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論考シリーズ

論考 2018/02/08

トランプの対中アプローチはどこまで変わるか(後編)

森 聡(法政大学法学部国際政治学科教授)

(前編からの続き)

また、歴史観という点でもトランプは、オバマのテーゼを否定している。オバマは政権終盤のインタビューにおいて、いまや大国間戦争の危機が遠のき、貧困が削減される「歴史の弧」(arc of history)があるという世界観を披露し、そこには地球規模の課題を解決する機会が開けているので、個別の国際問題に過剰に反応して集団間の対立を煽ることによって、こうした歴史的機会を失うべきではないという判断に立って様々な危機に抑制的な対応をとった、と語った。これに対してトランプNSSは、より良い将来の世界を保証する「歴史の弧」などというものはなく、今いかに行動するかが今後を左右すると論じている。さらに、中国のみならずロシア、北朝鮮、イラン、ジハーディスト・テロリスト、国際犯罪組織といった敵対勢力との争いは、つまるところ抑圧的な体制と自由な社会との間の闘争であるという、冷戦開始期のトルーマン・ドクトリンを彷彿させる二元的な世界観をNSSは披露している。このような世界観は、2018年1月に要旨が発表された『国家防衛戦略』(NDS)2にも色濃く出ている。

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こうした箇所に目を向ければ、トランプ政権が、これまでの政権よりも厳しい姿勢、すなわち圧力重視のアプローチで中国に向き合うと予想される。実際にそうなるであろう。しかし、トランプ政権の対中政策が、今後どこまで変化するかは、引き続き注意深く見守る必要がある。ここでは二つの理由を挙げておきたい。

第一に、トランプNSSは確かに競争的な世界観に立っているが、中国とロシアといったライバル国について、競争は常に敵対を意味するわけではない(3頁)、また中露両国の意図は不変というわけではなく、共通の利益があるところでは協力する(25、26頁)というくだりが登場する。NSSは、主権国家が並立する世界においてアメリカは自らの利益を追求し、利益が重なるのであれば、同盟国のみならず、ライバル国とも協力するとしており、トランプ政権は、やはり利益重視の対外関与のアプローチをとるとみられる。これがNSS序論の冒頭で出てくる「イデオロギーではなく結果に導かれた、原則に根差した現実主義の戦略(a strategy of principled realism guided by outcomes, not by ideology)」というフレーズの意味するところであろう。ただし、ここでいう「原則に根差した現実主義」というフレーズは、トランプ政権はあくまでアメリカからみて正当とみなしうる原則、すなわち「アメリカ的価値」に反しない利益を追求するのであって、無節操・無原則な取引に及ぶつもりはないという意味合いが込められていると理解すべきで、これは政権幹部らが仕込んだ言葉だと推察される。

第二に、歴代政権の対中アプローチは、硬化と軟化を繰り返してきており、今後も予断を許さないということがある。1989年に天安門事件の発生を受けてアメリカの対中姿勢はかなり厳しくなったが、ブッシュⅠ政権は対中MFN(最恵国待遇)ステータスを維持した。この姿勢を問題視したクリントン政権は、中国の人権問題を重視し、貿易とリンクして厳しい態度で臨もうとしたが、やがて人権と貿易を切り離した。同じクリントン政権は、96年に台湾海峡危機に空母を派遣して対応したが、政権末期には中国のWTO加盟支援で合意している。さらにブッシュⅡ政権は、当初中国を「戦略的競争相手」と名指ししたが、9・11同時多発テロ事件が発生すると、中国を対テロで連携する相手と位置づけ、北朝鮮問題でも六者協議の枠組みで協力した。オバマ政権は、中国に対して協調を重視する姿勢で臨み続けた。つまり、政権によって事情は異なるものの、様々な出来事の発生によって、緊張した対中関係を安定化させるというパターンが過去にあった。米政権が対中関係の安定を重んじてきた理由は、冷戦期は対ソ戦略での提携、ポスト冷戦期には経済的互恵の追求や、中国が政治的自由化へ向かい、「責任あるステークホルダー」となることへの期待といったものがあった。

現在のトランプ政権は、対中姿勢の変化サイクルの中の硬化局面にあるということなのか、あるいは、これまでのサイクルを下支えしてきた中国の政治的自由化や「責任あるステークホルダー」論といった期待が根本から減退し、アメリカの対中関係を安定させてきた重りとなってきたものが希薄化していくことによって、これまでの硬化・軟化のサイクルから逸脱し、決定的に硬化していく局面に入り始めたのか。このいずれなのかはまだ判然とせず、引き続きこれを見極める努力が必要である。

いずれにせよ、トランプ政権は中国に関する「責任あるステークホルダー」論を却下したが、米中間協力の可能性を全て断ち切ったわけではない。ただし、北朝鮮の核放棄のように、トランプ政権が中国と共通の利益を見出す国際問題であっても、その問題を解決する方法をめぐって中国と不一致があれば、圧力をかけて自らの望む方法で中国の協力を引き出そうとするので、「利益の共有イコール緊張の不在」を意味するわけではない。むしろトランプ政権の競争的世界観からすれば、対中関係における緊張の許容度は、冒頭で述べた通り、オバマ政権よりも高いといえ、米中関係が緊張含みとなる可能性が大いにある。最大の問題は、トランプ氏が自らの重視する政策課題で、相手から何かを引き出そうと圧力をかけていったとき、相手が差し出した取引の条件を、いずれの時点、あるいはいかなる内容となった時に「満足のいく結果」ないし「やむを得ない結果」として受け入れ、合意ないし取引に至るのかということである。外交経験が皆無の大統領が、何をもって「妥当な結果」と判断するかについてNSSは何も語っていない。アメリカの対中アプローチは厳しさを増すだろうが、それが何について、いつどのような変化をみるかを見通すのは、引き続き至難の業となろう。

2Summary of the 2018 National Defense Strategy of the United States of America, Department of Defense, United States of America, January 19, 2018. [https://www.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf](最終検索日:2018年2月6日)

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