Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第335号(2014.07.20発行)

第335号(2014.07.20 発行)

熱帯の海と空ー天からの贈り物

[KEYWORDS]熱帯/海洋観測/海と空
(独)海洋研究開発機構地球情報基盤センター技術主幹◆柏野祐二

真上から差してくる太陽光を浴び、暑さと戦いながら熱帯洋上で行う観測作業は体にとって大変きついものだ。しかし、苦労をして得られたデータが気候変動の研究などに貢献していることが観測のモチベーションになっている。そして、熱帯の海と空は、時に疲れを吹き飛ばしてくれるほどの奇跡の表情を私たちにみせてくれる。

熱帯の海の観測

360度、どちらの方角を見ても、真っ青な海と空しかない世界。熱帯の太陽光線はほぼ真上から差し、じりじりと肌が焼けてくる。思わず、「暑い!」と声を漏らしてしまう。甲板上の温度計は40度を越えていた。
ここは日本の南方約4,000kmの西部熱帯太平洋、パプアニューギニアの北方海域。水温が29度を越える世界で最も海面水温が高い暖水塊(Warm Water Pool)が存在する海域で、大気との熱交換が大変活発な場所である。この海域の変動はエルニーニョ、ラニーニャの発生に大きく影響することで知られている。
(独)海洋研究開発機構では1990年代前半より、熱帯域における大気・海洋観測研究プロジェクトのもとで、この海域において観測を続けてきた。当初は海洋調査船「かいよう」によりCTD※観測を主に行ってきたが、1990年代中盤から音響式多層流向流速計を用いた係留観測を開始し、1998年以降には海洋地球研究船「みらい」を用いてトライトンブイによる係留観測を行っている(http://www.jamstec.go.jp/jamstec/TRITON/real_time/)。
トライトンブイは2.4トンもある大きなブイであり、揺れる船上、かつ暑い熱帯の洋上では、そのメンテナンスは大変きつい作業である。通常は朝8時から正午近くまで作業するが、終わると汗で作業服がぐっしょり濡れてしまい、ヘルメットを伝わって汗がしたたり落ちてくる。部屋に戻るとぐったりしてしばらく動こうという気にもならない。しかし、午後になるとCTDなどの他の観測を行う場合が多く、ゆっくり休んでもいられない。
そのような苦労をして取得したデータは、熱帯気候変動の研究のみならず、エルニーニョの予報、さらには日々の天気予報にも使われている。研究的な興味だけでなく、そのようなことに貢献しているということが、この暑い中での観測のモチベーションになっている。

鏡の海

■写真1:鏡の海。場所は南緯1度東経150度のパプアニューギニア、ニューアイルランド島の北方である。

熱帯で観測を行うモチベーションとしてもう一つ挙げられるのは、真っ青な熱帯の海と空を眺められることである。熱帯の海は中緯度の海に比べ基礎生産量が小さくプランクトンが少ないので、色が青くきれいである。遮るものがない外洋で、果てしなく広がるこの青い海と、熱帯の高く青い空を眺めると、それまでの疲れが吹き飛んでしまうほどである。
赤道海域は赤道無風帯で一般に風が弱いが、観測を行っている西部熱帯太平洋域は暖水塊の存在のために収束域になっており、貿易風もこの海域では弱くなっている。そこでは滅多にないが、広範囲で無風状態となった場合、海が鏡となって空を映すという現象が起こる(写真1)。
われわれが目にする海の波は、津波を除けば、その場で吹く風によって起こる波(さざ波・風浪)、もしくは遠方の風で起こって伝わってくる波(うねり)である。海が鏡になると言うことはその両者が無い、すなわち相当広範囲(おそらく500km~1,000kmのオーダー)で無風だったと考えられる。南米のボリビアにウユニ湖という100~250kmサイズの「世界最大の鏡」と呼ばれる湖があるが、こちらは外洋の海なので、鏡としては世界最大であろう。このような鏡の海が360度広がっているさまは、それはもう見事である。熱帯海洋の現場で観測を行う者にとっては自然からのプレゼントとも言える。
ちなみにこの海域でCTD観測を行うと、水深40mくらいまで降ろしたCTDを船上から目視できる、すなわち透明度が40mにも達している。この数字は昔世界一だった北海道の摩周湖の透明度に匹敵する。それくらい海がきれいなのである。

天からの贈り物

■写真2:外洋の海に現れたダブルレインボー。

■写真3:外洋の海における夕焼け。

自然からのプレゼントはそれだけではない。西部熱帯太平洋は上記の通り海面水温が高いことから、大気海洋相互作用が活発であり、盛んに積雲・積乱雲が発生している。それらの雲からの降水量は年間3,000mmを越えている。その雨(スコール)を降らせる雲は前述のとおりほとんどが積雲・積乱雲であり、日本で見られるような乱層雲はあまり見られない。すなわち、空一面を覆った雲からではなく、背が高い雲から強いスコールが降るので、晴れ間と雨が同居している天気のパターンが多く見られる。
ここまで記せば読者の皆様は想像できると思われるが、この海域では虹がよく見られる。40日ほどの航海に乗ると平均して4~5回は見ることから、日本にいる時の10倍以上の出現確率であろう。特に夕方や朝方時にほぼ水平に近い日射が強いスコールに当たると、写真2のような巨大ではっきりしたダブルレインボーが見られる。これこそ天からの贈り物と言えよう。私は無神論者であるが、天国の入り口とはこんな感じではないかと想像してしまう。
また、外洋の海には陸上と違って、建物や山、電柱(電線)といった景色を遮るものがない。よって、昼間の海と空も雄大に見えるが、特に夕焼け・朝焼けの雄大さ・美しさは言葉に絶する(写真3)。海と空が一体となって朱に染まり、刻一刻と色を変えていく様子はいつまでも見飽きず、これも天からの贈り物のように思える。一日の観測作業が終わって、このような夕焼けを眺めていると、「今日も一日終わった。明日も頑張るぞ!」という気持ちが湧いてくる。

最後に

熱帯の外洋の海には人間の手がほとんど加えられておらず、大自然の美しさがそのまま残っている。そこに行って観測できたことは、海洋学者として、そして自然を愛する人間として幸せだと思う。日本の海洋学者の大半は日本近海か、より高緯度の海洋の研究をされているが、このきれいな熱帯の海にももっと目を向けていただけたらと思う。(了)

【参考】 写真集『海洋地球研究船「みらい」 とっておきの空と海』柏野祐二、堀E.正岳 内田裕共著、2014年6月発行、幻冬舎(税別価格1,400円)
※ CTD=海水の塩分、水温、圧力(深度)を計測するセンサーで構成された観測装置。

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