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論考

No. 69
2020/7/9

「不作為のトランプ的空間」としての日本
日本におけるトランプ評価の特異性

中山俊宏
慶應義塾大学総合政策学部教授

 いまさらだが2016年の大統領選挙におけるトランプ大統領の勝利は想定外だった。トランプ現象は、トランプ候補の勝ち負けにかかわらず重要現象であり、アメリカでなんらかの地殻変動が起きていることの兆候であろうということについては合意があった。しかし、そう認識することと、トランプ候補が選挙に勝つということは、まったく別次元の話だった。

 日本では、おそらくヒラリー・クリントンが最善の候補であるということについてほぼ疑いはなかった。不満が残ったオバマのアジア重視政策(ピボット、リバランス)を、実質を伴ったものにし、さらに中国に対してよりタフになる。これがクリントンのアジア政策の大雑把なイメージだった。顔馴染みの「同盟ハンズ」がクリントン・チームのアジア政策を支えていたことも安心材料だった。

 というわけでトランプの勝利が伝えられると日本に衝撃が走った。かくいう筆者もテレビの生放送中にほぼ言葉を失ってしまった。番組終了後、テレビ局の人に謝ると、演出としては最高でしたと褒められ、複雑な気持ちになった記憶がある。

 しかし、トランプ大統領とトランプ政権に対するその後の日本の適応ぶりには目を見張るものがあった。安倍総理は、就任前の「次期大統領(president-elect)」を躊躇することなく訪問した。普通ならば、現職の大統領を差し置いて次期大統領を訪問することはない。日本のこの決断にオバマ・ホワイトハウスは不快感を示したとも伝えられている。

 大統領就任後も、安倍総理とトランプ大統領はもう数えることが意味をなさないほど幾度となく会談し、これに電話やゴルフを加えると日米の首脳間の関係としては「最密」といっても過言ではない関係を構築し、当初の不信感は吹っ飛んでいってしまったようにも見える。しかし、その関係は、安倍総理との個人的関係の上にどうにかぎりぎりで成立しているという傾向も否定し難く、それが持続的かつ安定したものと信じている人は少ないだろう。

 一部の政府関係者の間には、一時期話題になった匿名日本政府関係者によるYA論文1で示されたように、トランプの方がオバマよりいいという楽観論もあるが、政府関係者と話しても、そうした認識が広く共有されているという印象は受けない。それは、あくまで「トランプ外交は日本にとって悪くない面もある」程度のものだ。

 ただ世界から見ると、とりわけ西側先進国から見ると、日本と「トランプのアメリカ」との蜜月ぶりは際立っている。ドイツやフランス、そしてイギリスも含め、「トランプのアメリカ」には、もともとこれらの国にあった対米不信をはるかに凌ぐ、違和感と強烈な不信感が広がっている。それは、トランプがアメリカにおいて担っているものが、特にドイツやフランスにおいて、台頭するナショナルなポピュリズムと共鳴しあっているからだろう。自らの存在を脅かす現象と共振しているトランプ的なるものに不信感を抱くのはいわば当然のことである。

 トランプのアメリカを丸ごと歓迎している国もある。ハンガリーやポーランドなどの権威主義的なリーダーを抱く国を除けば、イスラエルや台湾がそれにあたる。イスラエルはトランプの露骨な親イスラエル路線(そしてそれと対の対イラン強硬路線)を歓迎し、台湾はトランプのアメリカから送られてくる台湾支持のメッセージに安堵している2

 興味深いのは、ドイツやフランスはオバマのアメリカと蜜月関係にあり、イスラエルと台湾はオバマ政権と難しい関係にあったことだ。オバマにとって外交上の最大の盟友はメルケルだった。しかし、イスラエルからしてみると、オバマの対イラン融和路線はアメリカによる「裏切り」であり、台湾にとってもオバマの描いたピボットやリバランスの中で台湾の存在は希薄であり、放ったらかしにされているという感覚だっただろう。

 では日本はどうか。実は日本は、世界では唯一といっていいくらい、オバマ政権ともトランプ政権ともどうにかうまくやってきた国であるという点で際立っている。政府関係者に話を聞くと、オバマ政権の時は色々大変だったという話を聞かないわけではない。しかし、トランプ政権も、TPPからの離脱や、気まぐれのような北朝鮮との対話の模索、それから政権中枢から聞き漏れてくるホストネイションサポートに関する法外な対日要求など、問題がないわけではない。しかし、日本にあって特徴的なのは、両政権ともどうにかうまくやってきたという点だ。

 こうした状況は、ともすると対米関係について卑屈な感覚を生み出しかねない。大統領として誰が来てもどうにか上手くやらなければならないのは、日本には「プランB(別オプション)」がないからだという感覚である。ここから「しょうがない」という感覚と綯い交ぜになった日米同盟に関する日本固有のリアリズムが生まれる。それは、長年のアメリカとの難しい関係をどうにかマネージしながら、国民の意識の奥深くに定着させてきたものだ。

 この感覚は「異形の政権」であるトランプ政権になっても基本的にはブレなかった。それ自体は驚くべき柔軟性である。というのも、日本国民は、全体としてはトランプ政権が日本にとってはよくないという判断を下しつつも、その感覚と日米同盟の評価は切り離して考えているからだ3

 しかし、日本にあってより特徴的なのは、他の西側先進国と比べると、トランプ政権に対する支持が質的にもう一歩踏み込んでいるように感じられることがある、ということだ。その大部分は、トランプ政権は中国に対して「タフ」だからだという一点に集約できよう。しかし、それ以外にも、トランプ政権に対して多くの国が感じている「違和感」のようなものが、日本では時として希薄だと感じてしまうことが時々ある。ソーシャルメディア上で筆者が時として受ける「和製トランプ派」からの強烈な批判も、この辺りに起因しているように感じる。

 多分に、印象論的な議論なので、是非ご批判をいただきたいところだが、あえていえば、それは日本が「不作為のトランプ的空間」に生きているからではないかと感じてしまうことが多々ある。「不作為のトランプ的空間」とはどういうことかというと、日本はトランプが明示的に掲げた政治文化目標を無作為のうちに、いわば自然環境のように受容し、その中で生きてきたということだ。端的にいえば、日本は多文化主義社会の生みの苦しみをまだ体験していない。異なった人たちと生きることの難しさ、その過程で過去の認識を変えてでも生きていかなければいけないことの困難さをまだ本格的には知らない。さらにジェンダーの役割は変化しつつあるとはいえ、まだまだトラディショナルな意味での男性が優位な社会であることは否定しがたい。そして、なによりも文化的な均一性と安定した伝統的社会秩序と規範の存在である(いうまでもなくそれは日本社会の美徳の一部を構成しているものでもある)。トランプ大統領であれば、それを「法と秩序(law and order)」というだろう。そして、最後の決め手は、日本はトランプ大統領が建設を宣言した「壁」よりも、はるかに有効な「壁」を持っているということだ。それがなにかあえていう必要はないだろう。そして、なによりも重要なのが、これらが無作為のうちに国民の常識的感覚の中に刷り込まれていることだ。

 これは日本社会がこうした「無作為のトランプ的空間」に生きているがゆえに、トランプの異質さにともすると寛容、もしくは無自覚になってしまうという傾向があるのではないか、ということだ。こうした認識のもとでは、MeToo運動やブラック・ライブス・マター(BLM)などは、既存の制度や秩序を脅かす「騒乱」であり「暴動」であり、それらがアメリカが変わろうとしている中での「生みの苦しみ」であるとい視点が抜け落ちてしまう可能性があるということだ。

 MeToo運動やブラック・ライブス・マターに問題がないというわけではないだろう。グラスルーツの社会運動は常に急進化と失速というギリギリのバランスの中で活動している。しかし、これからのアメリカとの関係を考えていくときに、トランプのアメリカのみを前提にすることの危うさを日本は認識する必要がある。ある意味、日本にとってはトランプのアメリカの方が楽かもしれない。しかし、変わろうと苦しむアメリカの姿と底力を見届け、それを理解できなければ、将来の日米関係は安泰ではないかもしれない。翻って考えれば、それは日本自身がどう変わらなければならないのかという問題でもある。

(了)

1 Y.A.“The Virtues of a Confrontational China Strategy” The American Interest, April 10, 2020
<https://www.the-american-interest.com/2020/04/10/the-virtues-of-a-confrontational-china-strategy/>(2020年7月7日参照)

2 渡辺将人「2020年台湾総統選挙と米台関係」アメリカ現状モニター・シリーズ(2020年3月25日)
<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_42.html>(2020年7月7日参照)

3 政木みき・鵜澤正貴「トランプは信じない。でも…」NHK政治マガジン(2020年5月20日)
<https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/36988.html>(2020年7月7日参照)

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