中国の政治・経済・社会・外交・安全保障についての分析を発信

SPF China Observer

論考シリーズ ※無断転載禁止

SPF China Observer

ホームへ

第22回 2019/09/25

「内」憂外患の中国
― 香港騒乱と米中摩擦 ―

諏訪 一幸 Kazuyuki Suwa (静岡県立大学国際関係学部教授)

 今年(2019年)4月の論考で、私は、昨年3月から続く米国との通商摩擦の早期決着を望む中国は譲歩姿勢を示していること、ただ、米国側にはそうした中国の対応に満足していないことから、指導者習近平は総書記就任以来最大の正念場を迎えている可能性があることなどを指摘した[1]。
 米中の対立状況はその後、深刻化し、複雑化してきている。ただでさえ、トランプ政権が次々と投げ込む予測不能な曲球(くせだま)の処理に苦慮する習近平政権は、通商分野以外の摩擦を次々と抱え込むことになったのである。

1.追加関税「第4弾」をめぐる攻防

 中国は4月上旬に開催された米中閣僚級協議が順調に終わったと評価していたが[2]、5月に入ると風向きが変わる。5日、トランプ大統領がツイッターへの投稿で、中国の対応が遅すぎるとして、同国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)分に課している10%の関税を10日から25%に引き上げる方針を表明したからだ。いわゆる「第3弾」である。ただ、この時点での中国側の反応には一定の冷静さがうかがわれた。例えば、外交部報道官は7日の定例記者会見で、「双方に見解の相違があるのは正常なことであり、中国側は矛盾を回避せず、継続協議に誠意をもっている」[3]と述べ、商務部も、中国側協議チームのトップを務める劉鶴副総理が9日と10日に訪米し、第11回閣僚級協議に参加する旨発表していた[4]。しかし、この協議が物別れに終わったことで、トランプ政権は直ちに2000億ドル分の中国製品に対する関税率引き上げ措置を発動。さらにトランプは、「まだ追加関税をかけていない3250億ドル(約36兆円)分についても、第4弾として25%を上乗せする準備を進めている」と、「第4弾」の追加関税発動に言及して中国を牽制する。この措置が発動されると、中国からの輸入品のほぼ全てに制裁関税が課されることになる。事ここに至り、中国も黙っていられなくなる。取引が成立しようとしていたことに対する党内からの反発があったのかもしれない。13日、「すでに追加関税措置をとっている600億ドル分の対米輸入品に対し、6月1日以降、追加関税率を25%、20%、10%に引き上げる」という報復関税措置の発動を発表したのである[5]。
 それから約1ヵ月半余りの間、米中両国間では首脳会談実現に向けた駆け引きが続く。そして6月29日、G20大阪サミット開催に合わせ、約7か月ぶりに習近平国家主席とトランプ大統領が会談し、中国側報道によると、「両国首脳は、平等と相互尊重を基礎として経済貿易協議を再開し、米国側が中国製品に対して新たな追加関税をかけないこと、両国経済貿易代表団が具体的問題について協議することで合意した」[6]。これは中国側の実質的な勝利宣言を意味することから、譲歩したトランプ大統領の意図が一体どこにあるのかという疑問が筆者には残った。
 余勢を駆るということなのだろうか。首脳会談で合意された次回閣僚級協議開催に先立つ7月29日、人民日報は次のように報じた。「数百万トンの米国産大豆を積んだ船舶が中国に向かっており、同時に、米国側は、110項目の中国産対米輸出工業品に対する追加完全を免除すると宣言するとともに、関連する中国企業に米国企業が引き続き物資を提供するよう促す意向がある旨表明した。これにより、双方は大阪会談で得たコンセンサスを実施に移す意向があることを示した」[7]。このように、中国側は協議の進展に期待を表明した。しかし、その直後に開催された協議では、次回協議が9月に米国で開催されることだけが合意され[8]、またもや物別れに終わった。
 8月1日、トランプが再び揺さぶりに出る。先般の首脳会談で先送りとなった、第4弾対象の中国輸入品3000億ドル(約33兆円)分に10%の追加関税を課すという制裁措置を、9月1日に発動する方針をツイッターで表明したのである[9]。上海での閣僚級協議で進展がないことにいら立ったのだろうが、大統領は、「首脳会談では米国側が譲歩した。今度は中国側が折れる番だ」と考えていたのかもしれない。ただ、中国側は当然ながら強く反発する。商務部報道官は2日、「米国側のこの措置は中米両国首脳大阪会談でのコンセンサスに背くもので、正しい軌道から離れ、問題解決に利益がない。中国側はこれに強い不満を持っており、断固反対する。もし、米側が追加関税措置を実施に移すのなら、中国側は必要な報復措置を取らざるを得ず、国家の核心的利益と人民の根本的利益を断固守る。これによるあらゆる責任は全て米国側が負うものである」、「中国側は貿易戦争に勝者はいないと認識しており、戦うつもりはないし、戦いを恐れることもないが、必要な時には戦わざるを得ない。米国側が直ちに誤りを正し、平等と相互尊重の基礎の上に問題を解決し、正しい道に戻ることを希望する」とする談話を発表[10]。さらに6日未明、米国からの農産物購入の一時停止が発表される[11]。
 「戦わざるを得ない」時が来たということなのだろう。中国政府は8月23日にも、「米国産の5078品目、約750億ドル分の商品に対し、10%或いは5%の追加関税措置を9月1日あるいは12月15日より実施する」こと、「12月15日より、米国製自動車及び部品に対する25%或いは5%の追加関税措置を復活させる」(2018年12月の米中首脳会談での合意を受け、2019年1月から停止していたもの)ことを内容とする報復措置発動を発表する。一方、米国側はこれとほぼ同じタイミングで、対中追加関税率を最大30%にまで引き上げると発表。これに対し、商務部は、「誤ったやりかたを直ちに停止しないのであれば、一切の結果は米国側が負うことになる」とする報道官談話を発表し[12]、強く反発するのである。

下記の表は、昨年7月に始まる米中追加関税合戦のやりとりをまとめたものである。

米中追加関税措置対照表(2019年9月9日現在)

米中追加関税措置対照表(2019年9月9日現在)
(2019年9月2日付『朝日新聞』及び『毎日新聞』を参考に筆者作成)

 このように、トランプ政権は5月以降、第4弾の追加関税措置発動という「脅し」で中国側に揺さぶりをかけてきたが、8月5日に中国を為替操作国と指定したことで、両国の対立領域は通商から金融へと拡大した。しかし、ここに至るまでの間に、この対立はすでに政治問題にまで及んでいた。中国が「内政問題」と位置付ける台湾及び香港問題がそれである。

2.武器供与と逃亡犯条例改正

 かねてより台湾の民進党政権に好意的なトランプ政権は7月8日、戦車、ミサイル、弾薬など22億ドル(約2420億円)相当の武器を、さらに8月20日には新型のF16V戦闘機計66機(関連装備を含めて80億ドル、約8800億円)をそれぞれ台湾に売却することを正式に承認し、米議会に通知した。当然のことながら、中国は激しく反発する。後者の売却に関し、外交部報道官は8月21日の定例記者会見で、「米国による台湾への武器供与は中国の内政に著しく干渉し、中国の主権と安全保障上の利益を損ねるものである。中国側はこれに断固反対し、すでに米国側に厳重な申し入れと抗議を行った」、「我々は、米国側が台湾に対する武器供与計画を直ちに取り消し、台湾への武器供与と米台の軍事面での連絡を停止するよう求める。さもなければ、本件によってもたらされる一切の結果はすべて米国側が負わなければならない」[13]と述べている。申し入れにとどまらず、「抗議した」としていることから、中国側の怒りの大きさがうかがわれる。
 ところで、米中関係において、台湾問題が一貫して「トゲ」であるのに対し、香港問題が深刻な対立要因になることはこれまでほとんどなかった。それが、8月以降、異なる状況を示している。以下では、まず、香港情勢の変化について整理する。
 周知のとおり、香港情勢は4月以降混迷を深めているが、その出発点は「逃亡犯条例」と「刑事事案相互法律共助条例」(以下、この二条例を合わせて本論では逃亡犯条例と呼ぶ)という二つの条例の改正にある。
 香港政府が条例改正に乗り出したのは、昨年2月、香港人の男が台湾で香港人女性を殺害した後、香港に逃げ帰ったため、台湾当局の訴追を免れたことがきっかけである。訴追されなかったのは、事件発生当時の逃亡犯条例が香港と「中華人民共和国或いはそのあらゆる部分」との間での逃亡犯引き渡しを適用対象外としていたからだ。そこで、被害者の母親らによる法律改正要求を受け、今年2月、香港政府が逃亡犯条例の改正案提出を発表するが、市民の間から強い反対の声が直ちに上がる。なぜなら、「台湾も中国(中華人民共和国)の一部である」というのが香港政府の立場であるため、台湾への引き渡しを認める内容への修正は、香港人は中国にも引き渡され、中国の司法当局によって裁かれる可能性が生じることを意味するからだ。
 中国の法執行を香港の多くの人々が危惧し、恐れるのには、著しく人権を無視した前例があるからだ。前例とは「銅鑼湾書店事件」のことである。2015年10月、香港で中国関連禁書を扱っていた「銅鑼湾書店の関係者5名が次々と失踪するという事件が発生したが、翌年、そのうちの一人の証言により、これが中国当局による書店つぶしのための拘束、監禁だったこと、うち1名は香港から拉致されたことが判明したのである。
 こうした背景の下で始まった改正案撤回要求抗議デモは、当局の対応との相互作用の中で、その様相と性質を次第に変えてきた。
 第一の変化は、デモの大規模化である。6月9日、改正反対を求める日曜デモが実施されるが、主催団体の「民間人権陣線」によると、4月末に行われたデモ参加者を大きく上回る約103万人が参加した。これは、1997年の返還後に発生したデモ行進としては最大規模とされた。このような事態を受け、香港政府のトップである林鄭月娥行政長官は15日、緊急記者会見を開催し、「改正案審議を無期限で延期する」と一定の譲歩姿勢を示すが、同時に、「改正案は撤回しない」ともした。翌16日には、「審議の延期」ではなくあくまでも「改正案の完全撤回」を求める大規模デモが組織されるが、参加者は200万人近くに上ったという。そこで、林鄭長官は二日後の18日、再度記者会見を開催し、「改正案が事実上廃案になる」との見通しを表明したが、それでも改正反対勢力を納得させることはできなかった。一方、香港政府の後ろ盾である中国政府は、節目節目で、「香港特区政府による『二つの条例』改正工作を断固支持する」(6月10日)、「改正案の提出延期決定を支持し、尊重し、理解する」(6月15日)などの見解を表明し、香港政府の立場を擁護した[14]。
 第二の変化は、デモ隊の過激化と一部暴徒化である。返還22年目にあたる7月1日、約55万人が抗議デモに参加するが、そのうちの一部が暴徒化し、立法会(香港議会)庁舎を占拠するという事件が発生した。翌2日未明に緊急会見を開いた林鄭長官は、占拠に加わった関係者の刑事責任を徹底的に追及する旨述べる一方で、事態を鎮静化させるべく、9日には「逃亡犯条例改正案はすでに死んだ」、「改正作業は完全に失敗した」と更なる譲歩姿勢を示した。しかし、この煮え切らない発言があくまでも改正案撤回を求めるデモ隊側の感情を強く刺激した[15]。7月末以降は、千人規模の市民らが香港国際空港の到着ロビーを占拠して多くの便を欠航に追い込むなどの事件も一度ならず発生する。こうした事態を受け、中国政府の反応も厳しさを増す。香港問題を主管する国務院港澳事務弁公室は、上述の立法会占拠につき、「深刻な違法行為は香港の法治を踏みにじり、香港社会の秩序を破壊し、香港の根本的利益を損なうもので、『一国二制度』のボトムラインに対する公然たる挑戦である」[16]との報道官談話を発表する。さらに、同報道官は8月12日、前日起こったとされる「ごく少数の暴徒による、ガソリン弾の投擲での警官火傷事件」を「テロリズムの萌芽」と断定し、「最大限の憤慨を表明し、強烈に非難」した[17]。
 第三の変化は、デモ隊(あるいは民主派団体)が掲げる要求の複数化、複雑化である。デモ隊側の当初の要求は逃亡犯条例改正案の撤回にあったが、その後、いわゆる「5つの要求」、すなわち、「改正案の完全撤回」、「市民活動を『暴動』とした香港政府見解の撤回」、「デモ参加者の逮捕、起訴中止」、「警察による暴力的制圧の責任追及と独立調査委員会設置」及び「林鄭月娥行政長官辞任と行政長官の民主的選出実現に拡大する。抗議活動のリーダーの一人である周庭によると、これらの要求は6月16日の200万人デモ前に既に出されていた[18]。そして、デモの大規模化から3か月近くたった9月4日、林鄭長官はテレビ演説を行い、条例改正案の正式撤回をついに表明した。当局側としては大きな譲歩ということになろうが、デモ隊の要求拡大と香港政府に対する信感増大を考えると、これによって事態が鎮静化する可能性は極めて低いだろう。
 このように鎮静化の兆しが見えない香港情勢に関し、香港問題をあくまでも中国の内政問題と位置づける中国は、アメリカや旧宗主国のイギリスをはじめとする第三国による香港問題への「干渉を早くから警戒していた。G20大阪サミット開催直前の6月26日、外交部定例記者会見で報道官は、「G20が香港問題を議論することはあり得ない。また、中国側は、G20が香港問題を議論することに決して同意しない。これは完全に中国の内政問題である」とくぎを刺していたのである[19]。
 しかし、8月に入ると、香港情勢をめぐる米中のさや当てが始まる。
 新華社は1日、「米国など一部の西側国家は、自国高官に香港の混乱に最大の責任を負うべき人物への接触を命じるなどして、中国の内政に干渉しているとする楊潔篪中央外事工作委員会弁公室主任のインタビュー記事を配信し[20]、米国への警戒感を露わにした。これに対し、米国務省報道官は8日、「中国政府が香港の民主活動家と接触した米外交官の家族らの個人情報を親中メディアに流出させた とし、中国を「暴力的な政権と非難する。中国側は直ちに、「中国の内政に干渉するのを直ちに止めるよう、米国側に求めた[21]。しかし、その後も、トランプ大統領自らが「もし暴力的に天安門(事件)のようなことをやるなら、ディール(取引)は非常に難しくなるだろう」と述べ[22]、経済交渉への影響を示唆して中国側に圧力をかけている。
 香港は世界を代表する国際都市かつ金融センターであり、また、「一国二制度」は中国の国際公約であることから、第三国政府や企業が危惧表明や情報収集するのは当然の権利である。したがって、これらを一律「内政干渉」として退けるのは、中国の国家イメージという観点からも好ましくない。
 もとより、暴力行為は如何なる理由をもってしても肯定され得ないはずだ。しかし、今回のケースでは、香港市民の高い共感がデモ隊側に理性的判断を下すことを難しくしている。『明報』が8月7~13日に実施した世論調査によると、抗議運動による混乱で経済に影響が出た場合、その責任は「香港政府にある」とした回答者が56.8%で、「デモ隊にある」の8.5%を大きく上回った[23]。とは言うものの、暴力行為の拡大は、強硬手段での介入――その最も深刻なケースが解放軍による武力鎮圧――の口実を中国政府に与えうる。しかし、中国にはそれをためらう事情が今回はある。台湾問題への波及である。
 そもそも「一国二制度」は台湾統一のために打ち出された考え方である。それが、1990年代以降の台湾における民主化の進展と、総じて強硬な中国の対台湾政策により、近年では説得力を急速に失ってきている。悲願の統一を目指す中国としては、そのステップとして、来年1月の台湾総統選挙では「一つの中国」を主張する国民党に是非とも政権奪還を実現して欲しいところである。そこで、こうした目的達成のためには、強硬手段での香港の秩序回復には慎重にならざるを得ない。なぜなら、そのような行為は台湾住民の強い反発を買い、中国に厳しいスタンスをとる蔡英文現民進党政権を利することになるからだ。
 通商摩擦に始まった米中対立は、勃発から約1年半を経て、金融分野や香港台湾問題にまで拡大し、今や全面対決の様相を呈している。そして、中国にとっては、香港問題の解決が喫緊の課題となっているが、その解決にあたって米国要素を排除するのが非現実的であることは中国としても認めざるをえまい。米中をとりまく、このようなトータルな問題の解決は、もはや両国指導者の政治的決断に委ねるしかない段階にまできているのかも知れない。
 大統領選挙を1年後に控え、発言に対する責任よりもディールでの経済的利益獲得を重視するトランプの対中政策や行動様式が簡単に改まることはあまり期待できないだろう。しかし、水面下での何らかのディールで、香港問題解決に一役買うことができ、それが中国に恩を売り、通商摩擦解消の突破口となることで、選挙に好影響を与えるとトランプが判断すれば、想定外の展開が生まれるかもしれない。
 では、習近平は、このように複数の要因が複雑に絡み合った対米関係を、そして当面は香港問題を、どう解きほぐしていくのだろうか。この点に関し、筆者は全く異なる二つの可能性があると考える。
 一つは、強硬策にでる可能性である。第一の根拠は、9月3日の記者会見で国務院港澳弁公室報道官の口から出た次の発言である。「中央政府は、香港の混乱がいつまでも続くことを決して容認しない。香港情勢がもしさらに悪化し、特区政府がコントロールできない、国家の主権と安全保障に危害を及ぼす動乱にまで発展するようなら、中央政府はこれを座視することはありえない」[24]。香港情勢を「動乱」と定義できる権利を独占する中国政府は、どのようなタイミングでも強硬手段にうったえることができる。第二の根拠は、習近平という指導者の政治性向である。腐敗撲滅闘争にみられるように、彼は、手段如何にかかわらず、それによってもたらされる「安定をとりわけ重視している。また、今世紀中頃には米国に並び、さらには米国を凌ぐほどの国力をもつという既定目標達成の自信に変わりはないだろう。そこで、仮に軍の投入で「安定」が確保され、それによっても大国中国が孤立することはないと判断すれば、強硬手段の選択も現実性を帯びるものと筆者は考える。「未だ国際社会での影響力が限られていた1989年の政治風波(6.4天安門事件)による苦境も、たかだか数年で脱することができたではないか。『一帯一路』の効果もあり、今ならせいぜい1~2年ですむ」。こう判断する可能性は決してゼロではない。9月3日に行った演説の中で、長期にわたる「闘争」の必要性を習近平が繰り返し強調したことは[25]、強制手段行使の可能性を念頭に置いたものなのかもしれない。
 第二は、一種の譲歩によって事態の収拾を図る可能性である。筆者の認識では、中国はすでに「譲歩」を行っている。第一の根拠は、中国側の対応にみられる変化に求めることができる。既述の通り、中国政府当局は強硬な発言を繰り返す一方で、すでに6月の時点で、「香港特区政府による『二つの条例』改正工作を断固支持する」との立場から、「特区政府は、香港社会の早期回復と安定実現のため、改正案審議の延期を決定したが、中央はこれを支持、理解、尊重する」と、改正案の早期採択に拘泥しない立場を明らかにしている。第二の根拠は、9月4日の林鄭長官による条例改正案撤回発言は、中央政府の事前同意がなければ行いえないと考えられるからである(もっとも、この発言によって香港情勢が安定するとは考えられないのであるが)。
 この撤回発言については、中国政府の敗北を意味するととらえる論調が多い[26]。確かに、第三者的にはそのような判断を下すことも可能だ。しかし、今我々に求められているのは、単なる批判にとどまらず、地域情勢、ひいては国際情勢の好転に貢献するとの積極的姿勢だろう。自らを誤謬なき政党と位置付ける中国共産党には、その政策がもたらした結果を明確に「過ちと認識する発想はそもそもない。何らかの修正が必要な場合でも、多くは「調整」と称して、「正しい道」を改めて歩み始めるという、ある種ポジティブな特質が備わっている。したがって、そのような特質を上手に利用し、我々として望ましい方向に慫慂するとの発想が必要なのではなかろうか。
 責任ある大国として国際社会の尊敬を集めたいのであれば、中国は「包容力」を発揮しなければならないと筆者は考えている。香港問題についてこれを援用するならば、林鄭行政長官の「辞任」申し出――実態は「解任」――を習近平国家主席が「認める」ことで、「二制度」の体面を保ちつつ事態の鎮静化を期し、米国との関係改善につなげるということになる。しかし、いかな強固な地位を築いてきた習近平とその指導部といえども、このような「軟弱」な判断を下すことには多くの困難が伴うであろう。そこで、我々としては、近年の日中関係改善を奇貨として、様々なルートや機会を利用し、「そうした柔軟な対応――上述の第二の選択肢――を採ることがむしろ自らの身を守り、強化する」のだということを理解するよう中国側に働きかけていくことが重要だ。こうした努力は地域と国際社会の平和と安定、そして発展に大きく寄与するものと筆者は確信する。

(脱稿日 2019年9月9日)

1 「トランプに振り回される習近平 ― 全人代政府活動報告から浮かび上がる対米慎重姿勢 ―」[https://www.spf.org/spf-china-observer/document-detail015.html]。

2 「中美経貿高級別磋商順利結束」『人民日報』2019年4月7日。

3 「加征関税解決不了任何問題」『人民日報』2019年5月8日。

4 「商務部新聞発言人応詢発表談話」[http://www.mofcom.gov.cn/article/ae/ag/201905/20190502860421.shtml](2019年8月10日最終アクセス)。

5 「国務院関税税則委員会発布公告」『人民日報』2019年5月14日。

6 「習近平同米国総統特朗普会晤」『人民日報』2019年6月30日。

7 「近期中国企業採購美国農産品取得進展」『人民日報』2019年7月29日。

8 「第十二輪中米経貿高級別磋商在上海挙行」『人民日報』2019年8月1日。

9 なお、米通商代表部(USTR)はその後、ほぼすべての中国製品に制裁関税を拡大することとなるこの第4弾措置について、スマートホンやノートパソコンなど555品目への追加関税措置を12月15日まで延期する旨発表する。

10 「商務部新聞発言人就美方拟対3000億美元中国輸美商品加征10%関税発表談話」[http://www.mofcom.gov.cn/article/ae/ag/201908/20190802887283.shtml](2019年9月1日最終アクセス)。

11 「中国相関企業暫停新的美国農産品採購」[http://www.mofcom.gov.cn/article/ae/ag/201908/20190802887951.shtml](2019年9月2日最終アクセス)。

12 「商務部新聞発言人就美方宣布進一歩提高対中国輸美商品加征関税税率発表談話」『人民日報』2019年8月25日。

13 「2019年8月21日外交部発言人耿爽主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/t1690593.shtml](2019年8月27日最終アクセス)。

14 「2019年6月10日外交部発言人耿爽主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1670837.shtml](2019年7月1日最終アクセス)。「国務院港澳弁発言人就香港修例問題発表談話」『人民日報』2019年6月16日。

15 こうした対応は、香港政府に付与された独自の判断による問題処理権限の限界を意味しているのかもしれない。

16 「国務院港澳弁発言人就香港発生暴力衝撃立法会事件発表談話」『人民日報』2019年7月3日。

17 「国務院港澳弁発言人就香港極少数暴徒投擲汽油弾襲警予以厳厲譴責」『人民日報』2019年8月13日。

18 [https://twitter.com/chowtingagnes/status/1148096187813154816](2019年9月3日最終アクセス)。

19 「2019年6月26日外交部発言人耿爽主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1675953.shtml](2019年8月11日最終アクセス)。

20 「楊潔篪表示中国香港事務不容任何外来干渉」[http://www.xinhuanet.com/2019-08/01/c_1124827365.htm](2019年8月25日最終アクセス)。

21 「外交部発言人華春瑩就美方渉港悪裂言論答記者問」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/dhdw_673027/t1687584.shtml](2019年8月29日最終アクセス)。

22 「トランプ氏 香港巡り中国牽制」『朝日新聞』2019年8月19日付夕刊。

23 「中国、武力介入も示唆」『読売新聞』2019年8月17日。

24 「国務院港澳弁新聞発言人介紹対香港当前局勢的看法」[http://www.hmo.gov.cn/xwzx/zwyw/201909/t20190903_21177.html](2019年9月4日最終アクセス)。

25 「発揚闘争精神増強闘争本領 為実現“両個一百年”奮闘目標爾頑強奮闘」『人民日報』22019年9月4日。

26 例えば、「後ろ盾の中国 大きな挫折」『朝日新聞』2019年9月5日。

  • Facebook
  • X
  • LINE
  • はてな

ページトップ