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2020.11.10

Views from Inside America‍

米国の東南アジアへの関心の高まりとその陥穽

相沢 伸広
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授、ウッドロー・ウィルソン・センター・ジャパン・スカラー
インドネシア/タイ政治、都市化と政治、東南アジア華僑等が専門
京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科にて博士号取得

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 ワシントンDCにおいて、政権移行期を前にして東南アジアに対する注目が高まりつつある。かつて2016年から2017年の政権移行期にトランプ政権のアジア政策において政治資源を投資すべき主たる地域について、国防省において北東アジアか東南アジアかが非公式に検討されたことがある。結果的に北東アジアが選ばれ、北朝鮮問題を中心に、日本、韓国、台湾との関係に多くの政治資源が用いられることとなり、その後の4年間に亘って東南アジアは米国から見て決して重要な地域ではなかった。

 しかし2020年になり状況は変わりつつある。トランプ政権のアジア戦略の目玉であった北朝鮮は現時点では核開発断念といった決定的な変化は望めず、短期的な政治資源の追加投資から得られるリターンは限られている。コロナ後の中国の活発な戦狼外交は米国の対中戦略の再検討の契機となり、インドやオーストラリアの対中関係の悪化は米国との連携の活発化につながった。日本で開催されたクアッド(QUAD)会議へのポンペオ国務長官の訪問、そして先の米印2+2会議の実施など、とりわけインドとの連携強化策が加速的に進んでいる。日本との関係は安定しており、米国から見てここから対中競争戦略を効果的にレベルアップさせるには、日豪印に加え、これまで後手となっていた東南アジアとの関係強化が鍵となる。

 実際、東南アジア各国もコロナ禍以後、中国の圧力を強く受け続けている。コロナ禍直後にインドネシアが中国人に対するヴィザ発給を止めると、「過剰反応は控え、投資と経済への悪影響を防ぐべきだ」と戒めた。9月になるとナツナ諸島海域に中国海警局の船舶が度々侵入することを受け、インドネシア政府が中国政府に抗議する事態に発展し、直後に開催されたARF(ASEAN地域フォーラム)では中国の南シナ海における埋め立て活動を共同で非難するなど、マスク外交の攻勢を受ける東南アジアでも中国に対して「もの言う」局面が増加している。

 中国がこうした勇み足を続ける中で、東南アジアの対中関係に変化が見られるようになると、米国ではこれからの対中戦略において東南アジアが地域的な要衝となる、という理解が少しずつ広がるだろう。すでに10月にはDFC(米国国際開発金融公社)のアダム・ベーラー長官が中東歴訪の後、東南アジア各国を訪問し経済協力を宣言するとともに1、ポンペオ長官もまた南アジア歴訪の後の10月29日にインドネシアを訪問し、米国企業の投資促進とともにインドネシアの南シナ海に対する断固としたアプローチを支持する旨発表した2。10月29日がムハマッド生誕祭であったことから、ポンペオ長官は、インドネシア最大のイスラム宗教団体のイベントにおいて、宗教的寛容性、信仰の自由にかかるスピーチを行い3、東南アジアへの関与をアピールし、11月13日に始まるASEAN関連首脳会議を前に外交攻勢をかけている。

 東南アジアへの注目は政府だけではない。過去3か月の間で米国の研究者、ジャーナリストによる東南アジアと中国の関係に関する著作が、以下のように集中的に出版されている。

  • Sebastian Strangio, In the Dragon's Shadow: Southeast Asia in the Chinese Century, (Yale University Press, 2020)
  • Donald Emmerson ed. The Deer and the Dragon: Southeast Asia and China in the 21st Century, (Shorenstein Asia-Pacific Research Center, 2020)
  • Murray Hiebert, Under Beijing's Shadow: Southeast Asia's China Challenge, (Centre for Strategic and International Studies, 2020)
  • David M. Lampton, Selina Ho, Cheng-Chwee Kuik, Rivers of Iron: Railroads and Chinese Power in Southeast Asia, (University of California Press, 2020)

 各書に共通している問題意識をまとめると、第一に、中国と東南アジアとの間の力の不均衡はどの様な形をとって表れているのか、その上で、第二に、中国はこの力の不均衡をどのように利用して東南アジア各国、及び、地域の政治的ドミナンスを獲得しようとしているのか、第三に、そうした攻勢の中で東南アジア各国はどのようにして対抗し、主権を維持しようとしているのか、である。

 共通した「発見」としては、中国の高速鉄道案件にかかる交渉などを例示しつつ、東南アジアは米国で理解されていたよりもかなりの程度、その主権維持の観点において堅牢であり、経済力に大きな差がありながら、中国も各国に合わせて、様々な修正、変更、対応を迫られている、という点である。

 以上を踏まえると、米国から見た東南アジアと中国の関係については、次の二つの見方を極として分析し位置付けることになる。その二つとは、第一に、東南アジア各国は極めて戦略的にしたたかであり、パワーバランスが不均衡であったとしても、あらゆる手を使って賢く中国に対応しているため心配ないという見方。第二は、反対に東南アジアは中国の圧倒的なパワーの前に対抗する術を持たず、事実上既に中国の勢力下に取り込まれ、米国の動きはToo Lateだという見方である4。

 各著者とも、東南アジア各国は大丈夫だと安心するわけにも、中国のヘゲモニー確立を防ぐには手遅れだと諦めるわけにもいかないとし、その二つの見方の間に分析を位置付け米国の関与を求める。東南アジア各国は堅牢であるが、やはりその巨大な経済力、軍事力は小国のしたたかさだけではもはや対応できない。したがって米国が関与することが極めて大切となる。同様に、すでに東南アジアは事実上中国の支配下にあるという見方は不正確であると拒否し、たとえ、首相や大統領が親中だとしても、各国には複雑かつ多様な利益アクターが存在し、東南アジアが総体として中国にキャプチャーされないよう、ここでも米国の様々なアクターに対する根気強い関与を呼びかける。

 これらの著作が持つ、ワシントンDCにおける政策論議に資する二つのメッセージは、第一に、東南アジアを国別の塗り絵の様に親中派、嫌中派に分けるのは生産的ではなく、各国の国内アクター毎に分析を分けなければならないという点、そして第二に、中国が求めているのは各国の政治を完全に支配することではなく、もっとも影響力のある域外アクターになることであるため、中国の影響力が伸長しても米国には多様かつ効果的なエンゲージメントの方法がある、という点であろう。より具体的に言えば、中国の経済協力攻勢に対して金額の多寡で張り合う必要はなく、質的に異なる別の支援、例えば、東南アジア各国が中国との交渉をより良く進める能力を高め、債務の罠や政治買収が生じないよう、ガバナンス支援、透明化支援等の関与を通じて、中国の経済協力の影響力をオフセットすることは十分に有効であるという主張につながる。

 こうして、米中戦略競争の深化が中国―東南アジア関係への注目度を高め、政治的な関心を集めつつあることは間違いない。2020年6月にボルトン元安全保障補佐官の回顧録が発表された際には、北朝鮮問題への紙幅が割かれる一方、東南アジアへの言及は皆無であり、私が話をした東南アジア各国の外交官たちは、トランプ政権のアジア政策を象徴するものとして失望していた5。しかしわずか4か月後の現在では対中政策を考える上で、東京、ソウル、台北、デリー、キャンベラ、だけでなく、東南アジア各国を抑えなければならない、という分析判断が少しずつ共有されつつある。

 もっとも、こうした注目のされ方、つまり「対中戦略的競争の主戦場」として東南アジアを位置付ける米国の戦略には二つの大きな陥穽がある。

 第一に、東南アジア各国の政治経済動向において、直接的な中国との因果関係が見出せないものについては、必然的に米国の関心外に位置づけられるという点である。第二に、東南アジアにおける戦略的競争の場となることで、パワーバランス上の合理性を人権や政治社会的価値の尊重より上位に位置づけざるを得なくなる、という点である。この二つの陥穽の先に起こりうる結果は、すでに進みつつある東南アジアの権威主義化を、中国とは異なる形で、米国がその意図に反して事実上の追加支援を行うことにつながるという点にある。

 現在のタイの政治情勢に対する米国の無言政策が好例だろう。タイでは王室そして国体をめぐる国民の意見対立が顕在化しており、大きな地殻変動の始まりにある。今年2月の新未来党解党判決後に広がった反政府フラッシュモブに端を発し、現在は憲法改正・王室改革を求める街頭デモに展開し、高校生や大学生がその中心を担っている。この国体を揺るがしかねない政治運動の広がりを抑えようと、政府は戒厳令を敷き、強制排除の構えを見せた(後に撤回)。この時、学生らはデモを継続するうえで、警察による武力制圧を牽制するためにも、国際的な注目を呼びかけていた。しかし、第一に今回の運動が、タイの国体の歪みから生じたもので、対中戦略上直接的な関係性が見出しづらいということ、第二に市民運動をサポートすることでタイ政府との関係を悪化させるのは対中戦略上得策ではないことからも、米国政府は積極的に市民運動を支持することもできず、沈黙した。

 現在の米国政府のタイに対する沈黙は、とりわけオバマ政権下での関与政策と比較するとその差がはっきりする。2014年5月のタイ・クーデター以降、オバマ政権はプラユット政権を批判し、タイ軍政の反発があってなおも、2015年1月、ラッセル国務次官補がチュラロンコン大学にて民主化を求める講演を行い、その立場を再確認した。タイ軍政はさらに反発したが、米国は価値外交を重視した。しかし、それとは対照的に今回は沈黙している。かつてラッセル国務次官補が講演したチュラロンコン大学で学生が「国際的な支持」を訴えても、米国の政府高官は応答していない。一方で、対中戦略上タイ政府との関係が重要であったとしても、米国高官がプラユット政権を支持する選択肢はない。それでも「沈黙」は限りなく後者に近いメッセージとなった。

 タイ以外でもう一つ気になる事例としてあげられるのは、10月中旬のエスパー国防長官によるインドネシアのプラボウォ国防大臣のワシントンDC「招待」である。コロナ禍ゆえの様々な制限事項があり、大統領選挙直前という時期に赴いたにもかかわらず、国防省での共同記者会見もなく、米インドネシア関係を喧伝するわけでもない、むしろ注目を避けるかのような奇妙な訪問であった。状況証拠的には、おそらくはプラボウォ国防大臣がロビイストを通じて、米国が「招待する」ように要請し、タイミングを待っていたと推察される6。したがって、論理的な帰結として、ワシントンDC「招待」の意義はプラボウォ氏が数々の人権侵害に関わっていたとして、リーヒ(Leahy)法に抵触する人物であるということが知られている中で、メディアの関心が集まらないタイミングで米国に招待し、人権侵害の記録を事実上白紙にすることを手助けすることにあろう。誤解を恐れずに言えば、東南アジアの要であるインドネシアの国防大臣に対して、対中戦略を踏まえて恩を売ったと理解できよう。

 ただ、国防省の決定を、パトリック・リーヒ上院議員は見逃さなかった。すぐさま10月13日には政府の対応に対して抗議声明を発表した。その中で、「我々の法律に従えば、プラボウォ国防大臣の我が国への入国は違法」であり(人権侵害、誘拐事件、拷問に関わっているため)、これを許すことは「大統領と国務長官が語る『法と秩序』がいかに空虚なものか」を示していると批判し、国務省に対して「法を適用し、査証発給をやめるべきだ」と述べ、政府の対応を批判した7。しかしこの間、連邦最高裁判所の新判事に指名されたバレット判事の人事案審議、そして大統領候補者討論会に政治的注目が集まっていたために、こうした抗議の声も広がりを見せることはなかった。

 米国の東南アジア政策が、対中政策の文脈で強化されることで顕在化する最もわかりやすい変化は、こうした政治的価値外交が後景に退くことにある。内政干渉は最低限に止め、リーダーシップとの関係構築を強化することは、ベトナムやタイ、フィリピン各政府指導者らとの関係の改善にも資するだろう。

 ただこの展開は、本来米国にとって有利なゲームではない筈である。イデオロギーでもガバナンス・スタンダードでもなく、あくまで経済協力や安全保障支援の規模こそが競争原理なのであれば、東南アジアの近隣国かつ民主主義の政治コストを求めない中国に有利な競争となるからである。とりわけ、自国内のコロナウイルス対策等に大きな資源を割かなければならない米国にとって、東南アジア政策における経済協力予算が増えることは期待できないであろう。

 東南アジア各国と中国との間に明確な形で軍事的衝突が生じれば、インドで展開したように中国排除政策で生じる間隙を米国がつく、といったことが可能だが、これは中国のオウンゴールがあってこその政策である8。その意味で中国との戦略的競争を強める文脈で東南アジアへの関与を進めるほど、東南アジア全体の権威主義化を直接、間接的に支援することが合理的となる。その結果、米国は今、かえって長期的な政策上の選択肢を狭める不利な競争状態を生み出しつつある。

 それでもやはり、米国政権にとって、対中競争戦略が新政権の主たる外交戦略として引き継がれる限り、東南アジアへの「関与」は政権移行に伴い増加することが予想される。その中で、短期的な利益を求めて、長期的なゲームの構造変化を見誤れば米国は不利な戦いを強いられることは必至である。中国が戦狼外交を通じてオウンゴールを連発して対東南アジア関係を悪化させたように、米国が選挙後のプロセスの中でオウンゴールを撃ち続けないよう、心配するばかりである。

(了)

1 東南アジア各国歴訪直後、東京滞在中にハノイで開催されたIndo-Pacific Business Forum (IPBF) にて、ベトナム、カンボジア、ミャンマー向け等の具体的な支援策を発表。
“DFC Announces New Initiatives to Support Prosperity in the Indo-Pacific”, U.S. International Development Finance Corporation, Oct 29, 2020.
<https://www.dfc.gov/media/press-releases/dfc-announces-new-initiatives-support-prosperity-indo-pacific>(2020年11月4日参照)
2 “Secretary Michael R. Pompeo And Indonesian Foreign Minister Retno Marsudi”, U.S. Embassy Jakarta, Oct 29, 2020.
<https://id.usembassy.gov/secretary-michael-r-pompeo-and-indonesian-foreign-minister-retno-marsudi/> (2020年11月4日参照)
3 “Unalienable Rights and Traditions of Tolerance”, U.S. Department of State, Oct 29, 2020.
<https://www.state.gov/unalienable-rights-and-traditions-of-tolerance/> (2020年11月4日参照)
4 中国が既に地域を支配しているという見方を行う代表的な識者がシンガポールのKishore Mahbubaniである。同時期に発表した著作Kishore Mahbubani ”Has China Won? “ Public Affairs, 2020において、「議論を喚起するため」と断りつつ、「縮小する米国、拡大する中国は必然である」と論じる。
5 ボルトン回顧録においては、北朝鮮問題を巡って、シンガポール、ベトナムが米朝会談の場所となったことからも、東南アジアは一定の役割を果たしてきたが、日本、韓国関係者とのやりとりが中心的に描かれ、NSCが北東アジア各国に多くの資源を割いてきたことがわかる。
6 テキサス州のロビイスト、Frinzi & Associatesはプラボウォ国防大臣自身の依頼を受け「防衛取引、外交政策」について、米国議会、国防省へのロビー活動を実施する旨記録している。
“LOBBYING BY PRABOWO SUBIANTO DJOJOHADIKUSUMO”, PRO PUBRICA
<https://projects.propublica.org/represent/lobbying/r/301023376>(2020年11月4日参照)
7 “Reaction To The Decision By The Trump Administration To Grant A Visa To Indonesian Defense Minister Prabowo”, U.S. Senator Patric Leahy of Vermont, Oct 13, 2020.
<https://www.leahy.senate.gov/press/reaction-to-the-decision-by-the-trump-administration-to-grant-a-visa-to-indonesian-defense-minister-prabowo> (2020年11月4日参照)
8 このモデルケースが、インドによる5Gインフラ整備からのHuawei(中国)の排除と、その後の米国テック企業のインドへの大規模投資である。
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