大橋 正明(聖心女子大学グローバル共生研究所 招聘研究員)
2024.03.11
  • 大橋 正明
  • バングラデシュ

難民支援におけるHDPネクサス
日本のODAはバングラデシュでこれをどう実現できるのか?

※本記事における見解は筆者個人のものであり、Asia Peacebuilding Initiatives:APBIの公式見解ではありません。


1.国際的人道支援を必要とする人道危機の増加と難民の長期化

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、何らかの理由で故郷を追われ国内外に避難を強いられている人の数は2023年5月現在1億1千万人で、18年末の7,080万人からわずか4年間で4千万人も増加した。現下の国際情勢を見れば、この数はその後も大きく増加していると思われる。なおこのうち3,640万人が国外に逃れた難民で、その69%が低・中所得国、とりわけ20%が特に貧しい後発開発途上国(以下LDC)に逃れており、しかも66%が滞在期間5年以上の長期難民[1]であり、それらの国々での受け入れ負担は大きい。

ロヒンギャ難民はその典型だ。LDCであるバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民の数は23年9月に965,467人[2]で、その多くは16~17年にミャンマーのラカイン州北部から逃れて来たが、91年頃から来た難民やその子孫も数万人含まれている。難民条約に参加していないバングラデシュ政府は、このロヒンギャ難民を難民ではなく「強制移住させられたミャンマー国民(Forcibly Displaced Myanmar Nationals, FDMN)」と名付け、ミャンマーと国境を接する南部コックスバザール県にある33のキャンプ及びノアカリ県バサンチョール島にある1キャンプに収容し、公式には就業やキャンプ外への出入りの自由を禁止している。このためこの難民たちは外部支援に大きく依存して生活している。

この人たちはミャンマーへの帰還を強く望んでいるが、その条件として他のビルマ人と同等の国籍の取得(あるいは復活)、自分たちが保有していた財産の返還やその保証、そして安全の確保を挙げている。ところが1982年の国籍法でこの人たちの国籍を取り消したミャンマー政府は、この人たちの大半はバングラデシュからの不法移民であると主張しており、その帰還はこれまで実現していない。さらにミャンマーでは21年に軍のクーデーターによって軍政に変わったことを併せて考えると、この数年間中国がビルマ政府に帰還受け入れの圧力をかけてはいるものの、大半のロヒンギャはさらに長期にバングラデシュに滞在すると予想される。

再度世界に目を向けると、大規模な国際的な人道支援を必要とする危機事態が続発・継続しており、その対象者の数も飛躍的に増加を続けている。こうした状況下で、難民・避難民をはじめとした人道支援への幅広い取り組みとその持続性がグローバルな重要課題であることが、次第に広く強く認識されるようになっていった。

 
[1] https://www.unhcr.org/refugee-statistics/
[2] https://reporting.unhcr.org/operational/operations/bangladesh#:~:text=As%20of%20September%202023%2C%20965%2C467,cent%20comprise%20women%20and%20girls.

2.HDPネクサスが生まれた背景

この認識に対する国際的な対応は、16年5月にイスタンブールで開催された初の「世界人道サミット(World Humanitarian Summit)」である。ここでは、複雑化・長期化する人道危機に対する人道資金不足に警鐘が鳴らされる一方、人道と開発の連携などより効果的な支援の在り方が初めて議論された[3]

続いてこの年の12月、グテーレス新事務総長が国連総会での就任演説で、人道支援と開発と平和を、人道危機対応を土台に明確に結び付けた。
 

 私たちはまた、危機発生当初から人道と開発の側面をより密接に結び付けることで、被災コミュニティーを支援し、構造的・経済的影響に取り組み、脆弱性と不安の新たな悪循環を予防するための支援を行わなければなりません。人道的対応、持続可能な開発、持続的な平和は、同じ三角形の三辺を構成するからです[4]
 

この三辺に関して、OECDの開発援助委員会(DAC)も19年2月に「「人道・開発・平和の連携に関するDAC勧告(DAC Recommendation on the Humanitarian-Development-Peace Nexus)」を採択した。これはDACの下部機関「紛争と脆弱に関する国際ネットワーク(INCAF: International Network on Conflict and Fragility、INCAF)で準備されたこともあり、紛争の発生・再発予防を土台とする傾向が強い[5]

その前年の18年12月、国連総会は「難民に関するグローバル・コンパクト(Global Compact on Refugees、以下GCR)」を採択し、世界に対して「社会全体で取り組む難民支援」の重要性を強調した。具体的な内容は、①難民受け入れ国の負担の軽減、②難民の自立促進、③ 第三国へのアクセスの拡大、 ④難民出身国の状況整備の支援、の4点である 。

そしてこのコンパクトの確実な推進のために各国政府や民間パートナーなどから長期的支援の確約を取り付けることを目的に、加えて複雑化する難民問題とそれらの対応の経験や知見を共有し合い、難民支援のあり方を見直し行動につなげる場として、19年から「グローバル難民フォーラム(Global Refugee Forum、以下GRF)」が始まり、4年ごとに開催されることになった[6]。19年の第1回GRFでは、770以上のプレッジ(宣言)の提出と目標指標の設定が行われた。23年12月には第2回GRFが開催され、コロンビア、フランス、ヨルダン、ウガンダと共に日本が共同議長国を務めた。その開会式で日本の上川外務大臣は、
 

 難民・避難民そして受入コミュニティの人々の夢を実現するため、日本は、ドナー国、受入国、国際機関等が連携するためのプラットフォームとして、人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)のマルチステークホルダー・プレッジを打ち出しました
 

と発言し、様々な関係者にHDPネクサスに取り組みに向けたプレッジへの支持を呼びかけた[7]。今後HDPネクサスは、日本の難民支援の主柱になっていくと予想される。

 
[3] JICA: https://www.jica.go.jp/Resource/about/president/archives_kitaoka/20160526_02.html
[4] グテーレス事務総長:https://www.unic.or.jp/news_press/info/22267/
[5] DAC: https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/bunya/conflict/index.html
[6] UNHCR: https://www.unhcr.org/jp/grf-what-are-pledges
[7] 上川外務大臣:https://www.undp.org/ja/japan/press-releases/shared-responsibility-key-addressing-rising-displacement

3.日本のODAは、難民支援のHDPネクサスをどう実現・持続していくのか

紛争予防や人道支援のどちらを土台としても、人道と開発と平和を強く結びつけることは考え方としてよく理解できる。しかしインフラ支援を軸に経済成長を強調する日本の政府開発援助(以下ODA)でこれをどう実現していくのかは、容易ではないように思われる。

例えば先に例を挙げたロヒンギャ難民を抱えるバングラデシュでは、受け入れ国政府が難民をキャンプに収容しており、キャンプ内外での就労による難民の経済的自立を認めていない。このため、キャンプ周辺のホストコミュニティに対する開発支援と、GCRで強調され日本政府もやっと腰を上げ始めた日本への移住支援以外、なかなか打つ手立てがないのが現状である。難民帰還の条件を整えるためのミャンマー側への平和や開発のためのODAも、現在の軍政下では構想も実施もほとんどできない状態だ。

ちなみに筆者は、ロヒンギャはミャンマー帰国の権利を有しているがその実現は当面不可能で、いずれバングラデシュ国内で適切に就労して自活していくになると予想しており、日本のODAがこの段階でそれを積極的に支援していくことを強く願いたい。しかし最近の日本の対バングラデシュODAは、同国にとってのトップドナーであるものの、経済成長を目指した大規模インフラの建設などの巨額な借款案件が大半であり、社会開発に適した無償は、21年の同国向けODA総額1953.0百万ドルの僅か4.0%の79.1百万ドルである。しかもこの無償の内訳をみると、ロヒンギャ難民のための国際機関経由の人道支援が44.1%で、日バ両国のNGOs向け小規模案件が26.0%、独自の無償プロジェクトは僅か4件の11.8百万ドルで29.9%、最大でも5百万ドルという小さな規模である[8]

このような状態下で、日本政府のODAにおいてロヒンギャ支援をどのように開発、特に社会開発に適正に結び付けることができるのだろうか?そのために必要な経験や視点をもっと人材を、今後確保できるのだろうか?

先に挙げた第2回GRFで、JICAの田中理事長は「ウガンダ等の難民受入国での行政能力強化支援及び難民を対象とした人材育成の事例」を紹介した。それらは大いに歓迎すべきことなのだが、ウガンダでもバングラデシュでも難民支援と社会開発を扱う省庁は異なっており、これらを連結させるネクサスの実現には相当の努力を要すると思われる。ちなみに日本のODAも、難民支援を行う政府機関の部署だけでも、いくつにも分かれている。

こうしたこと含めて難民支援のグローバルな全体像を的確に把握し、日本の特徴ある戦略を構想し、それを効果的かつ持続的に実施していく体制の構築が、今の日本のODAには喫緊であるように思える。

 
  1. [8] 日本の対バングラデシュODA: https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/100554785.pdf
 

 
 
 
MASAAKI OHASHI 大橋 正明

聖心女子大学グローバル共生研究所 招聘研究員

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