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論考 2018/03/20

「トランプ外交」の原則をめぐって

久保文明(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

 2016年11月8日に実施されたアメリカの大統領選挙において、ドナルド・トランプが当選したことは、日本政府にとっても大変な驚きであった。のみならず、トランプの選挙戦での言動を前提にすると、日本の安全保障にとって深刻な事態が生ずることすら懸念された。

 トランプ候補は選挙戦中、北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れであり、日本・韓国はアメリカに頼らず自分で防衛するべきであると述べた。日本と韓国については、後に否定したものの、核武装しても構わないとまで述べた。40年前ならいざ知らず、今日のアメリカにはそのようなことをする余裕はもはやないとの主張であった。特に日本については、自動車等の輸出によってアメリカで大量の失業を引き起こしながら、アメリカに国防を担当させているとして、厳しく批判した。選挙戦のさなかの2016年3月にワシントンポストの記者に、尖閣諸島についてはどのように対応するか尋ねられた時、トランプは「自分は答えたくない」と語って、回答を回避した。

 もしトランプ大統領が、このような発言に見られる通りの外交を実践していたら、世界各地で深刻な事態を引き起こしていた可能性がある。尖閣諸島近海においては、中国による領海侵犯がより大胆に行われるようになり、南シナ海での行動も、より積極的になった可能性がある。北朝鮮ですら、より強気の行動に出たであろう。あるいはウクライナ問題を中心として、ヨーロッパ諸国が抱くロシアに対する緊張感はさらに高まっていたかもしれない。

 トランプ候補は選挙戦中、自らの外交政策を「アメリカ第一主義」(America First)と呼んだ。中身を外交原則に即して分類すると、それは外交・安全保障政策についての孤立主義(アメリカ第一主義1)と、通商政策における保護貿易主義(アメリカ第一主義2)、に分けることができる。ここまで述べてきたのはアメリカ第一主義の第一の側面についてであり、第二の側面は、TPP(環太平洋経済連携協定)離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓自由貿易協定再交渉などの公約の中心であった。

 ただし、トランプ候補は同時に、「力による平和」(Peace through Strength)というスローガンを使った外交演説も行っていた。これはレーガン的な「力の外交」であり、軍拡路線によってソ連に正面から対抗した外交を意味する。まさにアメリカ第一主義1と対極に立つ概念であり、この二つは原理原則のレベルでは両立しにくい。トランプ政権がどのような外交を展開するか、まことに予想のつきにくい状況にあった。

 就任後の展開はどうであろうか。外交・安全保障政策については、基本的にはアメリカ第一主義1を放棄し、「力による外交」を選択した。ただし、通商政策については、アメリカ第一主義2をそのまま実践している。

 日本としては、前者は歓迎、後者については遺憾ということになる。外交・安全保障政策において、もしトランプ大統領がアメリカ第一主義1を実践していれば、北朝鮮に強い態度で臨むことはなく、尖閣防衛義務も撤回し、南シナ海での航行の自由作戦も実施されなかったことになる。東アジアの国際情勢は、極めて深刻な事態になっていたであろう。

 ただし、アメリカ第一主義2はしっかりと残り、トランプ政権はTPPから離脱し、NAFTAについて再交渉に持ち込んだ。本年3月には鉄鋼とアルミニウムについて安全保障上の理由として関税を賦課する決定も突然発表した。ここまで保護主義的な政権は、アメリカではクリントン政権の初期以来であろうか。

 さて、2017年の12月以来、トランプ政権の外交・安全保障政策の基本方針を示す3つの文書が公表された。「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略(NDS)」、「核態勢の見直し(NPR)」がそれである。ここでの詳細な紹介は省くが、その大きな特徴は、協力の可能性を残しつつも、中国とロシアに厳しい姿勢を見せていることであろう。旧ソ連を含めると、米国政府の公式の外交文書(最初の国家安全保障戦略は1987年に発表されているので、それ以前のさまざまな文書も含めて)においてロシアについて厳しい言及があるのは、冷戦時代には普通のことであった。中国についても、朝鮮戦争、文化大革命、あるいはベトナム戦争の時期まで遡れば、厳しい評価が見られる。

 しかし、冷戦終結後、ロシア・中国双方について同時にここまで厳しい評価を下した安全保障関係のアメリカの行政府の公式文書は初めてではないだろうか。1 トランプ政権は上述の国家安全保障戦略において、中国について、米国を追い落とそうと企図し、経済的な侵略を働く「修正主義国家」と位置づけた。(本論考シリーズの一つ、森聡氏「トランプの対中アプローチはどこまで変わるか(前編)」参照2 。)

 今回の対中観は、民主党・共和党それぞれの内部の状況から分析しても興味深い。 

 民主党内で中国に厳しい見方をしているのは、労働組合、環境団体、そして人権団体である。労働組合は、当然ながら雇用の流出と廉価な製品が流入することを嫌っている。中国では人件費が安いうえに、労働組合を自由に結成することができず、アメリカの労働組合はそのような国との対等な形での競争は不可能であると論ずる。環境団体は、中国の環境規制が緩いことそのものに加え、そこにアメリカ企業が生産拠点を移転させることを批判的に見ている。そして人権団体は、中国における言論、政治活動、そして信仰の自由が厳しく制約されていることを批判している。

 それに対して、民主党系の外交・安全保障の専門家では、少数の対中タカ派が存在するものの、穏健な関与論をとる者が多数であると言ってよかろう。

 共和党側に眼を転ずると、対中強硬派がたしかに目立つ。共和党系の外交・安全保障の専門家の中では、ニクソン=キッシンジャー的なリアリストは比較的柔軟な対中政策を支持するものの、ここ半世紀で党内において大きく影響力を失ってきた。それに対して、今日ではレーガン的な力の外交を信奉する保守強硬派が強い影響力を獲得しており(まさに「力による平和」)、彼らは中国にも厳しい見方をしている。さらに、イラク戦争後影響力を落としたとはいえ、新保守主義(あるいはネオコン)も、道徳的な視点も加えて、中国に厳しい態度を示す。宗教保守勢力が中国を見る目も否定的である。

 それに対して、共和党内で長年もっとも親中派であったのは、1990年代から中国に投資し、莫大な利益を得てきた経済界であった。経済界は同時に中国との自由貿易も支持してきた。

 要は、民主党・共和党とも対中政策に関して一枚岩ではなく、親中派・反中派両方を中に抱え込んでいる、ということである。ただし、野党であるときには与党の対中政策に異を唱えるグループ(通常は反中派)の見解がより目立つことになりがちである。

 今回のトランプ政権の対中政策は、このような文脈で見ると興味深い。中国政策について、民主党の厳しい部分(通商面)と、共和党の厳しい部分(安全保障面)の両方を備えているからである。これは、トランプ大統領が内政においても、共和党的なもの(減税、銃所持、規制緩和など)と民主党的なもの(インフラ投資)の折衷的政策を採っていることと、よく符合している。

 これまで、安全保障と通商の両面で中国に厳しい政策を採用した政権はないのではなかろうか。クリントンは政権発足当初通商で厳しい態度をとったが、第二期には中国との関係改善を重視した。ジョージ・W・ブッシュ政権は2001年9月11日のテロ事件まで短期間強硬な対中政策を外交・安全保障面で推進したが、その後軟化した。対中政策としてはロバート・ゼーリックによる「責任あるステークホールダー論」が知られているが、それは厳しい警告を含みつつも関与を基調とするものであった。オバマ政権も、基本的には関与と協力を基本としていた。

 ただし、さらに強硬な対中政策を想像した場合、現在のトランプ政権の対中政策には、安全保障政策でより強硬にといった意味ではなく(つまり程度という意味ではなく)、その要素という意味において、実はまだ欠けているものがある。

 それは人権であろう。

 上述のクリントン政権は、実は1993年に、人権問題と中国に最恵国待遇を供与するかどうかの問題を絡めて、中国に人権問題の解決を迫った。結果としては、中国はまったく譲歩せず、クリントン政権が一方的に撤退することになったが、アメリカが中国に対して人権問題で正面からその改善を迫った珍しい例であることは確かである。

 その後、ブッシュ、オバマ両政権も、人権問題については、それほどの迫力はなかったものの、一定程度の批判はつねに行ってきた。トランプ政権においても、たとえばティラーソン国務長官が昨年10月にCSISにおいて行ったインド政策についての演説において、民主主義、法の支配、普遍的価値、規則に基づいた国際的秩序、といった米印に共通する価値観に触れる一方、それを基準にして中国を批判した3。ただ、その批判は主として国際秩序との関係でなされていて、国内の人権問題に深く立ち入ったものではない。むろん、国家安全保障戦略等の文書が人権について深入りしないのは驚きではない。ただ、トランプ政権の対中政策の全体的基調について、安全保障と通商問題で厳しい対応を取りつつ、人権問題には強い関心を示していない、と特徴づけることは可能であろう。

 もう一つ興味深い点は、上記の三つの戦略文書がロシアと中国双方に厳しい批判をしている一方で、その先の戦略についてはまだ踏み込んだ言及がないことである。周知のように、1970年代から80年代末の冷戦終結期にかけて、レーガン政権初期を除外して、アメリカはソ連を主要敵とみなし、中国については、ときに準同盟国として処遇するなど、異なった対応を示してきた。

 今日、異論はあるものの、多くの専門家は、ロシアよりも中国の方が本質的かつ長期的にはアメリカにとってより大きな脅威である、とみなしている。そうであれば、中国に対抗するための米ロ協力、というものがあり得るのだろうか。あるいは、そこまで行かないものの、中ロの協力を阻むことは、これからのアメリカ外交の重要な目標となるのであろうか。

 今般公表された国家安全保障戦略との関連でもう一つの論点を付け加えれば、同文書はトランプ大統領の公約を反映して、雇用の確保を重視する重商主義的記述が目立つ。執筆者としても苦労した部分であろう。ただ、実践においても問題となっているように、同盟を重視する力の外交と、同盟国と非同盟国を区別しない保護貿易主義をどのように仕分けし、外交論として整理していくかについては、現段階では明らかでない。

 以上の点に関して、トランプ政権が近いうちにどのような原則・方針を表明していくか、あるいはしないかは注目に値する。3月13日、ティラーソン国務長官が解任され、ポンペオ中央情報局(CIA)長官が後任となることが公表された。ポンペオの方がかなりタカ派とみられ、このあたりもトランプ外交の基調や原則のあり方に影響を与えるかもしれない。

(了)

1ただし、2000年に議会に設置された米中経済安全保障再検討委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)は、その発足以来、毎年公表される報告書において中国に厳しい姿勢を示してきた。

2森聡「トランプの対中アプローチはどこまで変わるか(前編)」(笹川平和財団、2018年2月7日)[https://www.spf.org/jpus-j/investigation/spf-america-monitor-document-detail007.html](最終検索日:2018年3月15日)

3"Defining Our Relationship with India for the Next Century: An Address by U.S. Secretary of State Rex Tillerson", Center for Strategic and International Studies, October 18, 2017. [https://csis-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/event/171018_An_Address_by_U.S._Secretary_of_State_Rex_Tillerson.pdf?O0nMCCRjXZiUa5V2cF8_NDiZ14LYRX3m](最終検索日:2018年3月15日)

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