論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第63回 2024/09/12
中ロ原子力協定は中国による核軍拡の歯止めになり得るか
1. 中国の高速増殖炉(FBR)への懸念
中国が福建省の沿岸部に建設し、試運転を開始したとみられる高速増殖炉(Fast Breeder Reactor:FBR)について、同国の核軍拡につながるのではないか、との懸念が核不拡散の専門家から出されている。FBRは使用済み燃料の再処理により、核兵器への転用に最も適した超高純度のプルトニウム239を大量に取り出すことが可能なためである。
このFBRについては、ロシアが核燃料を中国に提供するなど技術支援を行っている。両国は2018年、FBRに関する協力協定を結び、2023年3月の首脳会談では、新たな内容を盛り込んだ協定を締結した[1]。FBRのような核拡散につながるおそれがある原子力施設に技術提供する際は、軍事転用の禁止条項が協定に盛り込まれるのが通例である。そのため、拙稿「中国のプルトニウム生産に対するロシアの思惑」において、中ロ原子力協定の内容分析が重要と指摘した。
笹川平和財団は2018年中ロ原子力協定(ロシア語)を入手し、英訳した後、ロシア人を含む国内外の核不拡散の専門家と内容を分析した。その結果、条文において、ロシアが提供する核燃料、技術について、中国が核兵器、核爆発装置への製造に転用することだけでなく、あらゆる軍事目的に使用することを禁止していることが分かった。専門家の間では、同協定が遵守されれば、後述する中国の現有プルトニウム保有量から考えて、米国防総省の「2035年に中国は1500発の核弾頭を有する」[2]との予測が実現困難になるか、達成時期が大幅に遅れる可能性を指摘する声がある。一方で、国際原子力機関(IAEA)による施設や核物質の査察は同協定中に明記されていないため、中国が協定を遵守するのかどうか、国際社会が確認する手立てはない。
本稿では、中国が本格稼働を目指すFBRの概要を見たうえで、同国のプルトニウム保有量を参照しつつ、同国の核兵器の生産能力を試算する。次に、中ロ原子力協定を検証し、中国の核軍備への影響を分析する。
2. FBRの基本構造と中国における開発状況
(1) FBRの仕組み
FBRは二層の燃料で構成される。核分裂反応により熱エネルギーや中性子を放出するコア燃料と、コア燃料を毛布のように覆い、核分裂しないウラン238で構成されるブランケット燃料である(図参照)。
図 :FBRの燃料構造(ピンクがコア燃料、青がブランケット燃料)
コア燃料が燃焼し、熱エネルギーが発電に利用されるのと同時に、ブランケット燃料を構成するウラン238は放出された中性子を吸収し、プルトニウム239に変化する。つまりFBRは炉内で新たにプルトニウムが生産される。このブランケット燃料を再処理することで、核兵器に最適といわれる高純度のプルトニウム239を獲得できる。
ロシアは中国との協定に基づき、コア燃料を2022年末に中国に納入している[3]。中国のFBRは600メガワットの中型で、順調に稼働し、あわせて再処理工場も稼働させれば、年間100キログラム単位で核兵器級のプルトニウム239を取り出すことができる。2023年7月以降、このFBR上空から撮影された衛星画像により、排水口に白い噴流が伸びていることが継続的に確認できる。炉を冷却するために大量の海水を循環させ、排水を続けていることを意味するため、試運転が開始されたとみられる(衛星画像参照)。
衛星画像:CFR600の排水口から水の噴流が確認できる
世界の核物質動向を調査しているInternational Panel on Fissile Materials(IPFM)の最新データ(2024年4月)によると、中国は軍事転用可能なプルトニウムを3トン弱保有しているとみられる(表参照)。民生用原子炉の使用済み燃料を再処理し、プルトニウムを抽出する工場がまだ稼働していないため、他国と比較して、保有するプルトニウムの大半が軍事用と見られている[4]。
表:各国のプルトニウム保有量
国名 | プルトニウム(Pu)保有量(トン) | うち軍事用と見られるPu(トン) |
---|---|---|
ロシア | 193 | 88 |
アメリカ | 87.6 | 38.4 |
イギリス | 119.6 | 3.2 |
フランス | 98 | 6 |
中国 | 3 | 2.9 |
パキスタン | 0.54 | 0.54 |
インド | 10 | 0.7 |
イスラエル | 0.9 | 0.9 |
北朝鮮 | 0.04 | 0.04 |
日本 | 45.1 | 0 |
出典)International Panel on Fissile Materials
核兵器1基あたりに必要なプルトニウムは3.5キロ±0.5で換算されるため、中国は現在保有するプルトニウムにより、725~965発の新規核兵器の製造が可能である。現在、500発の核弾頭を保有していると推定されるため、1225発~1465発が上限になる[5]。この数字は、2大核兵器国の米国、ロシア間の新戦略兵器削減条約(New Strategic Arms Reduction Treaty、新START)で規定される両国の配備核弾頭数の上限(1,550発)に近接する。しかし、米国と同様な核兵器・核物質の管理基準にのっとっているとすれば、保有する核弾頭をすべて実戦配備するのは現実的ではない。米ロ両国は作戦外貯蔵の核弾頭を3,000発以上保有しており、仮に中国が米国並みの弾頭を実戦配備する戦略を描いているとすれば、プルトニウムを増産し、作戦外貯蔵の核兵器増強が欠かせない。そのため、福建省にあるFBRの動向、および再処理工場の稼働に関心が集まっている。
3. 2018年中ロ原子力協定を分析する
中国のFBRに関する中ロ原子力協定は2018年6月に締結された。
同協定第5条にロシアが中国のFBR開発についてコア燃料の提供など技術支援を行うこと、第7条に協定の履行や解釈で両国がもめた場合、第三者として国際仲裁裁判所に調停を求めることが定められている。核拡散防止の観点で最も重要なのが第8条第2項である。以下に英訳を引用する。
“2. Nuclear materials, equipment, special non-nuclear materials and related technologies received by the People's Republic of China in accordance with this Agreement, as well as nuclear and special non-nuclear materials, facilities and equipment produced on their basis or as a result of their use:
Shall not be used to produce nuclear weapons and other nuclear explosive devices or to achieve any military purpose;”
ロシアが提供した技術、その結果として生じたものは核兵器、核爆発装置のみならずいかなる軍事目的にも使用してはならない、と明記している。
国連軍縮研究所のロシア人シニア研究員のパベル・ポドヴィック氏は「この条文はロシアが提供した燃料、技術により獲得されたプルトニウムを中国が軍事転用することを明確に禁止している」と評価する[6]。一方、中国がこの協定を遵守するのか、国際社会が確認する手段がほとんどないことも事実である。長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)の鈴木達治郎教授は「IAEAの保障措置(核施設、核物質の監視、査察)を中国が受け入れれば、軍事転用の懸念がさらに解消される」と強調する[7]。中国は核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有を特別に認められた国であり、IAEAの保障措置は義務付けられていない。しかし、同様に軍事転用のおそれがあるウラン濃縮技術をかつて中国に供与した時、ロシアは中国に保障措置を受け入れるよう求め、中国も同意した経緯がある。同濃縮工場において、決められた濃度を超えるウラン燃料を中国が製造していないことをIAEAが保証している。日本核物質管理学会の岩本友則事務局長は「今回の技術移転において、ロシアがIAEAの保障措置受け入れを中国に要求していないのは、核拡散防止の意思が一歩後退した印象を受ける」と厳しい見方を示す[8]。
4. 核物質の移動・原子力技術移転の透明化を目指して~日本の役割
中ロ原子力協定によりFBRで生産されたプルトニウムの軍事転用を禁止する条文が盛り込まれていることは、核拡散防止の観点で一定の評価がなされるべきである。しかし、FBRについて、中国は民生利用を一方的に主張するのみで、その動向を国際社会に公開していない。また、すでに核兵器を保有する国同士であっても、核物質や原子力技術の移転により、一方が核戦力を大幅に増強する「垂直拡散」を招くおそれは否定できない。核保有国、非核保有国を問わず、核物質、原子力技術の移転について、透明化を図ることが核拡散防止に欠かせない。
1988年の改定日米原子力協力協定により、青森県六ヶ所村にある再処理工場の稼働を認められた日本は、IAEA、米国と大規模再処理施設の保障措置システムを共同で開発した。非核保有国で唯一のこの経験を生かし、日本は、NPTで核保有を認められた国がIAEAによる査察を義務付けられていない現状について問題提起し、核拡散防止の強化に向けて議論を主導すべき立場にある。中国による核軍備の動向が直接影響する状況を踏まえれば、この取り組みは日本の安全保障環境を改善することにも寄与する。
(了)
1 “China and Russia sign fast-neutron reactors cooperation agreement” March/22/2023 [https://www.world-nuclear-news.org/Articles/China-and-Russia-to-cooperate-on-fast-neutron-reac]
2 Office of the Secretary of Defense, “MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA 2022” [https://s3.documentcloud.org/documents/23321290/2022-military-and-security-developments-involving-the-peoples-republic-of-china.pdf]
3 Rosatom, “ROSATOM ships fuel for China’s CFR-600 fast reactor launch” December 28 2022 [https://rosatom.ru/en/press-centre/news/rosatom-ships-fuel-for-china-s-cfr-600-fast-reactor-launch/]
4 IPFM[Countries: China] 13 April 2024.
5 核弾頭数については、いずれもストックホルム国際平和研究所(SIPRI) “SIPRI YEARBOOK 2023” [https://www.sipri.org/sites/default/files/YB23%2007%20WNF.pdf]
6 International Panel on Fissile Materials(IPFM)BLOG “Russian laws prohibit military use of HEU supplied to China” May 15 2024, および、筆者の問い合わせに対するメールでの回答。2024年7月23日。
7 筆者の問い合わせに対するメールでの回答。2024年7月23日。
8 筆者の聞き取りに対する回答。2024年7月23日。