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SPF China Observer

衛星画像分析 2024/01/17

北朝鮮の軽水炉が臨界に~軽水炉で核兵器級のプルトニウム製造は可能か?

小林 祐喜(笹川平和財団研究員)

1. 北朝鮮に新たな懸念

 国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は2023年12月末、声明を発表し「北朝鮮の寧辺(ニョンボン)に建設中の実験用軽水炉が臨界に達した兆候がある」[1]と明らかにした。臨界とは、核分裂反応が連続的に生じ、分裂により熱と放射性物質が放出され続ける現象で、炉が運転開始状態になったことを意味する。使用済み燃料の再処理により、プルトニウムが取り出され、核兵器への転用の恐れがあり、声明の中で懸念を表明している。

 原子炉は核燃料の分裂反応を効率よく起こすため、中性子の放出速度を落とす素材(減速材)に何を使用するかによって炉の名称が変わる。軽水炉とは、炉内を普通の水(比重が大きい重水と区別するため軽水と呼ばれる)で満たし、ウラン燃料を挿入する原子炉である。水が減速材の役割を果たしながら、熱で大量の蒸気を発生させてタービンを回し発電する。現在、世界の80%以上の原子炉が軽水炉であり、日本においても運転中の原子炉はすべて軽水炉である。

 軽水炉はもともと、使用済み燃料から取り出したプルトニウムを核兵器に転用することが困難と評価されていた。その結果、核不拡散と原子力平和利用の両立が可能になるとして、世界で主流の炉となった。実際、1990年代前半の第一次北朝鮮核危機[2]を米朝合意により乗り越えた後、北朝鮮への軽水炉提供が合意されていた。それが今になってなぜ、軽水炉の運転と核兵器転用への懸念が結びつけられているのか。軽水炉の使用済み燃料から取り出されたプルトニウムによる核武装は本当に難しいのか。これらの問いに答えることは、北朝鮮による核・ミサイル開発の動向のみならず、今後の原子力平和利用を考える上で、日本を含む国際社会にとって重要な意味を持つ。

 本稿は、笹川平和財団が新たに入手した寧辺の核関連施設の衛星画像を分析するとともに、IAEAや核物質の専門家の見解を交えながら、上記の問いに答えることを試みる。

2. 寧辺の軽水炉建設

 下の衛星画像は2022年12月4日に撮影された、寧辺における軽水炉の建設現場(衛星画像1)と今年1月9日に撮影された同一の場所(衛星画像2)である。

衛星画像1

衛星画像1

衛星画像2

衛星画像2

 軽水炉を収容する丸い屋根が特徴の建屋(赤い囲み)は2022年末の段階(画像1)でほぼ完工状態だったことが分かる。さらに軽水炉の運転状況を管理する管制棟(青い囲み)も同年段階で完成している。今年1月の最新画像では、管制棟の横に炉の管理以外の事務を行うとみられる建物(紫の囲み)も整備されている。

 また、原子力発電は炉の冷却のために大量の水を循環させる必要があり、水源の近くに建設される。画像1の右側を見れば河川が見え、原子炉を冷やすために循環させた水を河川に流す行程を管理する排水棟(黄色い囲み)も確認できる。今回IAEAが「軽水炉が臨界の兆候」と判断するうえで、排水が重要な示唆を与えた。2009年に査察官が北朝鮮から追放されて以来、IAEAは主に衛星による監視を続けている。温度分布を示す衛星画像などの分析から、IAEAはこの排水棟付近から河川に排水された水が高温であることを突き止めた[3]。原子炉が高温に達し、その周囲を循環した水が温められた証拠であり、炉が運転状態に入ったことを示している。IAEA事務局長の声明を受け、韓国国防省は「北朝鮮の軽水炉は2024年夏には本格稼働するだろう」との見通しを示した[4]。

 北朝鮮での軽水炉の建設計画は1990年代に起きた第一次核危機後の米朝合意にさかのぼる。合意により95年3月、国際機関・朝鮮半島エネルギー開発機構(The Korean Peninsula Energy Development Organization:KEDO)が設立され、同機構が軽水炉2基を提供することが約束された。2000年以降、北朝鮮が核兵器の原料となる高濃縮ウランの生産に着手したり、核実験を実施したりするなど核開発を加速させたため、2006年、KEDOは軽水炉の提供計画を完全に停止した。今回、臨界の兆候が確認された軽水炉は、こうした経緯を受け、2009年、北朝鮮が独自に建設計画を公表した。100メガワットの発電能力を有し、現在、日本で再稼働中の軽水炉である四国電力伊方原発3号機(890メガワット)、九州電力玄海原発3、4号機(1180メガワット)などと比べれば、10分の1程度の発電規模である。

3. 軽水炉由来のプルトニウムによる核武装の考察

(1) 核兵器に適したプルトニウムの組成

 プルトニウムは、ウラン燃料の一部が原子炉内で中性子を吸収し、変化することで生まれる放射性物質である。つまり、自然界には存在せず、ウランの核分裂反応に付随して生成されるが、プルトニウムの組成は、炉内での分裂反応の速さや燃焼の時間によって異なる。表1にあるように、核兵器への転用に適したプルトニウムは、エネルギー放出に優れたプルトニウム239の割合が90%を超えている。

表 1:プルトニウムの組成

表 1:プルトニウムの組成

 核兵器級のプルトニウムは黒鉛炉や高速増殖炉で燃焼させた使用済み燃料から獲得できる。黒鉛炉は減速材に黒鉛(鉛筆の芯の素材)を使用する原子炉で、天然ウランをそのまま燃料にできるため、燃料の製造に手間がかからないうえ、使用済み燃料の再処理により核兵器級のプルトニウムを容易に取り出せる。アメリカをはじめ、核保有国は核開発の初期段階では、黒鉛炉を使ってプルトニウムを生成していた。北朝鮮も同様である。その反面、天然ウラン燃料は炉の中で核分裂を起こすウラン235の割合が0.7%と極めて少なく、数週間で燃え尽きる。生成されるプルトニウムも微量で、黒鉛炉の使用済み燃料1体当たりに含まれるプルトニウムは1グラム程度にとどまる。そのため、何度も多くの燃料を入れ替えて燃やす必要がある。

 高速増殖炉は文字通り核分裂反応の速度が高いため、炉の規模によっては年間で100キログラムを超える良質の核兵器級プルトニウム獲得が可能である。中国は2017年より、台湾の対岸に位置する福建省の海辺近くに高速増殖炉の建設を進め、すでに稼働したとみられている(拙稿「中国の高速増殖炉が稼働か:核軍拡加速のおそれ」参照)。しかし、高速増殖炉は炉を冷却するために使用する液体ナトリウムの管理が難しく、日本を含む西側諸国が開発から撤退、あるいは開発計画を凍結するなど安定稼働が困難な技術である。

(2) 軽水炉の使用済み燃料から抽出したプルトニウムの特徴

 一方、軽水炉はウラン235の濃度を5%程度まで高めた燃料を使うため、運転サイクルは黒鉛炉より長く、通年単位で運転する。燃焼時間が長いため、使用済み燃料を再処理して抽出したプルトニウムには様々な同位体が含まれる。プルトニウム239の割合は5割超にとどまり、核兵器級プルトニウムにはないプルトニウム238や242など他の同位体が多く含まれている(表1参照)。この多様な同位体の存在が核武装を図るうえで障壁となる。特にプルトニウム238は自発的に核分裂を始め、熱を発する性質を持つ。その熱は200度に達することもあり、プルトニウム239を爆発させるための起爆装置を機能不全にしてしまう。そのため、核兵器を組み立て、いつでも発射できるようにする作戦配備の形で長期保管することができない。「軽水炉由来のプルトニウムによる核武装は困難」と言われる主な理由である。爆発を伴う核実験を1000回以上実施してきたアメリカをはじめ、核保有国において、軽水炉由来のプルトニウムで核爆発実験を実施した事例は報告されていない。

 しかしながら、上記の事実は、軽水炉由来でのプルトニウムによる核武装が不可能であることを意味しない。仮に、プルトニウムと起爆装置を別々に保管し、いざという時に半日程度で組み立てる技法を確立できれば、核兵器の役割を果たすことができる。また、軽水炉においても、燃料の燃焼時間を短くすることで、核兵器級に近い組成のプルトニウムを製造することは理論上可能である。日本核物質管理学会の岩本友則事務局長は「100メガワット級の軽水炉で1年間燃料を燃やすと、表1の下にあるような組成のプルトニウムが約20キログラム生成される。年2,3回燃料交換を行い、燃焼の時間を短縮すれば、プルトニウム総量は20キログラムより減るが、4~6キログラムの核兵器級プルトニウムを生成できる」と試算する。これは現在、北朝鮮が寧辺に所有する黒鉛炉による核兵器級プルトニウムの年間生産量とほぼ同じである。核弾頭1基に必要な核兵器級プルトニウムは3.5キログラム±0.5と換算されるため、年間で核弾頭2基分弱に相当する。

4. 日本および国際社会への示唆

 軽水炉由来の使用済み燃料から取り出したプルトニウムによる核武装は、熱を発する同位体の存在により、起爆装置が傷むだけでなく、自爆のおそれもあり、組み立てが難しいなど制約要因が多い。軽水炉で核兵器級のプルトニウムを生成するとしても、燃焼余力のある燃料を中途で取り出すことになるため、放射性物質の大量漏洩のリスクがあるなど、技術的課題が多い。それにもかかわらず、北朝鮮が軽水炉からプルトニウムを抽出し、軍事転用する意思を本当に持っているとすれば、国際社会はその背景を探る必要がある。

 一つは、核軍拡を加速させる狙いが考えられる。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2023年の年鑑で北朝鮮の核弾頭を30発と推定した。黒鉛炉に加え、軽水炉でもプルトニウムを生産し、核弾頭の生産能力を引き上げる意図が想定される。もう一つは、黒鉛炉の運転が限界を迎えつつある可能性である。寧辺の核関連施設の整備は1960年代にはじまり、黒鉛炉は旧ソ連の協力により1980年代に建設された[5]。40年近く稼働し、老朽化した黒鉛炉によるプルトニウム生産が低下、あるいは停止することを見込み、その代替として、軽水炉によるプルトニウム生産を試す可能性が考えられる。いずれにせよ、今後の動向を観察し、北朝鮮の真意を見極め、対応を考える必要がある。

 軽水炉が世界で主流になっている現状を考慮すれば、寧辺の出来事は原子力平和利用の在り方にも問題を提起している。軽水炉由来のプルトニウムによる核武装が不可能とは言えない事実は、核の番人と呼ばれるIAEAの査察体制が世界に行き届いて初めて原子力平和利用が担保されることを示している。気候変動対策の一環として、今後新たに軽水炉による原子力発電を導入する国が増加することが予想される中、IAEAはどのように査察体制を充実させるのか、予算や査察人員を増やすために国際社会がどのように協力するのか、が問われている。

 日本は使用済み燃料を再処理してプルトニウムを抽出し、原子炉で再利用することを認められた国である。原子力施設の監視技術の確立や査察の在り方について、IAEAと全面協力してきた歴史を持ち、原子力平和利用を担保するうえで、国際社会に貢献できる余地は大きい。

(了)

1 “IAEA Director General Statement on Recent Developments in the DPRK’s Nuclear Program” December/21/2023 [https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-on-recent-developments-in-the-dprks-nuclear-programme]

2 1992年1月、北朝鮮は冷戦終結を受け、IAEAとの保障措置(核関連施設への査察受け入れ)協定の調印に応じた。しかし、 核開発が疑われる二つの未申告施設の存在が明らかになるなど、北朝鮮の申告内容とIAEAの査察結果の不一致が生じた。IAEA は未申告施設に対する「特別査察」の受入れを要求したが、北朝鮮は拒否し、1993年3月には核兵器不拡散条約(NPT)から脱退を表明するなど、核開発への懸念が国際社会で高まった。

3 脚注1参照。

4 “North Korea's new reactor at nuclear site likely to be formally operational next summer, Seoul says” The Mainichi, December/30/2023 [https://mainichi.jp/english/articles/20231230/p2g/00m/0in/027000c]

5 原子力百科事典ATOMICA [https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_14-02-02-01.html]

参考までに

燃焼度(装荷期間)とプルトニウムの組成
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