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論考

No. 70
2020/7/15

トランプ大統領が理解できない
米国のシビル・ミリタリー関係

渡部恒雄
笹川平和財団上席研究員

 ミネアポリスで白人警察官の膝で首を押さえつけられ死亡したジョージ・フロイド氏の事件から、人種差別への抗議運動は全米に拡大した。拡大の理由の一つに、トランプ大統領が適切な和解のメッセージを発することなく、6月1日にホワイトハウス近くのラファイエット広場のセント・ジョンズ教会で、有権者にアピールするための自らの画像撮影のために平和的なデモ参加者の排除を行ったことへの市民の反発があった。そして排除のために警察だけでなく州軍を関与させ、さらにはトランプ大統領が連邦軍の動員も命令していたことで、現役の軍関係者の懸念を呼び、マティス前国防長官ら退役軍人からの批判が相次いだ。これは民主主義の重要な要素であるシビリアンコントロールを担保する適切なシビル・ミリタリー(政軍)関係に大きな緊張をもたらすものだった。

 シビル・ミリタリー関係研究の泰斗、リチャード・コーン、ノースカロライナ大学名誉教授は、今回の緊張を「歴史的な脈絡でみるととても尋常ではない」と表現し、ピーター・フィーバー、デューク大学教授は、「歴代の政権でシビリアンと軍人の摩擦は常に政権に起こることだが、それが大統領再選キャンペーンと密接に結びついていることが特殊だ」と解説している1

 このようなトランプ大統領が引きおこした「尋常ではない」シビル・ミリタリー関係の摩擦は、米国の民主主義の伝統を壊すものという懸念も持たれている。ジャーナリストのジョナサン・グリーンバーグは、ワシントンポスト紙に論説「トランプが二期目にファシストの独裁政権の運営を試みようとする12の前兆」を寄稿し、前兆の一つとして、大統領が平和的な抗議運動に対して州軍と連邦軍を動員したことを挙げた。トランプ大統領が、6月のワシントンDCでの平和的なデモ参加者に対して、軍のヘリコプターを低空で飛行させ、1600人の第82空挺部隊をDC周辺に待機させていた事実と、この時、実現はしなかったが実際には1万人の軍の動員を求めていたという報道を根拠に挙げている2

 また退役軍人であるブルッキングス研究所長のジョン・アレン、は、フォーリンポリシー誌上で、「ラファイエット広場事件」は、アメリカ合衆国の「民主主義の終わりの始まり」になるかもしれないと考え、2020年6月1日を記憶しておくべきだという危機感を表明した3

マティス前国防長官のトランプ批判と歴史的背景

 トランプ大統領は、フロイド氏の死について、当初は、哀悼のメッセージを発信したが、その後、抗議のデモが広がると、5月29日のツイッターで「略奪が始まれば、銃撃も始まる」と書き込み、デモをけん制した。この挑発的なツイッターも批判されたが、この程度であれば抗議運動はそれほどまでに広がらなかったかもしれない。そもそも略奪や破壊活動を防止して治安維持を行うのも政府の役割と責任だからだ。ただし米国で(他の民主主義国家においても)、その任に当たるのはあくまでも警察であり、警察の手に負えない場合は州軍の役割が期待される。連邦軍を動員することは最後の手段、というのが米国の不文律だ。

 したがって過去の歴史で、連邦軍が国内の治安維持のために動員されたケースでは、州知事が連邦政府に出動を要請したケースがほとんどだ。治安が深刻ではなく、州知事や地方の首長の要請もないのに、大統領が連邦軍の出動を命令した今回のようなケースは米国の歴史では特殊である。

 その特殊性を理解するには、州権を重視して連邦政府の権限を制限するために、連邦常備軍の創設に抵抗してきた米国民の歴史的な経緯を理解する必要がある。例えば、合衆国独立の直前、建国の父たちが連邦政府のあるべき姿を論じた「ザ・フェデラリスト」の第28篇「連邦共和国内における軍事力行使」の中では、アレキサンダー・ハミルトン(後に米国初代財務長官に就任)が、連邦の常備軍による権利の侵害を警戒するニューヨーク州の人々に向けて、人民は連邦軍と民兵(筆者注・現在は州兵)の双方が存在することにより、どちらかが恣意的に民意を暴力で抑圧することを防ぐことができるという論理で、常備軍に否定的な人々への説得を試みている4

 連邦政府の権限が強くなりすぎ、州権や州民の権利を奪うことを警戒する伝統は米国政治に根付いている。そのために州軍が設置され、知事は州内の治安維持には警察そして州兵を動員し、なるべく連邦軍を関与させないようにしてきた。今回のトランプ大統領が、州知事や地方首長の要請なしに軍の動員を命令したことを批判したマティス元国防長官は、「社会秩序の維持は、文民である州や地方の首長たちに委ねられている。彼らこそが、そのコミュニティのことを最もよく理解し、それに呼応することができるからだ」と述べている5

 このような民主主義の下で治安維持や防衛を行うために、米国の先人たちが議論し、遂行してきた連邦と州の権限のバランス、連邦軍と州軍の役割分担、そして大統領と軍とのデリケートな関係について、トランプ大統領が理解や尊重を全くしていないことが、今回の一連の行動からわかる。

マティス前国防長官とマレン前統合参謀本部議長のトランプ批判の意味

 6月2日、マティス前国防長官は、前日の「ラファイエット広場」事件を受けて、アトランティック誌にトランプ大統領批判を掲載した。彼の論点は二つだ。一つは、州軍6と連邦軍を、州知事や地方の首長の要請がないにもかかわらず、政治目的としか思われない治安維持に動員したことだ。もう一つは、合衆国憲法で認められている政府への平和的な抗議に対する抑圧に、州軍と連邦軍を使ったことだ。彼の批判の背後には、そのような行為は、建国以来、米国市民と米軍との間に築きあげてきた信頼を損ね、一度、それが損ねられたら、それを回復させるのは容易ではない、という危機感がある。マティス氏は、以下のように説明する。

50年ほど前に軍に入隊した時、私は、憲法を支持し守り抜くことを宣誓した。同じ宣誓を行った兵士達が、同胞たる国民の憲法上の権利を侵害することを命じられるなど、夢にも思わなかった-ましてやそれが、選挙で選ばれた最高司令官(大統領)のための、それも軍指導者たちが横に立ち並ぶ、奇妙な写真撮影を行うためとは7

 そして、以下に続ける。

私たちは、私たちの街を軍隊が「制圧」するために召集される「戦場」だとするような考えは拒絶しなければならならい。自国にあっては、私たちは、私たちの軍隊を、州知事たちによって要請された極めて稀な場合にしか使用してはならない。ワシントンDCで私たちが目撃したように、軍事的な対応をすれば、軍と市民社会の間に対立が-誤った対立が-産まれてしまう。それは、軍服を着た男女と、彼らが守ると誓った、しかも彼ら自身もまたその一部である社会の間の、信頼ある絆を支える道徳的土台を腐食してしまう8

 マティス氏は、軍は米国の市民社会を外敵から守り、市民に奉仕するために存在すると考えているはずだ。だからこそ、政治的な請願や表現の自由など、憲法上守られている米国民の権利を踏みにじる行為に、米軍は使われてはいけないと考えている。そのために合衆国憲法は、米軍の最高司令官を市民の選挙で選ばれたシビリアンと定め、軍が市民社会の利益を損なわないように定めた。米軍は憲法に忠誠を誓い、市民が選んだ最高司令官(大統領)の命令に従い、軍独自の政治的な判断をしないようなプロフェッショナリズムを育ててきた。

 マティス氏が指摘するのは、米軍のプロフェッショナリズムは、あくまでも最高司令官が憲法と国民の権利を尊重するという条件のもとでこそ機能する、ということである。そのような理解のないトランプ大統領の行動は、これまで積み上げてきた軍と市民社会の関係を損なってしまう行為だとマティス氏は考えたのだろう。なぜならば、大統領の命令に従って市民に銃を向けることは、憲法および合衆国の民主主義の大原則に背くことだからだ。他方、大統領の命令に軍が背くということも、一面では憲法に背く行為となる。米軍は二律背反のジレンマに置かれてしまったのだ。

 この点でマレン元統合参謀本部議長がトランプ大統領に警告を発している。彼は「米国は法執行に軍を使用することについて、公平に言えば、時としては問題のある長い歴史を持っている。現在の問題も、(法執行における軍の使用の)権限の有無ではなく、賢く法執行できるかどうか、ということなのだ」と指摘する。そして彼は、現在の軍のプロフェッショナリズムには信頼を置いており、正当な命令には従うだろうと述べる一方で、現在の最高司令官(大統領)の命令の正当性は信頼を置けないと批判する。市民の平和的抗議活動を否定する大統領の命令や、写真撮影のために平和的なデモを排除したことを批判し、「今は派手な芸当をする時期ではなく、リーダーシップを示す時期だ」と訴えた9

 マレン氏の指摘する過去の米国の歴史の中で、問題になった直近の連邦軍の治安動員は、1992年のLA暴動での連邦軍の出動である。4月29日、カリフォルニア州知事が2,000人の州兵派遣を行ったが、暴動が治まらなかったため、知事が連邦軍の動員を要請し、5月1日にジョージ・ブッシュ(父)大統領が4,000人の部隊と暴動鎮圧の特殊訓練を受けた担当官1,000人の派遣を決定した。

 その根拠となる法律は、1807年暴動法(Insurrection Act of1807)であり、今回もトランプ大統領は、この法律を根拠に連邦軍の動員を考えていた。しかし、1992年のケースでは州知事の要請があったが、今回は州ではない特別区のワシントンということもあり、そのようなものはなかった。

 それ以前にも、州知事の要請がないまま、連邦軍が治安維持に動員がなされたことはあった。1962年から63年の公民権運動が激化する中、ケネディー大統領が、南部の人種差別的な州知事と州兵に対抗して黒人の権利と生命を守るために連邦軍を何度か派遣している。ただ、これはむしろ市民を守るための行為であり批判の対象になるようなものではなかった。

解任されかけたエスパー国防長官の正当な行動

 陸軍出身で、軍OBの大統領への批判やメッセージをよく理解しているエスパー国防長官は、6月3日、その時点で連邦軍をワシントンDC市内に投入すべき正当な理由はないとの考えを明らかにした。「軍を法執行の任務に充てるという選択肢は、最終手段としてのみ用いるべきだ」とし、「それも最も緊急で切迫した状況に限られる。われわれは今そのような状況にはない」と述べた10。まさに米国の憲法と軍の伝統に沿った姿勢である。エスパー長官は、首都ワシントン近郊に集めた連邦軍の一部退散を命じた。しかしその直後、トランプ大統領の反対にあい、即座に撤回した11。トランプ大統領は、これにより、エスパー国防長官の解任を検討したが、アドバイザー達が解任を思いとどまるよう進言したため、エスパー氏を即刻解任する考えを取り下げたと報道されている12

 拙稿「新型ウィルス感染が米軍を動かす「ソフトウェア」にもダメージか?」13で、トランプ大統領がこれまで軍の運営に恣意的に介入してきたことで、米軍のモラルや機能にダメージを与えてきたことを指摘したが、今回のことで、トランプ大統領と軍との関係はさらに傷ついた。米軍に対抗する勢力に付け込まれるような隙を与えるのは、良き最高指揮官でないし、「アメリカファースト」ですらない。

 中国外務省は、アメリカは香港のデモ参加者を「英雄や闘士などと美化する一方、人種差別に反対する自国民を暴徒と呼んでいるのはどういう理由か」と批判した14。実に、マティス長官たちが、トランプ大統領に強く警告するのは、米大統領と米軍が、1989 年に中国の天安門広場で起こったような、民主主義国家としては取り返しのつかない前例を作らないようにするためなのである。

(了)

1 Alexander Panetta, “Why military men pushing back on Trump is an 'extraordinary' event in American democracy,” CBC News, June 5, 2020,
<https://www.cbc.ca/news/world/trump-generals-event-1.5599407> accessed on July 13, 2020.

2 Jonathan Greenberg, “Twelve signs Trump would try to run a fascist dictatorship in a second term,” The Washington Post, July 11, 2020,
<https://www.washingtonpost.com/outlook/fascist-dictatorship-trump-second-term/2020/07/10/63fdd938-c166-11ea-b4f6-cb39cd8940fb_story.html> accessed on July 13, 2020.

3 John Allen,” A Moment of National Shame and Peril—and Hope,” Foreign Policy, June 3, 2020,
<https://foreignpolicy.com/2020/06/03/trump-military-george-floyd-protests/> accessed on July 13, 2020.

4 アレキサンダー・ハミルトン「連邦共和国内における軍事力の行使」ハミルトン、ジェイ、マディソン『ザ・フェデラリスト』(斎藤眞、中野勝郎訳)(岩波文庫、1999年)、132—138頁。

5 James Mattis, “Statement: IN UNION THERE IS STRENGTH,” in Jeffrey Goldberg, “James Mattis Denounces President Trump, Describes Him as a Threat to the Constitution,” The Atlantic, June 3, 2020,
<https://www.theatlantic.com/politics/archive/2020/06/james-mattis-denounces-trump-protests-militarization/612640/> accessed on July 13, 2020.
日本語訳は高橋大就氏による翻訳を使用。「マティス前国防長官によるトランプ大統領批判ステートメント:全文和訳(注釈付き)」2020年6月5日、
<https://note.com/djtakahashi/n/n14c8575839bd>(2020年7月13日参照)。

6 本来であれば、州軍は州知事の管轄だが、ワシントンDCは州ではなく特別区であるため、今回動員されたDCの州軍は、特例として連邦政府の直接の指揮下にある。

7 脚注5に同じ。

8 同上。

9 Mike Mullen, “I Cannot Remain Silent,” The Atlantic, June 2, 2020,
<https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/06/american-cities-are-not-battlespaces/612553/> accessed on July 13, 2020.

10 Gordon Lubold、「トランプ氏、国防長官解任を検討していた 軍投入巡り」『Wall Street Journal日本語版』2020年7月12日、
<https://jp.wsj.com/articles/SB11578154822283093739704586436640939930926>(2020年7月13日参照)。

11 中村亮「トランプ氏、軍動員反対の国防長官叱責 抗議デモ巡り」『日経新聞』2020年6月4日、
<https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59957710U0A600C2EA2000/>(2020年7月13日参照)。

12 脚注10に同じ。

13 渡部恒雄「新型ウィルス感染が米軍を動かす「ソフトウェア」にもダメージか?」笹川平和財団、SPFアメリカ現状モニター、2020年4月17日、
<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_51.html>(2020年7月13日参照)。

14 Iain Marlow, 「中国、米政権の二重基準を非難-メディア動員で米国の恥部映す」『Bloomberg』2020年6月2日、
<https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-06-01/QB8WB3T0G1L601>(2020年7月13日参照)。

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