大矢 南
2015.07.10
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June 2015: Southern Philippines

フィリピン南部の和平プロセスに関する主な出来事(2015年6月)

①日本、新自治政府創設に向け和平側面支援の継続を約束

 アキノ大統領は2~5日、日本を公式訪問した。西フィリピン海(南シナ海)および東シナ海における中国との領有権問題を念頭にした国防、軍事協力の強化が主な議題だったが、4日発表された共同声明には、バンサモロ新自治政府創設を見通した最終和平実現に向け、日本が側面支援を継続していくことが盛り込まれた。

 共同声明は、フィリピン政府のバンサモロ開発計画に基づき、和平側面支援プロジェクト「日本バンサモロ復興開発イニシアティブ(J-BIRD)」を第2段階に移行、バンサモロ管轄地域の経済的自立の確保に焦点を当てるとした。

 20日には、和平関連のセミナー出席のため訪日した、MILFのムラド議長と国家ムスリム委員会のラオ委員長が、岸田外相を表敬訪問。外務省発表によると、岸田外相が16日に執り行われたMILFの武装解除開始を歓迎すると共に、和平側面支援の継続を改めて確認した。

②下院本議会、基本法案の採決を次期国会へ持越し

 下院本会議は今国会会期末の10日夜、バンサモロ基本法案の審議を打ち切った。政府と下院与党陣営は今国会での可決を目指していたが、採決はアキノ大統領の任期最後となる施政方針演説後(7月27日)に始まる次期国会に持ち越された。

 予定された議員38人の質疑のうち、10日夜までに終わったのはわずか8人。バンサモロ新自治政府管轄領域への編入に反対しているサンボアンガ市選出のロブレガット下院議員が5日間で合計10時間以上、ロドリゲス委員長(下院特別委員会)と質疑応答するなど、時間を割いた。

 政府・与党は、大統領の任期が満了する2016年6月までの新自治政府創設を目標に掲げ、15年第1四半期までに同法案を可決し、新自治政府の管轄領域を確定する住民投票を実施する予定だった。しかし、警官やMILF構成員ら68人が死亡した1月下旬のテロリスト追跡作戦を受け、MILFに対する不信感と法案修正を求める声が国会議員の間で高まり、審議が大幅に遅れている。

③MILF武装解除が本格始動。第1陣145人、75の銃器類引き渡し

 16日、マギンダナオ州スルタンクダラト町で、MILFの武装解除開始式が行われた。第1陣として、武装解除構成員145人が反政府組織戦闘員としての任務を解かれ、「民間人」として生計支援の一時金2万5千ペソや健康保険証が支給された。75の銃器類は武装解除国際監視団(IDB)に引き渡された。銃器類は同州バリラ町一帯にあったMILFの元拠点、アブバカール基地内の倉庫に運ばれ、厳重に警備される。

 MILF構成員の総数は約2万人ともされ、今後は住民投票後に第2~4陣に分けて実施される。進捗率は2、3陣終了時にそれぞれ30%、65%を予定し、4陣で全構成員の武装解除を完了させる予定。このため、基本法案の可決が遅れれば、住民投票実施時期、武装解除も共に遅れることになる。

 アキノ大統領は16日の式典で、「MILFは(武装解除の)約束を果たそうとしている」と強調。その上で「法案審議を困難にすることは、和平に異議を唱えるのと同然。(MILF構成員らに)生活向上と安寧の機会を与えず、武装闘争を続けさせるようなものだ」と審議を急ぐよう国会議員に求めた。

 MILFのムラド議長も「武装解除は責務、義務を果たすというMILFの決意表明であり、バンサモロ基本法案の土台となった和平合意を最大限尊重してもらいたい」と演説し、法案修正を可能な限り避けるよう注文した。

④憲法協会会長ら、和平合意の違憲認定求め最高裁に提訴

 法曹界関係者で構成されるフィリピン憲法協会会長のロムアルデス下院議員=レイテ州=らは19日までに、政府とMILFの和平合意とバンサモロ基本法案の違憲性認定を求め、最高裁に相次いで提訴した。

 原告側は判決言い渡しまでの仮処分として、合意や同法に基づく予算支出の一時差し止めを求めており、すでに始まっているMILF構成員の武装解除や政権支援事業などに影響が出る可能性がある。

 これを受け最高裁は23日、政府、MILFの和平交渉団長やアバド予算管理長官らに10日間以内の反論書の提出を命じた。先に民間人5人が同法案の違憲認定を求めた裁判については、「法案の段階であり、司法判断の対象外」として却下した。

 提訴を受け、バルテ大統領報道官補、イクバルMILF和平交渉団長はともに「枠組合意から2年、包括的合意からすでに1年が過ぎた。なぜ今提訴なのか」と疑問を投げか、和平プロセスを妨害する政治的狙いが背景にあることを示唆した。

 原告の一部は野党陣営やアロヨ前政権の関係者。ロムアルデス議員は、イメルダ・マルコス下院議員=北イロコス州=の親類に当たる。上院地方自治委員会の委員長を務めるマルコス上院議員は、先の上院演説で基本法案の審議について「和平プロセス担当大統領顧問室(OPAPP)はモロ民族解放戦線(MNLF)やミンダナオ先住民、カトリック教会関係者など、和平プロセスに影響を受ける多くの関係者の意見を無視している」と述べ、「法案可決は平和ではなく紛争と流血をもたらす」と批判。基本法案に代わる代替法案を起草すべきと話しており、非協力的な立場をとっている

⑤BDAとJICA、バンサモロ開発の中長期計画概要を発表

 日本の国際協力機構(JICA)とバンサモロ開発局(BDA)は26日、首都圏パシグ市オルティガスで、和平に関するワークショップを開催し、新自治政府での地域復興、開発を推進する「バンサモロ開発計画」(BDP)中長期計画の概要を発表した。

 中長期計画は、3段階に分けられている開発計画のうち、新自治政府移行後の2016~22年に実施する第2期(BDP2)に当たる。①裾野の拾い包括的な開発、②集中的な景気刺激策、②地域でこれまで主流だった経済構造に代わる新型経済構造の促進、④資源管理の強化、の4つの戦略を柱にした計16事業(51プログラム)からなる。

 今までなかった国際空港や、新たな港湾、都市間を結ぶ幹線道の整備で輸送・交通アクセスを改善、景気を刺激。イスラム法に沿ったハラル食品産業や有機農業の促進といった新しい産業の開発、アバカ(マニラ麻)、ココナツ、コーヒーなど既存の特産品にも力を入れ、民間投資を促進する。資源管理強化では、水産資源や森林保護のほか、水力やバイオマスなど代替エネルギーの開発を提案した。

 計画実施によって、2013年に1010億9200万ペソだった地域内総生産を、計画終了の22年には約2倍の1918億3600万ペソまで引き上げる。新たに55万人の雇用を生み出し、新自治政府地域で7%台の経済成長率が見込まれるという。

 基本法案の国会審議が難航し、16年の新自治政府創設に向けた準備は大幅に遅れる中、JICAのミンダナオ和平・開発支援を専門にする力石寿朗シニアアドバイザーは「和平合意はすでに成立しているので、(開発計画自体は)生き続ける。法案審議が遅れても、所与の準備は粛々と進めていくというのがJICAの考え」と述べ、審議遅延による開発計画実施への影響は少ないとの見方を示した。

 BDPはフィリピン政府とMILFのメンバーで構成されるBDAが中心となって策定、昨年11月に公表された。うち、新自治政府が創設される16年までの第1期計画はBDAとJICA、世界銀行、オーストラリア国際開発庁などが協力、今年2月までに最終案を取りまとめた。第2期はJICA主導で進められ、今後、詳細を詰めて予算を算出するとともに、他の国際機関によって策定される予定の保健医療、教育、文化面などの計画と合わせ、今年12月までに最終案としてフィリピン政府への提案を目指す。

註:上記内容は主に以下の現地報道機関のウェブサイトの記事を参考に、筆者が編集した。

日刊まにら新聞(http://www.manila-shimbun.com/
MindaNews(http://www.mindanews.com/) 
Philippine Daily Inquirer(http://www.inquirer.net/
Philippine Star(http://www.philstar.com/
ABS-CBN News(http://www.abs-cbnnews.com/
GMA News Online(http://www.gmanetwork.com/news/
Manila Bulletin(http://www.mb.com.ph/
Rappler (http://www.rappler.com/)
The Manila Times (http://www.manilatimes.net/)
Business World (http://www.bworldonline.com/index.php)

Mindanao, June 2015

MINAMI OHYA大矢南

フィリピン在住

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