報告書・出版物

iご あ い さ つ本報告書は、平成16 年度に実施した「天然ガス改質舶用遮熱エンジンの研究開発」における成果をとりまとめたものです。今や人類にとって、地球温暖化の原因であるCO2(二酸化炭素)の削減やNOX(窒素酸化物)、SOX(硫黄酸化物)及びPM(微粒子物質)等の生物に有害な物質を削減することが緊急の課題となっております。その一方策であるエンジン燃料の石油から天然ガスへの代替えは、現時点では燃料電池の開発利用または水素への代替策などに比べて早期実現が可能な、または社会普及がし易く現実的で効果的な方策であると考えられます。既に、北欧などの環境問題に鋭敏な地域では船舶に天然ガスエンジンが採用されて航行しており、日本でも天然ガスを燃料とするバスなどが増えてきております。陸上発電等においても石油から天然ガスへの転換が進んでおり、埋蔵量が石油の数倍はあると言われる天然ガスの利用は、今後の中国やアジア諸国の経済発展に伴うエネルギー不足を補い、クリーンな地球を維持していく上でもますます重要になってきているのであります。このような背景に対し、当財団では、平成10 年度より日本財団からの補助金を受けて、天然ガスを原燃料とし、これに排気ガス中のCO2 を加え、遮熱エンジンによって得られる高温の排気ガスと特殊な触媒によってH2(水素)とCO(一酸化炭素)を作り出して燃料の発熱量を約3 割も高めることができる、従来の天然ガスエンジンでは得ることのできない画期的高効率の舶用天然ガスエンジンシステムの研究開発を開始いたしました。この研究開発では、燃料改質触媒とCO2 吸着剤の研究開発から始め、平成12~13 年度には本エンジンシステム技術の基盤となる高温排気ガスの得られる遮熱エンジン(単気筒)を試作いたしました。平成14 年度には、この試作した遮熱単気筒エンジンを用いた試験を実施し、高効率が得られる燃料供給システムや燃焼室等の検討を行い、本エンジンシステムの優位性を確認致しました。また、天然ガスの主成分であるメタンガスとCO2 による改質及びメタンガスと水による改質を組み合わせた新規の燃料改質装置の研究開発を行い、さらには温度の違いによりCO2 の吸着と脱離をコントロールできる物質を用いたCO2 吸着・脱離装置の調査検討を行い、CO2 の吸着・脱離から燃料改質までを連続的に行うことのできる改質装置の詳細を試設計いたしました。平成15 年度には、遮熱単気筒エンジンに天然ガスと改質燃料を供給して運転し、数値計算結果との比較を行いながらプロトタイプシステムの土台となるHCCI(予混合圧縮着火)遮熱エンジンの燃焼特性を詳細に調査して、最適燃焼のためのデータ及び知見を得ました。平成16 年度からは以上を基にして、今までのどのエンジンも達成していない高性能(発電効率57.5%、NOX 排出量20ppm〔0.1g/kWh〕以下)のプロトタイプシステムを3 年後に完成することを目標とした研究開発を開始いたしました。そして本年度はその初年度として、エンジンシステムの中心となるHCCI 燃焼による発電効率38%(熱効率40%)、NOX 排出量20ppm(0.1g/kWh)以下を目標とする、排気量12L(シリンダー径132.9mm、ストローク145mm、定格回転数1500rpm)の圧縮天然ガスを燃料とした6 気筒HCCI 遮熱エンジンを製作することができました。また、今後このエンジンに接続して全体システムを形成する重要な要素装置(燃料改質装置、CO2 吸着・脱離装置、蒸気発生器等)の全てに用いられる骨ii格技術である多孔質金属を用いた熱交換器等の研究開発を行いました。今後、製作したこの6 気筒HCCI 遮熱エンジン及び熱交換器に対し、残る課題等への解決策を講じ、このエンジンに順次排気・蒸気タービン、改質装置等の要素装置を加えていくことで全体システムを形成していく計画でありますが、次年度には、遮熱エンジンにより得られる高温排気ガスの持つ熱エネルギーをさらに効果的に動力に利用できる新形式の排気・蒸気タービン駆動の発電装置を開発して本年度に製作したエンジンに接続し、発電効率を50%にまで高めた新式のターボコンパウンドエンジンの製作とCO2 吸着・離脱装置を含む燃料改質装置の試作までを行う予定です。上記の排気量で発電効率50%のガスエンジン自体が極めて画期的であり、もちろん世界最高性能となるものですが、我々が目指す最終の目標はさらに高く、従来エンジンに対しておよそ2 倍の発電効率約70%という革新的な燃料改質エンジンシステムの商品化であり、それが世界中に普及することで地球環境問題の解決に大きな寄与ができることを目指しております。本研究開発は、持田 勲 九州大学産学連携センター特認教授を委員長とする「天然ガス改質舶用遮熱エンジンの研究開発委員会」各委員の方々の熱心なご審議とご指導、河村英男氏による本研究開発でのご尽力並びにその他多くの関係者の方々のご協力とご努力によるものでありまして、ここに厚くお礼を申し上げます。平成17 年3 月財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団iii天然ガス改質舶用遮熱エンジンの研究開発委員会名簿(順不同、敬称略)委 員 長 持田 勲 九州大学 産学連携センター 特任教授委 員 飯田 訓正 慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン学科 教授〃 森吉 泰生 千葉大学 工学部 電子機械工学科 助教授〃 河村 英男 フジセラテック株式会社 代表取締役関 係 者 赤間 充 フジセラテック株式会社 設計部 リーダー〃 増田 末喜 同上 設計部 スタッフ〃 松井 博 同上 設計部 スタッフ〃 関口 澄江 同上 設計部 スタッフ〃 松木薗 亮 同上 エンジン実験部 リーダー〃 佐藤 寿 同上 エンジン実験部 スタッフ〃 高田 繁 同上 エンジン実験部 スタッフ事 務 局 工藤 栄介 財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団 常務理事〃 仙頭 達也 同上 業務部長〃 玉眞 洋 同上 業務部 調査役〃 佐伯 誠治 同上 業務部 調査役〃 三木憲次郎 同上 業務部 技術課 課長iv平成16 年度天然ガス改質舶用遮熱エンジンの研究開発報告書目 次1.はじめに·········································································································11-1.プロジェクトの経緯と目的···········································································51-2.平成16 年度の実施項目と目標······································································61-2-1.項目····································································································61-2-2.目標····································································································72.新しい副燃焼室の開発·······················································································82-1.新しい副燃焼室の設計·················································································82-1-1.新しい副燃焼室の開発············································································82-1-2.エンジンの燃焼室··················································································82-2.新しい副燃焼室での設計検証······································································142-3.新しい副燃焼室での燃焼評価······································································182-3-1.副室制御弁の開閉タイミングの定義·······················································182-3-2.単気筒エンジンでの燃焼評価·································································222-4.新しい副燃焼室の構造評価·········································································332-4-1.耐熱金属素材の検討(水素脆性対策) ····················································332-4-2.新しい副燃焼室の構造評価····································································383.HCCI 型多気筒エンジンの開発·········································································413-1.単気筒エンジン試験により改良を必要とする項目···········································413-1-1.単気筒エンジンの分解、観察結果···························································413-1-2.単気筒エンジン試験により改良を必要とする項目·····································443-2.6 気筒エンジンの設計················································································483-3.新過給装置、遮熱マニホールドの設計··························································553-3-1.新過給装置の設計指針··········································································553-3-2 遮熱マニホールドの設計·········································································593-3-3 水噴射による排気タービン性能の向上検討··············································603-4.多気筒エンジン用EGR 装置の設計······························································643-5.6 気筒エンジンの組立················································································673-6.6 気筒エンジンの試験設備概要····································································753-7.6 気筒エンジンの評価················································································794.コンパクト熱交換器の開発···············································································864-1.母材の選定·······························································································874-2.母材変更熱交換器の接合試験······································································894-3.アルミナイズ処理試験···············································································925.まとめ··········································································································935-1.新しい副燃焼室の開発(単気筒エンジンでの試験結果) ··································93v5-2.HCCI 型多気筒エンジンの開発····································································935-3.コンパクト熱交換器の開発·········································································946.目標値との比較と今後の見通し·········································································956-1.出力性能··································································································956-2.排ガス性能·······························································································976-3.熱交換器の性能·························································································98-1-1.はじめに本研究開発を開始した平成10 年度の当時、世界のエネルギー事情は近未来に極めて深刻な状態になるものと予想したが、今日の世界情勢は予想を上回り、中国、インド等の発展途上国のエネルギー消費が急増し、石油の争奪戦が激しさを増している。最近の世界ニュースの多くが異常気象による災害の多発に関するもので、二酸化炭素の増加による温暖化がいよいよ深刻になってきたことを窺わせる。また、中国を始めとするアジア諸国の近代化に伴い、石油など化石燃料の消費量は急速に増加し、世界のエネルギー消費量の削減、省エネルギー技術の開発が急務となってきている。このような社会的重大問題に対応するため水素燃料の利用による燃料電池が話題になっているが、専門家の間で議論される問題は上記水素をどのような手段で製造するかである。水素の製造にもエネルギーが必要でこのエネルギーをどのように取り出すかが問題である。通常、天然ガス(メタン)を燃焼させると1 モルから889MJ(212,400kcal)、1 モルの二酸化炭素を排出する。1 モルのメタンを258MJ(61,600Kc al)のエネルギーを用い改質させ、2 モルの水素と1 モルの一酸化炭素を抽出し、燃焼させると1139MJ(272,160kcal)の熱量が得られ、差し引き881MJ(210,560kcal)の熱が得られる。問題は改質に必要な258MJ(61,600kcal)の熱を得るシステムの効率がどの程度になるかである。その効率が50%なら、改質に要する熱量は516MJ(123,200kcal)に増加し、動力発生機関に供給される熱量は一挙に623MJ(148,960kcal)に低下する。即ち、水素燃料を製造するための総合効率が大きくなければ、かえって二酸化炭素を増加させる。本天然ガス改質エンジンの開発ではエンジンの排気ガスエネルギーを用いてメタンと二酸化炭素から2 モルの水素と2 モルの一酸化炭素を抽出させ、1139MJ(272,160kcal)のエネルギーを得ようとするものである。この改質効率を50%としても1010MJ(242,280kcal)のエネルギーが得られる。即ち、エネルギー効率と二酸化炭素の排出は熱源である燃料からどのような動力が得られるかの総合効率で論じられなければならない。エンジンの熱効率については内燃機関、ガスタービンなどが日進月歩で改良されてきた。燃焼速度の向上、圧縮比の増加、作動ガス量の増加、などについて多くの改良がなされてきたが排気ガスエネルギーの再利用についての技術開発が未だ十分に行われていない。排気ガスは温度が高いにも拘らず、ガス圧力が低いため、動力変換が容易ではなく、このエネルギーの再利用はすこぶる困難である。唯一この熱エネルギーを用いて水を水蒸気に変化させることが考えられる。水を効率よく水蒸気に変換させるには排気ガス熱を水蒸気に変換させる高効率熱交換器の開発が必要である。熱交換器の検討を行うと、高温ガスから熱交換器の固体に熱移動する熱伝達率が伝熱のネックになっていることがわかる。多孔質金属材料を用いた熱交換器はこの熱伝達率の低さを伝熱面積の拡大によってカバーしたもので、基礎試験では極めて良い結果を得ている。この結果をベースに実用性のあるコンパクト熱交換器を開発することが要求され、今年度の主要開発テーマの1 つとして取り上げている。-2-本エンジンシステムの最終目標の熱フローを図1-1 に、本年度の熱フローを図1-2 に示す。本年度の開発では開発の基礎となる天然ガスを用いた遮熱型HCCI多気筒エンジンの開発を主とし、製作を行った。天然ガスを用いたHCCIエンジンの開発では均一希薄混合気を如何に効果的な方法で着火させ、ノッキングを発生させずに燃焼を完結させるかが世界的なテーマとなっている。このため、各社は、鎬を削って開発を行っており、例えば主室に導入された均一混合気を軽油などの着火性の良い燃料の噴射で着火させ、その天然ガスを燃焼させる方法などが開発されているが、この方法だと燃料系が2 つ要るため構造が複雑となり、パティキュレートも発生する。一方、従来どおり、希薄均一混合気に火花点火で着火させる方法は常に点火栓の耐久性とノッキングの発生に悩まされてきた。NEDO でもこうした問題を解決する技術開発への取り組みに意欲を燃やしているが、まだ十分な解決策は見出されていない。本研究開発における遮熱HCCI エンジンでは、天然ガス燃料を主燃焼室とは別に高温壁を持つ副燃焼室に導入し、活性化させ着火させる方式である。この場合、始動直後では燃焼室の壁温が低いため、活性化が進まず着火が困難であったが、今回、多気筒エンジンの製作に先立って、実施した単気筒エンジンの試験で、副燃焼室への燃料を加熱することにより、着火性が著しく改善することを見出し、この問題を解決した。このように、天然ガス改質エンジンの開発では各年度の着実な成果を積み重ね、最終目標に到達させるためのひとつひとつの技術を確実に仕上げてゆくことに全力を上げることが大切であると考える次第である。-3-図1-1.プロジェクトの最終目標の熱フロー図-4-図1-2.本年度の目標の熱フロー図-5-1-1.プロジェクトの経緯と目的平成10 年度から11 年度にかけて、天然ガスを燃料とする超低燃費かつ窒素酸化物等を大幅に削減できる舶用天然ガスエンジンの実現を目標とした研究開発を実施し、その第1ステップとして、天然ガスと排気ガス中の二酸化炭素を触媒中で反応させ、排気熱を吸収することにより発熱量の高い水素と一酸化炭素を効率良く供給する技術の開発を行った。平成12~13 年度には、第2 ステップとして高い熱効率を得るため、排気エネルギー回収システム、窒素酸化物の排出が少ない燃焼方式の研究、及び、改質ガスを燃料として確実に燃焼させる第1次遮熱単気筒エンジンの製作を行った。平成14 年度には、第2 ステップの最終年度として、本エンジンシステムの実用化を進めるため、試作した遮熱単気筒エンジンの燃焼試験と改良を実施し、EGR(排気再循環)量や燃焼タイミングの適切な制御方法を開発し、ほぼ目標のエンジン単体性能を達成した。また、排気ガスから熱エネルギーを得るため、高効率でコンパクトな熱交換器の開発を行うとともに、天然ガスの主成分であるメタンとCO2 による改質、及び、メタンと水による改質を組み合わせた新しい実用燃料改質装置の研究開発を行った。更に、排気ガスからCO2を吸着する装置については、温度の違いによりCO2 の吸着と脱離をコントロールできる新しい物質を用いた装置の調査検討を行い、CO2 の吸着・脱離から燃料改質までを連続的に行うことのできる連続式改質装置の詳細を試設計した。平成15 年度は、負荷領域全般でのEGR 量、吸気温度、吸気圧力を変えた詳細実験を行った。また、天然ガスにH2 等の改質燃料を加え、熱発生率の変化を調査するとともに、エンジン燃焼室各部の温度を計測し、熱応力を減少させる壁面温度の均一化、過熱負荷部位の減少等、改良設計の資料を作成した。さらに、排気ガスエネルギーの回収のため、多孔質金属を用いた熱交換器の試作品を用い、蒸気、排気ガス流速を変化させ、その熱通過率の変化について調査し、高効率熱交換器の性能確認等を実施した。その結果、発電効率57.5%、NOx0.1g/kWh 以下を実現する天然ガス改質エンジンシステムの完成を目指す基礎データの収集を行うことができた。そこで、平成16 年度からは、今後3 年間で、エンジン単体、改質装置、熱交換器、タービン等の本エンジンシステムの要素開発を実施し、これらの要素を統合した画期的低燃費エンジンシステムの開発を行うこととし、これを第3 ステップとして実施することとした。-6-1-2.平成16 年度の実施項目と目標本年度の実施項目と目標は次のとおりである。1-2-1.項目①新しい副燃焼室の開発1)主室と副室間の連絡弁摺動部へ燃焼ガスの進入を防止するため、副室上部のステム部にガスシール用弁機構を設けた副室構造の作製2)水素脆性を抑制する表面処理または耐熱副室連絡絞り部の作製3)上記連絡弁、副燃焼室でのHCCI 燃焼試験(単気筒)4)素脆性対策コーティング副室連絡弁の評価5)6 気筒エンジン用副室、連絡弁仕様の決定②CNG 多気筒HCCI エンジンの開発1)遮熱構造等の基本構造についての設計検討2)燃料供給システムの設計検討3)潤滑油冷却、熱交換器の設計検討4)排ガス計測機器等の実験設備の導入5)6 気筒エンジンの組立と調整6)HCCI 燃焼試験と排ガス測定7)エンジンの改良と性能改善③多気筒エンジン用EGR 装置の開発1)EGR 流量制御装置の設計検討2)EGR 用熱交換器の設計検討④新過給装置の先行開発検討1)新ターボチャージャーの設計検討2)新ターボチャージャーでのエンジン試験⑤コンパクト熱交換器の開発(改質装置のベース)1)母材変更熱交換器作製、評価2)実用コンパクト熱交換器の実験装置の作製3)多孔質体熱交換器の性能改善4)実用コンパクト熱交換器の作製評価-7-1-2-2.目標エンジン仕様 排気量:12L(シリンダー径132.9mm、ストローク145mm)定格回転数:1500rpm①エンジン出力 155kW(使用燃料:CNG)②エンジン単体発電効率 38%(発電ロス5%分含む)熱効率40%③NOx 排出量 0.1 g/kWh 以下(平成17 年度自動車技術指針1.0g/kWh)④HC 排出量 0.17 g/kWh 以下(平成17 年度自動車技術指針0.17g/kWh)⑤熱交換器交換効率 80%以上⑥熱交換器熱通過率 280W/㎡・K-8-2.新しい副燃焼室の開発2-1.新しい副燃焼室の設計2-1-1.新しい副燃焼室の開発これまでの研究において、副燃焼室を用いた天然ガスエンジンの燃焼は、着火性、燃焼制御性等に優れていることがわかったが、これまでの単気筒エンジンの試験では主燃焼室と副燃焼室の間に設けた制御弁が高温となり、副室と制御弁間の摺動条件が過酷となった。そのため、スティック、磨耗等の問題が生じ易く、耐久性の問題が懸念された。また、副室・主室間の制御弁のシート部のみに、えぐり取られたような脆性破壊が頻繁に発生した。この破損は水素脆性による腐食破壊と推測した。そこで、水素脆性対策を行うとともに、制御弁の構造を傘部によるシート密閉方式から連絡孔絞り方式とし、摺動部へのガス進入を封鎖した新しい副燃焼室を開発した。多気筒エンジンの開発に当たり、燃焼室の耐久上の問題を解決しておく必要があるので、上記問題の改良案を盛り込んだ副燃焼室を試験した。2-1-2.エンジンの燃焼室従来構造(図2-1 参照)の問題点としては、下記5項目がある。①制御弁ステムと副室間の摺動部に高温ガスが入り込み、油膜を消滅させ伝熱性を著しく阻害する。②制御弁が異常高温となり、摺動磨耗が増大する。③先端部の温度上昇により、傘部に水素脆性破壊が発生する。④制御弁が固着し、開閉機能を失う。⑤副室用燃料が燃料弁より主、副室へ圧縮工程前半に流入し、副室制御機構が低下する。これらの問題点を解決するため、下記5 項目の対策を施す副燃焼室システムに変更することとした。(図2-1 参照)①副室の上部にポペットバルブ機構を採用し、燃焼時の高温ガスを摺動部へ入らないようにする。②摺動部は、熱伝導路の長さ大きくすることにより温度低下させた構造を用い、耐久信頼性を確保する。③制御弁の副室露出部にコーティングを行うとともに、制御弁の材質変更により伝熱性を小さくするとともに、水素脆性破壊を防止する。④副室と主室間は、絞り機構とし、完全シール構造としない。⑤絞り機構とした副室制御弁は主室圧力の上昇とともに、開弁させることにより、開閉がスムーズになる。-9-溶接部図2-1.副燃焼室の構造比較-10-図2-1 に示す絞り弁構造とすることにより、副室制御弁の動作がこれまでと異なる。従来の副室制御弁では、上死点前にカムをリフトさせ、副室制御弁を下降させて主室と副室を連絡させていた。新しい副室制御弁では、副室への燃料供給期間にカムをリフトさせることにより、副室と主室間の連絡口面積比0.5%程度の絞り状態とし、これまでの副室制御弁のバルブ閉と同じ状態とする。この状態で副室へ燃料を供給し、燃焼時は副室制御弁を上昇させ、連絡面積を大きくする。したがって、燃料の供給タイミング等には変更は無いが、カムのリフトタイミングが変わることとなるので、副室制御弁のカムのプロフィールを新規に設計した。これまでの副室制御弁のカムのリフトタイミングと、新しい副室制御弁のカムリフトのタイミング比較を図2-2 に示す。従来の研究では、副室と主室を遮断する副室制御弁が開いた場合、筒内に容積変化が生じ、一旦圧力降下し、主室からの希薄混合気が副室へ流入し、副室内の燃料と混合した濃混合気が着火条件に到達した後に着火する。今回試作する絞り方式の制御弁では、吸入工程または圧縮工程で、副室内に供給された天然ガスが、制御弁と副室連絡孔の間から侵入する空気との燃焼反応が発生し、副室内圧力が上昇した場合、制御弁は下方に押し下げられるので、その開放が困難になる。一方、副室内の燃焼が進行せず、副室内圧力が上昇しなければ、主室圧力がピストン上昇により圧力上昇すると、制御弁を押し上げる方向に作用するので、開弁がスムーズである。絞り弁方式はガス流速の変化が連続的に増加するとともに、温度低減も期待でき、水素脆性破壊が無くなる。また、高温ガスをシート部でシールする部分が無くなるので、作動が安定すると予測した。したがって、新しい副室制御弁の絞り機構を採用するにあたって、最適開弁タイミングを調整できるように、組立式のカムシャフト構造を採用した。(図2-3 参照)図2-3 に示す組立式のカムシャフトは、従来の単気筒用のカムシャフトを切断し、スプライン加工を行い、スプライン部に排気、副室、吸気のカムを組付け、中央部で結合させる構造としている。副室制御弁に関しては、スプラインに対する角度が異なる3種類のカムを用意し、開閉タイミングを2.5℃A ずつ変更可能にした。試作した新しい副燃焼室の写真を図2-4 に、副室制御弁の写真を図2-5 に示す。-11-バルブタイミング旧0246810120 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 360カムアングル(℃A)リフト量排気吸気連絡弁制御弁開弁 排気弁 吸気弁燃焼圧縮制御弁開弁バルブタイミング新0246810120 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 360カムアングル(℃A)リフト量排気吸気連絡弁排気弁吸気弁制御弁閉鎖燃焼圧縮制御弁開弁図2-2.バルブタイミング比較-12-組立式カム部 分割、結合部吸気用排気用副室用スプラインにより角度を合せる構造副室制御弁は、2.5℃Aずつ可変とする。スプライン部図2-3.単気筒用組立式カムシャフトの構造-13-図2-4.試作した新しい副燃焼室図2-5.試作した副室制御弁溶接箇所シールリング装着部バルブシート面 絞り部積層板遮熱層摺動部-14-2-2.新しい副燃焼室での設計検証天然ガスを用いたHCCI エンジンの燃焼について種々の検討を行ってきたが、その燃焼を実現するために以下の要件が必要である。今回開発した絞り弁式副燃焼室は天然ガスの特性を考慮したHCCI 燃焼実現の鍵を握る技術である。1.天然ガスの性状は着火温度が高く、一旦着火するとその燃焼速度が極めて速い。2.HCCI 燃焼の形態は均一混合気をディーゼル着火して燃焼させるものである。この燃焼形態はディーゼル燃焼であるにも関わらず局部的温度上昇が抑制され、窒素酸化物、パティキュレートの排出が極度に低減される。従来技術では希薄混合気を燃焼させるため着火栓用いて火花点火させるか、軽油のような着火性の良い燃料を噴射させて着火させるかの二つの方法が用いられていた。3.本研究開発では燃焼室の一部に副燃焼室を設け、この副室に天然ガス燃料を導入し、主室に希薄混合気を形成させ、副室での着火エネルギーを用いて主燃焼室の希薄混合気を短期間に燃焼させることを試みてきた。天然ガスの燃焼は燃料混合気の当量比が比較的小さい範囲にあるとき、燃焼するので副燃焼室ではその燃料含有体積率を10~15%とし、主室ではこの領域を燃焼速度の遅い8%以下に押さえた希薄混合気とする。一方、理論空燃比を持つ、副燃焼室の混合気温度が着火温度まで到達しないと容易に着火しない。従来、副燃焼室の制御弁はポペット型バルブで、上死点前10℃A 付近で開弁するまでは、副室内は導入された燃料温度のままで保持され、開弁と同時に主室側で圧縮された空気と燃料の希薄混合気が流れ込み、副室燃料が断熱圧縮され、爆発燃焼した。しかし、副室内に導入された燃料の温度が低いと着火が遅れ、起動するために時間がかかった。4.今回開発した副燃焼室の絞り弁方式は絞り弁と副燃焼室の連絡口部を完全に密封することが難しいためピストンの上昇に伴って圧縮される混合気が徐々に副室に入り込む。この空気温度が天然ガスの着火温度に到達すると自着火し、圧力が上昇し、絞り弁を押し下げるので、絞り弁の上方への開弁が難しくなる。そこで、ピストンの上昇運動に伴って副室に流入するガス流量を計算し、副室内のガス温度を求めた。図2-6 には圧縮比16 のエンジンでピストンの上昇運動によって主室圧力が上昇し、副室との圧力差により流入空気が流れ込み、副室圧力が上昇する状況を示した。絞り弁と副室のスロート間の隙間が0.7mmの場合、上死点での主室圧力5MPa、温度が627℃(900K)、で副室圧力4.2MP a、温度が382℃(655K)、隙間0.5mm の時、副室圧力3.5MPa、温度340℃(613K)となり、天然ガスの着火温度627℃(900K)には遥かに到達しない。しかし、絞り弁が開放されると主室の空気が流れ込み、着火条件に到達する。5.副燃焼室に導入される天然ガス燃料は高圧ボンベからアキュームレータータンクに断熱膨張されるので当然、温度が低下する。計算によると天然ガスは50℃低下し、この状態で副燃焼室に導入されても容易に着火温度まで到達しない。6.副燃焼室内の天然ガスの温度を80℃(353K)まで上昇させ、主室内のガスが侵入し、その圧縮により温度上昇させた場合、739℃(1012K)まで温度上昇し、着火が極めて確実にできる。-15-図2-6.絞り弁付き副室のガス圧力と温度-16-7.主燃焼室側での希薄混合気の温度を727℃(1000K)以下に抑え、EGR 等により燃焼速度を抑制すると燃焼は副室での着火エネルギーにより常時着火できることになる。以上の検討により、次の項目を実験により確認することにした。下記項目が満足されれば今回採用された絞り弁方式を用いることができる。①絞り弁式副室を用いた場合、開弁前に勝手に自着火することが無いか?②副室に導入した燃料が確実に着火し、主室燃料に火炎伝播するか?③主室内の希薄混合気燃料のノッキング燃焼が発生しないか?実験結果1.燃焼試験では絞り弁の開度始めがBTDC15℃A、完全開弁がほぼTDC に設定した。エンジンの回転数900rpm、副室への投入燃料流量全燃料の13%、副室容積比15%、副室での燃料等量比入=1.1、主室燃料10%、20%、30%とした。2.主室燃料10%とした場合、副燃焼室での着火タイミングBTDC3℃Aで熱発生率100J/deg、この状態から主室燃料の混合比が極めてリーンであるにも関わらず主室燃焼が始まり、ATDC5℃A までに燃焼が終わり、熱発生率の最大値は1130J/deg、総熱発生量3363J であった。3.主燃料を20%に増加させた場合、副室での着火タイミングはBTDC7.5℃A、熱発生率の最大値1200J/deg、総熱発生率3518J であった。4.主燃料を30%に増加させた場合、着火タイミングは同等、最大熱発生率750J/deg、総熱発生量4554J であった。5.この燃焼試験の間、ノッキングの発生は殆ど無く、副室から主室への燃焼の移行がスムーズに行なわれていることがわかった。絞り弁はポペット型式と比較し、低負荷で熱発生率が大きくなり、高負荷では同等となる。6.以上の結果をグラフに示すと図2-7 となり、この試験結果に基づいて主室へのEGR 等を実施し、燃焼速度を低減させると、予定している燃焼方式が成立するものと推測される。-17-図2-7.絞り弁式とポペット型式の性能比較-18-2-3.新しい副燃焼室での燃焼評価2-3-1.副室制御弁の開閉タイミングの定義新しい副燃焼室は絞り弁方式であり、主室の筒内の圧縮空気が徐々に副室へ流入するので、従来のポペット弁方式と異なり、圧縮工程で副室制御弁を開くことにより、一挙に空気が流入し、混合気生成する容積拡大に伴う圧力変化は生じなくなる。しかし、絞り弁方式の新しい副燃焼室では、従来のポペット式のように、副室の開弁タイミングを決定することが困難となった。副室制御弁のリフト位置と絞り面積の比較の図を図2-8に示す。絞り弁式の副室制御弁が5mm リフトした時には、制御弁の径が太い部分が、副室側連絡口の絞られている部分を通過する。この時に開口面積が大きくなり始める。副室制御弁が8mm リフトした場合、副室制御弁の先端が、副室側の径が絞られている部分を通過した直後となり、面積は大きく増加する。その後副室制御弁は上部のガスシール用ポペット弁がシート部に接触するまでリフトする。このように、絞り弁方式では、主室と副室を結ぶ連絡口の面積が変化するので、開弁タイミングは、面積が大きく変化する8mm リフトした場合とした。吸気、排気バルブと副室制御弁のカムのリフト線図を図2-9 に示す。カムがリフトし、副室制御弁が下降して、副室と主室の連絡面積を絞った後、上死点直前0.5mm のカムリフト量になった場合に、面積が大きく変化する。この位置をATDC 以降になるように、カムのプロフィールを作製した。この状態では、副室と主室の連絡面積が変化し始めるタイミングは、BTDC17℃Aとなる。このタイミング設定にて、燃焼試験を実施した。エンジンを運転し、燃料を供給しない状態の筒内圧と熱発生率を図2-10 に示す。従来のポペット型の副制御弁での筒内圧と異なり、ポペット弁を開くことによる燃焼室内の容積変化が無いので、筒内圧の落ち込みが無い。熱発生率により、BTDC10℃A で熱発生率上では15J 程度の落ち込みが見られる。これは、制御弁で絞られている副燃焼室と主燃焼室の連絡面積が大きくなり、圧力の高い主燃焼室から圧力の低い副燃焼室へ空気が流れ出し、圧力が低下した現象を検知したものである。したがって、副室の開弁タイミングは、副室の先端の傾斜部が中間にきたところである。-19-図2-8.副室制御弁のリフト位置と絞り面積の比較-20-図2-9.副室制御弁のバルブタイミングバルブタイミング6気筒(8mmリフトを開弁)0246810120 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 360カムアングル(℃A)リフト量排気吸気連絡弁燃料弁排気弁吸気弁制御弁閉鎖燃焼圧縮制御弁開弁燃料弁制御弁面積変化開始-21-図2-10.新しい副室制御弁での筒内圧と熱発生率BTDC10℃ABTDC10℃A の時の副室制御弁位置容積変化に伴う圧力低下が無い-22-2-3-2.単気筒エンジンでの燃焼評価絞り弁方式の新しい副燃焼室にした場合には、以下の3 点が問題となる。①絞り弁式副室を用いた場合、開弁前に勝手に自着火することが無いか?②副室に導入した燃料が確実に着火し、主室燃料に火炎伝播するか?③主室内の希薄混合気燃料のノッキング燃焼が発生しないか?上記3 点が発生しなければ、新しい絞り弁方式の副燃焼室でも、予混合圧縮着火燃焼(HCCI)が成立することとなる。単気筒の燃焼試験では、まず、副室での着火が、どのような状態で着火するのか確認した。単気筒エンジンでの実験設備の系統図を図2-11に示す。吸気温度80℃、過給圧20kPa(圧縮端圧力45000kPa 以上)にて、燃料を投入した。この時、燃焼室内の圧縮端温度は627℃(900K)となり、天然ガスの着火温度に到達している。副室へ燃料を投入し、副室外壁の温度が変化した場合の燃焼の変遷を図2-12 に示す。図2-12 の①に示す熱発生率のように、壁温140℃では、ATDC20℃A に熱発生のピークが現れる。但し、この時、熱発生率の立ち上がりは、BTDC7.5℃A であり、副室での燃焼が穏やかに遅延して、燃焼している形態である。このような状態で、着火が始まると、副燃焼室の温度が上昇を開始し、着火前に140℃であった温度が270℃程度へ上昇する。副室温度が220℃になった時、その熱発生率を図2-12 の②に示す。熱発生の立ち上がりは、BTDC7.5℃A と変わらないものの、ピーク位置が進角しATDC10℃A となる。熱発生率の面積が増加していることから、副室燃料の着火直後は未燃の燃料が多く、完全燃焼しておらず、筒内の温度上昇とともに、その燃料が着火し、燃焼割合が増加したものと推測した。副燃焼室の温度が270℃になると、熱発生率のピークが立ち上がり180J/℃A となる。(図2-12 の③参照)この熱発生率状態は、急激な圧力変化を伴う従来のポペットバルブ型の熱発生率と同じ形となり、燃焼が安定する。燃料の着火が確認されてから、副室温度が上昇し、燃焼が安定するまで、約3 分位要している。従来構造のポペット型の副室制御弁の場合には、着火と同時に図2-12 の③のような熱発生率となるが、絞り弁式の場合には、着火から燃焼安定まで、約3 分時間を要している点が大きく異なる。吸気温度を5℃高めても、この着火遅延状態は変わらなかった。吸気温度を逆に低くした場合には、吸気温度が80℃になるまで時間を要し、この間燃料の一部が未燃のまま排出され、EGR とともに再循環する燃料量が増え、一挙に燃焼するので、ノッキングが発生した。しかし、このノッキングは、EGR を切ると生じないので、再循環未燃燃料以外には、ノッキングの発生は無い。したがって、絞り弁方式の副燃焼室での燃焼は、以下のプロセスで進行すると推測した。-23-図2-11.単気筒エンジンの設備系統図-24-図2-12.副室に燃料を投入した場合の熱発生率エンジン回転数 : 500rpm吸気圧力 : 20kPa吸気温度 : 80℃EGR 率 : 50%燃料流量 : 0.14L/sec副燃焼室温度 : 140、220、270℃①副室温度:140℃②副室温度:220℃③副室温度:270℃-25-①燃料量が適正である場合には、副燃焼室の燃焼は、従来のポペット型の制御弁より、穏やかである。②従来のポペット型の制御弁より、燃焼が安定するまで時間を要するので、投入燃料を加熱する等の対策が必要である。③燃焼が安定した場合、熱発生率は従来のポペット型の燃焼室と形態が変わらないので、主室への火炎伝播能力のある副室の燃焼であると判断する。副室での燃焼が安定した状態で、主室へも燃料を投入し、副室の燃料流量を変えた場合の熱発生率の比較を図2-13 に示す。小さなピークの後、すぐに熱発生のピークが見られる。このピークの高さは、副室の燃料投入量によって変化しており、副室投入燃料0.15L/sec の場合には、初期のピークの高さは50J/deg 程度であり、燃料投入量を0.30L/sec に増加させると、100J/deg となる。副室燃料の投入量を変えた時に変化している部分なので、この初期に見られる段差は、副室での燃焼分と判断する。副室から主室への火炎伝播と燃焼の拡大は、副室燃焼の初期のピークの大きさに関わらず、すぐに立ち上がっていることから、比較的スムーズに主室燃焼へ移行しているものと推察する。副室への燃料流量を増やした場合、2段目の熱発生率のピークの面積も大きくなっていることから、副室で着火し、副室が圧力上昇すると、未燃の燃料とともにすぐに主燃焼室へ流れ出し、主室のホモジニアスな混合気へ火炎伝播しながら、燃焼が継続しているためと推測する。今回の絞り弁方式の副室制御弁方式では、副室制御弁の下降で、副燃焼室と主燃焼室の連絡面積が絞られている状態で、燃料弁から副室へ燃料が供給される。ピストンが上昇し、筒内の圧力が上昇すると、制御弁で絞られた連絡面積から流速の早いガスが副室内へ流れ込み、副室にて混合気が生成する。絞り弁が上昇し連絡面積が大きくなり始めると、副室へ流れ込む空気量が増加し、副室にて着火に到る。着火すると、副燃焼室の圧力が上昇し、主燃焼室へ燃焼ガスが流れ、圧縮端で自着火せずに残っている主室のホモジニアスな燃料と空気の混合気へ、火炎伝播して行く。主燃焼室には、吸気管に供給された大半の天然ガス燃料と空気とEGR ガスが混合して存在するが、この主燃料の着火は、火炎伝播と同時に全体雰囲気の温度上昇によって、自着火も始まり燃焼が完結していると考える。-26-図2-13.副室への燃料投入量を変えた場合の熱発生率エンジン回転数 : 900rpm吸気圧力 : 80kPa吸気温度 : 75℃EGR 率 : 50%副室燃料流量 : 0.155、0.297 L/sec主室燃料流量 : 0.273 L/sec副室燃料流量0.155L/sec副室燃料流量0.297L/sec-27-従来のポペット型の副燃焼室の制御弁を用いた場合でも、今回の絞り弁を用いた場合でも、エンジンの負荷の上昇とともに、ノッキングの発生する可能性が増加する。負荷を高くすると、燃焼室の壁面温度の上昇とともに、燃料混合気の自着火する機会が増大する。本エンジンでは、副室燃料を着火源とし、主室へ火炎伝播させる燃焼方式を採用しているが、主室での燃焼は、EGR を加えることで、抑制することを狙っている。EGR を実施する場合、燃料に対応する酸素量が十分にあることが大切で、過給により作動ガスを増加する必要がある。上記条件に注意し、投入燃料量、吸気圧、温度を一定にし、EGR 率を変化させた場合の熱発生率を図2-14 に示す。副室制御弁が絞り弁方式へ変わっても、この抑制効果は変わらないことがわかる。EGR 率が40%の場合には、熱発生率のピークはATDC2℃A で、高さは800J 程度あり、50%高くした場合には燃焼が穏やかとなり、ATDC8℃A にピーク位置がリタードし、高さも330J と低くなり燃焼期間が長くなる。従来のポペット弁方式の燃焼では、EGR 率を高くすると、初期の熱発生率の上昇割合は変わらずに、ピーク高さと燃焼期間に影響を及ぼしていたが、絞り弁方式の場合には、初期の熱発生率の上昇割合が低く抑制されている。これも、筒内圧の圧力変化が無いためと考えられる。EGR 率を低くし、吸気温度を高くし、吸気圧力を下げて燃料の割合を多くし、主室の希薄混合気燃料にて、ノッキングが発生し易い状況を作り上げた状態の熱発生率を、図2-16 に示す。着火はBTDC7.5℃A、ピークはBTDC5℃A、ピーク高さは1200J と極めて高い熱発生率を呈しているが、燃焼はこの状態で安定した。従来のポペット型の制御弁の場合には、このように高い熱発生率になった場合には、燃焼タイミングがさらに進角し、金属音を伴うノッキング状態に陥るので熱発生率のピーク高さの上限を500J とした燃焼コントロールを行ってきた。絞り弁式の制御弁の場合には、熱発生率のピーク位置は、前記ピーク位置(BTDC5℃A)まで進角するが、その後はピーク高さが高くなるのみで、進角は停止し、金属音を発するノッキング状態は出現しない。但し、この状態からさらに燃料を増加し、EGR 率を低くすると、再度進角が始まり、金属音を発するノッキング状態となる。図2-14 に示す熱発生率では圧力振幅は小さいが、図2-16 では圧力振幅が大きくなり、特に燃焼直前にさらに大きくなっている。筒内圧を見ると、燃焼による急激な圧力上昇が生じる直前(BTDC10℃A)に、圧力が一定になっている期間が見られる。このタイミングは、副室制御弁の開閉タイミングにも一致している。しかし、図2-14 では無い圧力一定期間である。したがって、副室制御弁の開閉タイミングに伴う容積変化と、急激な燃焼の直前になんらかのエネルギー吸収現象が重なって生じた現象と考えた。絞り弁方式では、副室内の燃料と空気が徐々に混合し、濃混合気を作り、上死点付近で絞り弁の開度拡大とともに、雰囲気温度が上昇し、着火するゆっくりとした燃焼と判断する。-28-図2-14.EGR を加えた場合の熱発生率エンジン回転数 : 900rpm吸気圧力 : 100kPa吸気温度 : 76℃EGR 率 : 40、50%副室燃料流量 : 0.280 L/sec主室燃料流量 : 0.500 L/secEGR 率:50%EGR 率:40%-29-図2-15.ポペット弁式にてEGR 率を増やした場合の熱発生率40%45%50%40%45%50%エンジン回転数 : 500rpm吸気圧力 : 21kPa吸気温度 : 73℃燃料流量(副室) : 0.26 L/sec燃料流量(主室) : 0.26 L/sec燃料流量(全体) : 0.52 L/secEGR 率: 40、45、50%-30-図2-16.ピークが高い熱発生率エンジン回転数 : 900rpm吸気圧力 : 66kPa吸気温度 : 83℃EGR 率 : 30%副室燃料流量 : 0.279 L/sec主室燃料流量 : 0.427 L/sec圧力一定に見られる部位-31-一方、ポペット弁式では、バルブ開口とともに、流速の大きい高温空気が一気に燃料内に突入するので、その燃焼は極めて急速と思われる。新しい絞り弁方式の副燃焼室にて、予混合圧縮着火(HCCI)燃焼を評価した結果をまとめると、以下のようになる。①副燃焼室での燃焼は、従来のポペット型の制御弁より、穏やかで燃焼が安定するまでに、時間を要する。②燃焼が安定した場合の副室燃焼の熱発生率の高さは180J であり、従来のポペット型の制御弁の場合と同等のピーク高であるので、主燃焼室へ火炎伝播能力を十分に有している。③主燃焼室へ燃料を投入した場合には、副室燃焼と見られる初期の熱発生率のピークから,拡散燃焼への移行がスムーズに移行し、問題は無い。④EGR を加えた場合の効果も、従来のポペット型の制御弁と同等である。⑤ノッキングが発生し易い状況にて試験しても、副室制御弁の開閉タイミング近傍で進角が止まるので、安定して運転が成立する範囲が広い。以上のことより、新しい絞り弁方式の副燃焼室では、予混合圧縮着火燃焼(HCCI)が成立することがわかったので、負荷を上げて、最終確認を行った結果を図2-17 に示す。過給圧は130kPa、総燃料流量1.3L/sec、EGR 率50%で、昨年同様に、NA での全負荷条件にて、試験した結果である。得られた熱発生率の燃焼期間は30℃A、熱発生率のピーク高さは、600J と同様の燃焼を得ることができた。今回の燃焼評価は、6 気筒エンジンをベースにした単気筒エンジンにて実施してきたが、燃焼を評価することより、設備の不具合を解決する時間が多く割かれ、開発が難航した。一つ目の問題としては、エンジンのバランスの悪さによる振動の発生である。2つ目の問題は、過給圧を別エンジンの動力によって得ているので、配管が長く、EGR 等の応答遅れが生じる点である。配管が長いため、EGR 率を変更してから、燃焼が安定するまでに、時間を要した。したがって、ノッキングが発生する状態に気付いても、手遅れとなる場合が多く、エンジン損傷を何度も繰り返してきた。今後、6 気筒エンジンでは、上記問題点が無くなるので、応答性も良くなり、評価し易くなるものと考える。-32-図2-17.全負荷(NA)での熱発生率エンジン回転数 : 900rpm吸気圧力 : 130kPa吸気温度 : 73℃EGR 率 : 50%副室燃料流量 : 0.298 L/sec主室燃料流量 : 1.002 L/sec-33-2-4.新しい副燃焼室の構造評価2-4-1.耐熱金属素材の検討(水素脆性対策)平成15 年度において、天然ガス燃料に改質燃料のひとつである水素H2 ガスを添加し、燃焼試験を実施したところ、副室・主室間の制御弁のシート部のみに、えぐり取られたような脆性破壊が頻繁に発生した。この破損は水素脆性による腐食破壊と推測した。この不具合を解消すべく、多気筒エンジンの開発では、計画段階において、水素脆性を防ぐ下記3つの対策を立案したが、一方、使用してきた材料の水素脆性破壊に関して、今回行った調査を報告する。①制御弁の絞り部にアルミナイズ処理を実施し、母材金属との間に水素脆性に強いアルミナ層を生成させ、アルミナ層と母材金属間には複合合金層を生成させる。②遮熱性があり、耐熱金属と線膨張係数が同じジルコニアをプラズマスプレーにてコーティングする。③窒化珪素セラミックス材を弁外周に複合嵌合させる。一般的に水素脆性破壊は、水素と炭素の結合によって起きる場合が多く、炭素分の多い硬鋼に多く見られる。したがって、水素の鋼中への侵食を防止すれば、防ぐことが可能である。前年度に水素脆性破壊を起こした材料は、Inconel600 でニッケルとクロームを主成分とする耐熱合金であり、炭素は含まれていない。したがって、炭素との結合による侵食では無く、他の要因で侵食したこととなる。ニッケルは水素を吸収すると、脆いニッケル水素化物を形成する場合があり、これが副室制御弁の破壊の原因となっていると推測した。文献によると、粒界に炭化物が生成する条件下では、水素脆化の感受性が増大することから、燃焼室内で使用している間に、炭化物が析出し、水素脆化を起こしたものと考えられる。また、ニッケル、クローム系合金の場合には、ニッケルの含有量と水素脆化率に相関がある。この相関を図2-18 に示す。図2-18.ニッケル含有量と水素脆化率(出典:①)-34-ニッケル、クローム系合金において、ニッケルの含有量が60%以上になると、水素脆化率が向上する。使用したInconel600 は、ニッケル含有量は77.5%と、高いものである。したがって、新エンジンの計画で立案したコーティング等による対策案3 種に加えて、ニッケル含有量が少ない耐熱金属を選択することとした。これまで使用したことのある耐熱金属素材と対策候補材として選択した耐熱金属素材を表2-1 に示す。表2-1.耐熱金属素材成分一覧(出典:②)合金成分合金名Ni Cr Mo Co W Fe Al Ti その他Inconel 600 77.5 15.5 7Inconel 750 76.3 15 7 0.7 Ti2.5,(Nb+Ta)1.0HA230 62 22 2 14 La使用素材 ハステロイ X 48.9 22 9 1.5 0.6 18MC アロイ 54 45 1 Low CInconel718 53.4 19 3 19 0.5 Ti0.9,(Nb+Ta)5.1HA188 22 22 残 14.5 <3 La対策候補 incolloy903 38 15 残 1.4 Nb+Ta 3従来燃焼室用材料として、使用した実績のある耐熱金属素材は、ニッケル含有量が60%以上のものが多い。ニッケル含有量が少なく、十分な耐久性を持つ材料として考えられる素材はハステロイXである。ニッケル含有量が60%以下の耐熱金属素材として、表記4 種類の対策候補素材があるが、耐熱金属素材の場合には、エンジン内で使用すると、変形や縮みなどが生じる場合があるので、使用実績を考慮した材料の選択が必要となる。前研究所時代まで使用実績を調査すると、Incolloy903 を多く使用していた。そこで、ニッケル含有量が少なく、使用実績があるIncolloy903 を水素脆性の対策候補として加えることにした。図2-19 に耐熱金属素材の強度データを、図2-20 に熱膨張係数のデータを示す。Incolloy903 は、強度が高く、熱膨張係数が低い。しかし、作製メーカーが一箇所しか無いので、流通性を考慮した場合には、今後も耐熱金属の選択をする必要がある。出典: ①「オーステナイト系ステンレス鋼の水素割れ」 材料と環境 48、776-777 (1999)②三菱マテリアル株式会社 「耐熱合金カタログ」-35-05101520250 200 400 600 800 1000 1200測定温度℃線膨張率(×10-6/℃)HA230Inconel 600ハステロイ XInconel 750SUS310S(参考)Inconel718HA 188Incolloy9030 MC アロイ204060801001201401600 200 400 600 800 1000 1200 1400測定温度引張強度(kg/mm2)HA230Inconel 600ハステロイ XInconel 750SUS310S(参考)Inconel718HA 188Incolloy903MC アロイ図2-19.耐熱金属素材の高温引張強度(出典:②) 図2-20.耐熱金属素材の熱膨張率(出典:②)-36-水素脆性対策として、Incolloy903 の使用を加えた場合の試験目的を表2-2 に示す。表2-2.水素脆性対策一覧名称 母材 対策の狙い1 アルミナイズ処理 Inconel600(従来材質) アルミナ層による侵食防止2 ジルコニアコーティング Inconel600(従来材質) ジルコニアによる侵食防止3 Incolloy903 Incolloy903 Ni 含有量(60%以下)4 窒化珪素嵌合 Incolloy903 耐熱性向上Inconel600(従来材質)にて作製した副室制御弁を図2-21 に示す。アルミナイズ処理とジルコニアコーティングの実施に関しては、副室バルブ完成品にコーティングを実施すると、熱による歪が生じる可能性があるので、先端部のみ加工した素材に、コーティングをしてから、最終バルブ形状に加工することとした。アルミナイズ処理を行った先端部の写真を図2-22 に、ジルコニアコーティングした先端部の写真を図2-23 に示す。図2-21.副室制御弁絞り部上部シール部積層遮熱部遮熱摺動部-37-図2-22.アルミナイズ処理品図2-23.ジルコニアコーティング品アルミナイズ処理部未加工部未加工部コーティング部-38-2-4-2.新しい副燃焼室の構造評価副燃焼室を用いた天然ガスエンジンの燃焼は、着火性、燃焼制御性等に優れていることがわかったが、従来のポペット型の制御弁の試験では、主燃焼室と副燃焼室の間に設けた制御弁が高温となり、燃料の水素と反応して弁座部分が脆性破壊を生じる問題と、燃焼ガスが摺動部に入り込み、摺動部が高温となるので、摺動条件が過酷となるといった問題が生じた。新しい副室制御弁では、副室上部にポペット弁を配置し、燃焼ガスが摺動部に入らない構造とし、副燃焼室と主燃焼室の間は絞り弁方式とした。(図2-24 参照)この構造の副燃焼室において、水素脆性破壊を生じたインコロイ600 の素材(Ni 含有量が多く、水素と反応し易い)にて、単気筒エンジンで試験を継続して、実施してきた。約250hr 程度の単気筒エンジン試験を終了しても、燃焼の再現性は得られるので、制御弁には異常が無いものと推測した。試験をした結果、従来のポペット弁タイプの副室制御弁と絞り弁方式の新しい副室制御弁の大きな違いは、副室壁面の温度上昇である。負荷条件を一定にした場合の両者の温度比較を表2-3 に示す。また、副室温度と燃料弁温度の測定位置を図2-24 に示す。表2-3.副室側面温度測定結果単位 従来型副室 新構造副燃焼室回転数 rpm 900 900燃料流量 L/sec 0.8 0.8副室温度 ℃ 295 270燃料弁温度 ℃ 200 140同条件では、新構造の副燃焼室のほうが、温度が低い。さらに上部側の燃料弁では、140℃と低く、従来型との温度差が大きくなっている。また、新しい副室制御弁の場合には、投入する燃料流量に応じて、温度が変化する時間が短く、応答性が良いことがわかった。これらは、全て副室の摺動部に燃焼ガスが入らないようにバルブシート部を副室上部に設けたためと考える。分解観察を図2-25、2-26 に示す。水素脆性し易いインコネル600 であるが、腐食等の異常は見られない。新しい絞り弁方式の副室制御弁は、これまでの燃焼ガス
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