論考シリーズ

SPF China Observer

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第15回 2019/04/10

トランプに振り回される習近平
― 全人代政府活動報告から浮かび上がる対米慎重姿勢 ―

諏訪 一幸 Kazuyuki Suwa (静岡県立大学国際関係学部教授)

はじめに

 近頃の中国各地の書店は、いわゆる「習近平本」で溢れかえっている。早くも次期党大会(2022年秋予定)での「習近平思想」確立を目指した世論宣伝工作が始まったかのようだ。3月中旬、北京市内のある書店を訪れた筆者は、「習近平総書記のおかげで私たちは豊かになり、富強の大国になりました」とスマホに語りかけながら、山積みの習近平本を背景に自撮りする中年女性を目にし、少なからぬ戸惑いを覚えた。
 現在の中国の内外情勢は、むしろ彼女の楽観論を否定するものなのではなかろうか。国内では習近平政治に対する疑問の声が知識人らから繰り返し発せられている[1]。対外関係に目を移すと、昨年来の米中貿易摩擦の着地点は未だ見えない状況にある。中国側は譲歩を繰り返すものの、米国側が納得しないという展開を受けて、中国の実体経済にはすでにマイナスの影響が現れ、一部企業家を中心に不安と不満が高まっているっている[2]。
 今年も例年通り、全国人民代表大会(第13期全国人民代表大会第2回会議。以下、全人代会議)が3月に開催された。そこでは、このような現状を受けてか、開幕日に行われた李克強総理の政府活動報告には、経済を中心に、近年ではみられない厳しい情勢認識が示されていた。
 本論考は、昨年と今年の政府活動報告を取り上げ[3]、そこで用いられたキーワードの比較を通じ、今回の報告の政治外交面での特徴を明らかにしようというものである。

米国に譲歩/配慮する習近平

 今次全人代会議で採択された唯一の法律である外商保護法は、昨年12月の第7回全人代常務委員会での審議開始からわずか3か月で採択にこぎつけたものである[4]。トランプ大統領が米国企業の投資環境整備や保護などを中国に強く求めてきたことに鑑みると、同法の採択は、今次全人代会議が対米通商問題を一つの重要な焦点としていたことを象徴的に示している。李克強の政府活動報告も勿論、例外ではなく、その基調は対米譲歩(或いは配慮)だった。
 第一に、2019年報告では、前年報告で言及のなかった「米中」(中国語では「中米」)に3回言及している。このこと自体、今回の報告が米国を意識したものであることを示しているが、より注目すべきはその論調である。李克強は、まず、「経済のグローバル化に紆余曲折が見られ、多国間主義が衝撃に見舞われ、国際金融市場が動揺した。とりわけ、中米経済摩擦が一部企業の生産と経営、市場への期待感にマイナスの影響を与えた。そうした中、我々は中米経済貿易摩擦に安定的かつ適切に対応した」と2018年を回顧する。そして、2019年については、「高水準の自由貿易区ネットワーク建設を加速化し、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)、中日韓FTA、中国・EU投資協定の各協議を加速化し、中米経済貿易協議を引き続き推し進める」と、地域連携と経済のグローバル化促進への貢献姿勢を強調する。米トランプ政権への直接的な批判を避け、さらに、「売られたケンカ」であるにも関わらず、継続協議姿勢を示している点に特徴がある。
 第二に、米国を刺激する可能性の高い用語を極力排除している点である。最も顕著なのが「保護主義」批判の封印であろう。2017年1月にトランプが大統領に就任した当時、中国を含む国際社会はその自国第一主義や保護主義的主張に強い危機感を示した。そして、世界経済を牽引する共産中国の指導部が発する「経済のグローバル化擁護」主張に、国際社会は強い期待感を示していた[5]。そうした追い風の中で開催された2018年の全人代報告で、李克強は次のように対米批判を展開する一方、自らを自由貿易体制の守護神として位置づけたのである。まず、「過去5年間、世界経済は回復力に欠き、国際金融市場は大きな起伏を繰り返し、保護主義が明らかに台頭してきた」と総括する。そして、2018年については、「世界経済は力強さの回復が引き続き望まれるが、不安定要因や不確定要因が多い。主要経済体の政策調整とその波及効果という変数があり、保護主義が深刻化し、地政学的危機が強まるであろう。こうした状況の中、中国は、平等な協議を通じての貿易紛争解決、保護貿易主義への反対、自身の合法的権益の死守を主張する」としていた。ところが、2019年報告では、「世界経済の成長速度は低下し、保護主義と自国第一主義が強まり、国際的な大物商品価格が大きく変動し、不安定要因と不確定要因が明確に増加し、外部からの圧力が強まった」と2018年を回顧しているが、2019年については「保護主義」という表現そのものの使用が避けられた。
 重要な政策目標の抑制も大きな特徴だ。今回の米中摩擦で大きな焦点となっている「中国製造2025」についてみると、2018年報告では「『中国製造2025』を実施し、工業基礎、インテリジェント及び環境などの分野での重大プロジェクトを推進し、先進的製造業の発展を加速する」など、「中国製造2025」という言葉が2回使用されていた。しかし、2019年報告では「製造強国」(を加速する)との表現はあるものの、「中国製造2025」そのものの使用は慎重に避けられている。さらに、中国が展開する外交政策について、米国を刺激しうる用語の使用も控えられている。例えば、2017年10月の第19回全国党代表大会政治報告で[6]、習近平が「中国の特色ある大国外交」の中核理念と位置付けた「新型国際関係」の構築についてみると、2018年報告では「今年は新型国際関係の構築を推進する」と意気込みを見せていた。だが2019年報告では、「2018年は新型国際関係の構築を推進した」と、前年の実績のみを指摘し、今年の継続推進については言及がない。また、米国が危機感を強めている「海洋権益」保護についても、2018年報告では、過去5年間「我々は国家主権と海洋権益を断固擁護した」と述べ、2018年は「海洋経済圏を拡大し、国家の海洋権益を断固擁護する」としたが、2019年報告では「海洋権益」という表現そのものが見当たらない。

主張する習近平

 しかし、習近平大国外交の中核的な理念や政策がすべて放棄されたわけではない。
 第一に、「新型国際関係」と並ぶ、中国の特色ある大国外交の中核を構成する「人類運命共同体」理念の推進がうたわれている。李克強は2018年報告において、過去5年間「中国は人類運命共同体の構築を提唱してきた」、今年も「中国は各国とともに、人類運命共同体の構築推進のため、絶えず努力していく!」と力強く宣言した。そして、2019年報告においても、2018年は「人類運命共同体構築を推進した」と語り、2019年「我々は、グローバルガバナンス体系の改革に積極的に参与し、開放的な世界経済を断固擁護し、人類運命共同体の構築を推進する」と述べている。習近平指導部は、「人類運命共同体構築」理念が2017年2月以降、国連決議や同安保理決議に盛り込まれてきたことを喧伝してきている[7]。この表現自体は極めて陳腐であるが、国連のエンドースを錦の御旗に、中国では現在、「人類運命共同体の構築は習近平外交思想の核心的理念である」とする世論工作が行われている[8]。
 第二は、「一帯一路」政策の推進である。李克強は2018年報告で、過去5年を回顧して、次のような成果を誇示している。「『一帯一路』建設の成果は際立っている。中国は『一帯一路』の共同建設を提唱推進し、アジアインフラ銀行の創設を呼びかけ、シルクロード基金を創設し、多くの重要な交通通信ネットワークや経済貿易プロジェクトを完成させた。そして、第一回『一帯一路』国際協力ハイレベルフォーラムを成功させた」。そして、2018年も「『一帯一路』国際協力を推進し、共同協議、共同建設及び共同享受方針を堅持し、『一帯一路』国際協力ハイレベルフォーラムの成果を実施に移す」とした。このような積極姿勢は、2019年でも変わらない。すなわち、2018年には「対外開放が全方位で拡大し、『一帯一路』の共同構築において重大な進展があった。『一帯一路』の共同構築の牽引効果が引き続き開放され、沿線国との協力システムが絶えず健全化し、経済貿易協力と人文交流の推進を加速した」。こうした認識を追い風に、2019年には「『一帯一路』の共同構築を推進する。第二回『一帯一路』国際協力ハイレベルフォーラムを成功裏に開催する。『一帯一路』の共同構築と広東―香港―マカオベイエリア建設という重大なチャンスを逃さず[9]、自身のもつ強みをより発揮し、内地との協力を全面的に深化させようとする香港とマカオの対応を支持する」とした。
 さる3月23日、中国とイタリアの両国は、習近平の訪問に合わせ、「一帯一路」の共同建設推進に関する政府間覚書に署名した[10]。これは、いわゆる西側先進諸国が「一帯一路」戦略に対して統一歩調をとることに中国がクサビを打ち込んだことを意味する。中国はこれからも「一帯一路」の旗を掲げ、自国とその価値観を中心とした地域秩序、ひいては世界秩序の構築に精力を注入し続けるであろう。

国内世論を意識する習近平

 今年の政府活動報告は前年に比して対米譲歩の基調が明確だが、国内的課題については、引き続き「強い」或いは「人民に服務する」指導部たらんとする姿勢を示している。
 第一に、「強軍」建設の推進である。李克強は2018年報告において、我々は過去5年間「強軍興軍という点で、新たな局面を切り開いた。政治的に優れた軍隊の建設、改革に取り組む軍隊の建設、科学技術面で優れた軍隊の建設、法に基づいた軍隊管理を深く推進した。中国の特色ある強軍の道で、堅実な歩みをみせた」と、近年の実績を総括した。そして、2018年においては「新時代における党の強軍目標を牽引車として、国防建設と軍隊建設における習近平強軍思想の指導的地位を強化、確立し、中国の特色ある強軍の道を断固歩む」とした。一方、2019年報告では、「強軍事業の発展において、多くの新しい出来事や新しい行いが現れた」と2018年を回顧する。そして、2019年には、「新時代における党の強軍目標を牽引車として、国防建設と軍隊建設における習近平強軍思想の指導的地位を強化、確立し、政治的に優れた軍隊の建設、改革に取り組む軍隊の建設、科学技術面で優れた軍隊の建設、法に基づいた軍隊管理を深く推進する」と述べた。現政権が推し進めている「習近平思想」の確立に向け、「習近平強軍思想」は「習近平外交思想」とともにすでに党内でのお墨付きを得た感がある。「強軍」は対内的に決して降ろすことのできない旗なのであろう。
 第二に、軍との絡みで述べると、昨年の大規模機構改革で退役軍人事務部が新設されたことに続き、今年も退役軍人への配慮がみられる。2018年報告では過去5年間の回顧に退役軍人関連の記述はなく、2018年の活動方針部分についてのみ、以下のような記述があった。「故郷に戻った農民工、短期大学や専門学校の卒業生、技術者、退役軍人及び工商業企業等が農業の現代化建設に従事し、農村における新業態や新様式を発展させることを奨励し、支持する。退役軍人への再雇用を含めた配慮、管理及び保障工作を着実に行う」。一方、2019年報告では、「退役軍人への服務管理工作を強化し、退役軍人の合法的権益を保護した」と2018年の成果を総括する。そして、2019年においては、以下の通り、配慮を一層強化するとの姿勢が示された。「大学卒業生、退役軍人、農民工といった重点グループの就業工作を着実に行う。高等職業訓練校の入試試験方法を改善し、より多くの新卒高校生や退役軍人、レイオフ下にある労働者、農民工等の応募を奨励するため、今年の募集定員枠を100万人拡大する。退役軍人としての待遇保障措置をしっかりと実行に移し、退役下士官及び兵士を対象とした基本的養老及び基本的医療保険面での関連政策を改善する」。退役軍人の慰撫は、国内の安定を重視する現政権にとって、優先順位のきわめて高い課題であると考えられる。
 第三に、「強国」化の推進に関してである。2018年の報告では、過去5年の回顧部分に「強国」の記述はない。しかし、2018年の方針を記した部分では「デジタル中国、ネット強国建設のために努力する。製造強国建設をスピードアップする」としたうえで、報告全体を「我が国を強く富み、民主的、文化的で、調和のとれた美しい社会主義現代化強国に建設するため、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現のため、新たな貢献をしよう!」と締めくくっている。一方、2019年報告では、前年同様、回顧部分での言及はないものの、2019年の活動方針は力強い。「製造強国建設をスピードアップ」し、「海洋経済を大々的に発展させ、海洋環境を保護し、海洋強国を建設する」のである。「ネット強国」の表現が消えたのは対米配慮なのかも知れないが、「製造強国」にしろ、「海洋強国」にしろ、いずれも米国にとっては神経に触る表現である。しかし、両者の使用については、いずれも国内世論への配慮、すなわち「依然として強い祖国中国」像を提示する必要性という文脈からの解釈が可能ではなかろうか。すなわち、「製造強国」については「中国製造2025」の旗を降ろしたわけではないとの姿勢を国民に強調する姿勢を、また、「海洋強国」については国内経済分野での課題としてあくまでも追求し続ける姿勢をそれぞれ示したかったのだと考えられる。そして、今年の報告も、「我が国を強く、富み、民主的、文化的で、調和のとれた美しい社会主義現代化強国に建設するため、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現のため、絶えず奮闘しよう!」との力強い呼びかけで締めくくられた。

おわりに

 以上を要約すると、今年の政府活動報告に見られる政治外交面での最大の特徴は、対米配慮であった。報告は、まず、米中関係を表す「中米」という表現を繰り返し用いることで、その中に重要な対米メッセージが含まれることを明らかにした。そして、「保護主義」、「中国製造2025」、「海洋権益」といった米国を容易に刺激しうる表現を避けることで、通商紛争の早期決着を望む中国側の譲歩姿勢を示した。
 習近平総書記は、省長部長クラスの高級幹部を対象に行った1月21日のスピーチで、国内外の経済情勢を念頭に、厳しい現状認識を示している。いわく、「予測の難しい国際情勢、複雑で敏感な周辺環境、困難で重大な改革、発展、安定を実現する任務を前に、我々は終始高い警戒感を維持し、『ブラックスワン』を強く警戒し、また『灰色のサイ』の発生を防止しなければならない」[11]。今回の李克強報告も、この習近平スピーチの基調を踏襲したものだと考えられる。そして、指導部は、このような情勢認識のもと、五四運動100周年を機に愛国心を高め、6.4天安門事件30周年に際して不穏な動きがあればそれを力で抑え込み、その勢いをかって、建国70周年を大々的に祝賀するという青写真を描いているのであろう。
 こうした思惑が指導部の期待通り現実のものとなるためには、前提条件がある。それは、開催間近とも伝えられる米中首脳会談で、習近平がトランプとの交渉を最低限引き分けに持ち込む、あるいは、そのように説明できるような一定の成果を手に入れることである。米中貿易摩擦の決着は最高指導者自身の手にゆだねられようとしているが、仮に習近平がこの交渉に失敗すると、国内の不満は唯一の指導者である習に容易に集中することになる。毛沢東に匹敵する指導者たらんとしている習近平は、総書記就任以来最大の正念場を迎えているのかもしれない。

(脱稿日 2019年3月31日)

1例えば、 「北大樊立勤大字報全文」 [http://news.creaders.net/china/2018/05/08/1950307.html]、7月「許章潤:我們当下的恐懼和期待」[https://theinitium.com/article/20180724-opinion-xuzhangrun-fear-hope]、「鄧小平之子鄧朴方提醒和警告習近平」[https://boxun.com/news/gb/pubvp/2018/10/201810280142.shtml]、2019年1月「鄭也夫:政改難産之因」[https://www.bannedbook.org/bnews/zh-tw/baitai/20190104/1058423.html](いずれも2019年3月29日最終アクセス)

2例えば、「中国玩具工場 貿易戦争が打撃」『日本経済新聞』(2019年2月19日)、「中国、輸出入とも減少」『日本経済新聞』(2019年3月9日)

3「政府活動報告」『人民日報』(2018年3月23日)、「政府活動報告」『人民日報』(2019年3月17日)

4「『関於《中華人民共和国外商投資法(草案)》』的説明」『人民日報』(2019年3月9日)

5拙稿「射程に入りつつある?パックスシニカ-『一帯一路』と日本の選択-」『インテリジェンス・レポート』総合政策研究所、第119号(2018年8月1日)、4-17ページ。

6「決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利」『人民日報』(2017年10月28日)

7例えば、「人類命運共同体何以獲得全球認同」[http://world.people.com.cn/n1/2018/0123/c1002-29781137.html](2019年3月18日最終アクセス)

8全国幹部培訓教材編審指導委員会組織編写『全面推進中国特色大国外交』人民出版社・党建読物出版社、2019年。

9「広東―香港―マカオベイエリア」建設については、「中共中央国務院印発《粤港澳大湾区発展規画綱要》」『人民日報』(2019年2月19日)

10「中華人民共和国和意大利共和国関於加強全面戦略伙伴関係的聯合公報」『人民日報』(2019年3月24日)

11「習近平在省部級主要領導幹部堅持底線思維着力防範化解重大風険専題研討班開班式上発表重要講話」『人民日報』(2019年1月22日)。「習近平主席「『灰色のサイ』に警戒を」債務問題念頭か」[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40287060R20C19A1FF1000](2019年3月16日最終アクセス)

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