Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第21号(2001.06.20発行)

第21号(2001.06.20 発行)

魅力ある地域づくり みなとの景観

東海大学助教授◆東 惠子

景観はその地域の自画像ともいえる。港とまちが一体になった個性豊かな景観は、市民の港への理解を深め、地域愛を育み、地域振興を担うのではないか。またこれからはいかに市民にとって実感できる港づくりを行うかが地域の魅力を創出するかぎになると考える。

個性ある港づくり

「われは海の子♪白波の...♪♪」と歌われ身近であった海や水辺の存在が、近年侵食や高波、津波などに対する安全性確保のための護岸建設等により、私たちから切り離されてしまい、美しい日本の海岸線を目にすることが少なくなり、ややもすると日本が海の国であるということすら忘れがちである。日本三景である陸奥の松島、丹後の天橋立、安芸の厳島はいずれも美しい海岸線の景観である。しかし今まで産業経済優先に開発された各地の港は画一化し、美しい風景を台無しにしたことも否めない。また特に近年の産業構造の変化や船舶の大型化や施設の老朽化、重厚長大型の産業集積地における低・未利用地の発生などから生活・交流などへ機能転換を図ることが重要になってきている。港湾の産業競争力としての活力と共に、潤い、ゆとりのある魅力ある地域を形成するために、美しく使いやすい港湾空間をつくりだすことが求められている。港の空間づくりとして重要なことは、その港の主力となる機能や場を中心に据え、それと同時に地域の地形や歴史・文化を加味して個性ある空間デザインを行うことであろう。

清水港を事例にして

地域が主体となった、合意形成・協力による美しい港づくりの事例として、清水港をあげることができる。

清水港では9年間にわたり色彩計画を推進し、港湾の諸施設を順次塗り替えて美しくリニューアルし、そして、再開発事業による商業施設や親水緑地公園、マリーナなどが整備された。つい先日までは人の寄らない港であったが現在は、一日に1万人、休日には3万の人々が訪れる賑わいづくりに成功している。その事例をあげると次のとおりである。

清水港は天女伝説の三保の松原、富士山を借景にした日本を代表する風景を持つ静岡県の特定重要港湾である。しかし多くの港と同様に、紅白の煙突や老朽化したタンクや倉庫が建ちならび汚く殺伐とした港となっていた。

平成3年度に自然景観と調和した人工景観を創出しようという色彩計画を策定し、平成4年度から実施している。臨港地区の500haを機能や将来方向に応じてまとまりを持った色彩に塗り替えていこうというものである。計画当初は費用がかかることや企業に独自のCI(コーポレートアイデンティティ)があることから対象企業の3割の賛同も得られず計画の実行が心配されたが、CG(コンピュータグラフィックス)によるシミュレーションなどでそれぞれの企業の個性や独自性を活かしながら周辺環境と調和を図るように提案した結果、施設・工作物の5~7年毎の塗り替え時期に合わせて塗り替えが進んでいった。

具体的には、紅白のコンテナクレーンも日本で初めて清水港のシンボルカラーであるホワイト(9.5N)とアクアブルー(10B7/8) でデザインされ洗練された配色で塗り替えられ、大きなタンクにもアクセントカラーでラインを施し圧迫感を軽減したり、グラデーションによる配色計画で空間にリズムをつけたりした。この地域で一番高い、高さ150mの紅白の煙突は、ホワイト(9.5N)を基調にデザインされ平成5年に塗り替えられ、シンボリックに美しく変身した。その後、地域の要請によりライトアップされ夜にも港のランドマークとなっている。

コンテナヤード コンテクレーン
紅白であったコンテナクレーンもアクアブルーとホワイトに塗られ、コンテナヤードの印象はずいぶん変わった
塗り替え前煙突 to 塗り替え後煙突
三保地区のえんとつ。右写真が塗り替え後。アクアブルーとホワイトが、清潔な印象を与える

特筆すべきは、その次に高い、高さ145mの煙突の塗り替えには、5年の歳月を要し、6万5千世帯の同意書をとること、そして、1億1千万円の費用がかかったことである。航空法により一般的には150m以上の高さの煙突には高度障害灯を設置しなければならないが、自由な色に塗りかえられる。また、高さ145mの煙突には高度障害灯の設置は不要だが紅白に塗らなければならないことになっている。この高さ145m煙突を色彩計画に添った色に塗り替えるため、高度障害灯を設置することにした。このため、煙突から半径5km圏内住民の9割の同意書をとることや地元清水市の景観条例を制定することなど多くの手続きが必要で、そのひとつひとつを市民、企業、国・県・市の各機関の連携によって解決し、計画に添った色に塗り替えることができた。産業景観の象徴とも言える紅白の景観は、現在は美しい風景、自然景観と調和した人工景観の清水港独自の色合いでリニューアルされ、高質な港湾空間を形成している。

計画当初、条例も補助制度もなかったが、このような計画を実現可能とした理由として、以下の6項目があげられる。

(1)地元企業や市民の代表、行政、学識経験者で構成される協議会によって配色計画の合意形成ができている。(2)計画段階から地域住民の意向を把握し、それらを適切に反映させフィードバックできるようなシステムをとっている。(3)事業主体である地元企業の意向、独自性や個性を十分に配慮している。(4)地域の精神的一体感を醸成するシンボルカラー(ポートカラー)が、港湾景観の高質化に大きな役割を果たしている。(5)計画するに当たっては、地域条件や地域特性から適切なランドマークを選定し、それを拠点として塗り替えを行う。これにより「景観美」に対するインパクトを地域に与え、事業者の美意識を啓発することができる。(6)色彩の空間的配置や階調性および連続性といった秩序と調和のある配色計画やデザインが継続するための重要な要件となっている。

これからの地域づくりには、その土地の資源を生かし、その地域の文脈を活かした地域のデザインが求められる。また市民、企業、専門家と自治体との民主的な合意形成・計画決定や港づくりのパートナーシップのしくみが必要とされる。心の豊かさを形にできる智恵と工夫、特に地域景観はそこに住む人々たちの営みの時を重ね、相互に調整しあうコミュニケーションを通してさらに洗練されたものとなる。なによりも次世代を担う子供たちは私たちのつくった環境を範として、美意識、感性を育てていくのである。(了)

※いずれも日本規格協会JISで定められた色の規格(標準色票)によるカラー・コード番号。みなと色彩計画ではさまざま配色基準が設けられ、シンボルカラーとしてはこの2色が決められている。

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