民主主義の危機との共存?
ソーシャルメディア選挙時代のジレンマ
渡辺 将人
2000年代末以降、初の非白人大統領(バラク・オバマ)を支えるオンラインの草の根組織を形成し、民主主義への正の効果が強調されてきたソーシャルメディア政治は、トランプ時代にある種の転換点を迎えつつある1。
2018年4月、フェイスブック(Facebook)の個人データ流出問題で、創業者のマーク・ザッカーバーグが連邦議会の公聴会で釈明を迫られた。CBS NEWS/YOUGOV(2018年4月10日発表)の世論調査では61%のアメリカ人が、ユーザーのデータ保護には一定の規制が必要と回答している2。 フェイスブックは個人情報設定の改善やデータ会社からのアクセス制限など対応策を発表したが、公聴会では自主規制には期待できないとの疑念が示された3。
ロシアの選挙介入問題を受け、連邦議会は昨年からネット広告規制(広告主の身元開示を求める法案)の包囲網が起動しており、フェイスブックも法案を支持する構えだ。EUで5月末に施行される個人データ保護規制の類似策によるプライバシー保護、あるいは反トラスト法適用も選択肢にはある。だが、プロバイダ(ISP)の免責を定めた通信品位法230条の無力化は、ネット空間の言論の自由を奪い、イノベーションと成長も鈍化させるとして慎重論も根強い。
注視したいのは、こうした立法府での法規制の議論を尻目に、どのような新技術も違法でない限り貪欲に駆使せざるを得ない党派政治の現実だ。この問題について現地で政党関係者に聞き取りを行なったが、現場には本音と建前が入り交じった複雑な心境がある。
第1に、フェイスブック問題の政治争点化に民主党が熱心な背景には、トランプ勝利の正統性に悪印象を付与できる党派的意図が皆無ではない。民主党関係者は二言目には「ロシアの操作」で生まれた政権だと熱弁する。だが、データマイニングの選挙利用の倫理を追究するなら、トランプ陣営固有の問題に還元できない。そもそも有権者データを集票ターゲット分析に利用するマイクロターゲティングは、アメリカでは2000年代からなし崩し的に実用化されている。定期購読誌、嗜好品、自動車、住宅、フィットネスクラブ、休暇時の観光先、テレビ視聴傾向などを投票歴や有権者登録と共に分析し、「説得可能」「動員可能」な有権者を割り出してアウトリーチを効率化してきた4。
また、オバマはビッグデータを駆使した戦略で再選しており、議論の矛先がビッグデータ選挙の是非に向かうと民主党は火傷をしかねない。2012年のオバマ陣営の選対本部長を務めたジム・メシーナは「オバマ陣営は有権者に利用データを告げていた」と先手の弁明をしている。たしかにオバマ陣営のビッグデータは戸別訪問で得られた情報の吸い上げが中心で、心理分析を本人の同意なしに転用したケンブリッジ・アナリティカ社の事案とは厳密には質的な違いがある。オバマ陣営は外部のデータ会社を利用せず、陣営内部で独自にビッグデータを構築した。しかし、選挙後のデータ管理についてはオバマ陣営の責任も曖昧なままだ。
第2に、ソーシャルメディア規制の議論をよそに、選挙現場では「やらなければ、やられる」という新技術の「軍拡競争」に歯止めが利かない現実がある。再選至上と党派対立の中、新技術は違法でない限り利用し尽くすのが政党戦略家の仕事であり、彼らは研究者と違って倫理問題の質問には正面から回答したがらない。
2016年にクリントン陣営でデジタル戦略を指揮した元幹部は、ネット上の誤情報を「ファクトチェック」で逐一訂正していく彼らの作戦は効果がなかったと総括する。民主党系のコンサルタントはモグラ叩き的なファクトチェックとの決別に舵を切りつつある。同元幹部は、「有権者はファクト的に事実かどうかに関心はなく、重視すべきは『感情』を刺激する『ナラティブ』であり、候補者への信頼を成熟させておけば、候補者についての細かい『フェイクニュース』に有権者はいちいち惑わされないはずだ」と指摘する。2016年の大統領選挙から、オンライン選挙戦の主戦場はbot5に転じている。botは特定の候補者や党派的な評論家を賛美したり攻撃したりツイートを溢れさせる上で、人間では不可能な分量の情報の集中発信で「世論の波」を生成する。見えない少数が大きなうねりを「演出」することが技術的には可能となった。完全に自動化されたbotと、自動化されているが人間の操作が介在するcyborgが連動することで、より世論操作の効果が上がる。2016年の大統領選挙中の約1,890万のツイートを分析したオックスフォード大学の研究は、そのうち17.9%が1日50以上ツイートする自動化されたアカウントだったと明らかにしている。トランプ寄り、クリントン寄りの比率は4:1で、選挙直前やディベート中に激増していた6。
Botをめぐる法的規制は追いついておらず、連邦選挙委員会(FEC)はそもそもbotの存在を認めていない。こうした中、トランプ政権に対抗する民主党のbot対策は2方向で展開している。第1に、選挙中の「ソーシャルメディアbot」の存在についての有権者教育である(ただ、AIの進歩で近い将来botは人間の模倣が深化し、早晩見分けは困難になるとも予想されている)。第2に、アカウントのネットワークを分析し、水面下で応戦することである。民主党全国委員会は表向きにはbot戦略を指揮していないが、コンサルタントによる非公式のbot調査プロジェクトが起動している。アラバマ州上院選挙では約1万のbotによるツイートを捕捉し、出元の大半が共和党系と突き止めた。ヴァージニア州知事選では両候補のCM論争が激しいツイートの応酬を招いたが、投稿量15位までのアカウントのうち13がbotだったと判明している7。
ビッグデータやソーシャルメディアが民主主義に及ぼす功罪の評価は曲がり角にきている。2012年にはオバマ陣営のデータ担当の幹部スタッフは「英雄」扱いであったが、彼らは今回の議論に積極的に参加していない。発言している一部元幹部もどうも歯切れが悪い。オンレコでは「法規制が必要」と言い、オフレコでは「botでも何でも使え」というダブルスタンダードが現場の本音だ。2018年の中間選挙がそれを悪化させている。5月頭時点で38人もの共和党下院議員が再選を目指さないと表明しており(民主党は18人)、現職有利の下院で民主党にチャンスが到来している。選挙区別調査ではないので参考程度ではあるが、4月末時点の世論調査(RCP平均)では民主党支持が6.8ポイント上回っている8。ライアン下院議長の電撃引退表明も、共和党支持者の士気を削いでいる。大統領弾劾を目標に掲げることで投票率を上げたい民主党は、トランプ攻撃に効果的な範囲で(ビッグデータ選挙の功罪にまで議論が本質化しない範囲で)、フェイスブックをスケープゴートにし続け、両党は水面下では粛々とbot対策を深めるだろう。
だが、botはあくまで「拡声器」であり、中核的な支持層の情熱と支持者連合の形成が集票の鍵であることは変わらない。とりわけ選挙区の小さい下院では地上戦は疎かにできない。技術戦での優位は、民主党の白人労働者票取り戻しの十分条件でもない。しかし、従来は移民コミュニティを経由して間接的にアメリカの選挙に影響を及ぼすだけだった外国勢力が、技術的に遠隔介入も可能となった問題は、民主主義と公正な選挙の根本を揺るがしかねない。現段階ではあくまで「ロシア問題」だが、中国やその他の外国が類似の影響を及ぼし始める可能性を指摘する声も選挙現場には存在する(しかし、民主党は「ロシア問題」で政権を追いつめる必要性から、焦点をぼやけさせないために介入主体の遍在性について論じることにはやや後ろ向きだ)。
「トランプ政権への賛否」と「民主主義の危機克服」を峻別できるのか。民主党のデータ戦略も批判的に総括できるのか。フェイスブック問題で意気軒昂に見える民主党側が、むしろ誠実さを問われている局面でもある。ネット政治のジレンマから目を背け続ければ、国際社会で仮に権威主義体制が「選挙は虚構」「選挙で指導者を決める制度は危険」と唱えても、反論の説得性を失いかねないからだ。
- アメリカのソーシャルメディア政治の変遷については渡辺将人「ソーシャルメディアの政治力」『アメリカ文化事典』アメリカ学会編(丸善出版、2018年)など参照。
- "CBS News/YouGov poll on guns: Safe or scary, free or dangerous?" CBS NEWS, April 10,2018. [https://www.cbsnews.com/news/americans-are-skeptical-facebook-can-protect-user-data-cbs-news-poll/](最終検索日:2018年5月10日)
- "Transcript of Zuckerberg's appearance before House committee" The Washington Post, April 11, 2018. [https://www.washingtonpost.com/news/the-switch/wp/2018/04/11/transcript-of-zuckerbergs-appearance-before-house-committee/?noredirect=on&utm_term=.863ee4d9e7ea](最終検索日:2018年5月10日)
- 2000年代の2大政党のマイクロターゲティングの変遷と2012年オバマ陣営のビッグデータ選挙の詳細については渡辺将人『現代アメリカ選挙の変貌』(名古屋大学出版会、2016年)参照。
- 語源はロボット/robot(人の代わりに作業を行う機械)。人間に代わり自動的に作業を行うコンピュータープログラムの総称で、Twitterの機能を使って作られたbotは、機械による自動発言システムで、自動的にツイートしたりリプライすることができる。
- Samuel C. Woolley & Philip N. Howard, "Computational Propaganda Worldwide: Executive Summary", Computational Propaganda Research Project, Oxford Internet Institute, University of Oxford, 2017.
- ヴァージニア州知事選では、共和党候補応援のステッカーを貼ったトラック(コンフェデレーション旗を掲げる)が、ヒスパニック系の少年やムスリムの少女を追い回す民主党系PAC「Latino Victory Fund」のCMに対して、共和党候補陣営が、中米系ギャンクMS-13を民主党候補が容認しているかのようなCMで応戦して泥仕合になった。従来のマスメディアを舞台にしていたネガティブ広告戦は、ソーシャルメディアに拡散して展開されている。
- "2018 Generic Congressional Vote", RealClearPolitics.
(4/20-5/6 各種調査平均)民主党46.1、共和党39.3
[https://www.realclearpolitics.com/epolls/other/2018_generic_congressional_vote-6185.html](最終検索日:2018年5月10日)