報告書・出版物
は じ め に本報告書は、競艇交付金による日本財団の平成20年度助成事業として実施した「外来生物の船体付着総合管理に関する調査」の成果をとりまとめたものです。沿岸の海洋生態系への非意図的な外来海洋生物の侵入経路として、船舶運航に起因する部分の大きいことは従来から指摘されてきました。ここには2 つの問題、すなわちバラスト水の問題と船体付着の問題があります。この対策として、前者のバラスト水については、2004 年2 月に「バラスト水管理条約」が、国際海事機関 (IMO) にて採択され、現在その発効への期待とともにバラスト水中の生物殺滅技術の開発が進んでいます。後者の船体付着についても規制の必要性が認識され、2007 年以降検討議題として取り上げられ、2008 年2月のIMO ばら積み液体・気体小委員会 (BLG) の第12 回会合にて、船体付着による有害水性生物の移動を最小化する国際的な方法の策定に関する諸問題を議論する通信グループ (CG) が設置され、国際的方策の必要性およびその内容についての検討が進められています。さらに、2009 年2 月に開催予定のBLG13 では、船体の生物汚損に関する作業部会 (WG) の設置が了承され、本格的な議論および具体的対策の作成作業が開始されることになります。現在行われている船体での付着生物防除 (防汚) 対策は、船底塗料の塗布等による生物の船体付着の防止 (防止技術)と船体付着生物の掻き落し等による除去 (除去技術)に大別できます。このうち前者については、防汚塗料などの付着防止技術の歴史は長く、2001 年に採択された「船舶についての有害な防汚方法の規制に関する国際条約 (AFS 条約) 」が2008年9 月17 日に発効し、防汚機能の高い有機スズ化合物 (TBT) 系塗料の船舶への塗布が禁止されました。これは、有害物質の塗料への使用を禁止・制限することにより海洋環境の保全をすることを目的としていますが、他方で、塗料の防汚効果の減少を意味します。結果、TBT 系塗料に替わるような、長期にわたり防汚効果のある安価な技術は実用化されていません。また、後者については、通常の港湾での荷役作業と同時に船体に付着した生物の掻き落し (アンダーウォータークリーニング) 作業も一部で実施されていますが、発生する除去物の適切な回収と処理についての充分な検討はされていない状況にあります。以上のように、船体付着生物の移動最小化には、防汚効果が高く、かつ、環境影響が小さく、経済的に有効な防汚管理システムの確立が不可欠でありますが、これらを複合的に組み合わせた実際的な防汚対策は実用的にまだ充分ではありません。また、有効かつ持続可能な防汚管理システムの確立には、その効果とともに、環境リスク、外来生物移入リスク及び経済性などからの多面的な比較による総合的な評価が必要です。そこで、本調査は、船体付着経由による外来生物の侵入に関して、付着防止技術と付着生物の除去・管理技術の解析と評価及び総合的な付着生物管理システムの構築を行い、将来の総合的な対策のあり方を提言することで、沿岸環境の保全及び持続可能な海運の発展に寄与することを目的に実施して参りました。本書は2年計画で実施する本調査の1 年目の成果をとりまとめたものです。本書が今後国際機関で本格化する船体付着由来の生物移入に対する議論や国内において同問題に先駆的に取り組む意欲のある船社などの参考になれば幸いです。最後に、本調査の実施及び本報告書の取りまとめにあたりましては、福代康夫東京大学アジア生物資源環境研究センター教授を委員長とする「外来生物の船体付着総合管理に関する調査」委員会の委員の皆様の熱心なご議論・ご指導を賜り、この紙上をお借りして厚く御礼申し上げます。平成成21年3月海 洋 政 策 研 究 財 団会 長 秋 山 昌 廣外来生物の船体付着総合管理に関する調査委員会 委員名簿順不同、敬称略( )内は前任者委 員 長 福代 康夫 東京大学アジア生物資源環境研究センター 教授委 員 高田 秀重 東京農工大学大学院環境資源共生科学部門 教授〃 小島 隆志 独立行政法人海上技術安全研究所環境影響評価研究グループ研究員〃 松田 泰英 社団法人日本船主協会海務部 課長(黒越 仁 〃 課長代理)〃 吉川 栄一 社団法人日本舶用工業会 塗装専門家〃 堀口 慎也 社団法人日本中小型造船工業会塗装委員会 委員〃 大谷 道夫 株式会社海洋生態研究所 主任研究員〃 華山 伸一 海洋政策研究財団 海技研究グループ 主任研究員オブザーバー中橋 亨 国土交通省総合政策局海洋政策課 海洋渉外調査官服部 宏之 国土交通省総合政策局海洋政策課 専門官高嶺 研一 国土交通省海事局安全基準課 課長補佐鈴木 長之 国土交通省海事局安全基準課 専門官濱中 洋尚 環境省地球環境局環境保全対策課 審査係長事 務 局 工藤 栄介 海洋政策研究財団 常務理事石原 彰 海洋政策研究財団 海技研究グループ長(西田 浩之 〃 )三木憲次郎 海洋政策研究財団 海技研究グループ長代理玉眞 洋 海洋政策研究財団 海技研究グループ 調査役大川 光 海洋政策研究財団 海技研究グループ 技術開発チーム長南島るりこ 海洋政策研究財団 海技研究グループ 海事研究チーム長《目 次》1 船体の生物付着と防除技術の概要······································································ 11.1 船体付着生物について.............................................................................................. 31.1.1 微生物被膜の形成················································································ 31.1.2 多細胞生物群集の形成·········································································· 41.2 防除技術について..................................................................................................... 51.2.1 防汚塗料による付着防止技術································································· 51.2.2 防汚塗料以外の付着防止技術································································111.2.3 付着生物の除去技術············································································111.3 防除対策の現状....................................................................................................... 131.3.1 聞き取り調査の概要··········································································· 131.3.2 調査結果の概要················································································· 142 防汚塗料による環境影響に関する検討······························································ 362.1 防汚物質の環境影響に関わるデータの整理及び解析.............................................. 382.1.1 PBT 基準に関するデータの収集及び整理················································ 382.1.2 予測無影響濃度(PNEC)の算出に用いる毒性データの収集及び整理·············· 392.1.3 防汚物質の予測無影響濃度(PNEC)の算出··············································· 402.1.4 防汚物質の予測環境濃度(PEC)の算出···················································· 412.2 防汚物質の環境影響評価......................................................................................... 552.2.1 PBT 評価·························································································· 552.2.2 PEC/PNEC 比に基づく解析································································· 552.2.3 PEC/PNEC 比に基づく環境影響評価における課題の整理·························· 602.3 防汚塗料の船舶への適用事例................................................................................. 622.3.1 船種別の防汚塗料·············································································· 622.3.2 防汚塗料の既存船舶への適用事例························································· 653 船体付着経由での外来生物移入リスクの低減に関する検討··································· 673.1 船体付着経由での外来生物の移動・侵入に関する知見........................................... 683.1.1 とりまとめの概要·············································································· 713.1.2 移入手段、経路について検討を行っている外来種情報の収集····················· 723.1.3 日本および周辺海域から船体付着により移入したと推定される種··············· 733.1.4 日本の外来種情報の収集····································································· 763.1.5 日本の海域に船体付着によって移入した種············································· 763.1.6 北米、豪州、中東への移入実績···························································· 773.2 船体付着経由での外来生物の移動・侵入リスクの評価........................................... 803.2.1 とりまとめの概要·············································································· 803.2.2 諸外国への定着潜在性の評価とそれらの防除重要度ランク付け·················· 833.2.3 仮想船舶による定着潜在性の評価························································1184 付着生物除去技術の問題点・課題の検討··························································1274.1 アンダーウォータークリーニングについて.......................................................... 1284.1.1 アンダーウォータークリーニングの問題点············································1284.1.2 アンダーウォータークリーニングの課題···············································1294.2 除去物処理の際の課題等の整理............................................................................ 1324.2.1 処理する際に関係する法律等······························································1324.2.2 防汚塗料が含まれることから留意すべき内容·········································1344.2.3 外来生物が含まれることから留意すべき内容·········································1365 総合的な付着生物管理システムの構築·····························································1375.1 付着生物防除技術の評価の整理............................................................................ 1375.1.1 防汚塗料の環境リスク評価·································································1375.1.2 船体付着生物による生物移入リスク評価···············································1385.1.3 付着生物除去技術のリスク評価···························································1395.2 総合的付着生物管理システムの構築..................................................................... 1405.2.1 付着生物防止技術·············································································1405.2.2 付着生物除去技術·············································································1415.2.3 総合的管理システムの構築·································································1425.3 船体付着生物総合管理マニュアルの策定.............................................................. 142資料編1 (防汚塗料の環境影響リスク評価に関する資料編)資料編2 (付着生物の防除におけるリスクに関する資料編)参考文献略語・用語集11 船体の生物付着と防除技術の概要船体における付着生物群集の形成は、船体表面において初めに微生物被膜が形成され、その後海藻、フジツボなどの多細胞生物の付着するフェーズへと遷移する過程をたどる。この微生物被膜の形成は、まず新規の付着基盤面(塗装表面)に水中の有機、無機物質が吸着し、それによって基盤上に被膜が形成される。次にこの被膜上へのバクテリアの付着が始まり、第三段階は、珪藻、その他の微小藻類、原生動物などの付着が続く。これにより付着した群集は、より強固なものとなり、海藻やフジツボ類などの多細胞生物の付着基盤となる。さらに、海藻やフジツボ類などによる群集構造は、立体的な生物のせい息空間を形成し、エビや巻貝などの移動性生物などにせい息場を提供することになる。このような船体への微生物被膜形成とその後の生物付着を阻止するため、これまで多くの技術が開発・使用・淘汰されてきた。現在、船体での付着生物防除 (防汚) 対策は、以下の2 つに大別される。(1) 船底塗料の塗布等による生物の船体付着の防止 (防止技術)(2) 船体付着生物の掻き落し等による除去 (除去技術)船底防汚塗料に関して言えば、2008年に発効したAFS条約によって有機スズ化合物 (TBT)系塗料の使用が禁止されたため、現在、生物付着を防止するために使用されている船底防汚塗料は、非スズ系の塗料に代替された。この非スズ系塗料は防汚メカニズムの観点からバイオサイド (殺生物剤) 系とバイオサイドを含まないシリコーン系の非バイオサイド系に大別されるが、バイオサイド系の塗料は、その作用メカニズムからさらに3 つの型 (自己研磨型、崩壊型、旧来型) に大きく分けられる。これら3 つの型では、いずれも含有する化学物質 (防汚物質) が、表面付近の塗膜内に浸入した淡水/海水中に溶出、高濃度エリアを生じさせることによって、塗装表面の初期の微生物被膜形成を阻害抑制する機構によりその防汚機能を発現している。また、これらの防汚物質は許容されない環境への影響がある可能性があるため、社団法人 日本塗料工業会により、認定登録による自主管理が行われている。登録されている防汚塗料に含まれている防汚物質としては、すべての作用メカニズムで亜酸化銅が最も多く用いられており、次いで亜鉛ピリチオン、銅ピリチオンであった。防汚塗料以外の付着防止技術としては、電解装置の使用やスチーム射出用パイプ設置による定期的なスチームの射出などが行われ、付着生物の成長を阻害する上で有効と考えられている。外板、ビルジキール、シーチェストグレーチング、舵などのように塗装以外の船体付着防止技術の採用が行われていない部位等においては、付着した生物を掻き取ることで生物付着による影響を防ぐ方法 (除去技術) がとられている。付着生物の掻き取りは、ドライドック入渠時に行われる場合と運航下でダイバーを使用して行う場合があり、後者の方法はアンダーウォータークリーニングと呼ばれ、ダイバーによって操作される水中掃除機を- 1 -2用いて付着生物の除去が行われている。このときプロペラ研磨をすることも多く、これは特にプロペラポリッシングと呼ばれている。このアンダーウォータークリーニングを行うことにより約10%程度の燃料油消費改善がみられるといわれている。大型船舶の船体付着防止技術と、船体付着除去技術の運用の現状を聞き取り調査結果からみると、中東、オーストラリアおよび北米西岸と日本間に就航する大型定期船は、防汚塗装技術をはじめとして何らかの船体付着防止対策をとっていることがわかった。防汚塗装技術に関して言えば、船体の塗装はドライドック入渠時ごとに塗り替えられ、これにより塗料塗布後の時間経過による防汚効果劣化を防いでいた。ただし半数以上の船舶が船体部位ごとに塗料の種類を変えることなく同一の塗料を使用しており、船体部位ごとに塗料の種類を変えている場合でもそれは外板の水線部、舷側部、平底部に限られており、生物の付着量が多いシーチェストやバウスラスターへの付着防止を意識した対応とはなっていなかった。防汚塗料以外の船体付着防止技術について言えば、ほとんどの船舶でシーチェストへの電解液注入を行っていた。さらに、この技術を用いている船舶の4 割以上がスチーム射出など他の技術も組み合わせており、シーチェストへの生物付着防止をより確実なものとしようとしている様子がうかがわれた。船体付着除去技術については、ドライドックでの掻き落としの他に、運航下で行うアンダーウォータークリーニングが実施されていた。アンダーウォータークリーニングは約半数の船舶で実施されていたが、実施の形態は船種により異なった。例えば密な運航スケジュールを持つコンテナ船では速度を維持するために定期的に行うケースが多いが、他の船種では速度や機関の負荷を見ながらの不定期な実施となっていた。さらにアンダーウォータークリーニング実施部位にも船種による違いが見られ、定期的にそれを行うコンテナ船では、外板、プロペラ、舵などとなっているが、長期の沖待ちがあって船体汚損が激しいと考えられる石炭専用船では、シーチェスとグレーチングなどさらに3 箇所のニッチ部分が加わり、船の運航形態による船体汚損の程度の違いがアンダーウォータークリーニングを行う部位に反映する形になっていた。アンダーウォータークリーニングの結果生ずる、掻き落とした廃棄物の処理については業者任せにするケースが多かった。- 2 -31.1 船体付着生物について1.1.1 微生物被膜の形成船体など水中の付着基盤に形成される付着生物群集は、初期の微生物被膜形成から海藻、フジツボなどの多細胞生物の付着へと遷移する過程をたどる。初期に形成される微生物被膜は、微小生物群集とその遺骸が主たる構成要素であり、この他、有機分泌物や捕捉された有機残渣、無機沈殿物、腐食生成物などを含んでいるとされる。この微生物被膜の形成過程については、調整段階、先駆的バクテリアによる微生物被膜の初期形成段階、それに続く他の微生物の付着段階、それらの増殖段階と4 つの段階が認められるとした(Lewis 1998)。最初の調整段階では水中の有機、無機物質が基盤に吸着し、それによって基盤上に被膜が形成される。これは浸漬基盤が水に漬けられて数秒もしないうちに起こる。この被膜は浸漬基盤表面の物理化学的性質を変え、それに続く微生物付着に好適な新たな基盤表面を作り出す。次の段階はこの被膜上へのバクテリアの付着である。最初に付着する微生物は棒状のバクテリアで、海水への基盤浸漬後数時間で起こるが、その付着は弱く可逆的である。それでも一度付着が起こると、これらの初期バクテリアは栄養を得て新しい細胞を作り出し、また細胞表面に分泌された多糖類からなる細胞外ポリマーが基盤との間隙を架橋結合で結んで強固な付着が起こるようになる。第三段階は、最初の棒状バクテリアの付着に続いて、柄を持ったり繊維状であったりするバクテリアや珪藻、その他の微小藻類、原生動物などの付着である。これに続く第四段階は第三段階までに発達した生物被膜の増殖過程であり、群集はより複雑になって多細胞生物が付着する前段階を形成する(図 1.1-1参照)。微生物被膜の形成はこのような過程をたどるが、その組成や発達速度は最初に作られる調整段階の被膜の状態や、水質、微小生物群集の種組成、基盤の性状などに影響され、さまざまに変化するとされる。このうち、微生物被膜の発達速度に影響をおよぼす水質については、栄養塩濃度の差がその発達速度に影響し、栄養塩濃度が高い内湾で微生物被膜の発達速度は速く、栄養塩濃度が低い外洋で遅くなることが知られる(例えば Mitchell and Kirchman 1984)。また、微生物被膜の発達と水温の関係については、低水温ではその発達は遅いが、水温が高くなるほど発達は速くなると考えられている(Pedersen 1982、Susan 2005、 Molino et al 2009)。基盤の性状のうち、殺生物剤を含む塗膜と含まない塗膜間での微生物被膜発達の違いについては、殺生物剤を含む塗膜上ではそれに耐えうる種だけがせい息できるに過基盤への有機・無機物質の吸着・被膜形成被膜へのバクテリアの付着バクテリア層への珪藻、微小藻類、原生動物の付着多細胞生物の付着付着(海藻、フジツボなど)微生物被膜の形成図 1.1-1 船体への生物付着のメカニズム- 3 -4ぎないため、殺生物剤を含まない塗膜に比べて種組成はより単調になるなど両者の間には差があると考えられるが(Lewis personal comm.、Yebra et al. 2006 参照)、例えばCassé and Swain (2006)がフロリダで行った実験では、基盤浸漬後60 日で用いられた塗料の種類に関わらず種組成、量とも似通った状態になるとの指摘があり、季節や場所による違いはあるかもしれないが、一定時間の経過後はその差がなくなるものと考えられる (Yebra et al. 2006 参照)。微生物被膜の発達速度については、銅ベースの塗料を塗布した基盤では、浸漬後1 ケ月以内に珪藻による微生物被膜が形成されるが、有機スズ化合物(TBT)系塗料ではその形成に1 年を要するなど、用いられる塗料の成分の違いによって微生物被膜の形成速度に差があることが示されている(Yebra et al. 2006)。このような微生物被膜形成に続いて多細胞生物の付着が起こり、やがて深刻な船体汚損などの問題を引き起こすことになるが、多細胞生物の付着に果たす微生物被膜の役割について内海(1947)は次のように指摘した。① 微生物被膜は付着生物の浮遊幼生にその付着を容易にするあし場を与える② 付着生物の幼生に食餌を供給する③ 塗料面を微生物被膜で覆うことにより塗料の防汚成分の浸出を阻害し、防汚効果を弱めて生物の付着を容易にする④微生物被膜を形成するバクテリアによるたん白性物質の分解、亜硝酸塩あるいは硝酸塩の還元、あるいは有機酸の利用がアンモニアを生成しこれによって被膜表面のアルカリ度が増すと、付着生物から分泌される石灰性膠着物質の沈積が起こりやすくなるすなわち、船体に微生物被膜が形成されなければこのような4 つの効果に基づく多細胞生物の付着が起こる可能性は低くなるため、いかに微生物被膜の形成を阻害するかが船体付着を防ぐ重要なポイントとなる。1.1.2 多細胞生物群集の形成微生物被膜が形成されると、やがてその上に海藻やカンザシゴカイ類、フジツボ類、ホヤ類のような固着生物群集やムラサキイガイなどのように足糸によって付着する生物群集の発達がみられるようになる。このような群集がさらに発達すると、それらの群集が作り出す空間はより複雑に、しかも立体的になり、エビ、カニ類、ヨコエビ、ワレカラ類や巻貝など、通常では船体に定着できない移動性生物群集にせい息の場を提供することとなる。このように、多細胞生物の付着が始まると、それは重畳的に付着量を増加させるばかりでなく、そこに形成される立体的なせい息空間が生物群集をより複雑なものとし、ひいては固着性生物のみならず、移動性生物にもせい息の場を与えることとなる。現在、世界各地で見られる移動性生物の移入はこのような構造を通して起こったものと推定されている。また、日本で起こった移入の近年の例では、1985 年に大阪湾で発見された二枚貝のウスカラシオツガイがある。この種は、ムラサキイガイの足糸や構造物間隙の泥中に埋没してせい息する種であり、このような付着生物構造の間隙の堆積物中に埋在して移入したと考え- 4 -5られている。以上のように、微生物被膜形成後、時間の経過とともに船体にはさまざまな多細胞生物の付着が見られるようになるが、初期に付着する多細胞生物は小型で成長と成熟が速く、しかも長い繁殖期を持った種になる傾向がある。一方で、遷移が進んだ後期に付着する種はホヤ類のように、一般的にみて幼生の浮遊期間が短く加入数は少ないが、大型で寿命が長い種になる傾向がある。しかし、具体的にどのような多細胞生物が初めに船体に付着し、その後どのような遷移をたどるかは船舶の運航状態の違いや、同じ船舶内であっても船体部位による光や流れの条件の違い、付着基盤の形状の違い、船体を海中に浸漬する時期などによって異なる。1.2 防除技術について船体への生物付着を防除(防汚)するために、これまでに多くの技術が開発・使用・淘汰されてきた。そして、現在行われている船体での付着生物防除 (防汚) 対策は、以下の2つに大別される。(1) 船底塗料の塗布等による生物の船体付着の防止 (防止技術)(2) 船体付着生物の掻き落し等による除去 (除去技術)(1)の防止技術は、生物の付着そのものを抑制もしくは低減することを目的としているが、25 年以上の長期間にわたり海域で使用される外航船舶の全使用寿命において完全に生物付着を防止することは現在の技術では不可能であるため、頻度や方法は異なるものの、(2)の除去技術が併用されている。1.1節でみてきた初期の微生物膜形成速度は、理論上船舶の各部位によって大きく異なるため、防汚対策の異なることは明らかであるが、現在は主に防汚塗料を中心とした(1)の防止技術に技術開発および投入コストが用いられ、(2)の除去技術は主に入渠時などにおいて実施されているとともに、副次的にアンダーウォータークリーニングなどが用いられている。本節では、まず(1)の防止技術のうち主体となっている防汚塗料による対策の実態について1.2.1にて述べる、次に電解液の注入などその他の防止技術について1.2.2にて概説する。さらに、(2)の除去技術の現状について1.2.3にて概説する。また、アンケート調査により明らかになった船種・部位別の防汚技術の適用の現状については、次節1.3にて報告する。1.2.1 防汚塗料による付着防止技術(1) 防汚塗料の生物付着防止のメカニズム1.1節でみてきた初期の微生物被膜の形成を阻害・抑制するために使用されている船底防汚塗料には、歴史的には、有機スズ化合物 (TBT)が用いられてきており、その性能も高く評価されてきた。しかし、2008 年のAFS 条約の発効により、全世界的に同物質の使用が全面的に禁止され、在来船で使用されている塗料についても塗り- 5 -6替えなどが実施されており、早期に全廃される。このため防汚塗料には現在では非スズ系の塗料が使用され、その防汚メカニズムの観点から、大きくはバイオサイド (殺生物剤) 系とバイオサイドを含まないシリコーン系の非バイオサイド系がある。そして、その作用メカニズムは、大きく分けてバイオサイド系の3 つの型 (自己研磨型、崩壊型、旧来型) とシリコーン系のシリコーン型に分けられる (図 1.2-1)。図 1.2-1 船底防汚塗料の作用メカニズムによる4 分類シリコーン型を除く3 つのメカニズムでは、いずれも含有する化学物質 (防汚物質) が、表面付近の塗膜内に浸入した淡水/海水中に溶出、高濃度エリアを生じさせることによって、塗装表面の初期の微生物被膜形成を阻害抑制する機構によりその防汚機能を発現している。各作用メカニズムの概要を以下にまとめ、メカニズムの概念を図 1.2-2に示す。自己研磨型現在、自己研磨型塗料のほとんどは塗膜が加水分解することで、自己研磨性を担保している。具体的には、塗膜が海水と接すると化学反応によって、塗膜表面から加水分解が起こって塗膜成分が溶け出し、塗膜表面が更新されると共に、防汚物質の安定した供給が得られ、長期の防汚効果が期待できる。なお、有機スズ化合物 (TBT) 系塗料の主な作用メカニズムも自己研磨型である。崩壊型塗膜が海水と接すると親水性樹脂が水和軟化層を形成し、表層から徐々に防汚物質が溶け出し、同時に水和して樹脂が溶出していく。一般的にこれらの塗膜では水和軟化層は化学変化せず、船の運航などの物理的外力が加わり初めて減耗する。このため、塗膜の均一な減耗性を得ることは原理的に難しく防汚機能や経時的な塗膜の平滑性も得られにくい欠点がある。旧来型塗膜内部の防汚物質が表層から溶け出す。溶出した後に穴だらけの水不溶性の塗膜残渣層 (スケルトン層) が残り、内部に残っている防汚物質の塗膜表面への溶出を阻害するため防汚塗膜の防汚効果が落ちる。非スズ船底塗料 バイオサイド系塗料(防汚物質含有形)・自己研磨型・崩壊型・旧来型シリコーン系塗料(防汚物質非含有形)・シリコーン型- 6 -7シリコーン型シリコーン樹脂を用い、平滑で表面自由エネルギーの低い塗膜表面を形成させることにより、塗膜に生物が付着しにくく、例え付着しても船舶の航行による海水の抵抗で容易に離脱し、防汚効果が発揮される。【自己研磨型】(塗膜表面から防汚物質が溶出するとともに表面樹脂が加水分解により均一に溶出する)【崩壊型】(塗膜表面から防汚物質が溶出するとともに水和した表面樹脂が水流等により減耗する)【旧来型】(塗膜表面から防汚物質が溶出するが、表面樹脂は減耗しない)【シリコーン型】(防汚物質を含まず、塗膜表面の平滑性、撥水性等により付着を防止する)図 1.2-2 船底防汚塗料の作用メカニズムの概念●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●:防汚物質○:防汚物質が溶出した後の空孔- 7 -8さらに、 (社)日本塗料工業会自主管理登録品 (平成20 年7 月15 日時点) の防汚塗料は、全407 製品あるが、その作用メカニズムによる内訳をみると、自己研磨型が310 製品と全体の3/4 以上を占めていた(図 1.2-3)。図 1.2-3 作用メカニズム別の登録塗料数*実数は製品数を示す310, 76%56, 14%23, 6%18, 4%自己研磨型崩壊型旧来型シリコーン型平成20年7月15日時点(社)日本塗料工業会自主管理登録品- 8 -9(2) バイオサイド系塗料の含有成分バイオサイド系の防汚塗料には、先に示したように自己研磨型、崩壊型、旧来型の作用メカニズムがあるが、この作用メカニズムはあくまでも塗料の性質であり、防汚効果は塗料に含まれる様々な化学物質(防汚物質)による作用が大きい。そして、この防汚物質は環境への影響が懸念されることから、社団法人 日本塗料工業会により、認定登録による自主管理が行われている。そこで、ここではバイオサイド系塗料に含まれる防汚物質がその作用メカニズムによって違いがないかを比較した(図 1.2-4)。その結果、すべての作用メカニズムで亜酸化銅が最も多く、次いで亜鉛ピリチオン、銅ピリチオンであった。また、自己研磨型では6 番目に利用が多かったジウロンが崩壊型では亜酸化銅についで主要な成分となっているという特徴がみられた。なお、比較には (社)日本塗料工業会により公開されている情報を用いた。図 1.2-4 メカニズム毎の防汚物質の割合<自己研磨型 全310製品> 192131118994319 22 17213 10 8 4 3 104080120160200亜酸化銅亜鉛ピリチオン銅ピリチオンPKSea-nine 211ジウロンイルガロールジクロフルアニドジネブトリフルアニドクロロタロニルジラムチオシアン酸第一銅Densil S-100IT354含有している塗料製品数<崩壊型 全56製品>4984 4 4205 5 5 4 3030 001020304050亜酸化銅亜鉛ピリチオン銅ピリチオンPKSea-nine 211ジウロンイルガロールジクロフルアニドジネブトリフルアニドクロロタロニルジラムチオシアン酸第一銅Densil S-100IT354含有している塗料製品数23 <旧来型 全23製品>0202 20 0 0 0 0 0 0 0 00510152025亜酸化銅亜鉛ピリチオン銅ピリチオンPKSea-nine 211ジウロンイルガロールジクロフルアニドジネブトリフルアニドクロロタロニルジラムチオシアン酸第一銅Densil S-100IT354含有している塗料製品数平成20年7月15日時点(社)日本塗料工業会自主管理登録品- 9 -10(3) シリコーン型塗料の含有成分シリコーン型塗料は、防汚物質を含まないという特徴があるが、2 社4 製品を例に、製品のMSDS に記載された成分を表 1.2-1にまとめた。4 製品に共通した成分としては、ジブチル錫ジウレート、テトラエチルシリケート、溶媒と考えられるエチルベンゼン、アセチルアセトン、キシレンがあった。ジブチル錫ジウレート、テトラエチルシリケートはシリコーンを硬化させるための触媒として使用され、樹脂に包含されていると考えられる。また、各成分がPRTR 法(有害性のある化学物質がどのような発生源からどれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握・集計し、公表する仕組み)の対象物質か否かについての情報も付記した。表 1.2-1 シリコーン塗料の成分(4 製品)製品番号PRTR対象物質想定されるCAS o. 物N質名 1 2 3 4 日本 他国物質の役 割77-58-7 ジブチル錫ジウレート○ ○ ○ ○ 第一種、政令番号:176 - 触媒78-10-4 テトラエチルシリケート○ ○ ○ ○ - -100-41-4 エチルベンゼン○ ○ ○ ○ 第一種、政令番号:40 米国、豪州、オランダ等溶媒123-54-6 アセチルアセトン○ ○ ○ ○ - -1330-20-7 キシレン○ ○ ○ ○ 第一種、政令番号:63 米国、豪州、オランダ等13463-67-7 酸化チタン○ ○ ○ - - 色素1317-61-9 四三酸化鉄○ - -1309-37-1 三酸化二鉄○ - -64-19-7 酢酸○ ○ - 豪州、韓国-- (錫) ○- 10 -111.2.2 防汚塗料以外の付着防止技術防汚塗料以外の付着防止技術としては、電解装置の使用やスチーム射出用パイプ設置による定期的なスチームの射出などが行われ、付着生物の成長を阻害する上で有効となっている。また、例えばオーストラリアの船主協会では、商船の船底以外の複雑形状部位への防汚塗料以外の付着生物防止対策として以下のような提案を行っている。○シーチェスト• 電解装置の使用やスチーム射出用パイプが設置された船舶では定期的なスチームの射出などが生物の成長を阻害する上で有効である。ただ、電解装置の使用にあたっては、残留物が周囲の環境へ影響を及ぼすことがないよう注意を要する。○シーチェスト以外の塗装が施された部位• 舵部の舵軸や丁番部分にできる隙間や水平安定板の隙間では、ドックでの清掃のほか、次のドックまでの間も検査をして常に生物を除去しておくことが必要である。• 犠牲陽極については、犠牲陽極を外板と同一平面になるよう設置したり、犠牲陽極と外板の間に詰め物をして外板との間に隙間を生じないようにする措置が必要とされる。また、犠牲陽極がボルトで取り付けられ、ボルトによる凹部ができる場合は、凹みを埋めることが必要である。• 海水冷却内部配管については、電解装置を用いた生物除去が考えられる。しかし、船体各部に対して行うこのような付着生物防止対策には、それを行うことによって生じる入渠回数の増加や入渠期間の増加、使用資材の増加、運航の遅延、管理業務の増加、船舶やドックの改修費用発生などの問題があることも指摘されている。1.2.3 付着生物の除去技術外板やビルジキール、シーチェストグレーチング、舵などやさらに防汚塗料が塗装されない音響測深儀、速度計センサー、プロペラなどについては、付着した生物を掻き取ることで生物付着による影響を防ぐ方法(除去技術)がとられている。そのような付着生物除去技術としては、入渠時に行われる掻き落としと次の入渠までの間に、ダイバーにより海中の船体汚損状況や船底塗装状況を点検し、海中で船体の付着生物を除去するアンダーウォータークリーニングや、プロペラ研磨を行うプロペラポリッシングがある。日本におけるアンダーウォータークリーニングの一例を述べると、図 1.2-5に示すような装置により付着生物を掻き落とし、それを回収用ネットで回収するようになっている。具体的には3 個の清掃用回転ブラシの回転によって船体の付着生物を- 11 -12掻き落とし、図の中央に見える凹み部の奥にある吸入ポンプで吸い込んで、装置後部に取り付けられた回収口を経由して回収用ネットに収容する。ブラシの回転によって掻き落とされた付着生物の周囲への拡散は、装置本体がブラシの回転時に生ずる負圧力によって船体に張り付くことと、回転ブラシの周囲に取り付けられた拡散防止ブラシによって防ぐことができるようになっている。アンダーウォータークリーニングとプロペラポリッシングは、ともに船体やプロペラへの生物付着によって生ずる燃料消費増大と速度低下による運航コスト全般の増大を低減するために行われるもので、アンダーウォータークリーニングにより約10%、プロペラポリッシングで1~2%の燃料油消費改善がみられるといわれている。しかし、アンダーウォータークリーニングは、広く平滑な面では有効であるが、へこみや細かな部位での付着生物の除去は困難という側面もあり、また除去作業自身もコストも考慮に入れなければいけない。このため、比較的高速性能を要求されるコンテナ船やPCC を中心として行われていると予想される図 1.2-5 アンダーウォータークリーニングに用いられる大型船底清掃装置- 12 -131.3 防除対策の現状1.3.1 聞き取り調査の概要(1) 調査目的船体付着防止技術 (防汚塗料等) および船体付着生物除去(船体管理技術)の現状について日本の海運会社3 社に聞き取り調査を行い、付着生物防除対策の現状を整理し、将来の防汚管理システム構築のための資料とした。(2) 調査対象調査は、日本と世界各地を結ぶ定期航路の中から表 1.3-1に示す3 カ所の航路に就航する3 種類の船舶を選び、これらについて3 社の船会社に聞き取りを行って資料を収集した。船種毎の調査隻数は各社2 隻、合計6 隻である。ただし、バルクキャリアー船については、石炭専用船と鉄鉱石専用船の2 種についての回答が得られたため、これらを分けて集計した。表 1.3-1 聞き取り調査を行った定期航路と船舶の種類、サイズおよび調査隻数一覧(3) 調査方法調査は、海運会社3 社の担当各位宛てに質問票と回答票(資料編2 参考資料1)のをそれぞれ送付し、回答票へ記入された回答を回収・集計する方法により行った。質問票では、次の5 つの区分を設けそれぞれの区分ごとに複数の質問を用意し、全部で28 の質問項目について調査を行った。・ 対象船舶の大きさ、船齢等・ 運航形態・ 入渠時における付着生物の除去およびメンテナンス・ 入渠時における防汚塗料の塗り替え時、当該船舶に塗布している船底塗料等の付着防止技術・ 当該船舶で採用している塗料以外の船体付着防止技術定期航路 船舶の種類 サイズ調査隻数(3 社計)日本/ペルシャ湾航路 原油タンカー VLCC 6日本/オーストラリア航路 バルクキャ 石炭専用船 パナマックス 2リアー鉄鉱石専用船 ケープ 4日本/北米西岸航路 コンテナ船 6、000TEU 6- 13 -14(4) 調査期間調査は平成20 年11 月11 日から12 月9日の間に行った。1.3.2 調査結果の概要(1) 対象船舶の大きさ、船齢等ア) 総トン数・重量トン数 (問1)船種別にみた調査対象船舶の最大総トン数、最小総トン数および平均総トン数は表 1.3-2に示すとおりである。最も大型の船舶は原油タンカーであり、以下鉄鉱石専用船、コンテナ船、石炭専用船の順である。表 1.3-2 船種別にみた最大総トン数、最小総トン数および平均総トン数船 種 最大総トン数 最小総トン数 平均総トン数原油タンカー 160、079 149、407 156、848石炭専用船 58、098 48、032 52、600鉄鉱石専用船 115、741 87、803 101、772コンテナ船 76、199 53、822 66、123これを重量トン数で表すと、船種別にみた最大重量トン数、最小重量トン数および平均重量トン数は表 1.3-3のようになる。最も大型の船舶は、総トン数と同様に原油タンカー、次いで鉄鉱石専用船であるが、これに次ぐのは総トン数の場合と異なり、石炭専用船、コンテナ船の順になる。表 1.3-3 船種別にみた最大重量トン数、最小重量トン数および平均重量トン数船 種 最大重量トン数最小重量トン数平均重量トン数原油タンカー 299、984 259、983 283、738石炭専用船 94、274 87、890 90、099鉄鉱石専用船 200、999 171、978 186、489コンテナ船 81、171 63、096 71、737イ) 船齢 (問2)船種別にみた調査対象船舶の最大船齢、最小船齢および平均船齢は表 1.3-4に示すとおりである。最も船齢が高いのは鉄鉱石専用船の21 年で、鉄鉱石専用船は概して船齢の高い船が多い。最も船齢が低いのはコンテナ船で、船齢はいずれも10年未満である。- 14 -15表 1.3-4 船種別にみた最大船齢、最小船齢および平均船齢 (単位:年)船 種 最大船齢 最小船齢 平均船齢原油タンカー 10 4 6.9石炭専用船 13 4 10.9鉄鉱石専用船 21 12 16.5コンテナ船 7 4 5.6(2) 運航形態ア) 過去1 年間の積荷港と揚荷港 (問3)船種別にみた調査対象船舶の積荷港と揚荷港を所属国または地域別に表 1.3-5のように整理した。また、調査を行った船舶の船種別積荷港と揚荷港は資料編2 参考資料2に示すとおりである。原油タンカーはペルシャ湾岸諸国に積荷港が偏在し、石炭専用船はオーストラリア東岸に、鉄鉱石専用船はオーストラリア東岸と北岸に積荷港が偏在している。一方、コンテナ船の活動範囲は北海沿岸から地中海、東南アジア、中国、台湾・韓国、北米東岸および西岸と広い範囲に及んでいる。これらの調査結果は、第3章で述べる移入リスク評価を行う港を選択する際の資料とした。コンテナ船については、寄港地として中国と北米東岸が最も多く、北米西岸はこれらに次いでいたが、移入リスクの評価には北米西岸の港を選んだ。これは、中国は日本との間に生物の共通種が多く、日本からの移入リスクをもたらす危険が北米東岸や西岸に比べて低いと考えられること、北米東岸は途中に淡水域であるパナマ運河を通過することもあって北米西岸に比べて日本からの移入リスクをもたらす危険が低いと考えられたからである。- 15 -16表 1.3-5 船種別国または地域別にみた積荷港および揚荷港の数原油タンカー 石炭専用船 鉄鉱石専用船コンテナ船種など 船国または地域積荷港 揚荷港積荷港揚荷港積荷港 揚荷港 -ペルシャ湾岸諸国 14 - - - - - -タイ - - - - - - 1シンガポール - - - - - - 2中国 - 1 - - - - 6台湾・韓国 - 3 - - - - 2北海沿岸諸国 - - - - - - 3地中海諸国 - - - - - - 3北米 (東岸) - - - - - - 6北米 (西岸) - - - - - - 5中米 - - - - - - 2オーストラリア (東岸) - - 5 - 2 - -オーストラリア (北岸) - - - - 1 - -日本 - 8 - 4 - 4 4イ) 巡航速度 (問4)船種別にみた調査対象船舶の最大巡航速度、最小巡航速度および平均巡航速度は表 1.3-6に示すとおりである。このうち各船種の平均巡航速度を図 1.3-1に示した。巡航速度の最大値はコンテナ船の22.96kt、最小値は鉄鉱石専用船の13.00kt である。平均値でみても巡航速度が最も速いのはコンテナ船であり、その速度は20ktを超えている。他の船種の巡航速度は14~15kt 台でコンテナ船との差に比べると船種間の差は小さいが、それらの中では原油タンカーが石炭専用船や鉄鉱石専用船などバルクキャリアーの巡航速度をやや上回っている。表 1.3-6 船種別にみた最大巡航速度、最小巡航速度および平均巡航速度 (単位:kt)船 種 最大巡航速度最小巡航速度平均巡航速度原油タンカー 16.15 15.00 15.61石炭専用船 15.35 14.00 14.34鉄鉱石専用船 15.10 13.00 14.05コンテナ船 22.96 22.00 22.51- 16 -17図 1.3-1 船種別にみた平均巡航速度ウ) 年間停泊日数 (問5)船種別にみた調査対象船舶の沖待ちと着岸を合わせた年間停泊日数は図 1.3-2に示すとおりである。年間停泊日数がもっとも長いのは鉄鉱石専用船で年間160日を越える。これに続くのは石炭専用船で年間120 日以上に及ぶ。残るコンテナ船と原油タンカーはそれぞれ83 日と59 日である。図 1.3-2 船種別にみた年間平均停泊日数鉄鉱石専用船と石炭専用船の停泊日数については図 1.3-3に示すように積荷地での沖待ち日数の長さが大きく影響を及ぼしている。積荷地の沖待ち日数で比較すると石炭専用船、鉄鉱石専用船がそれぞれ67.4 日と66.5 日といずれも60 日を越えるのに対して、原油タンカーは9.3 日であり、さらにコンテナ船の場合は、積荷地で揚荷も行うので積荷地、揚荷地の区別はないが、4.8日とかなり短くなっている。0510152025原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船巡航速度(kt)020406080100120140160180原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船年間平均停泊日数(日)- 17 -18図 1.3-3 船種別にみた停泊形態別年間平均停泊日数(コンテナ船は積荷地が揚荷地でもあるため両者の厳密な区別はできない。)石炭専用船の積荷地で沖待ち日数が長いのは、2003 年秋以降に起こった世界的石炭需要の逼迫によるオーストラリア東岸の石炭積出港へのバルカー寄港数増加による影響が大きいとみられるが、とりわけ2008 年に起こったドライバルク貨物の取引急増は鉄鉱石専用船も含めて東岸のグラッドストーン、ニューキャッスルなどでの長期の沖待ちを引き起こした。この影響が今回の聞き取り調査における石炭専用船と鉄鉱石専用船の長い沖待ち日数に表れたものと思われる。(3) ドライドック入渠時における付着生物の除去およびメンテナンスア) 対象船舶のドライドック入渠間隔と入渠回数 (問6、問7)対象船舶のドライドック入渠間隔 (以下単に入渠間隔とする) は、図 1.3-4に示すように石炭専用船および鉄鉱石専用船はすべて2.5 年である。原油タンカーも2.5 年のものが多いが、5 年のケースも1 隻だけ存在する。これに対してコンテナ船は5 年のケースが半数を占め、残りは2.5 年が2 隻、4.4 年が1 隻である。対象船舶の入渠間隔は、コンテナ船で長く、石炭専用船、鉄鉱石専用船、原油タンカーで短くなる傾向がある。船齢と入渠間隔との間に明瞭な関係はみられない。図 1.3-4 船種別にみた入渠間隔と船齢との関係05101520250.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0ドライドックへの入渠間隔(年)船齢(年)原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船020406080100積荷時揚荷時積荷時揚荷時積荷時揚荷時原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船年間平均停泊日数(日)着岸沖待ち- 18 -19図 1.3-5に示すように、対象船舶の入渠回数は入渠間隔と船齢に関係しており、入渠間隔が長く船齢が低いコンテナ船で入渠回数は少なく、入渠間隔が短く船齢が高い鉄鉱石専用船や石炭専用船などで多くなっている。図 1.3-5 船種別入渠間隔別にみた入渠回数と船齢との関係イ) 付着生物の除去 (問8)図 1.3-6に示すように、この設問に回答があった船舶すべてが入渠時ごとに船体からの付着生物除去をいずれかの部位で行っている。とりわけ、外板、ビルジキール、シーチェストと、コンテナ船でのスラスタートンネルは各船とも毎回付着生物除去を行う部位となっている。プロペラおよび舵での付着生物除去実施率は低いが、中でもプロペラは後に述べるように通常運航下 (入渠と入渠の間) においてもアンダーウォータークリーニングを行って生物の付着に常に注意を払っている部位であることを考えると、入渠ごとに付着生物を除去している可能性が高い。これらの場所で付着生物除去実施率が低かったのは、これらの部位に関する質問項目がなかったことによるものであると思われる。盤木が当たるところでは入渠時ごとに除去を行わない場合でも入渠2回に1回の割合で除去を行うケースが多く、これを含めると80%を超える船舶で除去を行っていることになる。海水冷却系内部配管は20%ほどの船舶が入渠時ごとに付着生物除去を行うが、入渠2回に1回付着生物除去を行う例を含めても、除去を行う船舶は30%ほどである。05101520250 2 4 6 8 10ドライドック入渠回数(回)船齢(年)原油タンカー(入渠間隔2.5年)原油タンカー(入渠間隔5年)石炭専用船(入渠間隔2.5年)鉄鉱石専用船(入渠間隔2.5年)コンテナ船(入渠間隔2.5年)コンテナ船(入渠間隔4.4年)コンテナ船(入渠間隔5年)- 19 -20付着生物除去頻度0% 20% 40% 60% 80% 100%舵海水冷却系内部配管盤木が当たるところプロペラ犠牲陽極シーチェストビルジキールスラスタートンネル外板入渠時ごと入渠2回に1回何もしないor不明図 1.3-6 船体部位ごとにみた入渠時に行う付着生物除去頻度の割合 (各船種合計)すべての船舶が必ずしも入渠時ごとに付着生物の除去を行わない「盤木があたるところ」、「犠牲陽極」、「海水冷却系内部配管」の3 カ所の付着生物除去状況を船種ごとに整理すると、図 1.3-7のようになる。盤木が当たるところでは、入渠時ごとに除去を行う船舶があるのは石炭専用船とコンテナ船であり、前者では半数が、後者でも30%以上が入渠時ごとに除去を行っている。どの船種も入渠2 回に1 回の割合で除去を行っている船舶があるが、原油タンカーではすべてが、石炭専用船と鉄鉱石専用船では半数がこの頻度で除去を行っている。犠牲陽極は、原油タンカーとコンテナ船のすべてが入渠時ごとに付着生物の除去を行っているが、石炭専用船と鉄鉱石専用船では半数が入渠時ごとに除去を行うに過ぎない。これらの船舶では半数が入渠時に付着生物除去を行っていない。海水冷却系内部配管では、原油タンカーの25%、コンテナ船の33%ほどが入渠時ごとに付着生物の除去を行っているが、石炭専用船と鉄鉱石専用船ではまったく除去が行われていない。- 20 -21付着生物除去頻度0% 20% 40% 60% 80% 100%コンテナ船鉄鉱石専用船石炭専用船原油タンカーコンテナ船鉄鉱石専用船石炭専用船原油タンカーコンテナ船鉄鉱石専用船石炭専用船原油タンカー海水冷却系内部配管犠牲陽極盤木が当たるところ入渠時ごと入渠2回に1回何もしないor 不明図 1.3-7 船種別にみた3 カ所の船体部位 (盤木が当たるところ、犠牲陽極および海水冷却系内部配管) 別付着生物除去頻度の割合(4) 入渠時における防汚塗料の塗り替え時、当該船舶に塗布している船底塗料等の船体付着防止技術ア) 入渠時における防汚塗料の塗り替え頻度 (問9)表 1.3-7に示すように、回答があった17 隻のうち、16 隻は入渠時ごとに必ず防汚塗料の塗り替えを行っており、かなり特殊な例ではあるが、石炭専用船1 隻からは入渠4 回に1 回の割合で実施するとの回答があった。表 1.3-7 入渠時における防汚塗料塗り替え作業頻度の船種別隻数防汚塗料塗り替え作業原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船 合 計入渠時ごとに行う 5 3 2 6 16入渠時ごとに行わない01 (入渠4 回に1回)0 0 1イ) 船体部位による防汚塗料の種類の変更 (問10)船体のどの部位でも同一の塗料を用いている船舶は、全船種を合わせてみると表1.3-8に示すように10 隻、63%を占め、部位ごとに塗布する塗料を塗り替えている船舶の6 隻、38%を上回っている。これを船種別にみると、表 1.3-8に示すように船体部位により塗布する塗料を変えている割合が高いのは原油タンカーで75%の船舶が船体部位ごとに使用する塗料を変えている。他の船種をみると鉄鉱石専用船ではこの割合が半々であるが、石炭専用船、コンテナ船は部位ごとに塗布する塗料を- 21 -22変更しない船舶が多くを占め、とりわけ石炭専用船ではすべてが部位による使用塗料の種類変更を行っていない。表 1.3-8 船体部位による防汚塗料種類変更の有無とそれぞれの船種別隻数( ( ) は各船種内での割合 (%) )船体部位による防汚塗料種類の変更原油タンカー石炭専用船鉄鉱石専用船コンテナ船 合計どの部位でも同じ防汚塗料を用いる1 (25) 4 (100) 1 (50) 4 (67) 10 (63)部位により異なった種類の防汚塗料を用いる 3 (75) 0 (0) 1 (50) 2 (33) 6 (38)ウ) 船体のどの部位でも同じ防汚塗料を用いる場合使用する防汚塗料の種類 (問11)表 1.3-9に示すように、船体部位ごとに塗り替えを行わない場合、船体に塗布する防汚塗料の種類は全部で4 種類である。このうち、SEA GRANDPRIX-500 と1000はもっぱら石炭専用船に、タカタクォンタムは原油タンカーや鉄鉱石専用船など速度が14~16kt ほどの船舶に用いられているのに対し、SEA GRANDPRIX CF-10 は速度が15~16kt の原油タンカーだけではなく、速度が22kt を越える高速のコンテナ船にも用いられている。表 1.3-9 船体のどの部位でも同じ塗料を用いる場合に使用する塗料の種類と船種別隻数塗料の種類原油タンカー石炭専用船 鉄鉱石専用船コンテナ船 合 計SEA GRANDPRIX-500 1 1SEA GRANDPRIX-1000 - 2 - - 2SEA GRANDPRIX-CF10 1 - - 2 3タカタクォンタム 1 - 1 - 2KOBE SUPER AF - 1 - - 1- 22 -23エ) 船体のどの部位でも同じ防汚塗料を用いる場合の防汚塗料選択の理由 (問12)船体のどの部位でも同じ防汚塗料を用いる場合の防汚塗料選択の理由については図 1.3-8に示すように、すべての船種を合わせてみると、防汚効果がどの部分でも高いことを理由にあげる割合が最も高く50%と半数を占めている。それ以外には環境に配慮が30%、材料費が安いが20%でそれ以外の理由をあげた回答はなかった。図 1.3-8 船体のどの部位でも同じ防汚塗料を用いる場合の防汚塗料選択の理由 (全船種合計)オ) 船体部位ごとに防汚塗料の種類を変えて用いる場合の部位ごとの使用防汚塗料の種類 (問13)船体部位ごとに用いる防汚塗料の種類を変えているのは、石炭専用船を除く原油タンカー、鉄鉱石専用船、コンテナ船の14 隻のうち6隻である。表 1.3-10に示すように、いずれの船種の場合も使用する防汚塗料の種類の変更は外板でのみみられ、他の部位であるスラスタートンネル、シーチェストなどで塗料を変更する様子はみられない。外板では、水線部、舷側部および平底部の3 カ所でそれぞれ別々の塗料を用いる場合が多い。外板の部位によって異なった種類の塗料を用いるのは、水線部は藻類の付着防止と防食のためであり、舷側部では藻類の付着に加えて動物の付着を防ぐ必要があること、平底では藻類の付着は考慮する必要がな