【コロナ禍の米国シンクタンクの発信】

【コロナ禍の米国シンクタンクの発信】①
-米国主導の秩序の危機? (Part 2)

2020年9月4日

佐野 裕太
笹川平和財団 日米グループ 研究員

<Part 1 より続く>

2 新型コロナウイルスが米国の覇権を脅かす

                                                           
Covid-19 Knocks on American Hegemony

https://www.nbr.org/wp-content/uploads/pdfs/publications/new-normal-tellis-050420.pdf
著者:Ashley Tellis カーネギー・エンダウメント・シニアフェロー
出典:全米アジア研究所(NBR)ホームページ(2020年5月)
シリーズ企画“THE NEW NORMAL in Asia”の中の一稿
                                                           

 本論考は、米国の覇権がどのように脅かされているのかを説明した上で、その根本的要因としての同盟の軽視を指摘し、米国主導の国際秩序の衰退を憂い、同盟国やパートナー国との関係強化を通して国際社会におけるリーダーシップを発揮することを主張する、という構成になっている。

 

序論

  冒頭、筆者は、「20年にわたる躊躇の末、米国は、中国との長期の戦略的競争の中にあることをついに認識するようになった」と述べ、「もし中国の優勢がこのまま維持されれば、第二次世界大戦以降続いてきた米国の覇権を脅かす可能性がある」と警鐘を鳴らす。

  現在の米国は、真の覇権国家(a genuine hegemon)である。なぜなら、第1に世界最大の経済大国であり、第2に非常に生産的な社会を有し、第3に価値と利益の両方を共有する北米、西欧、東アジア、オセアニアの強力な同盟国と協力し、その優位性を物質的・制度的・思想的に強化する国際秩序を構成しており、これらの点において世界で唯一の最も強力な国家であるからだ。


打撃を受ける米国経済

  しかし、新型コロナウイルスはそれらを致命的に脅かしつつある。甚大な被害を受けた米国経済は、このパンデミックの余波の中で2つの転換期に直面している。

  第1に、過去数十年にわたって発展してきた無制限のグローバリゼーションが、国家が国境内のプロダクション・チェーンの重要な側面を保護しようとする、より限定的な相互依存に置き換わっていく可能性がある。必然的に制度の非効率性が増大し、全体的な成長率を低下させる恐れがあるが、各政府はsecurity と controlが約束されるならそれに甘んじるように見える。米国では新型コロナウイルス前からトランプ政権によって進行していた流れであり、拍車がかかる恐れがある。

  第2に、非軍事と軍事との間の資源配分競争が激化する可能性がある。この点については、もともと保守・リベラル双方からの政治的圧力があったが、パンデミックによって累積経済損失が多額となった状況下では、2019年の国防支出レベルが次の10年間で維持される可能性は低く、その結果、今後数十年における米国の覇権維持は以前よりも困難を伴うものになるだろう。

 
米国の能力に対する信頼の低下

  パンデミックの結果としての経済の縮小は予想されうるものであったが、その影響は米国の対応の誤りによって悪化した。ホワイトハウスにおける審議過程の劣化と大統領の特異性による政策決定構造の破壊は、世界で最も裕福で強力である米国を、世界最大の新型コロナウイルス死者数を有する国(執筆当時)にしてしまった。

  米国経済にもたらされた被害と人的損失が、パンデミック後の米国の覇権を守ることをより困難にする中で、中国のような国は米国よりもコロナ禍から早く回復する可能性が高いとの評価がほとんどであり、米国政府の評判へのダメージは深刻だ。中国は、権威主義的モデルが民主主義と比べて、大変動への対処においてはるかに効果的であると主張している。


錆付く米国主導の国際秩序

  第二次世界大戦終結以来、米国の歴代政権は、自らの軍事力のみを使って全体的な優位性を維持することは高くつき犠牲が大きいことを認識してきた。このため、破壊的結末を防ぐために、米国は、民主国家を保護して彼らの繁栄を拡大する「自由主義国際秩序(the liberal international order)」なるものを構築・維持し、同盟国に安全を提供し、市場への非対称的なアクセスを認め、公共財として様々な国際機関を設立する見返りとして、自己の目標実現への協力を同盟国に期待し、同盟国は米国が米国の優位性を守るためにとる行動に正当性を与えてきた。

  トランプ大統領の部下たちは、米国の国益にとっての同盟の重要性を繰り返し口にしたが、大統領自身がそうすることはほとんどなかった。半世紀以上をかけて米国自らが築いてきた同盟制度の軽視は、国際政治における米国の優位性の有効性や正当性への認識の欠如に基づいている。トランプ政権は、国際社会と協力をするどころか、シンガポールで生産されたアジア市場向けのマスクを米国向けに転用するように3M社に強要しようとし、ヒドロキシクロロキンを米国に輸出しなかった場合に報復を与えるとインドを脅した。

  パンデミックへの国際的対応を進める上での米国の存在の欠如は、米国が作り上げてきた国際秩序に頼ることはできないという同盟国やパートナー国の認識を強めた。この悲観論が根付くと、同盟国は自助に走り、協力への投資をしなくなるだろう。危機の時代においては、覇権国のみが必要なコストを負担しうるのに、米国はそれをしようとしていない。

  米国は、長期的な覇権を維持するためには、まずその力をより効果的にするためにワシントンのリーダー層を統合強化し、そして同盟関係とパートナーシップを強化しなければならない。米国主導の連合体(U.S.-led confederation)だけが、将来的に中国や他のライバルからの挑戦に対し、「戦略的西側陣営(strategic West)」を永続的に守るためのグローバル材を維持し続けることができるのだ。
 

 

3 誰も知らない:
新型コロナウイルスの行方を知りえないことは
外交政策・米中関係に関する思考にどのような影響をもたらすのか

                                                           
No one knows: How the unknowable consequences of COVID-19 affect thinking about foreign policy and US-China relations
https://www.brookings.edu/opinions/no-one-knows-how-the-unknowable-consequences-of-covid-19-affect-thinking-about-foreign-policy-and-u-s-china-relations/
著者:Paul Gewirtz イエール大学法科大学院教授
出典:ブルッキングス研究所ホームページ(2020年6月)
                                                          

 本論考は、まず、コロナの蔓延によってあまりに多くのことが分からない時代の中で、国際政治の文脈における「知ることができないこと」は何であるのかを具体的に提示した上で、その中でも米中関係の将来を見据えることを困難にしている4点を指摘する。最後に、このような「知ることができないこと」が、(米国の政策決定者に影響を及ぼすことができるはずの)米中関係の政策専門家にいかなる影響をもたらすのかを記述する、という構成になっている。

 

新型コロナウイルスと不可知性

  新型コロナウイルスは、多くの領域で大規模な不可知性(unknowability、知ることができないこと)を生み出した。私たちは、ウイルスの経路、治療薬・ワクチンの開発ペース、経済的影響、日常生活の変化を予知することができない。

  更には、コロナがもたらす長期的な政治的影響を、誰も知りえない。世界の政治制度は変化するのだろうか。それは、「権威主義的『秩序』」が「民主主義的『無秩序』」より好ましいものに見え始めるからだろうか? あるいは、「民主主義の透明性」が「権威主義の隠蔽・秘密主義」よりはるかに好ましく見えるからだろうか?

  同様に、世界の力学は国家主義的な方向に移行し続けるのか、あるいは新型コロナウイルスに対処するためのグローバルな協力や制度を深化させるように再覚醒するのか。パンデミック、気候変動、核拡散のような地球規模の挑戦が続く中で、どのようなグローバル秩序(あるいは無秩序)が出現するのか。さらには、11月の米国大統領選挙で誰が勝利するのか。また、選挙までの間にトランプ大統領がいかなる行動をとるのか。いずれも分からない。


米中関係に影響をもたらす不可知性

  米中関係は、ほぼあらゆる側面で明らかに悲観的な方向に進んでいる。とりわけトランプ大統領下で関係は大幅に悪化し、現在、1979年の国交正常化以来最悪の時期にある。その中で、筆者は、少なくとも4つの要因が、米中関係の将来の道を著しく「知ることができない」ものにしていると分析する。

 第1に、新型コロナウイルスが両国の国力にもたらす影響を知ることができない。ハード・パワーについては、米中ともに経済損失が国防予算の抑制をもたらし、一帯一路構想や「中華民族の偉大なる復興」への影響も出るだろう。また、どちらか一方が先にワクチン開発に成功し他方を負かした場合、緊張が生まれる可能性もある。

  ソフト・パワーの強さについても分からない。中国のイメージと影響力は、相反する側面を持っている。新型コロナウイルス発生初期の隠蔽、「戦狼」外交官の振舞、質の低い感染予防品の提供やそれに対する感謝の強要、WHOにおける習近平主席の建設的な内容のスピーチ等、ネガティブなものからポジティブなものまで、様々だ。

  米国のソフト・パワーは、長い間世界において並外れた強さを持っていたが、トランプ大統領の時代に大きく低下し、新型コロナウイルス対策の失敗、その責任を中国に転嫁する姿勢、国内外における大統領のリーダーシップの欠如、国際社会との協力の拒否等によって更に弱められた。

  米国は、依然としてハード・パワーとソフト・パワーの両面でかなりの強さを持っているが、短期・中期における両国の強さはこれまでになく不確実であり、米中関係の基本的力学を不確実なものにしている。

  第2に、2020年11月3日の米国大統領選挙は、米中関係に多大な影響を与えるであろうが、選挙の結果は全く分からない。トランプ大統領が再選された場合、米国政府は、中国に対する敵意を高め、引き続きグローバルな制度を弱体化させ、中国が「(自称するところの)グローバル・リーダー(a self-described “global leader”)」としての役割を果たす機会を中国に開くことになるだろう。

  バイデン氏が選出されると、彼はオバマ政権の副大統領在任中よりも中国に対して強気となり、また人権についてはトランプ大統領よりもはるかに厳しく、同盟国と協力して中国の行動を変えようとするだろう。他方で、気候変動、感染症、核拡散については中国と協力する必要があるだろう。

  第3に、習主席の中国国内での政治力の不確実性の高まりがある。習主席個人への権力集中が進む一方、ウイルス対策における中国の振舞や国際宣伝キャンペーンに対する世界の否定的な反応は、(中国国内で)習主席に批判的な人々の見方を強めており、彼の政治的立場は不確実であると思われる。

  第4に、新型コロナウイルスの米中以外の国々への影響に関する幅広い不確実性は、米中関係に関する不確実性を大きく増大させる。欧州、アジア、発展途上国の多くで公衆衛生、経済、政治が混乱する中で、これらの国々が米中両方との関係をどのように舵取りするか分からない。


米中関係に関する不可知性と(政策専門家の)執筆

  本稿がユニークであるのは、私たちが多くのことを知りえないことが、米中関係の政策専門家の活動を著しく難しくしていることについて論じている点である。

  通常、政策専門家は、予測的(predictive)、批判的(critical)、規範的(prescriptive)の3つのタイプの記事を書く。未来予測とは、例えば、米中間の貿易協定は成立するのか、米中は香港での抗議デモにいかに対応するのか、米中経済のデカップリングはどの程度になるか、といったことである。今日の世界では、あまりに多くのことを知りえないため、未来予測記事は「根拠ある『専門家』の判断」とは言えない。

  政策批判は、政治的観点から米中の指導者の言動を批判するものである。現在の米中関係は、政策専門家の専門性の範囲外である疫学的変数に左右されている。このような中で米中関係の専門家の意見はなかなか政府に届かない。

  規範的な記事は政策提言を行う。未来予測や過去への批判ではなく、何が「起こるべき」かに焦点を当てる。今日知りえないことは多いが、その中でも11月の大統領選挙の結果かが分からないことの影響は大きく、米中関係に関する政策提言を難しくしている。トランプ大統領が再選されると想定すれば、大統領と政権幹部は一握りの外部の意見しか聞かないため、ほとんどの専門家の政策提言は現実にはならない。バイデン氏が選出されると仮定すれば、バイデン氏および政権のメンバーは外部からの提言を受け入れるが、治療薬開発の行方や新型コロナウイルスによってもたらされる経済危機がバイデン氏の対中政策の形成に決定的な影響をもたらすため、政策提言記事を執筆する者は将来の米中関係をめぐる政策に関して、驚くほど多くを知りえない、ということを認識する必要がある。


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おわりに

 
 3本の論考を通して、新型コロナウイルスによって、米国主導の秩序や米国の覇権を維持するための様々な仕組みが、従来のように機能しない、あるいはパンデミック前から既に生じていた変化を加速させる、といった事態に陥っている様子が見えてくる。

  これらの論考の内容に基づけば、今後、米国が秩序や覇権を守るためには、同盟国や国際社会との協力を進めていけるのかが鍵になりそうだが、新型コロナウイルスによってあまりに多くのことを知りえない中で、私たちが先を見通すことは更に難しいことが、3番目に紹介した論考からもよくわかる。

  そのような中、注目は、やはりまずは11月の米国大統領選挙だろう。現在のところ、トランプ陣営もバイデン陣営も、中国に対してはいずれも厳しい姿勢を示しているが、同盟や国際協調といったアプローチの仕方においては、両者の間に大きな違いが存在している。

  大統領選挙を終えることは「不可知性」の1つが解消されることになると同時に、その結果はポスト・コロナの国際社会の行方を大きく変えていくとも言える。時代が大きな分岐点に差し掛かっている今、日本の外交・安全保障も、これまで以上に難しい舵取りを迫られるかもしれない。

(了)

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