【コロナ禍の米国シンクタンクの発信】
①-米国主導の秩序の危機? (Part 1)
佐野 裕太
はじめに
新型コロナウイルスは、この世界をいかに変えていくのだろうか。日常生活から国際情勢に至るまで様々な変化が生じる中で、世界中の有識者や組織が自らの分析を提示している。
その中でも、コロナ流行の中心地となった超大国米国は、この疫病が国際政治にもたらす影響をどのように見ているのだろうか。米国シンクタンクのウェブサイトから発信された論考の中から、自らが関心を持ったものを選び、その分析の一端を何回かに分けて紹介してみたい。
初回となる本稿は、「米国主導の秩序の危機」を共通するテーマに、外交問題評議会(CFR)、全米アジア研究所(NBR)、ブルッキングス研究所(Brookings)のウェブサイトでほぼ同時期(5-6月)に公開された、アプローチの異なる3つの論考を選んでみた。
1 世界秩序の終わりとアメリカの外交政策
序論
新型コロナウイルス前の世界秩序 (WORLD ORDER BEFORE COVID-19)
新型コロナウイルス前の世界では、ロシアによるクリミア併合などが起こり、国際システムに多くの問題があった一方、グローバル経済は好調で、貧困は減少し、中東を除けば世界のほとんどが安定しており、技術革新が数十億の人々の生活を向上させていた。
国際秩序は、「ある特定の国(帝国)に導かれた秩序(an order led by a specific country, often referring to empire)」のことであり、その秩序は世界の他の大国から常に喜んで受け入れられるとは限らない。古くはローマ帝国に始まり様々な国際秩序が存在してきたが、近年では、国際秩序という言葉は、「米国率いる第二次世界大戦後秩序(the post-World WarⅡorder led by the United States)」と同義になった。米国・欧州・日本・豪州およびその他の人々は、例えばNATO、二国間同盟、G7といった枠組みが国際秩序に含まれると考えており、ロシアや中国はそれらのいずれからも除外されている。
他方で、世界秩序は「深刻な対立の可能性を制限するための大国間の共通の理解(a shared understanding among the major powers to limit the potential for serious confrontation)」を意味し、キッシンジャーによれば、世界秩序は「許容される行動の限度を定義する、普遍的に受容されたルール」と「ルールの侵害を抑制させるバランス・オブ・パワー」の2つの要素から成るとされる。世界秩序が形成されることは歴史上稀だ。
1990年代初頭以降の冷戦後の世界では、冷戦秩序(the Cold War order)は「意欲的なグローバル・コモンウェルス(an aspiring global commonwealth)」へと再構成された。すなわちNATOを拡大させ、国連、IMF、世界銀行、WTO、EUを変質させ、大国間競争は消え失せたように見えた。米国に挑戦するには、ロシアと中国は米国に挑戦するにはあまりに弱すぎた。しかし、今や、そのような米国一極の時代は終わった。
世界秩序の終焉(THE END OF WORLD ORDER)
一体、何が「冷戦後世界秩序(post-Cold War world order)」を終わらせたのか。筆者はその理由を2つ指摘する。
1つは、規範からの逸脱である。冷戦後の約15年間は、米国と同盟関係にない主要国は、不本意ながらも米国率いる国際秩序に従ってきた。しかし、今世紀は米国が形成した規範からの逸脱が顕著に見られる。ロシアや中国は、国内において全体主義的もしくは権威主義的傾向が強まり、対外的に国際法や国際規範を侵害した行動をとるようになり、バランス・オブ・パワー、国家主権、勢力圏によって構成される「ウェストファリア体制的・19世紀的秩序(a Westphalian and nineteenth-century model of order)」を擁護するようになった。インドやブラジルの民主主義も後退した。米国自身も、自らが作り上げた秩序の伝統から距離を置くようになった。
もう1つは、新たな技術がもたらす重大な変化である。人工知能、生物化学、インターネット、ソーシャル・メディアは人々の労働や消費行動を変化させ、19世紀後半から続いてきた私たちの社会構造そのものを変えようとしている。こうした変動はコロナ前から進行していたが、コロナ禍によって更に加速した。
主要国は、既存の古い秩序を直接的に覆えそうとしているわけではない。一帯一路構想が世界銀行の打倒を目論んでいないように、新しい世界と古いルールは同時並行的に存在している(the new world and the old rules are in parallel universe)。世界は、「同じ制約の範囲で各国が行動しようとし、同じルールを守ろうとする世界秩序の標準(a standard of world order in which nations work within the same set of constraints and )」から、「各国が他国を顧みずに独自の道を歩むモデル(a model in which many countries choose their own path, without much reference to the views of others)」へと移行した。
前方の道 (THE ROAD FORWARD)
世界秩序に関して米国が直面している根本的な戦略的問題は、かつて大国間で合意されていた取り決めの崩壊にどう対応するかである。許容可能な行動の限界やその強制について、欧州・日本・インド・中国・ロシアと共通の理解を深めることで、世界秩序を再構成すべきか、それとも、中国やロシア等の支持に関係なく独自の価値に基づいた米国主導の秩序というオプションとその改善に注力すべきなのか。どちらが米国の死活的な利益を守り、発展させることに繋がるか。
一見、その答えは前者のようにも見えるが、米中間のギャップはあまりに大きすぎ、米中いずれも近い将来大きな妥協を提示することは想像しにくい。そうであれば、米国は中国に負けない魅力的な秩序を他国に示し、超大国としての外交をするべきであるが、そのためには大きな外交政策上の変更を行う必要がある。
提言
国益と国際秩序を守るために、米国は何をすべきなのか。筆者は、まず、「リベラルな国際秩序(the liberal international order)の概念に戻るべきではない」と主張する。なぜなら、抽象的な原則はしばしば破られることに加えて、現在は、「西側」・「自由世界」といった形で陣営を分けることができたデタント前の冷戦初期とは大きく異なり、気候変動、核拡散、パンデミック、国際テロ、ジェノサイド、グローバル経済といった相互依存の時代であるからだ。
その上で筆者は以下の14の具体的な提言をしている。
- 米国の国際的なリーダーシップを強化するような、説得力がありかつ有能な米国のガバナンスのモデルをつくる
- より効果的に影響力を活用し米国外交を再生する
- 北米間協力を再活性化する
- 同盟国やパートナー国の扱い方を根本的に変革する
- 欧州と共に野心を高める
- インドとの関係を強化する
- 新型コロナウイルス治療薬・ワクチンの開発における国際協力を促進する
- 国際機関へ投資する
- 気候変動、パンデミック、国際テロといった国境を越えた課題を区別して考える
- 中国とのバランス・オブ・パワーの悪化を止める
- 中国と競争する
- 中東への関与を減らす
- ロシアとの関わりを整える
- グローバル経済を改革するのではなく再建する
これら全てをまとめると、要点は「米国は自国の力を活用した外交を行い、北米・同盟国やパートナー国・欧州・インド・ロシアとの関係を改善・強化し、国際機関を重視してグローバルな問題に取り組み、中東への関与を減らしてアジアに集中し、同盟国とともに中国と競争せよ」ということになるだろう。
結論
最後に、筆者は「現在は新型コロナウイルスを契機とした、秩序再編の時」と結論付ける。米国は国際的リーダーシップを通じて適切かつ一貫した政策をとることによって、米国にとって好ましい国際秩序を形成し、最終的には「新たな世界秩序(the noble world order)」に移行することもできるかもしれない。
https://cdn.cfr.org/sites/default/files/report_pdf/the-end-of-world-order-and-american-foreign-policy-csr.pdf
著者:Robert Blackwill CFRシニアフェロー
Thomas Wright ブルッキングス研究所シニアフェロー
出典:米国外交問題評議会(CFR)ホームページ(2020年5月)
<Part 2 に続く>