衛星画像分析 2024/10/08
北朝鮮がウラン濃縮施設を初めて公開~その規模と狙い
1. ウラン濃縮施設を金正恩総書記が視察
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は2024年9月13日、金正恩総書記が核の生産施設を視察し、現地指導したと報道した。視察先には、核弾頭用の核物質を製造するウラン濃縮施設も含まれ、同国がウラン濃縮施設の現場を写真付きで公表するのは初めてである。
核関連施設が集中する同国東南部の寧辺(ニョンビョン)にウラン濃縮施設があることが知られているが、国際原子力機関(IAEA)は同年6月、首都平壌(ピョンヤン)郊外にある降仙(カンソン)に整備されている核関連施設の敷地に、ニョンビョンに類似したウラン濃縮施設が完工段階に入ったとみられると言明した[1]。また、IAEAは2023年12月末に、「ニョンビョンに建設中の実験用軽水炉が臨界に達した兆候がある。使用済み燃料の再処理により、プルトニウムが取り出され、核兵器に転用される懸念がある」と表明しており[2]、核物質の生産強化で、北朝鮮が核戦力の増強に動くのではないか、と警戒している。
こうした中、北朝鮮がウラン濃縮施設を初公開した意図は何か。笹川平和財団は労働新聞に掲載された写真や、新たに入手した衛星画像を分析し、兵器用ウランの生産能力や北朝鮮の狙いを探った。
2. 北朝鮮におけるウラン濃縮
(1) ウラン濃縮とは
原子力利用には、ウラン濃縮の工程が欠かせない。天然ウランは、核分裂して膨大な熱エネルギーを放出するウラン235の含有量がわずか0.7%であり、残りは核分裂しないウラン238で構成される。そのため、そのままでは原子炉用の燃料や核兵器に使うことができず、遠心分離機などを用いてウラン235を238から分離し、その割合を高める加工が必要である。図にあるように、通常の原子炉用にはウラン235の割合を3~5%に高めた低濃縮ウランを使用する。この5%程度の濃縮技術を確立すれば、90%の核兵器級高濃縮ウランの製造も理論上可能になる。濃縮度を上げるための遠心分離機は、洗濯機の脱水機と同様に回転させ遠心力によりウラン235とウラン238分離するが、超音速で回転させる必要があり高度な技術を必要とする。後述するように(表1参照)、北朝鮮の核開発の歴史は古く、すでに核兵器級のウラン濃縮技術を確立しているとみられる[3]。
図:天然ウランの濃縮
(2) ウラン濃縮施設の分析:公開写真から
公開された写真はウラン濃縮施設の規模や特徴について多くの示唆を与えている。まず、遠心分離機については、その形状から、パキスタン経由(同国カーン博士による「核の闇市場」[4])で手に入れた製造方法を基に改良した北朝鮮自前の分離機とみられる。
写真1:公開された北朝鮮の濃縮施設
写真2:公開された北朝鮮の濃縮施設
軍事転用を企図する国を含め、ウラン濃縮を手掛けている国は少なくないが、遠心分離機を自前で生産できるのは、世界において以下の三つの企業である。
- ウレンコ:イギリス、ドイツ、オランダの連合企業体
- ロスアトム:ロシアの国策原子力会社
- 日本原燃:青森県六ケ所村
上記以外は、ウレンコに勤務経験があったカーン博士が遠心分離機の製造法を密かに盗み出し、「核の闇市場」に流した方法を模倣、あるいは改良させたもので、それぞれの特徴は把握しやすい。
ウレンコと日本原燃の遠心分離機は、一基当たりが長い(3~5メートル)のが特徴である。逆にロシアは一基あたりを極端に短くして(60センチメートル程度)分離機を大量生産し、何基も連結させる手法で、コスト削減に成功した[5]。そのため、原子炉用のウラン濃縮で世界シェア1位になった。
写真1を見ると、この濃縮施設の遠心分離機は、金正恩氏や他の視察者の身長よりやや短い1.5メートルほどの丈で、上記3社の特徴を全く表していない。ウレンコや日本原燃が北朝鮮に技術支援することはもとよりあり得ないが、この分離機に関しては、ロシアが技術支援した形跡もうかがえない。ロシアは軍事転用可能な原子力技術を輸出する際は、二国間協定で軍事転用の禁止を明記するか、IAEAの保障措置(核施設、核物質への査察、監視)を受け入れるよう輸出先に求めるのを原則としている[6]。北朝鮮との軍事協力を強めつつある現状から、今後はわからないが、これまでは当該施設に関与していないとみられる。
一方、カーン博士が「核の闇市場」に流した遠心分離機の製造法のうち、P2と呼ばれるタイプは長さ1.5メートルで、写真の分離機の特徴と一致する。労働新聞によると、金正恩氏は現地で「遠心分離機の台数をさらに増やすとともに、遠心分離機の個別分離能力をさらに高め、既に完成段階に至った新型の遠心分離機の導入事業も計画通りに推進して兵器級核物質生産の土台を一層強化しなければならない」と述べている。「核の闇市場」経由で製造方法を入手し、北朝鮮が自前で改良を加えたと判断するのが妥当である。
次に、当該ウラン濃縮施設の生産規模である。上記二つの写真は別の箇所を撮影しているが、それぞれ遠心分離機の数は優に1,000機を超えている。公開された6枚の写真を分析すると、施設全体では10,000機を超えているとみられる。遠心分離機1,000機で約22キログラムの高濃縮ウランを製造でき、10,000基だとすると、年間220キログラムの製造が可能である。核弾頭1基あたり高濃縮ウラン22キログラムを使うので、当該施設では、核兵器約10個分の高濃縮ウランを提供できることになる。
3. 核開発の経緯
(1) 北朝鮮の核開発
北朝鮮の核開発は、1980年代に表面化し、1990年代には第1次北朝鮮危機を迎えるなど事態は緊迫した。その後、6者協議の枠組みができたが、国際社会が北朝鮮の非核化を進展させられないうちに、同国は2006年、初の核実験を実施し、以降、核・ミサイル開発を加速させている。
表1:北朝鮮の核開発の主な経緯
年 | 月 | 出来事 |
---|---|---|
1974 | IAEAに加盟 | |
1985 | 核拡散防止条約(NPT)に加盟 | |
1986 | 黒鉛炉、使用済み燃料再処理施設を建設するなど核開発を本格開始 | |
1992 | IAEAと包括的保障措置協定を締結 | |
1993~94 | 第一次北朝鮮危機。北朝鮮が提供した情報とIAEAによる査察結果に重大な不一致 | |
1994 | 10 | 米朝合意。北朝鮮が黒鉛炉の開発を凍結する見返りに、使用済み燃料の軍事転用が難しいとされる軽水炉を提供することに |
1995 | 3 | 朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)設立。合意を実施へ |
2002 | 10 | 北朝鮮によるウラン濃縮疑惑が発覚。IAEA査察官を追放し、核施設を再稼働 |
2003 | 1 | NPTから脱退を表明。同年、北朝鮮の非核化を協議する6者協議が発足 |
2006 | 10 | 第1回核実験を実施 |
2007 | 2 | 6者協議において、北朝鮮がニョンビョン核施設の稼働を凍結する見返りに、重油を提供することで合意。 |
2009 | 5 | 第2回核実験 |
2011 | 10 | 訪朝した米核科学者のジークフリート・ヘッカー氏に対し、ウラン濃縮施設を公開。遠心分離機は2,000機と報告。 |
2012~ | 金正恩体制に移行後、さらに4度の核実験を実施するなど核・ミサイル開発を加速 |
出典)日本原子力研究開発機構「北朝鮮核問題」などを参照に筆者作成
ウラン濃縮施設はニョンビョンにあり、カンソンにも今年整備されたとみられているが、北朝鮮は総書記が視察した施設の場所を明示していない。米国の核専門家の一部からはカンソンではないか、との見方が提示されているが[7]、IAEAがカンソンについて完工状態と判断してから間がないため、大量の遠心分離機を短期間で導入できたのか、疑問が残る。現段階では写真1、2の遠心分離機を備えるのは、ニョンビョンかカンソンか、特定は困難である。
衛星画像1:ニョンビョン・ウラン濃縮施設(2023年4月12日)
衛星画像2:カンソン・ウラン濃縮施設(2024年3月1日)
(2) 北朝鮮の狙いと意図
総書記がウラン濃縮施設を視察し指導したのは、核兵器用核物質の製造を強化する狙いがまず挙げられる。プルトニウム型核兵器は、核弾頭1基あたり3.5±0.5キログラムで済むのに対し、ウラン濃縮型は同程度の爆発力を確保するには、1基あたり22キログラムが必要で、小型化に適しているとはいえない。一方、プルトニウムは爆発させるのに、爆縮[8]という特殊な技術を確立する必要があり、確立できなければ不発になるのに対し、ウラン型は塊をぶつけあえば、確実に爆発する利点がある。
数十回、あるいは数百回の核実験を繰り返し、爆縮技術を完全に確立した米中ロなどの核大国が、ウラン型核弾頭を増強する動機は働きにくいが、北朝鮮は核実験を6回しか実施しておらず、爆縮技術を確立できたか断定できない。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)はこうした事情を踏まえ、Yearbook2024において、北朝鮮が濃縮ウランの増産を図る動機があると指摘している。具体的には、北朝鮮は現在、50発の核弾頭を保有し、1年前から7割増えたと推計しているが、核兵器級プルトニウムの保有量は60~80キログラム程度で核弾頭20基程度分しかないうえ、爆縮技術を確立しきれていない可能性から、核戦力の増強には、濃縮ウランの生産を増やし、ウラン型核弾頭も増やす必要があると考えられる。
表2:北朝鮮の核弾頭数および核兵器用核物質の保有量(推定)
核弾頭数 | 核兵器級プルトニウム | 高濃縮ウラン |
---|---|---|
50基 | 60~80キログラム | 280~1500キログラム |
出典)SIPRI Yearbook2024
4. 日本および国際社会への示唆
今回の北朝鮮によるウラン濃縮施設の公開により、遠心分離機の数や施設の規模が2010年代初頭と比べ、かなり拡大していることが見て取れる(表1参照)。北朝鮮の非核化が一層困難になっていることをあらためて印象付けたと言える。
日本は核分裂性物質生産禁止条約 (FMCT)の早期交渉開始、および、交渉が妥結するまでの間、核保有国が核分裂性物質の生産モラトリアムを宣言することを国際社会に呼びかけている[9]。しかし、見通しは立っておらず、北朝鮮が応じる可能性はさらに低い。仮に北朝鮮を含む核保有国が日本の呼びかけに応じたとしても、これ以上、世界で核弾頭が増えない効果は見込めるものの、すでに保有している核弾頭をいかに低減させていくか、という課題は残る。北朝鮮に非核化を決意させるだけの材料・手段を日本が米国や韓国と生み出せるのかどうかも含め、再検討する必要があるだろう。
(了)
1 “KBS World “IAEA: Kangson Complex Shares Infrastructure Characteristics with Yongbyon Uranium Enrichment Facility” June/04/2024 [https://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=e&Seq_Code=185838]
2 “IAEA Director General Statement on Recent Developments in the DPRK’s Nuclear Program” December/21/2023 [https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-on-recent-developments-in-the-dprks-nuclear-programme]
3 この節は「ウラン濃縮とは」日本原燃ウェブページ。[https://www.jnfl.co.jp/ja/business/about/uran/summary/]および日本核物質管理学会・岩本友則事務局長への聞き取り(2024年9月13日)を参照した。
4 パキスタン・カーン博士は1974年の隣国インドによる核実験を受け、翌年、パキスタンのウラン濃縮計画の責任者となった。英、独、蘭の連合企業体でウラン濃縮を手掛ける「ウレンコ」に勤めていた1976年、遠心分離機の製造法やウラン濃縮の機密情報を盗み出し、オランダを出国した。パキスタンは1998年に核実験に成功するが、核兵器製造に必要な資機材調達のため、「核の闇市場」を形成し、盗み出した機密情報を北朝鮮、イラン、リビアなどに売り渡しと言われている。同氏は2021年10月に死去した。「第19号 原子力委員会メールマガジン」2008年11月14日など参照。[https://www.aec.go.jp/mailmagagine/backnumber/2008-1114.html]
5 須藤收「海外ウラン濃縮企業動向」日本原子力研究開発機構(JAEA)原子力海外トピックス、2013年3月14日。[https://www.jaea.go.jp/03/senryaku/topics/t13-1.pdf]
6 拙稿「中ロ原子力協定は中国による核軍拡の歯止めになり得るか」参照。[https://www.spf.org/spf-china-observer/document-detail063.html]
7 38NORTH “A Closer Look at North Korea’s Enrichment Capabilities and What It Means” September 18 2024 [https://www.38north.org/2024/09/a-closer-look-at-north-koreas-enrichment-capabilities-and-what-it-means/]
8 衝撃波により、全周囲に均等に圧力をかけて爆発させる方法。核実験は爆縮技術の確立を大きな目的に実施される。原子力百科事典ATOMICA「爆縮」など参照。[https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_598.html]
9 軍縮会議日本政府代表部「核兵器用核分裂性物質生産禁止条約 (FMCT)」 [https://www.disarm.emb-japan.go.jp/itpr_ja/chap8.html]