中国の政治・経済・社会・外交・安全保障についての分析を発信

SPF China Observer

衛星画像分析 2023/10/31

中国の高速増殖炉が稼働か:核軍拡加速のおそれ

小林 祐喜(笹川平和財団研究員)

 米国との戦力均衡を目標に、中国の核軍拡が加速している。米国防総省が毎年議会に提出している中国の軍事動向に関する報告書「MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA」の2023年版が10月19日に公表され、「中国は当初予測を上回るペースで核弾頭を増加させている」と警鐘を鳴らした[1]。当初予測とは「現在200発代前半と見込まれる中国の核弾頭数は2030年までに少なくとも二倍に増える」(同報告書2020年版[2])である。2023年版は、中国の核弾頭数がすでに500発を超え、2020年版の予測に到達しているとの認識を示したうえで、「2030年までに1,000発を上回るだろう」と上方修正している。二大核兵器国の米国、ロシア間の新戦略兵器削減条約(New Strategic Arms Reduction Treaty、新START)は、両国の配備核弾頭数の上限を1,550発と規定しており、国防総省の報告書は、2030年代の早い時期に中国がこの数字に追いつくとの判断を示したことになる。

 米国の予測は、中国が民生(発電)用のプルトニウムを増産し、秘密裏に軍事転用を図ろうとしているとの分析に基づいている。具体的には、発電しながら消費した以上の燃料を生成できるとされる高速増殖炉(Fast Breeder Reactor:FBR)に関する中国の計画である。FBRの使用済み燃料は、再処理により、核兵器に最適なスーパーグレードと言われるプルトニウム(超高純度のプルトニウム239)を取り出すことが可能である。

 笹川平和財団China Observerでは、中国沿岸部にあり、台湾の対岸に位置する福建省で建設が進められている同炉の衛星画像を分析し、2023年中に稼働する可能性を指摘してきた(拙稿「中国のプルトニウム生産と核軍拡」参照)。2023年10月に入手した最新画像を分析したところ、FBRが収容された建屋のスタック(排気塔)から蒸気らしきものが噴出していることが分かった。蒸気の噴出は、炉の運転に必要な機器が稼働していることを意味しており、すでにFBRの運転が開始された可能性が高い。中国は核軍拡に欠かせないプルトニウムの大量生産体制に入りつつある。

 本稿では、衛星画像や日本におけるFBR「もんじゅ」の稼働までの経緯を参照しながら、中国のFBRの動向を分析する。

 国際原子力機関(IAEA)のリポートによると、中国は2017年、福建省でCFR600と命名したFBRの建設を開始し、2023年中に運転を開始する計画を進めている[3]。FBRは、炉内で水ではなく、より早く核分裂反応を促す液体ナトリウムで核燃料を覆い、蒸気発生器に炉で発生した熱を伝えることで大量の蒸気を発生させ、タービンに送って電気を発生させる。中国政府、および運営主体となる中国核工業集団公司(CNNC)は、IAEAへの初期報告を提出後、CFRの動向を一切明らかにしていないが[4]、衛星画像の分析により、着実に運転開始に進んでいることが分かる。

 下の衛星画像はそれぞれ、2022年12月23日、2023年10月16日に撮影された高速増殖炉の敷地(衛星画像1、2)である。画像1に比べ、画像2は画質に問題があり、慎重に分析した。

衛星画像1

衛星画像1
出典)(C)Maxar Technologies, Inc

衛星画像2

衛星画像2
出典)© Planet Labs

 衛星画像1を見ると、FBRを収容する建屋が完工状態になっている。それを証明するように、この衛星画像が撮影された5日後の2022年12月28日、ロシアの国営原子力会社「ロスアトム」が、FBRを運転するための初期装荷燃料を中国に納入したことを公表している[5]。建屋の上部、赤い囲みの部分に排気機能をもったスタックが見える。前方に伸びた影を見ればかなり高い構造物であることが分かる。日本におけるFBR「もんじゅ」プロジェクトにおいて、平和利用を担保するIAEAの査察機器の開発および査察手法の構築、また「もんじゅ」を運転するための日米原子力協力協定に基づく交渉に携わった岩本友則・日本核物質管理学会事務局長は「このスタックは建屋内の換気と、万一の原子炉事故などにより発生する放射性希ガスを上空に排気する二つの役割を果たす」と判断する。

 衛星画像1から10か月が経過した衛星画像2において、同じスタックを観察したところ、白い浮遊物が漂っているように見えた。画質が不鮮明なため、岩本氏や画像解析の専門家とともに影を強調して白を対比させるなど、画像を調整しながら繰り返し観察した結果、スタックから噴出している蒸気との判断に至った。

 蒸気の噴出とすれば、具体的に何を意味するのか。岩本氏は「図1に示すように、FBRのしくみを考えれば、原子炉で発生した熱を水に伝える際に蒸気になる。炉の本格運転を開始したときはもちろん、その前段階の試運転においても生じる。建屋内の換気を果たすスタックから蒸気が発生しているということは、炉の運転開始を告げているのではないか」と分析する。さらに「蒸気の発生をとらえることができたのは、非常にいいタイミングで衛星画像の撮影が行われた成果かもしれない」と話す。

衛星画像2

図1 高速増力炉(FBR)のしくみ
出典)岩本友則氏提供:https://www.ene100.jp/www/wp-content/uploads/zumen/7-6-1.jpg

 「もんじゅ」の稼働までの経緯も、岩本氏の分析を後押しする。

表1:「もんじゅ」の主な経緯

1991年5月 高速増殖炉建屋、タービン建屋完工
1992年12月 性能試験開始
1994年4月 初臨界を達成
1995年7月 発電、送電の開始
1995年12月 炉の冷却に使うナトリウムの漏洩により火災が発生。長期の運転停止
2010年5月 運転再開
2010年8月 炉内に重さ約3.3トンの機器が落下。運転再停止
2016年12月 政府が「もんじゅ」の廃炉を決定

出典)日本原子力研究開発機構(JAEA)『高速増殖原型炉もんじゅ』を参照に筆者作成

 日本の「もんじゅ」においては、炉に燃料が挿入され性能試験が始まってから、初臨界[6]の達成、すなわち、炉において燃料の核分裂反応が始まり、運転開始の状態になるまで、1年4か月を要している。岩本氏は「安全審査が厳しい日本と中国の事情は異なる。また、仮に福建省のFBRが軍事目的であり、プルトニウムを獲得する趣旨であれば、発電、送電用の設備を詳しく点検する必要はなく、運転開始までの期間はもんじゅよりずっと短くなる」と言う。

 昨年末に初期装荷燃料がロシアより納入されている事実から、本年の1-3月期には、性能試験が開始されたとみられる。そこから少なくとも7か月以上が経過していること、IAEAに提出した初期段階の計画書で、本年中の運転開始を明記していることを考慮すれば、岩本氏の見解どおり、衛星画像2は、炉の運転が開始されたことを示している可能性が高い。

 FBRの稼働に成功すれば、核軍拡に必要なプルトニウムの製造能力は飛躍的に向上する。各国の核開発の歴史を振り返れば、先進国では原子力利用の勃興期に、そして、技術力が劣る国では現在でも、兵器用プルトニウムの生産に黒鉛炉と呼ばれる原子炉が利用されている。黒鉛炉は天然ウランをそのまま燃料にできるため、燃料の製造に手間がかからず、また、再処理により使用済み燃料から核兵器に適したプルトニウムも容易に取り出せる。その反面、使用済み燃料1体当たりに含まれるプルトニウムは1グラム程度と微量であり、兵器用のプルトニウム製造のためには、何度も多くの燃料を入れ替えて燃やす必要がある。北朝鮮の核開発には黒鉛炉が使われている。

 一方、中国においては、CFR600に加え、もう一基のFBRが2026年の稼働を目指して建設中である。2基が順調に稼働すれば、これだけで年間最大330キログラム超の兵器用プルトニウムを獲得できる能力を有し、2030年末時点の中国の兵器用プルトニウムの累積量は2.9トン±0.6になると推定される。核弾頭1基あたりに必要なプルトニウムは3.5キロ±0.5で計算されるため、核弾頭830発±210に相当する。米国防総省の「中国は2030年までに1,000発を超える核弾頭を保有するだろう」という分析が、中国のプルトニウム増産見込みと合致していることが分かる。

 今後、中国におけるFBRの動向を追跡するうえで、注意を要する点が2点ある。

 一つは中国がFBRについて、あくまで民生用と主張していることである。民生用FBRの開発であれば、日本を含む他国が非難すべきものではない。ただし、民生用と言うのであれば、IAEAによる査察を受け入れるなど、中国自らそれを国際社会に証明する必要がある。中国は核拡散防止条約(NPT)で特別に核兵器保有を認められた国であり、IAEAの査察受け入れは義務付けられていないが、民生用の核関連技術や核物質を軍事転用しないよう他国に模範を示す立場にある。この点で日本に協力の余地がある。非核兵器保有国で唯一、使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出す技術とFBRを使用することを認められた歴史があり、日本はIAEAと協力し、民生用であることを証明する査察の在り方や、監視技術を作り上げてきた。隣国として中国にそうした技術の導入を呼びかけるなど、軍事転用の防止に向け、独自の役割を果たすべきである。

 次に軍事転用する場合でも、中国がすぐに大量のプルトニウムを獲得できるわけではないことである。西側諸国がすべてFBRの開発から撤退、あるいは開発計画を凍結しているように、FBRの運転には技術上の困難が伴う。特に液体ナトリウムは水や酸素に触れると激しく反応し、発火する性質があり、管理が難しい。日本の「もんじゅ」も配管からナトリウムが漏れて火災を引き起こし、長期の運転停止を余儀なくされた(表1参照)。また、炉の運転が順調にいっても、2年程度経たないと十分なプルトニウムが生成されない。さらに、炉内で生成されたプルトニウムはそのままでは核兵器に転用できず、再処理をする必要がある。岩本氏によると、FBRの使用済み燃料の再処理は、日本をはじめ各国で現在使用されている通常の原子炉の使用済み燃料の再処理よりも高度な技術が必要となる。こうした高度な再処理技術の確立を並行して進めなければならないことを考慮すると、中国がプルトニウムの大量生産体制を構築できるまで、少なくとも3年を要する。その間、日本を含む国際社会が中国に核物質の軍事転用をしないよう強く働きかける必要がある。

(了)

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