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論考

No. 86
2021/3/10

シリアのシーア派武装勢力への武力行使から
バイデン・ドクトリンを考える

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

バイデン外交の一手は中東から始まった

 バイデン大統領の就任から 6 週間が過ぎ、米国内では、その外交安保政策の質と方向性を解説したり、見定めたりしようとする論調が多くみられる。特に中東政策がその関心の対象になっている。バイデン政権の最初の軍事力行使がシリアの親イランのシーア派武装組織への軍事攻撃だったからだ。

 これは一見すると、イランとの核合意(包括的共同作業計画)の再交渉を目指すという姿勢に反するし、2回にわたるイランへの軍事攻撃を行って緊張を高めたトランプ前政権との違いがわからない。また、対中対抗姿勢を明らかにし、政権の最優先の外交地域をアジアとしているアジア重視姿勢とも一見すると符号しない。しかし多くの論者が指摘しているように、バイデン政権の政策は、トランプ外交を否定してオバマ政権時代の政策に戻るというような単純なものではない。むしろ、トランプ外交の成果もしたたかに利用しながら、オバマ政権の失敗や限界を踏まえて、新しい現実に対応する政策を模索しているようだ。

 ポリティコ誌に寄稿したジャーナリストのフリーダ・ギティスは、バイデン外交の方向性は、まだバイデン・ドクトリンと呼ぶには時期尚早だが、すでに中東政策においても、トランプ前政権ともオバマ前政権とも異なる、バイデン独自の方向性がみえてきていると指摘する1

 トランプ政権は、イスラエルとサウジアラビアの指導者を無条件で支持し、オバマ前政権が合意したイラン核合意から離脱して、イランに経済的にも軍事的にも圧力をかけたが、同時に、中東への軍事関与の削減を優先し、イランとその影響下にある武装組織が米国やその同盟国を攻撃した際にも、極力、介入を避けた。その結果、中東におけるロシアとトルコの影響力を強めることになった。またパレスチナ自治区やサウジアラビア国内の人権問題についても無関心だった。

 オバマ政権は、人権問題についてイスラエルやサウジアラビアを公然と批判して、イランとの関係改善を外交の目標とした。また、軍事関与を極力避け、イランが支援するシリアのアサド政権の化学兵器使用について、「レッドライン」を引いてけん制しながら、化学兵器を使用しても武力行使をしなかった。

 バイデン政権の現在の姿勢は、二つの前政権の異なるアプローチの間でバランスを取り、人権や民主主義の尊重という米国外交の大原則を掲げながらも、外交と軍事行動が必要な冷厳な現実に向き合おうとしていると、ギティスは指摘する2。バイデン政権も、イランとの核合意を目指しているが、オバマはイランの挑発に受動的で「宥和主義者」(1938 年の英チェンバレン政権のナチスドイツへの譲歩が有名)と批判された。トランプはイランに厳しい姿勢をとったが軍事関与には慎重で、たとえば、イランの革命防衛隊のソレイマニ司令官への標的殺害は行ったが、イエメン内の親イラン勢力によるサウジアラビアの石油精製施設への攻撃に対しては報復をせず、イランによる米無人攻撃機の撃墜に対しては報復の軍事攻撃を直前で止めるなど、多くのイラン側からの挑発に反撃しなかった。

 バイデン政権は、2月15日のイラクの米軍基地への攻撃への報復として、イランが支援するシリア内の「カタイブ・ヒズボラ」と「カタイブ・サイード・アル・シュハダ」に対して、2月25日にすかさず報復攻撃をした。しかも、報復攻撃の翌26日、前トランプ政権が、サウジアラビアに配慮して公表しなかった、サウジのムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が、ワシントンポストのコラムニストでありサウジアラビア国籍のカショギ氏暗殺に関与したという報告書も公表した。しかも、バイデン大統領は、サウジとの電話による首脳会議では、実質的な指導者のMBS皇太子ではなく、本来のカウンターパートであるサルマン国王と会談して、MBSをけん制している。

 それでいて、今回軍事攻撃を行ったシリアのシーア派勢力は、イランからの支援は受けているが、イランと同一ではなく、イランとの核合意の再交渉に大きな障害となるものではない、という計算もしているようだ。今回のバイデン政権によるシリア内のシーア派武装勢力への軍事攻撃は、イスラエルに対しても、サウジアラビアに対しても、そしてイランに対しても、バイデン政権が単なる反トランプあるいはオバマへの回帰ではないことを、実感させたという効果があったはずだ。

 

対中戦略にも影響するイスラエルとの関係

 ブリンケン国務長官が示したバイデン外交の優先順位は、中国(アジア)、欧州、中南米であり、中東での動きは、一見すると優先順位から外れているようにみえる。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官は、著書「中国」で、中国人の戦略思考は、直線的にキングを追い詰めていくチェスではなく、勝敗はそれぞれの勢力の微妙な優劣によって決まる囲碁であると喝破した3。これは、中国が行う外交だけでなく、キッシンジャーなどの多くの戦略家が考える外交・安全保障戦略の本質であると筆者は考える。

 バイデンの中東での一手は、全体の大局観を見据えた中での一手だったのかもしれない。バイデン政権の戦略観を見る上では、政策シンクタンク、CNAS(新アメリカ安全保障センター)所長のリチャード・フォンテーンによる、「囲碁」的なバイデン外交の提言が参考になる。CNAS は、バイデン政権の国家安全保障会議のインド太平洋コーディネーターを務めるカート・キャンベルが、バイデン政権の国防長官候補の一人でもあったミシェル・フロノイ元国防次官(政策担当)と創設したシンクタンクで、最近まで副所長兼研究部長を務めていたイーライ・ラトナーが、オースティン国防長官の特別補佐官として政権入りしている。

 フォンテーンの寄稿「The Case Against Foreign Policy Solutionism」(外交問題の解決主義への反論)によれば、アメリカ人は一般的に「勝者」を好むが、外交担当者も例外ではなく「勝者」になることを望み、外交において、行動をしないリスクよりも、事態を動かすための行動を起こすことを優先する傾向にある4。しかし、現実の外交においては、行動により事態が悪化する事例も多い。例えば、トランプ前政権の対北朝鮮外交は、トランプ大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長(当時)のハイレベル外交により、北朝鮮の核開発を抑制、断念させようとするものだったが、結局のところ、北朝鮮に15の核弾頭と二つの大陸間弾道ミサイルを開発させる結果に終わった。

 フォンテーンは、受け身の外交によるリスクを認識しながらも、漸進的な外交姿勢の有効性を提唱している。彼は、今後の北朝鮮への政策としては、北朝鮮が米国とその同盟国に核兵器を使用した際の報復姿勢を明確にして、抑止体制を強化することを中心におくべきだと提案している。そして抑止体制の強化方法として、日韓の安全保障協力の強化、北朝鮮の核開発プログラムへのサイバー攻撃による破壊工作などを静かに進めることや、北朝鮮のエリート層をターゲットにした新しい経済制裁などを提唱している。

 彼は中東地域においても漸進主義を提唱している。バイデン政権は、トランプ前政権のイスラエル寄りの中東和平案を、パレスチナ側を無視した一方的なものだと批判している。この批判は正当だが、だからといって他のアプローチがトランプよりも有効だとはいえない。実際、ブッシュ(子)政権の「アナポリス・プロセス」も、オバマ政権一期目のジョージ・ミッチェル特使の中東和平交渉も、二期目のケリー国務長官の交渉も成功していない。

 フォンテーンが漸進主義として提唱するのは、トランプ政権時代に削減されたパレスチナ援助を増額し、イスラエル政府のコロナワクチン計画から除外されているパレスチナ向けのワクチン接種を支援して、パレスチナ人の日常生活を向上させ、状況の改善を行うことだ。そのためには、ハイレベルの外交交渉ではなく、地道で着実な外交を継続して、トランプ政権が行った限定的な和平合意である「アブラハム合意」(イスラエルと UAE、バーレーン、スーダンとの国交回復)が除外したパレスチナの当事者が、交渉のテーブルにつくような状況の改善を作り出し、長い目で機会を狙うことだ、と提言している。

 バイデン政権の最大の課題は対中政策だが、現在、国防総省では、ホワイトハウスの NSC などと連携して、イーライ・ラトナー国防長官特別補佐官による対中政策のためのタスクフォース(期間は4か月程度)が、米軍のグローバルな態勢の見直しや、戦略物資や技術の輸出規制など、幅広い政策調整を行っている最中だ5

 その中で、バイデン政権はハイテク先進国から中国への技術流入を規制する協力関係を構築しようとしている。日本、韓国、台湾、オーストラリアとの協力はもちろんのこと、協力相手は欧州諸国そしてイスラエルも含まれている。とくにAI(人工知能)については、イスラエルの技術が中国の手に渡らないような協力をバイデン政権は考えているようだ6。この点で、イスラエルとの緊密な同盟関係維持は、対中戦略を睨んだアジアの同盟国重視、欧州との同盟関係再強化との整合性や戦略性も十分にあると考えられる。

 バイデン外交は始まったばかりだが、単に場当たり的な対応をしているというよりは、戦略的な大局観の下で動いていると考えたほうがよさそうだ。大統領の人的繋がりと政治的な計算が優先したトランプ政権では、シンクタンクの提言などがあまり受け入れられなかったが、バイデン政権では政権入りした専門家の古巣のワシントンのシンクタンクとその政策提言などが、かなり参考になりそうだ。バイデン大統領は「アメリカ・イズ・バック」と高らかに宣言したが、「ワシントン・イズ・バック」でもあるのだろう。

(了)

1 Frida Ghitis, “How Biden Is Setting Himself Apart From Trump—and Obama—in the Middle East,” Politico, March 2, 2021, <https://www.politico.com/news/magazine/2021/03/02/how-biden-is-setting-himself-apart-from-trumpand-obamain-the-middle-east-472413> accessed on March 9, 2021.

2 Ibid.

3 ヘンリー・キッシンジャー 『ヘンリー・キッシンジャー回想録 中国(上)』(2021 年、岩波現代文庫)

4 Richard Fontaine, “The Case Against Foreign Policy Solutionism,” Foreign Affairs, February 8, 2021, <https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-02-08/case-against-foreign-policy-solutionism> accessed on on March 9, 2021.

5 Jim Garamone, “Biden Announces DOD China Task Force,” US Department of Defense, February 10, 2021, <https://www.defense.gov/Explore/News/Article/Article/2500271/biden-announces-dod-china-task-force/> accessed on on March 9, 2021.

6 Bob David 「米が狙う「個別同盟」戦略、中国のテク支配阻止へ」『ウォールストリートジャーナル日本語版』、2021年3月2日、<https://jp.wsj.com/articles/u-s-enlists-allies-to-counter-chinas-technology-pus-11614628402> (2021年3月9日)。

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