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オーシャンニューズレター

第15号(2001.03.20発行)

第15号(2001.03.20 発行)

日本の港湾・海運にも大胆な政策を

日本貿易振興会ジェトロ・シンガポール・センター舶用機械部長◆田中愼一郎

巨大なハブ港を活かし、今なお"急速な経済発展を続ける国"シンガポール。その政策に学び、日本の港湾・海運にも、生き残るための発想の転換と大胆な政策が必要である。

自由貿易と外資導入策

シンガポールは、独立してからまだわずか35年。東南アジアの中でシンガポールだけが、なぜ急速な経済発展を遂げることができたのか。

結論を端的に言うと、国土も狭く(淡路島ぐらいの広さ)、資源もないこの国では"人材"こそが唯一の資源であり、その優秀な人材を政府に集中させ、政府主導で有効な政策を実施してきたからに他ならない。すなわち、強力で安定した政府が、貿易の自由化促進、優遇措置による外資系企業や外国からの人材の誘致、英語の公用語化、空港・港湾・工業団地など世界でトップレベルのインフラ整備など、経済競争力強化に向けての施策を次々と立案、実行してきたことがその最大の理由である。

シンガポールには農業、漁業、林業、鉱業といった第一次産業は基本的に存在しない。すなわち食材はすべて輸入、生活に欠かせない水でさえ、ほとんどすべてマレーシアからパイプラインで供給されている。つまり、シンガポールという国は、まわりの国から"兵糧責め"にあったら、あっという間に一巻の終わりなのである。

したがって、この国は常に大胆な政策を打ち出さないと生きていけない。その第一段が、中継貿易港としての地理的条件を活かして、原則関税なしの自由貿易政策の採用であった。さらに、経済発展のために採った最大の政策は、日本の政策とはまったく逆で、国内産業の育成・保護ではなく、徹底した外資導入策であった。資源も、労働力も、市場もない国での産業育成は極めて難しいと判断されたからである。インフラの整備、税制等の優遇措置など、あらゆる手段を使って、外国企業が進出しやすい環境を作ってきたのである。

■図1シンガポール港の入港船舶およびコンテナ取り扱い量の推移
コンテナ取扱量の推移

港湾機能の充実

シンガポールで一番のインフラといえば、何といっても"港湾"である。シンガポール港はこれまで、東南アジア地域のハブ港を目指して港湾施設のインフラ整備や、いち早くコンピュータシステムを導入して入出港手続きの簡略化を進めてきた。シンガポールは、1972年にコンテナ取扱い施設を東南アジアで最初に建設した国である。また、タグボートの手配、船舶燃料・食料の供給体制の整備など、港湾サポート機能の充実を図り、24時間体制で港湾利用者に対するサービスの向上に努めてきた。この結果シンガポール港で取り扱われるコンテナ貨物の8割程度が、シンガポール以外の周辺諸国への積み替え貨物、いわゆるトランシップであると言われている。

シンガポール港は世界の320の船社と、738もの港と結ばれている。1999年にシンガポール港に寄港した船舶は14万1,523隻、総トン数では8億7,713万トン(図1参照)で14年間連続して世界一を続けている。

1999年のコンテナ取扱量は1,594万TEU(20フィートコンテナ換算)を取り扱い、わずかの差で再び香港に抜かれ、世界第二位であった。シンガポール港が初めて世界一となったのは1990年のことであるが、その時のコンテナ取扱量が522万TEUであったから9年間で約3倍にも増えている。

アジアでベスト10に入っているのは、香港、シンガポール、高雄、釜山、上海の5港である。かつて上位のグループに名を連ねていた日本の港湾はシンガポールの6~7分の1の規模に過ぎなくなっている(表1参照)。

■表1 世界の港のコンテナ取扱量ランキング比較(1989年・1999年)
1989年度
1999年度
順位
港湾
万TEU
順位
港湾
万TEU
1
香港446
1
香港1,610
2
シンガポール436
2
シンガポール1,594
3
ロッテルダム(オランダ)360
3
高雄699
4
高雄338
4
釜山644
5
神戸246
5
ロッテルダム640
6
釜山216
6
ロングビーチ441
7
ロサンゼルス(米)206
7
上海421
8
ニューヨーク/ニュージャージー199
8
ロサンゼルス383
9
基隆179
9
ハンブルグ375
10
ハンブルグ(独)173
10
アントワープ(ベルギー)361
11ロングビーチ(米)15513東京270
12横浜15117横浜220
16東京14417神戸220
資料:ContainerisationInternational等

昨年10月、自由貿易協定(FTA)関連でシンガポール港を視察した平沼通産大臣は、電子化された通関手続きやコンテナ運搬に圧倒され、「まるで、テレビゲームを見ているようだ。シンガポールとの自由貿易協定を契機にIT技術を大幅に利用した先端システムを日本にも導入しなければ競争できなくなる」というコメントが日本の新聞に紹介されていた。

シンガポール籍船の拡充

東南アジア域内の物流のハブ港化を目指すシンガポールでは、港湾機能の充実に加え、シンガポール籍船の拡充にも力を入れており、89年当時は712隻、727万トンであった商船隊が、99年末現在、1,736隻、2,178万トンとなり、世界第7位の海運国にまで成長している(表2参照)。

■表2  商船隊(船籍)の世界ランキング比較(1989年・1999年)

1989年度
1999年度
順位
総トン数(万トン)
順位
総トン数(万トン)
1
リベリア4,789
1
パナマ10,525
2
パナマ4,736
2
リベリア5,411
3
日本2,803
3
バハマ2,948
4
ギリシャ2,132
4
マルタ2,821
5
キプロス1,813
5
ギリシャ2,483
6
ノルウェー1,559
6
キプロス2,364
7
中国1,351
7
シンガポール2,178
8
バハマ1,157
8
ノルウェー1,980
9
シンガポール727
9
日本1,706
10
マルタ322
10
中国1,631
資料:ロイド統計(非自航船及び100総トン未満の船舶を除く)

シンガポール海事港湾庁(MPA)によると、1999年末現在3,360隻、2,375万総トンの船舶がシンガポール籍船として登録されている。シンガポール籍船は、92年に1,000万GTを超えて以来、毎年100万GT台のペースで増加を続けてきたが、96年に入って増加のピッチを急速に早め、MPAの"2000年までに2,000万GTを超える"という当初の目標をはるかに早回り、97年10月には2,000万GTの大台を達成してしまった。さらに、98年は2,200万トン台、99年には2,300万トン台を超え、増加の一途を辿っている。

このようなシンガポール籍船の急激な増加をもたらしているのが1991年に導入されたAIS(認定国際海運企業;ApprovedInternational ShippingEnterprise)と呼ばれるスキームである。シンガポール籍船を10%以上保有していることなど、AISスキームの下で承認された企業は、同国籍船以外の船舶による収入に対する課税の免除も受けられる。また、船員の国籍を問われない、外国の船員資格証明を認める等、船員の雇用が容易なことも、シンガポール籍を取る大きな理由である。

シンガポールの経済発展政策に学ぶ

日本のあちこちの港から港湾管理者(県・市)のミッションがポートセールスと称して、当センターにもよく訪問される。私の目にはそれが奇妙に映る。日本では、地方分権の必要性が叫ばれているが、港湾に関しては、それぞれの港が個別に利用者の誘致合戦をしているような場合ではないのではないか。日本では24時間フルサービス体制の港もほとんどない。日本というひとつの国として、もっと大局的見地から港湾のあるべき姿を考えていかなければ、国際競争からますます取り残されることになる。日本籍船の数がじり貧となっている日本海運にしても然りである。

「戦後日本の産業の復興、発展の目覚ましさを目のあたりにして大きな影響を受けた」というシンガポール建国の指導者リー・クアンユーは、現在の日本が抱えている真の課題は、"経済"ではなくむしろ"政治"にあると指摘している。(了)

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