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論考

2020/1/29

結果オーライ?
イランとの戦争回避はトランプの政治的勝利か

渡部 恒雄(笹川平和財団上席研究員)

 トランプ政権がイラクにおいて、イランの革命防衛隊の精鋭コッズ部隊のソレイマニ司令官を殺害したことで、米国とイランは、戦争の危機の一歩手前まで緊張が高まった。結局、イラン側がイラクのアル・アサド米空軍基地に報復のミサイルを撃ったが、イラクに事前に攻撃を伝えることで、米側に準備をさせ、米国人の犠牲者がでないような抑制された報復に留めた。ミサイル攻撃への報復については、トランプ政権は、軍事的な手段は使わず、経済制裁の強化に留めたことで、報復の連鎖によるエスカレーションの危機を避け、戦争のリスクは遠のいた。

 しかし、トランプ大統領のソレイマニ司令官殺害の決断が、少なくとも、米国とイランを瀬戸際まで追い込んだことは間違いない。戦争を避けることができたのは、イランとトランプ大統領の双方が、本格的な戦争を望まないために、慎重な姿勢を取ったことが功を奏したためだが、計算ミスなどによる偶発の衝突を回避できたのは、僥倖であった、といってもいいだろう。現にイラン側は、米国の攻撃と勘違いして、ウクライナの旅客機をミサイルで誤射して撃墜したと思われる。軍事的な緊張下では、このような致命的なミスは常に起こり得るのが現実だ。

 ここでトランプ大統領に対する疑問は、戦争を望まないのならば、なぜ、戦争のリスクを高めるようなソレイマニ暗殺を行ったのか、という点である。そこには何かしらの戦略があったのだろうか。

 ニューヨーク・タイムズの分析記事「What Is Trump’s Iran Strategy? Few Seem to Know」(1月6日)(「何がトランプのイラン戦略か?ほとんど誰も知らない」)は、トランプ大統領のソレイマニ殺害について、まったく戦略が欠如していたことを示唆している。この記事の中で、欧州外交問題評議会の中東・北アフリカ研究副部長のエリー・ゲランメア(Ellie Geranmayeh)は、「私が話を聞いた中で、トランプ大統領がイランについて何をしたいのかを知っている人は皆無だ」と証言する。そして記事は、「トランプ大統領の刹那的な政策決定スタイルと、厳しいトレードオフを受け入れたがらない姿勢が彼のイラン政策を分析困難にしている」と指摘する1

 厳しいトレードオフというのは、トランプ大統領が公約としている中東からの米軍の撤退と、過去のどの米大統領よりも厳しい姿勢をイランにとる、という二つの政策の関係だ。両者の政策は相いれず、「あちらを立てればこちらが立たず」という関係にある。二つの政策を達成するための目標設定には一定の妥協と戦略が必要なのに、それをまったくしていない、という矛盾である。

また、トランプ大統領が、これまで事実を曲げて理解したり、それを発信したりしてきたことにより、政治的なメッセージと実際の政策の違いを見分けるのが難しくなり、だれもトランプ政権の本当の狙いがわからなくなる、という問題を、この記事は示唆している。

 同記事はまた、トランプ大統領支持者の中でもイランと中東への長期的な戦略が欠如している、という疑念が深まっていると指摘している。ここでは、ブッシュ(子)政権で国務次官を務めたニコラス・バーンズ(R. Nicholas Burns)ハーバード大学教授のツイッターが引用されている。バーンズは、米国市民を殺害しようとしたソレイマニ氏を米国政府が標的殺害(Targeted Killing)した正当性にはあえて疑義は唱えず、「米国はソレイマニ将軍を殺害する正統な権利はあったかもしれない」と述べた後で、しかし、「トランプ大統領はチェスボード上で次の15手を考えたのか?米国市民をどう守るのか?同盟国を我々と一緒にどうやって行動させるのか?広範囲な戦争拡大を防ぎながら、イランをどう封じ込めるのか?私の想像では考えていない。」と発信している。

 同じバーンズの見解は、保守紙ウォール・ストリート・ジャーナルの論説でも引用されている。1月3日付の「米イラン、戦争は不可避ではない:問題はトランプ氏とハメネイ師が一度解き放った勢力を抑えられるかどうかだ」においてジェラルド・Fサイブは、米国とイランの両国とも戦争は望んでおらず、最後の一線は超えないようにしてきたので、戦争は不可避ではないが、問題は、トランプ大統領とイランの最高指導者ハメネイ師が、一度解き放った勢力を抑えることができるかどうかだ、と指摘し、意図せざる結果が起こることを懸念していた2

 サイブは、トランプ大統領が「終わりのない」中東の紛争から手を引く、と言ってきたにも関わらず、現状では米国はさらに多くの兵士を派遣している、という矛盾を指摘する。そしてそこで、バーンズの言葉を引用する。「トランプ氏はどうやってイランを動揺させつつ、議会も国民も支持しないであろうより大規模な中東戦争を避けるか、計画を立てたのだろうか」「別の言い方をすれば、トランプ氏はチェスボード上でイランに対して次の20手3を考え抜いたのだろうか。私はトランプ氏が考え抜いたとは思わない」。

 ここでわかるのは、政治的な保守やリベラルとは別に、安全保障や外交の現実主義者(Realist)から、今回のトランプ政権の動き、特にトランプ大統領の独断の弊害の可能性が示唆され、それが米国の国益を大きく損ねる、という大きな疑念が表明されていることだ。

 長期にわたり、米国の中東政策に関わってきたシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のアーレイ・バーク戦略チェアのアンソニー・コーデスマンは、1月6日付のウェブサイト上の論考、「The American Threat to America in the Gulf」(湾岸でのアメリカの利益の脅威になるのはアメリカ自身だ)において、トランプ政権の戦略なき政策を批判的に分析している4

 コーデスマンは、これまでイラク戦争後、アメリカが積み重ねてきたイラク政策の失敗により、イラク内において、シーア派勢力を通じてイランの影響力が増してきた状況を指摘した上で、今回のソレイマニ司令官殺害がさらなる失敗を招くと見ている。しかもイラクでの失敗は、アメリカが中東での影響力を失っていく過程の一つにすぎないと警告を発している。アメリカはイラク国民や政府の支持を失っただけではなく、シリアからの撤退でコントロールを失い、レバノン情勢も悪化させ、湾岸諸国同士の反目を引き起こし、欧州の同盟国の支持も失い、ロシア、中国、トルコに地域に関与する新しいテコを与えている、というのだ。そして結論として、「イランは敵の一つだが、湾岸地域全体を考えてみれば、鏡に映る敵の姿(自分自身)に対応しなくてはならない」と提言している。つまり、トランプ政権の中東での戦略の欠如を、より大きな視点から批判しているのである。

 ただし政治とは、良くも悪くも結果責任である。今回の矛盾だらけで戦略が欠如したソレイマニ司令官殺害は、イランと米国の双方の抑制的な姿勢と、計算違いが起こらなかった運にも助けられ、戦争へのエスカレーションを回避した。

 本来であれば、かつてのキューバ・ミサイル危機の後に米ソが緊張緩和に動いたように、危機の経験が、敵とのコミュニケーションチャンネル強化に向かうべきところである。しかし、今回の戦争回避が、トランプ大統領の態度を変えるきっかけにはなりそうにない。なぜなら、トランプ大統領の矛盾する二つの目標、「中東から軍事力を引かせる」と「イランに強硬姿勢をとる」を幸運にも無傷で達成してしまったからだ。1月9日付で掲載されたAP通信の分析記事「Analysis: Trump Seeks Election-Year Out After Iran Strikes」(分析:トランプはイラン攻撃後、選挙運動にまい進)の中で、共和党のストラテジスト(選挙戦略アドバイザー)のアレックス・コナントは、今回、イランとの全面戦争になれば、「トランプ大統領は中東に数万人の軍を送ることになり、彼の政治資本を失うリスクがあった」が、「しかし、今回、戦争を回避したことで、深刻な結果とならずに、イランへの強さだけをアピールできるため、あきらかな政治的な勝利だ」と指摘する5

 実際、トランプ大統領は、危機後の選挙キャンペーンにおいて、今回のソレイマニ司令官暗殺を政治的得点としてプレイアップしている。少なくともトランプ支持者に対しては、大いにアピールできる内容だろう。したがって、トランプ大統領が今回のリスクを真剣に反省して、みずからのイラン政策の矛盾を解消するようなきっかけにはならず、今後もイランとの関係において戦争リスクが継続すると考えておくべきだろう。

 コアなトランプ支持者はともかく、民主党支持者と無党派、そして軍事・安全保障の専門家は、今回の危機をより深刻に考えているようだ。1月6・7日のロイター・イプソスの世論調査によれば、今回のトランプのイラン政策について、共和党支持者のうち10人中9人が支持しているが、全体では53%が不支持で、民主党支持者では、10人中9人、無党派では10人中5人が不支持であり、不支持率が一か月前よりも上昇した6

 トランプ大統領の危険な矛盾を抱えた対イラン政策が、2月からの民主党予備選と11月の本選挙で大きな争点となることは間違いないだろう。

(了)

1 Max Fisher, “What Is Trump’s Iran Strategy? Few Seem to Know,” The New York Times, January 6, 2020, <https://www.nytimes.com/2020/01/06/world/middleeast/trump-iran-soleimani-strategy.html> accessed on Jan 27, 2020.

2 ジェラルド・F・サイブ「米イラン、戦争は不可避ではない:問題はトランプ氏とハメネイ師が一度解き放った勢力を抑えられるかどうかだ」『ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版』、2020年1月6日、<https://jp.wsj.com/articles/SB12101601170038884014404586123001517788200> (2020年1月27日参照)。
原文はGerald F. Seib,“More Conflict Is Inevitable; War With Iran Isn’t,”Wall Street Journal, January 3, 2020.
<https://www.wsj.com/articles/more-conflict-is-inevitable-war-with-iran-isnt-11578069281> accessed on Jan 27, 2020.

3 ニューヨーク・タイムズが引用したバーンズ教授のツイッターでは15手だが、サイブ氏の記事では20手とある。他の内容からも判断して、サイブ氏はバーンズ教授のツイッターからではなく、本人に直接インタビューを行い引用したと思われる。

4 Anthony Cordesman, “The American Threat to America in the Gulf,” Commentary, Center for Strategic & International Studies, January 6, 2020, <https://www.csis.org/analysis/american-threat-america-gulf> accessed on Jan 27, 2020.

5 Jonathan Lemire, “Analysis: Trump Seeks Election-Year Out After Iran Strikes,” Associate Press, Jan 9, 2020,
<https://apnews.com/baeda9ff00eec13358c4b5ea64b1a733> accessed on Jan 27, 2020.

6 Chris Kahn, “Increasingly Critical of Trump's Record on Iran, Most Expect War: Reuters/Ipsos Poll,” Reuters, January 8, 2020, <https://www.reuters.com/article/us-usa-trump-iran-poll/americans-increasingly-critical-of-trumps-record-on-iran-most-expect-war-reuters-ipsos-poll-idUSKBN1Z62KF> accessed on Jan 27, 2020.

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