Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第471号(2020.03.20発行)

カキ養殖で地域を活性化する取り組み

[KEYWORDS]新規事業/特産/町おこし協力隊
和歌山県海南市漁業協同組合塩津牡蠣生産者部会会長◆阿部立利

和歌山県海南市塩津漁港で、移住者が新しい特産品で過疎化の進む地元を活性化しようと事業を興した。
3年かけてカキの養殖に取り組み、和歌山県で初めて生カキを提供できるまでに至った。
現在では浜のかき小屋をオープンし、観光客を呼び込むほか、東京や大阪にも出荷している。

カキ養殖の事業化に至るきっかけ

和歌山県海南市は、和歌山県の北部の沿岸部にあります。シラス漁業が盛んでしたが、高齢化により漁業者が減りつつありました。私がそれまで活動していた沖縄県から和歌山県海南市塩津町に移住したのは、2015年頃でしたが、当時は沖合漁業の一つであるソデイカ漁を引き続き行っていました。ソデイカ漁を行っていた頃は、九州沿岸の港で水揚げするために、1年の半分近くを大分県の港を基地にして過ごしていました。せっかく移住した母港である和歌山から日帰りできる範囲で、地元を盛り上げるような新しい漁はできないかと模索していたところ、遠征先の大分で宮城県石巻のカキ漁師と知り合う機会がありました。その際に地元の港の岸壁にはカキが付着しているか等といった情報交換をした結果、私の母港である海南市でもカキを養殖できるというアドバイスを頂きました。その後、試しに海南市の港の岸壁に付着しているカキを採って、自分の船に吊下げてみたところ、大きく育ったのがそもそもの始まりです。
2018年のカキ養殖全国シェアは、1位は広島県(59.7%:104,000トン)、2位は宮城県(14.5%:25,300トン)、3位は岡山県(9.0%:15,600トン)となっており、和歌山県は24位(0.0037%)となっています※1。しかし、実は1 位の広島県の養殖のルーツは和歌山県にあったという説があります。江戸時代に当時の藩主であった浅野長晟(1586年~1632年)が紀伊和歌山藩から安芸広島藩に移封された際に、カキ養殖の技術が導入されたそうです※2。ですから、(既に実践していますが)歴史的にも和歌山県でカキ養殖は十分可能であることがわかっています。

カキ養殖を行うための事前準備

カキ養殖を始めるために、まずはきっかけとなった宮城県に改めて足を運び、生産者の方々から養殖にまつわるそもそもの背景や実際に養殖が行われている現場、養殖技術、必要な設備や機材等の勉強をしました。その後、初年度である2017年は母港である和歌山県海南市の海に適していると思われる方法を模索しながら、試験的に数か所で育てました。初年度はそれらをデータとして残し、考えられる対策を行いました。2年目となる2018年は沿岸の漁場数か所で1メートル毎の深度による酸素含有量やプランクトン量、水温を調べるとともに、並行してカキの成長試験を行いました。しかし、2018年は海水温の低下により、長期間にわたる貝毒が発生してしまったため、出荷規制が行われることとなりました。また、夏にはムール貝が大量に付着することによって貝が死んでしまいました。これらの教訓をもとに貝毒やムール貝の勉強もして、本格的なカキ養殖を始めるためのプラン作りに役立てました。さらに日本全国のカキ養殖場を訪ねての実地調査も繰り返し行い、カキ養殖に必要な情報を収集しました。

地元の特産品を目標に

養殖場の様子出荷を待つカキ

このように文字通り試行錯誤を繰り返しながら、カキ養殖の実現に向けて取り組んでいたのですが、私が沖合漁業に従事していた頃、他県の港には若者が中心となって働く元気な港をたくさんみかけたことを思い出しました。そこで、高齢化により衰退しつつある地元の塩津でも町おこし事業に取り組み、活気ある漁港を取り戻すことができるのではと考え、当時の自治会長に相談したところ、「ぜひ市役所にもこの話に協力してもらおう」ということになりました。その後、海南市役所に提案したところ、市役所の方々も積極的なサポートをして頂けることになり、カキの生産からカキ小屋を開いて販売するまでといういわゆる「6次産業化」の実現に向けて、海南市の町おこし協力隊に参加してもらい、準備作業に取り組みました。しかも、参加してくれた町おこし協力隊の隊員の一部は任期満了後に漁協の組合員となり、カキ生産者として漁協の若返りにも貢献してくれることになりました。
これらの準備作業が無事に完了し、カキが出荷できる段階となったので、第一弾として2018年11月23日にカキ小屋をオープンしました※3。幸いなことに、オープン直後から新聞やテレビ、ラジオなどのメディアに町おこしの意欲的な取り組みとしてニュースなどで取り上げて頂きました。そのおかげで、海南市や塩津漁協の知名度も上がり、それまでは閑散としていた週末の漁港も賑やかになりました。カキ小屋内でもカキ以外の食べ物、とくに地元の特産であったシラスを海南市内にあるシラス業者から購入しシラス丼を提供したり、飲み物も地元商店から買い上げて販売したりするという地産地消の仕組みができつつあります。
たしかに地産地消の取り組みは、初期段階はややもすると大手スーパーで購入するよりも仕入れ単価は高くなってしまう傾向があります。しかし、その部分に利益を求めず、地域を大切にすることにより、地域の事業者が共存することが可能となるだけでなく、雇用確保や環境保全といった利益以外に地域の発展にとって大事な要素を守り、高めることにもつながります。われわれのカキ養殖もこれらの取り組みを進めた結果、現在では大阪や東京といった大都市に出荷するまでになりました。
これからは塩津で育つカキのブランド化の強化だけでなく、全国を対象としたネット販売という新たな展開に向けて取り組みはじめていきます。来シーズンは海南市へのふるさと納税の際の返礼品の一つに加わる予定です。皆さんも海南市にお越しの際にはぜひ一度海南市産のカキを味わってみて下さい。(了)

カキ小屋に集まって新しい特産品となるカキに舌鼓を打つ地元のみなさん
メディアでもたくさんとりあげていただき、テレビ朝日の山本雪乃アナウンサーも取材に訪れた
  1. ※1出典:平成30年漁業・養殖業生産統計
  2. ※2出典:畔柳昭雄・菅原遼「近世から現代に見られる“牡蠣船”の機能的形態変化に関する調査研究」『日本沿岸域学会誌』29(1)2016年
  3. ※3立征水産(リュウセイスイサン)

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