取水限度を設定することを含む)、州政府の水資源計画へのアドバイス、水資源と取引に関する情報収集・調査研究・情報配信、州政府間の水資源共有のための調整、マレー川の河川工作物の建設と維持管理、流域全体のモニタリングと評価、啓蒙と市民参加の促進である。流域管理計画は、原案が2010 年に公表されたが、環境と社会と経済の影響のうち環境を重視しすぎているとの批判があり、修正作業は難航、2 年の時を経て2012 年の11 月にようやく採択された。流域管理計画には、総取水量の数値制限が明記され、特に地下水の取水量が厳しく定められている。流域管理計画は、環境への優先順位決定、水取引のルール策定など様々な目標が期日付きで定められている(図2-9)。流域管理計画は、決定過程に市民の参加を重視してきたため、市民の理解が高いと評価されている。実際、流域管理計画は、採択されるまでに約19,000 人が参加した175 回もの会合と、1,2000 もの意見書によって、約300 箇所も変更されている(http://www.mdba.gov.au/)。④参照資料・ Murray-Darling Basin Authority, 2013, Murray-Darling Basin Authority,Australian Government(2013 年3月10日アクセス)http://www.mdba.gov.au/・ Kemper K, Dinar A, and Blomquist W, 2006, Institutional and Policy Analysis ofRiver basin Management Decentralization: The Principle of Managing Water- 25 -Resources at the Lowest Appropriate Level-When and why does it (not) work inpractice?, The World Bank, p.8-11・ 片岡八束、サンガム・シュレスタ、2007、「7 章水の有効利用の促進:経済的手法の適用」、『IGES白書』、地球環境戦略研究機関、p.152-154・ 玉井哲也、2008、「第三章 主要国における食料需給の状況(4)オーストラリア」、『平成20年度 世界の食料需給の中長期的な見通しに関する研究』、農林水産政策研究所 (2013 年3月10日アクセス)・ http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/jukyu-6.pdf・ 川村謙一、2008、「オーストラリアの水取引について」『水利権の転用や売買等に関する諸外国の取り組みについて』p.1-7http://www.nilim.go.jp/lab/fdg/vw/vw_data/2008/08-2nd/2nd_siryou-5.pdf(4)特定の河口域での政策(ハンター河口域・沿岸域の管理計画:Hunter Estuary CoastalZone Management Plan:HECZMP)①ハンター河口域の基本情報図2-10:Hunter Estuary の周辺図(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.2)- 26 -ニューサウスウェールズ州の沿岸にあるハンター河口域は、シドニーから北約110km に位置し、ニューキャッスル市(Newcastle City)、ポートステファンズ市(Port StephensCity)、マイトランド市(Maitland City)一帯に広がっている(図2-10)。ハンター河口域は、ハンター川(Hunter River)、パターソン川(Paterson River)、ウィリアムズ川(WilliamsRiver)等の支流とフルアートン湾(Fullerton Cove)からなる河口域一帯を指し、集水域を含めると約2万平方kmにおよび、感潮域が内陸まで約75kmも伸びている場所もある。ハンター河口域の湿地帯の一部をなすハンター湿地国立公園(Hunter Wetlands NationalPark)周辺は、1984 年と2002 年にラムサール条約に登録されている。②ハンター河口域の問題点ハンター河口域は、ラムサール条約に登録されるなど生物の多様性に富んだ地域であるが、豪雨による洪水、鉄砲水、侵食や農業、工業、都市からの排水や土砂による地下水や川の汚染、開発などによる渡り鳥を含む動植物の生息地の環境悪化や、先住民、炭鉱業、港湾業、観光業などの関係者の利害対立によって管理機能の低下が懸念されてきた。③ハンター河口域での取り組みハンター河口域では、利害の錯綜している問題を解決するために、1997 年にハンター沿岸域河口域管理委員会(Hunter Coast and Estuary Management Committee:HCEMC)が設置されている。また2003 年には、ハンター河口域の物理・水質・土壌・生態系のプロセスと人為的影響の調査が実施され、その調査結果にしたがって市民参加を尊重した形でハンター河口域沿岸域管理計画(Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan 2009:HECZMP)が2009 年に作成されている。ニューサウスウェールズ州では、沿岸域保全法(Coastal Protection Act 1979)、集水域管理法(Catchment Management Act 1989)、河口域管理法(Estuary Management Policy1992)、沿岸法(Coastal Policy 1997)などが比較的早い段階から策定されている。更に2002 年の沿岸域保全法の改正の際は、沿岸の自治体に沿岸域管理計画(CoastalManagement Plan)を作成することが義務付けられた。HECZMP は、こうした政策の流れと地域の関心が合致したことで、2009 年10月に州の関係省庁と市民の合意を経て導入され、現在、ニューキャッスル市、ポートステファンズ市、マイトランド市が事業実施の責任を持ち、それぞれの役割に応じた作業が計画に基づいて進められている。HECZMP は、総合的ビジョン(表2-4)のもとで、ハンター河口域の現在の自然環境の状態を維持・改善するということが前提となっている。その前提の下で、優先的に解決すべき25の管理目標が定められ、各目標に対応する戦略、費用対効果、実施時期、責任者などが明記されている(表2-5 と表2-6)。さらに、戦略毎の具体的な主体・予算・資金源・事業の評価基準・実施時期・対象地域についても記載されている(表2-7)。- 27 -表2-4:ハンター河口域沿岸域管理計画のビジョン(仮訳)The community, industry and government working together towards a productive,economically viable and ecologically sustainable Hunter estuary, recognizing social,cultural and environmental values.Hunter estuary の社会・文化・環境の価値を認識しつつ生産性、経済的に実行可能性、生態系の持続可能性のために市民・企業・行政と協働して活動していく。(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.12)表2-5:優先的に解決すべき管理目標に対応した戦略、費用対効果、期間、責任者など(表2-5~2-6、図2-11 までは関連する内容なので特に分かりやすい戦略3を赤線で表記)(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.18)HECZMP は10 年計画の中で毎年見直しを行い、5 年目には公式な見直しを行い、最新の研究成果や地域の情勢に合わせて計画を改良することになっている。HECZMPの内容は、すでに策定されているハンター中流河川集水域行動計画(Hunter Central RiversCatchment Action Plan)、ハンター下流域戦略(Lower Hunter Regional Strategy)、(Regional Conservation Plan)、市管理計画(Council Management Plan)、ハンター湿地国立公園管理計画(Hunter Wetlands National Park Plan of Management)に対応することで活動の重複を避けている。HECZMP の構成員は、州政府、自治体、港湾関係者・水事業者・開発事業者など民間団体、漁業者・大学関係者・サーフィン団体・野鳥観察会などの市民であり、それぞれの構成員は、計画を達成するために統合的な事業を役割にあわせて実施している(表2-7)。- 28 -図2-11:優先的に解決すべき管理目標に対応した各活動と実施時期(表2-5~2-6、図2-11 までは関連する内容なので特に分かりやすい戦略3を赤線で表記)(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.18)表2-6:戦略とその優先的に解決すべき管理目標に対応した各活動と実施時期(表2-5~2-6、図2-11 までは関連する内容なので特に分かりやすい戦略3を赤線で表記)(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.30)- 29 -表2-7:Hunter Estuaryの河口域・沿岸域管理の委員(参照元:Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan p.4)④参照資料・ BMT WBM Pty Ltd, 2009, Hunter Estuary Coastal Zone Management Plan,Newcastle City Council, Port Stephens Council, Maitland City Council and NSWDepartment of Environment and Climate Change (2013 年3 月10 日アクセス)http://www.newcastle.nsw.gov.au/__data/assets/pdf_file/0009/87057/HEMP_Adopted_Final_October_2009.pdf・ Newcastle City Council: NCC, 2010, Estuary Management, NCC (2013 年3月10日アクセス)http://www.newcastle.nsw.gov.au/environment/coast_and_estuary/estuary_management- 30 -第3章 河口域の一体的管理に関わる取組み状況 国内事例1.椹野川【基礎情報】椹野川は水源を山口県萩市旭村龍門岳に、河口を山口湾に持つ二級河川である。幹川流路延長30.3km、流域面積 322km2、流域人口約17 万人で、全流程は山口市内を流れる。河口域に広がる西瀬戸内地域有数の広大な干潟(約344ha)は、渡り鳥、カブトガニなどの貴重な生息地となっており、日本の重要湿地500にも選ばれている。また、支流の一の坂川は、ゲンジボタルの生息地として天然記念物指定を受けるなど豊かな自然が残されている。【歴史的背景】(1)宇部方式山口県の瀬戸内海沿岸域では、戦後復興期に石炭産業が発展し、ばいじん汚染が発生した。そこで、1949 年に、市議会内に「宇部市降ばい対策委員会」が設置され、国内で初めての組織的、系統的な大気汚染調査が開始された。1951年には、「宇部市ばいじん対策委員会」が設置され、「宇部市煤塵対策委員会条例」が制定されている。本委員会は、市長(委員長)、企業、行政、学者、市議会代表で構成され、科学的調査データを基礎とした話し合いによる発生源対策を第一主義とし、自分たちの住んでいる地域社会の健康は自分たちで守ろうという自治意識に基づく「産・官・学・民」による「宇部方式」の基礎が誕生した。1965 年には、ばいじん追放に成功し国民安全に寄与したとして、内閣総理大臣賞が授与され、1997 年には、国連環境計画(UNEP)から「グローバル500賞」も授与されている。宇部方式は、「情報の公開を基礎に、地域の産・官・学・民の四者が相互信頼、連帯の精神に根ざして、一体となって、自分たちが住んでいる地域社会の健康は自分たちで守ろうという自治意識のもと、科学的調査データに基づく話し合いによる発生源対策を第一主義に、法令や罰則に頼ることなく、むしろそれらを先取り或いは更に進める形で、公害の未然防止と環境問題の解決を図ろうとする地域ぐるみの自主的な活動」を基本理念としている。(2)地域活性化交流会2000 年に、上流・下流の森川海の連携で椹野川河口域の海を昔のような海に取り戻すことを目的とする「地域活性化交流会」が設立された。本交流会は、嘉川漁業協同組合、椹野川漁業協同組合、山口漁業協同組合、山口中央農業協同組合女性部、山口中央森林組合、山口市林業振興課、山口市水産振興課により構成され、間伐・植栽、竹炭焼き、海岸・海中ゴミ清掃、木材魚礁づくり、アマモ学習会、干潟耕耘を主な活動として- 31 -いる。このように、地域活性化交流会の活動を通じて、漁業、農業、林業従事者が交流を行なっている。(3)椹野川の源流を守る会椹野川上流の仁保地区の源流部において、産業廃棄物処理場の建設計画が持ち上がった。そこで、椹野川の源流一帯を産業廃棄物の処理場から守るため 「椹野川の源流を守る会」が仁保地区住民等により、200
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