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オーシャンニューズレター

第291号(2012.09.20発行)

第291号(2012.09.20 発行)

地域密着型海洋教育への取り組み

[KEYWORDS] 三崎臨海実験所/三浦市/地域密着型海洋教育教材
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所 教務補佐員◆日野綾子

三崎臨海実験所は今年、三浦市と連携協力協定を取り結び、三浦市の小中学校をモデルに三浦ならではの地域密着型海洋教育に取り組みはじめた。すでに動き始めた海洋アライアンス・海洋教育促進研究センター(日本財団)での三崎臨海実験所の活動も含めて紹介したい。

三崎臨海実験所について

■三崎臨海実験所記念館(旧本館)2階展示室

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所(通称、三崎臨海実験所)という長い名前の実験所は、日本でもっとも古いだけではなく、ナポリやウッズホール、プリマスと並ぶ世界でももっとも古い臨海実験所の一つです※1。神奈川県三浦市、油壺湾を望む三浦一族の新井城址にある実験所のことをご存じの方、訪れたことのある方は三浦市民でも意外に少ないかもしれません。
三浦半島の東側は東京湾、臨海実験所のある西側は相模湾に面し、実験所一帯はリアス式海岸で、静穏な内湾や干潟、潮通しのよい岩礁海岸などの豊かな海が広がっています。実習調査船で行くとすぐの距離に深海があり、東京湾からの豊富なプランクトンを含む沿岸流と黒潮が混ざり合い、生物の種類がとにかく豊富な海域が形成されています。1時間足らずの観察会で見つかる生き物は、一度に数十から多いときには100種類にもおよびます。
三崎臨海実験所は1886年の設立以来、多くの国内外の研究者や学生に利用されてきました。昨年度からは海洋教育の分野で新しい取り組みをはじめ、所外の人たちをまきこみ動きはじめています。

海洋アライアンス・海洋教育促進研究センター(日本財団)

■名向小学校の総合的な時間における荒井浜の磯観察の様子。(6年生50名)

2007年、東京大学では分野を超えた海洋研究と人材育成の拠点「海洋アライアンス」がスタートしました。学内の13部局・専攻、200名を超える海洋の研究・教育の専門家が分野横断型のネットワーク組織を構築し、海洋学際教育プログラムにより学生に単位を与えています。当実験所は理学系研究科生物科学専攻としてこのプログラムに参加しています。
海洋基本法の精神に基づいて、一昨年、日本財団の助成により海洋教育促進研究センター(http://rcme.oa.u-tokyo.ac.jp/)が発足し、当実験所に、窪川かおる特任教授、大森紹仁特任研究員が新たに着任しました。海洋基本法は、その第28条に、海洋に関する「教育の推進」と「人材の育成」を掲げています。赤坂甲治所長のもと、伊勢優史特任助教、幸塚久典技術専門職員、筆者も加わり、その他スタッフの協力も仰ぎながら、通常の研究・業務のかたわら、何ができるのか何をすべきなのか模索し始めています。海洋アライアンスの中に新しくできた海洋教育促進研究センターは、初等中等教育において海に親しみ、海を知り、海を守り、海を活用する教育を推進する研究・実践センターです。小学校から大学院まで、一貫した海洋教育を目指しています。初等中等教育の学習指導要領に「海」を取り入れることを目標とするセンターの一員として、全国規模の活動の中、当実験所も海洋教育に力を入れることになったのです。
日本財団の助成による2009年上梓のガイドブック『三崎の磯の動物ガイド』は多くの教育・研究関係者にご利用いただき、12,000冊を配布終了しました。現在、海洋教育促進研究センター(日本財団)の活動として改定版を準備中です。また、新たに地域密着型教材第1号として、実験所付近のフィールドをモデルに『海の観察ガイド~神奈川県小網代荒井浜編~』を編集中で、約90頁をHPからダウンロードしていただけるようになっています(http://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/jp/education/umiguide.html)。
今後、東京湾・相模湾の数カ所で同様の地域密着型教材を作成する予定です。また、現行の小学校~高等学校の教科書から海洋に関するキーワードをピックアップする活動も進んでいます。これらには、大妻女子大学の細谷夏実教授とその学生さんたち、また都の高校教職員や生物教育関係者有志により組織されている東京都生物教育研究会の先生方も加わって活動しています。さらには、地域の先生方や市民の方々に利用いただける地域密着型の海洋教育を促進するための「展示室」開設を目指し、記念館(旧本館)2階に仮展示中です。

三浦市との連携協力はじまる

今年3月27日、三崎臨海実験所と三浦市は海洋教育の推進を目指し連携協力協定を締結しました。6月23日に行われた記念講演会には三浦市民約100名が参加、さらに多数の市民が当実験所を見学されました。赤坂所長は講演の中で「海洋資源の活用は日本全体の活性化につながる。連携を通じて、三浦市を海洋教育のモデル地域にしたい。海が持つ可能性を伝え、理解を広めていきたい」と抱負を語りました。小中学校で海洋教育を進めていくために、三浦市教育委員会から2名、三浦市の小中学校から6名の先生方、当実験所からは4名のスタッフが加わって「地域密着型海洋教育教材開発委員会」を発足しました。まずは子どもたちに海への関心を深めてもらいたいと、モデル校の選定、学区内の海の調査、教材の作成といった活動が始まりました。今後は、教材の実践・検証、周知のための研修会の運営を行っていく予定です。また、春の遠足や事前学習に当実験所スタッフが参加して磯観察のポイントや注意点を解説しました。講演会や遠足の様子は地元の新聞にも紹介されました。
また、三浦市教育委員会には今年8年目を迎える「みうら学」という地域教材を開発する研究員会があり、今年度はそこでも海洋教育をテーマにした教材開発が進められることになりました。また、三浦市学校教育研究会中学校理科部会でも環境教育の視点から、海洋教育に取り組む予定です。この夏休みは「海洋教育写真コンテスト」を実施中で、「子どもたちから見た三浦の海」をテーマに「海の生き物」と「海の風景とくらし(産業・文化)」の2部門をもうけ、市内の小中学校の児童生徒から作品を募っています。優秀作品は、当実験所HPで紹介する予定です。
残念ながら、当実験所スタッフがすべての学校に出向くわけにはいきません。先生方に海を知っていただき、海洋教育の実践者になっていただきたいと、教員研修も行いました。これまでも当実験所は、一般市民向けの自然観察会やSPP(サイエンスパートナーシッププロジェクト)、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の実習や教員研修の受け入れなどを行ってきました。歴史をひもとけば、当実験所では、中学校や師範学校の教員を対象とした「動物学臨海実習会」を1898年から開催していました※2。今また、海洋教育に取り組み始めた三崎臨海実験所とその動きに呼応して一緒に動き始めたみなさんのこれからが楽しみです。注目していただきたいと思います。(了)

※2 磯野直秀著『三崎臨海実験所を去来した人々』学会出版センター、1988

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