ワシントンにおける対中強硬路線の形成と米中関係(前編)

森 聡
ちょうど一年ほど前に、アメリカ現状モニターに「トランプの対中アプローチはどこまで変わるか」1 と称して、2017年12月に発出された『国家安全保障戦略』などを手がかりに、トランプ政権の対中姿勢がどこまでどう変化するかということについて考察した。この論考では、「現在のトランプ政権は、対中姿勢の変化サイクルの中の硬化局面にあるということなのか、あるいは、これまでのサイクルを下支えしてきた中国の政治的自由化や『責任あるステークホルダー』論といった期待が根本から減退し、アメリカの対中関係を安定させてきた重りとなってきたものが希薄化していくことによって、これまでの硬化・軟化のサイクルから逸脱し、決定的に硬化していく局面に入り始めたのか。このいずれなのかはまだ判然とせず、引き続きこれを見極める努力が必要である」と述べた。それから一年余りが経過して、ワシントンの対中強硬路線は鮮明になった。行政府のみならず連邦議会も、前のめりに見えるほど厳しい姿勢が顕著である。ここでは、米国政府の対中政策を取り巻く構造的な変化とはいかなるもので、それはどのように形成されたのかについて分析した後に、トランプ政権の対中強硬路線の今後を展望してみたい。
対中政策を取り巻く構造の変化とワシントンにおける反中連合の形成
これまでも米中間の緊張が高まることは何度もあったが、やがて緩和するというサイクルが繰り返されてきた。というのも、その背後には、いわば「安定化装置」として作用してきたいくつかの要因があったからだった。まず冷戦期に米中を結び付けていたのは、対ソ戦略であった。冷戦が終結すると、ビジネス・インタレストが米中間の「重り」として作用した。中国の安価な労働力を求めて進出した製造業の米国企業と、中国に投資した金融業界がこれにあたる(歴代の米財務長官は、学者もいたが、製造業出身者や金融業界との関りが深い人物が多い)。そしてさらに、グローバル化の大号令の下で、対中関与路線を進めたワシントンは、関与を継続すれば、中国がやがて政治的に自由化し、「責任ある利害関係国」になるという期待を強めるようになった。
しかし、オバマ政権の第2期頃から、こうした安定化要因が劣化し始めた。中国によるサイバー手段を用いた知的財産の窃取によって、米国の最先端技術が盗まれたほか、中国が南シナ海で人工島の造成をどんどん進めて、それらを軍事化するなどしたため、中国が「責任ある利害関係国」になるという期待は急速に減退していった。また、習近平氏の中国では国内の締め付けが厳しくなり、政治的自由化に対する期待はどんどん薄れていった。さらに、米国の製造業界は、中国市場に進出する際に強制的な技術移転を迫られるのみならず、中国の国営企業と競争させられるなどして、不満を鬱積させてきた。米中ビジネス・カウンシルの加盟企業に対する調査2によれば、米企業は、中国において中国企業(国営企業と私企業)よりも、ライセンス、各種許諾、規制の適用、イノベーション政策、知的財産権などの面で不利な取り扱いを受けていると感じている。
こうして中国に対する期待が消失し、不満が鬱積するというプロセスが進行しているわけであるが、それと並行して中国がかなりのスピードで追い上げてきた、という切迫感もワシントンで高まってきている。中国が先進国から経済効果の高い技術を合法・非合法な手段で獲得し、産業力を延ばしているほか、軍事面でも軍民融合戦略の下で革新的な技術を軍事利用しようとする取り組みを進め、産業・軍事の両面で米国を急速に追い上げてきており、そうした状況にこれまで手を打てなかったことへの苛立ちが、ここへ来て一気に反発的な行動として噴出した感がある。また、ワシントンの旧知の専門家たちと一対一で話をすると、様々なルール違反行為を重ねながら成り上がってきた中国に、米国がナンバー1の座を渡すわけにはいかない、米国の利益を今こそ守らなければならないという、あまり表では露骨に語られない感情も垣間見えてくる。
つまり中国による国内外での政策や行動に対する失望と不満、そして米国自身のこれまでの対応の生ぬるさに対する苛立ち、中国に対抗することによって米国の利益と世界トップの座を守らなければならないという切迫感、といったものが同時に重なり合う局面に入ったように見える。こうした状況の中で、これまで米中関係を安定化させる方向で作用していた要因は、いわば白黒が反転した。製造業を守ろうとする「経済的ナショナリズム」や、米国で創製された先端技術を断固守り抜くという意味での「テクノナショナリズム」が噴出している。加えて、中国人民解放軍に対する米軍の優位を維持するための取り組みを進める国防タカ派の「軍事的卓越主義」は、もっと以前から存在するが、近年はさらに高まっているようにも見える。これらのいわば政策情念ともいえるものが、トランプ政権と連邦議会において、様々な分野で並行的に政策措置や法案可決という形で出てきている。
ワシントンの巻き返し
上記にみたような「政策的情念」とでもいうべきものは、行政府と連邦議会の関係部門が、様々な分野で対中圧力路線を並行的に推進させる背景要因となっている。
経済分野では、大統領の意向もあり、もっぱら貿易に焦点が当てられ、USTRの調査に基づく制裁関税が主たる圧力手段となっている。また、技術分野では、2018年8月に可決された2019年国防授権法(NDAA2019)によって、機微技術や重要インフラに係わるインバウンドの投資規制と、アウトバウンドの技術輸出の管理・規制の強化が進められることになった。前者は、外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)による対米外国投資委員会(CFIUS)の権限強化、後者は、輸出管理改革法(ECRA)によるエマージング技術や基盤技術の管理強化といった取り組みが進められる。CFIUSは財務省、ECRAは商務省が主管官庁となって、実施細目の策定を進めているようである。また、NDAA2019の第889条は、米政府がファーウェイやZTEから特定の電話通信機器や映像監視機器・サービスを調達することを2019年8月から禁じるとともに、2020年8月からは、ファーウェイやZTEの機器・サービスを使用する企業との契約や契約更改を禁止した。さらに、司法省では、China Initiativeなる中国の違法行為の取締体制3が敷かれ、産業スパイの摘発を本格化させるのみならず、中国が米国の研究所、大学機関、防衛産業に所属する研究者(non-traditional collectorsと呼ばれる)を取り込もうとするのに対抗する取り組みも開始している。
地政学的競争の分野では、インド太平洋地域への関与が焦点になっている。連邦議会は2018年10月にビルド(BUILD)法を可決して、米国によるインフラ投資を活性化すべく、新たな開発金融機関USIDFCも設置した4。このほかポンペオ国務長官やペンス副大統領によれば、デジタルコネクティビティ、サイバーセキュリティ、エネルギー・アクセスなどの分野で米国は個別のプログラムを進めている。また、南シナ海では引き続き航行の自由作戦を実施し、英仏日などもプレゼンスを高める動きを活発化させている。さらに、2018年12月末には、連邦議会の主導でアジア安心供与イニシアティヴ法(ARIA)を制定し、インド太平洋地域への米国の関与を、安全保障、経済、民主化・人権といった分野で強化する予算面・政策面での手立てを講じた。
国防分野では、国防省がオバマ政権期から中国との戦略的競争に立ち向かうための国防イノベーション5を推進してきている。既存の技術に加え、人工知能、ロボット技術、量子情報科学、極超音速兵器などの先端技術を革新的な方法で軍事利用するための研究・開発のみならず、それらの技術を様々な形態で活用するマルチ・ドメイン・バトルなどの新たな統合作戦構想や、それを実行するためのMDC2といった新しい指揮・統制モデルを模索するためにウォーゲームを活発化させている。これらの取り組みの目的は、同じような技術に着目して、米国の国防イノベーションを模倣している中国よりも通常戦力面で優位に立ち続け、抑止力を担保することにある。
このように今ワシントンでは、連邦議会によって法的権限を与えられた各省庁が、それぞれの所掌分野で、中国の問題行動を追及したり、巻き返したり、抑え込んだりするための政策措置を一斉に講じ始めており、ジョージワシントン大学のロバート・サッター教授の言葉6を借りれば、「政府一体となった巻き返し(whole-of-government push back)」が進行している。2017年12月末に『国家安全保障戦略』が発出された際には、はたしてトランプはその内容を理解しているのか、この文書にそもそも意味はあるのかといった事が論じられたが、ワシントンで筆者が聞いたところによれば、この文書は事実上、各省庁に対する、修正主義国家と名指しされたロシアと中国に対する巻き返しの指令書になったということである。(『国家安全保障戦略』も『国家防衛戦略』も、非公開部分があるとされているが、米国の戦略文書の多くがそうであるように、各項目の実行をいくつかの責任部局に割り振り、実行可能な政策に落とし込んで、順次実行に移されているということかもしれない。)
対中アレルギー反応の発症
ワシントンの対中強硬路線は、どこまで確固たるものなのだろうか。これまで米国が一丸となって向かいあった「敵」は、米国の生活様式を米国の「内側」から脅かしたような場合であり、国内の「敵」を狩りながら、国外で討伐に行くという行動が見られた。コミュニズムの時は、国内で共産主義者を摘発するマッカーシズム、いわゆる「赤狩り」が巻き起こり、対外的にはソ連封じ込めを展開した。テロリズムの時は、国内で愛国者法を制定してテロリストを見つけ出す動きやイスラム教徒に対する排斥感情が高まり、対外的には世界規模で「対テロ戦争」を繰り広げた。内部からの脅威に強いアレルギー反応を示すのは、開放性の高い移民国家ならではの反応ともいえよう。
筆者は長らく、こうした内外二面的脅威モデル、とりわけ中国が内的脅威を及ぼす存在としてみなされるか疑問に思っていた。
(後編へ続く)
- 森聡「トランプの対中アプローチはどこまで変わるか(前編)」(笹川平和財団、SPFアメリカ現状モニター、2018年2月7日)<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/24509.html>および後編(2018年2月8日)<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/24512.html>(2019年2月13日参照)。
- 2018 Member Survey, US-China Business Council, 2018, <https://www.uschina.org/sites/default/files/2018_ucsbc_member_survey_final.pdf>, accessed on February 13, 2019.
- Attorney General Jeff Session's China Initiative Fact Sheet, US Department of Justice, November 1, 2018, <https://www.justice.gov/opa/speech/file/1107256/download>, accessed on February 13, 2019.
- ビルド法(BUILD Act): Better Utilization of Investment Leading to Development / USIDFC: United States International Development Finance Corporation.
- Satoru Mori, "US Defense Innovation and Artificial Intelligence", Asia-Pacific Review, Vol. 25, Issue 2, December 13, 2018, pp. 16-44, <https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/13439006.2018.1545488>, accessed on February 13, 2019.
- Robert Sutter, "Pushback: America's New China Strategy", The Diplomat, November 2, 2018, <https://thediplomat.com/2018/11/pushback-americas-new-china-strategy/>, accessed on February 13, 2019.