中国の政治・経済・社会・外交・安全保障についての分析を発信

SPF China Observer

衛星画像分析 2024/05/17

中国のプルトニウム生産に対するロシアの思惑

小林 祐喜 (笹川平和財団研究員)

1. 中国の高速増殖炉に関する最新動向

 中国が福建省の沿岸部に建設している高速増殖炉(Fast Breeder Reactor:FBR)に、核不拡散や核軍備管理に関する専門家の視線が注がれている。FBRは使用済み燃料を再処理することにより、核兵器への転用に最も適した超高純度のプルトニウム239を大量に取り出すことが可能なためである。同施設は米国との戦力均衡を目指し、中国が核軍拡を図るうえでプルトニウムの供給拠点となる可能性を指摘され、米国防総省も「中国の核弾頭数は2030年には現行の倍に当たる1,000発に達する」との見通しを公表している[1]。2022年12月、ロシアがこのFBRの初期装荷燃料を納入し、2023年には、試運転を開始した兆候が観察されている(拙稿「中国の高速増殖炉から排水を確認:近く本格稼働へ」参照)。

 一方、このFBRをめぐり、中ロ両国は2023年3月の首脳会談で協力協定を締結し、同協定には使用済み燃料の扱いに関する項目が含まれていることが判明した[2]。両国は協定の詳細を明らかにしていないが、FBRを含む原子力発電では、燃料の納入を受けた国が使用済み燃料を勝手に再処理し核兵器に転用しないよう、供給国が使用済み燃料を引き取ったり、該当する原子炉について国際原子力機関(IAEA)の査察を受けるよう納入先の国に要望したり、制約を設定するのが通例である。中国がFBRの使用済み燃料を自由に再処理できないとなれば、将来のプルトニウム生産や核兵器製造に影響を与え、米国防総省が予測しているような核軍拡が困難になる可能性もある。

 本稿では、まず、中国が本格稼働を目指すFBRの概要や同国のプルトニウム保有量を参照しながら、同国の核兵器の生産能力を試算する。続いて、中国のプルトニウム生産や核軍備に対し、ロシアがどうかかわろうとしているのかを考察する。

2. FBRの基本構造と中国における開発状況

(1) FBRの仕組み

 FBRは二層の燃料で構成される。核分裂反応により熱エネルギーや中性子を放出するコア燃料と、コア燃料を毛布のように覆い、核分裂しないウラン238で構成されるブランケット燃料である(図1参照)。

図 1:FBRの燃料構造(ピンクがコア燃料、青がブランケット燃料)

出典:日本核物質管理学会・岩本友則事務局長提供

 コア燃料が燃焼し、熱エネルギーが発電に利用されるのと同時に、ブランケット燃料を構成するウラン238は放出された中性子を吸収し、プルトニウム239に変化する。つまりFBRは炉内で新たにプルトニウムが生産され、使用済み燃料を再処理することにより、消費した量よりも多くのプルトニウムを回収でき、発電に再利用できるため、「夢の原子炉」と呼ばれてきた。日本や米国、フランスはFBRの実用に向けた技術開発で先行し、日本では「もんじゅ」とよばれるFBRが運転されていた。しかし、原子炉を冷却するための液体ナトリウムの管理が難しく、現在は、ロシアと中国、インド以外はFBRの開発を中止あるいは凍結している。また、ブランケット燃料を再処理して取り出されたプルトニウムは、核兵器に最適といわれる高純度のプルトニウム239である。中型以上の炉が順調に稼働すれば、その使用済み燃料を再処理することにより年間100キログラム単位で大量に獲得できるため、FBRと再処理は核不拡散上、機微な技術という側面を併せ持つ。

(2) 中国のプルトニウム保有量とFBR開発

 世界の核物質の動向を調査しているInternational Panel on Fissile Materials(IPFM)は2024年4月、各国のプルトニウム保有量の最新データを公表した(表1参照)。

表 1:各国のプルトニウム保有量

国名 プルトニウム(Pu)保有量(トン) うち軍事用と見られるPu(トン)
ロシア 193 88
アメリカ 87.6 38.4
イギリス 119.6 3.2
フランス 98 6
中国 3 2.9
パキスタン 0.54 0.54
インド 10 0.7
イスラエル 0.9 0.9
北朝鮮 0.04 0.04
日本 45.1 0

出典)International Panel on Fissile Materials

 核兵器1基あたりに必要なプルトニウムは3.5キロ±0.5で換算されるため、中国は現行の保有プルトニウムすべてを使った場合、1,500発弱の核兵器保有が上限になる。この数字は、2大核兵器国の米国、ロシア間の新戦略兵器削減条約(New Strategic Arms Reduction Treaty、新START)で規定される両国の配備核弾頭数の上限(1,550発)に匹敵する。しかし、核兵器の運用・管理の面から、保有する核弾頭をすべて実戦配備するのは現実的ではない。米ロ両国は作戦外貯蔵の核弾頭を3,000発以上保有しており、仮に中国が米国並みの弾頭を実戦配備する戦略を描いているとすれば、同国より保有する核弾頭が少ないイギリス(225発)やフランス(290発)[3]よりもプルトニウム保有量が少ない現状を改善しプルトニウムを増産する必要があるのに加え、作戦外貯蔵の核兵器増強も不可欠である。こうした事情から、福建省のFBRに関心が集まっている。

 IAEAのリポートによると、中国は2017年、福建省でCFR600(最大出力600メガワット)と命名したFBRの建設を開始した[4]。同リポートはCFR600について「The first fuel loading will be launched at 2023」(最初の燃料は2023年に挿入される)と記載しており、実際、2022年末にコア燃料がロシアから納入されている。また、2023年7月以降、海に向かって大量の排水が継続的に確認され炉の冷却を行っているとみられることから、CFR600は同年夏以降に試運転が開始されたとみられる(衛星画像1参照)。

衛星画像1:CFR600の排水口から水の渦が確認できる

出典)© Planet Labs

3. 使用済み燃料は誰に帰属するのか

(1) FBRの使用済み燃料の帰属問題

 使用済み燃料を再処理する権利、あるいは再処理して獲得したプルトニウムを使用する権利は、誰に帰属するのか。燃料を供給した側か、原子炉で燃焼させた側か、国際的な核不拡散の観点から重大な問題である。特にFBRは以下の理由により、使用済み燃料の帰属は複雑な問題になる。

(1) 使用済み燃料から取り出されたプルトニウムは「核兵器級」であり、核拡散のおそれを内包していること

(2) コア燃料とブランケット燃料の供給者が異なる場合が多いこと

 図2に示したように、FBRのブランケット燃料から取り出された核兵器級プルトニウムは、エネルギーの放出に優れたプルトニウム239の割合が90%を超えている。一方、現在世界に普及している通常の原子炉(軽水炉)の使用済み燃料を再処理したプルトニウムは239の割合は50%超程度であり、他の同位体も多く含まれている。核兵器製造に利用できなくはないが、最適とは言えない。

図 2:核兵器への転用に適したプルトニウムの組成

出典)ATOMICA百科事典「原爆用と産業用プルトニウムとの組成の比較」など参照に筆者作成

 また、コア燃料とブランケット燃料の供給者が異なることは別の問題を提起する。コア燃料には高純度低濃縮ウラン(HALEU)、あるいはウランとプルトニウムを混ぜた混合酸化物燃料(MOX燃料)を使用するが、ロシアやフランスなど製造技術を有する国は限られている。一方、ブランケット燃料は天然ウラン成分の99%超を占めるウラン238で余剰が多くある。CFR600もブランケット燃料については、中国が自給しているとみられる[5]。この場合、ブランケット部分の使用済み燃料を再処理し、取り出したプルトニウムを利用する権利の帰属をどのように定めるのだろうか。定め方によっては、該当する炉を運転する国が自由にプルトニウムを取り出し、利用することはできなくなる。

(2) 「中性子寄与」という考え方

 一つの考え方を提供しているのが、1988年に締結された日米原子力協定の合意議事録である[6]。FBRを運転し、その使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再利用する日本の核燃料サイクル計画については、核不拡散の観点から、当時の米国政府、議会で厳しい意見が表明されていた。そのため1980年代の日米原子力協定の改定作業では、日本のプルトニウム利用を米国や国際社会がどのように監視するのかが焦点となった。その結果、FBRにおけるブランケット部分の使用済み燃料の帰属については、「中性子寄与」という考え方が導入された。ブランケット部分から派生するプルトニウムは、コア燃料の核物質から放出された中性子によって生成されるものであり、コア部分の核物質供給者に、ブランケット部から生じたプルトニウムの一定割合について、権利の帰属を認めるものである[7]。天然ウランをほとんど産出せず、FBR燃料をフランスなどから輸入していた日本にとって、ブランケット燃料を自由裁量で再処理してプルトニウムを取り出し、利用する権利が生じない仕組みだった。つまり、日本のプルトニウム利用は、米国やフランスとの間で締結された法的拘束力のある二国間の原子力協定、さらにIAEAと締結している保障措置協定(原子力施設への定期的な査察)に基づいて実施することが担保された。核不拡散に貢献する考え方として一定の評価を得た[8]。

4. 中国のFBRに対するロシアの関与が提起する問題

 CFR600において生産されたプルトニウムについて、中国は民生利用を主張しているものの、施設の動向を国際社会に一切公開していない。仮に中国がプルトニウムを軍事転用する思惑を持っているならば、ロシアは中国と協定を締結することによって、FBRの使用済み燃料の再処理にどう関与しようとしているのだろうか。筆者がロシアを含む国内外の核不拡散、核軍備管理の専門家に聞いたところ、見解は分かれている。一つは、中国の核軍拡は核大国として世界の軍備管理の原則を米国とともに定めてきたロシアの地位を相対的に下げるおそれがあるというものである。そのため、FBRの使用済み燃料の再処理とプルトニウム利用について、ロシアが中国に制約を課す可能性を指摘する声がある。その場合、「中性子寄与」の原則が部分的に参照されることもあり得る。もう一つは、現在の中国とロシアの国力の違いから、ロシアは中国に対し、使用済み燃料の再処理を許可せざるを得ないのではないか、との指摘である[9]。どちらにせよ、CFR600については、中国が安定稼働を果たし、使用済み燃料を再処理してプルトニウムを大量に獲得する技術を確立できるか、という課題に加え、ロシアの思惑と判断を追跡する必要も出てきたと言える。

 このように中国やロシアの思惑を考察しなければならないのは、両国が核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有を特別に認められた国であり、核物質の移動やプルトニウム利用についてIAEAの査察を受けることが義務付けられていない事実に由来している。両国間のFBRに関する協定の詳細は公表されていないし、今後公開される可能性も極めて低い。しかし、日米原子力協定の改定時のように、非核保有国に核兵器が広がる「水平拡散」のおそれに該当しないとはいえ、今回の中ロ間の核物質の移動は、核保有国が核戦力を大幅に増強する「垂直拡散」を招き、北東アジア、ひいては世界の安全保障環境に影響を与えるおそれはある。核保有国間の核物質移動を透明化すべく、国際社会はその仕組みづくりを検討する必要がある。非核保有国で唯一、FBRの運転とその使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出すことを認められ、かつ中国の軍事動向が自国の安全保障環境に直接影響する日本こそ、その議論を呼びかけるべきだろう。

(了)

1 Office of the Secretary of Defense, “MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA 2023”. p. 104[https://media.defense.gov/2023/Oct/19/2003323409/-1/-1/1/2023-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF]

2 “China and Russia sign fast-neutron reactors cooperation agreement” March/22/2023[https://www.world-nuclear-news.org/Articles/China-and-Russia-to-cooperate-on-fast-neutron-reac]

3 核弾頭数については、いずれもストックホルム国際平和研究所(SIPRI) “SIPRI YEARBOOK 2023”[https://www.sipri.org/sites/default/files/YB23%2007%20WNF.pdf]

4 IAEA, “IAEA Report DOC CFR600”[https://aris.iaea.org/PDF/CFR-600.pdf]

5 中国は天然ウランから、核分裂するウラン235と核分裂しないウラン238を分離し、ウラン235の割合を高めるウラン濃縮事業で、世界シェアの11%超を占め、国内に大量のウラン238を保有している。参考:[https://deallab.info/enriched-uranium/]

6 正式名称は「原子力の平和的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国との間の協定に関する合意議事録及び同協定第11条に基づく両国政府の間の実施取極」1988年7月2日。

7 坪井 裕, 神田 啓治「二国間原子力協力協定およびそれに基づく国籍管理の現状と課題」日本原子力学会誌、 Vol. 43, No. 8 (2001) 。[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesj1959/43/8/43_8_806/_pdf/-char/ja]

8 同上。

9 2024年4月2日から26日まで核不拡散や核の軍備管理に関する専門家計6人(ロシア1、米国2、日本3)に聞き取り。

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