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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第21号(2001.06.20 発行)

これからの"国境"を考える

元ノルウェー国立極地研究所上級研究員(教授)/現 同研究所嘱託(地質学専攻)◆太田昌秀

ノルウェーとロシアも、日本の北方四島と似た国境問題を抱える。こうした未解決の領土・領海問題を、従来の国境という概念の中で解決するのは難しいが、従来の国境という概念にとらわれずに両国が共同管理しながら新しい文化圏を築くという発想の転換も必要ではなかろうか。

私は石と対話している世事に疎い一地質学者ですが、ニューズレターNo.17の日露科学者たちの北方四島共同決議書を見て、これまでほぼ30年間、ロシアの研究者たちと一緒に仕事をしてきた中で、感じていることを述べさせていただきます。

今日の環境汚染は、人間が作った国境をビザなしで越えて世界中に拡がるのに、研究者たちはいつも国籍や国境に阻まれ、ビザや就労許可の取得に苦労しています。私の住んでいるノルウェーも、北極圏のバレンツ海で領海ならびに排他的経済水域(EEZ)の境界線についてロシアと対立し、長い間未解決の状態が続き、日本の北方四島と似た問題を抱えていますが、海底石油・ガス開発や漁業資源に関する調査、コラ半島の化学汚染、ノヴァヤ・ゼムリアの核実験場や、この島のまわりの海に放棄された十数個の原子力エンジンによる放射能汚染の可能性などについて、両国の研究者による協同研究は着々と進んでいます。

■ノルウェーとロシアの領海ならびに排他的経済水域(EEZ)の境界線をめぐる係争

境界線をめぐる係争
バレンツ海では、ノルウェーの中間線方式とロシアのセクター方式が対立し、両国の領海ならびに排他的経済水域(EEZ)の境界線は合意に達していない。バレンツ海は海底資源ばかりでなく、タラ・エビなどの水産資源の宝庫でもある。(Ostisty & Cheredeev(1993)およびDore(1995)にもとづく)

日本にとって、北方四島の問題が、国民的悲願であることは承知しているつもりですが、私は未来の国や国境の在り方について夢を持っています。現在の国境とは、国家という政治・経済・軍事力などの権力の境界ですが、このような国家の在り方は、新千年紀の間に乗り越えられて消滅し、それに替わって、それぞれの土地の風土や歴史の中で築かれてきた文化圏としての国になってほしい、と思っています(Nf : S.P. Huntington "The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order" 1966, 「文明の衝突」鈴木主税訳、集英社、1998)。政治がこのように変わるには数百年もかかるでしょうが、その方向への変化は無意識的にすでに進んでおります。ノルウェーでは1925年に発効した北極圏のスヴァールバル(Svalbard)条約で、この群島を法的にはノルウェーの管理下に置くが、経済活動は署名国のすべてに平等に与えられる、という従来の領土概念とは異なった考えが導入されました。反対側の南極では、領土権がすべて凍結され、環境研究や観光が共同合意の上で行われています。

ロシアと日本やノルウェーの未解決の国境問題を、このような遠い未来への展望の中で考えてみると、これらを従来の国境の概念の中で解決しようとしないで、未解決であることを利用して、両国共同管理の"国境帯"とし、この地域を関連国が共同運営して、その中で新しい共同活用の仕方を学ぶ訓練の場とし、やがてはすべての国の境界が共同経営帯となり、人々が混じり住んで、さらにはこれらの帯が広がって古い形の国家を包み込んでしまう。そして、古い権力国家(state)が消滅し、新しい民族文化圏に基づく国(country)が形成されていく、と考えるのもひとつの方向であろうかと、私は考えます。

今始まったこれからの千年紀の間に、人間たちが内輪もめを止める、という程度の知性や英知がなければ、人類という生物種の未来には絶滅しかない、と私は考えています。現実離れした夢のような話を書きましたが、私のように30億年にわたる地球の歴史とその上での生命の変移を勉強している者にとっては、人間たちの争いはあまりにも短期的で惨めで哀れです。ある俳句集に、「国境を知らぬ草の実こぼれ合ひ」(井上信子)という句がありました。私たちはこのような小さな草花からも何かを学び取る英知を持ちたいものです。(了)

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