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論考

No. 79
2020/12/15

オースティン元中央軍司令官の国防長官起用をめぐる波紋:
シビリアンコントロールを巡る左右からの批判

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

オースティン氏の国防長官指名は政治的圧力の結果

 バイデン政権の外交・安保チームの顔ぶれが、アントニー・ブリンケン次期国務長官、ジェイク・サリバン次期国家安全保障担当補佐官など次々と発表される中で、同時期に国防長官だけが発表されていなかった。最終的には、ロイド・オースティン元米中央軍司令官の指名が発表されたが、これは、圧倒的な本命候補、ミシェル・フロノイ元国防次官(政策担当)という期待に反する人事であり、米国の国防コミュニティーには驚きの結果だった。それは、フロノイという国防長官としての十分な資質を備えた候補に大きな問題があったわけでもないのに採用せず、国防総省という巨大組織を動かすような資質が試されていないオースティンという人物を、黒人閣僚が少ないから、というような政治的な理由から指名したことだろう。

 バイデン次期大統領はオースティン起用の理由について、アトランティック誌に寄稿しているが、彼のイラク派遣米軍司令官や中央軍司令官としてのイラクからの米軍撤退の実績や、軍のロジスティクスを担当した経歴を生かしたコロナ感染ワクチン配布など、きわめて狭い期待である1。トランプ大統領が引き起こした米国の求心力の低下により、世界における米国はより困難な状況下にある。米国の求心力の源泉であり、世界に展開する世界最強の米軍の司令塔は、大きな戦略性と、巨大組織を運営することができる政治力の持ち主でなくてはいけないはずだ。

 この点で12月9日付のワシントン・ポスト紙の社説は、オースティン氏は、他の多くの職業軍人と同様に、国防長官が直面するもっとも重要な問題を管理する経験をしていない、と指摘する。それは、長期的視野に立った予算の運営や兵器の開発、そして、まとまりのない非軍人からなる官僚組織の運営である。しかも、彼は中東のキャリアに特化しており、中国の台頭が米国の最も死活的な脅威であるのにアジアでの経験がない。さらに、メディアや一般市民とのコミュニケーションの意思の不足や、ぎくしゃくした議会との関係などにも不安がある、と指摘している2

 国防長官人事を巡っては、様々な思惑が交錯していた。そもそもの筆頭候補だったフロノイ氏については、民主党左派からの、過去に防衛産業とのコントラクターとなったものは就任すべきではない、という圧力がかかったようだ。フロノイ氏は、国防産業大手のブーズ・アレン・ハミルトン社のコントラクターだった。またフロノイ氏が、カート・キャンベル元国防次官補(アジア太平洋担当)と共同創設したシンクタンク、Center for New American Security (CNAS)が、国防産業から多額の寄付を受けていることも問題にされた。結局のところ、民主党左派は、国防費を圧縮して、社会福祉に予算を回したいという思惑があり、圧力をかけていると考えられる。

 同時に、政権に黒人閣僚が少ないという批判があり、その要素もこの人事に反映した。例えば、ブラックコーカス(黒人議連)所属の民主党のベニー・トンプソン下院議員は、バイデン氏の政権移行チームと接触した後、「アフリカ系米国人とヒスパニック系のコミュニティーは、バイデン次期政権の誕生を後押ししてきた。あらゆるレベルで彼らの希望が反映されることになるだろう」と話して圧力をかけていた3。しかも、すでに発表されたバイデン政権の広報チームがすべて女性で、経済チームもイエレン財務長官が女性最初の長官起用ということもあり、フロノイ氏の実力は圧倒的だが、史上初の女性国防長官という点が、あまりアピールできなくなったことも一要素だろう。

再浮上する国防長官起用へのシビリアンコントロール原則

 直前までの国防長官候補は、オースティン氏、フロノイ氏のほかには、ジェイ・ジョンソン元国土安全保障省長官(オバマ政権)、タミー・ダックワース上院議員(イリノイ州)の名前も挙がっていた。このうち、ジョンソン氏とオースティン氏は黒人男性で、ダックワース上院議員はアジア系女性(タイ系)であるが、オースティン氏も、フロノイ氏と同様、過去に防衛産業のコントラクター(レイセオン)になっており、民主党左派にはマイナス要素ではある。しかもオースティン氏は、軍籍を離脱してから4年で、1947年の国家安全保障法で、シビリアンコントロール上、軍籍離脱後7年を経なければ長官に就任できない(当初は10年だったが議会が2008年に7年に短縮)という基準を満たさない。そのため、トランプ政権のマティス国防長官と同様に、議会の特別な承認が必要となる。

 この点で過去の例外措置は、トランプ政権のマティス国防長官と、トルーマン政権下の1950年のジョージ・マーシャル国防長官(国務長官を歴任後)の二人だけである。バイデン氏の副大統領時代のアドバイザーを務めた経験もあるジム・コルビー氏は、12月7日付のニューヨーク・タイムズ紙に寄稿して、この点で、マティスに続きオースティンを起用することは、この規定を空洞化にすることに繋がるため、オースティン氏を国防長官に承認すべきではないと提言している4

 コルビー氏によれば、マーシャル将軍も、自身の軍人として訓練を受けた資質が、朝鮮戦争という難しい政治状況の中で国防総省を運営する国防長官という政治的な職に適しているかどうかは、疑問を持っていた。しかし陸軍参謀長として第二次世界大戦で連合国を勝利に導き、国務長官として「マーシャル・プラン」のような実績がある彼は、例外規定を承認するに足る存在だった。

 また、トランプ大統領という、一度も政府(地方自治体を含め)の公職の経験がなく、かつ精神的な安定性について懸念を持たれるような人物の場合は、マティス氏のような軍の支援を受けた強い人物が必要と考えられた。例えば、トランプ大統領は最終的には意見の違うマティス氏を解任したが、その米軍内での尊敬度の重みのため、後任のエスパー国防長官のように安易には解任できなかった。しかも、オースティン氏の中央軍司令官の前任であるとはいえ、マティス氏の実力とカリスマは、米軍と関係者の中では有名であった。マティス氏はオバマ大統領とイラン政策で対立して職を辞しており、トランプ大統領の理不尽な政策に対抗することが期待されてもいた。特に、マティス氏はシビル・ミリタリー関係研究の専門書をシビリアンの研究者と共同出版しており、軍事学の泰斗としてだけでなく、国防長官を務めるだけの政治的な資質も備えていると見られていた。その点で、オースティン氏には、国防長官のシビリアンコントロール規定をあえて変えてまで起用しなくてはならない強い理由が見当たらない。

 シビル・ミリタリー関係研究と戦略学の泰斗であるエリオット・コーエン、ジョンズホプキンズ大学SAIS(高等国際関係大学院)学部長も、12月9日付のアトランティック誌に寄稿して、コルビー氏と同趣旨の主張をしている。彼は2017年1月10日に、上院軍事委員会で、マティス氏に例外規定を適用すべき証言をしており、その直截的な証言を記している。それは当時、マティス氏の国防長官起用が、次期トランプ政権において懸念される「手に負えないほど愚かで、危険で、不法な政策を予防」(preventing wildly stupid, dangerous, or illegal things from happening)することで、米国の外交・安全保障政策を健全で思慮のある方向に舵取りをすることが期待される、というものだった。コーエン氏によれば、上院での証言では、彼とまったく立場が違う民主党の専門家、キャサリン・ヒックスCSIS上級副所長とも、超党派で意見が一致していたとも指摘している5

 ワシントンポスト紙の論説室も、コルビー氏も、コーエン氏も、オースティン氏は軍人としては素晴らしい人物だが、国防長官に相応しい人物ではないとして、指名するべきではないと提言している。結局、彼らが示唆するところは、オースティン氏には、過去二回の例外規定を議会が承認したような、国防長官にすべき必然的な実力や理由がないということだ。今後、民主党議会からはシビリアンコントロールの懸念、共和党議会からは国防総省を動かす十分な資質があるのかという点で、承認をめぐる難航も予想される。オースティン氏が、早逝したバイデン次期大統領の長男、ボー・バイデンのイラク従軍時代の上官で、同じカトリック教徒としてイラクでのミサに共に毎週参列していた、などの人間関係も、むしろ情実人事という批判を浴びるリスクもある。

 筆者は過去の寄稿で、米国が築き上げてきたシビル・ミリタリー関係を損ねる、トランプ大統領の問題行動を指摘してきた6。バイデン政権に代わった今こそ立て直しが必要な時であるのに、今回のオースティン起用は大いに疑問だ。今後、国防長官人事は、議会共和党と民主党左派の両面を睨んだ駆け引きとなるだろうが、バイデン氏の政治的手腕に加え、安全保障についての戦略観が問われる人事でもある。同盟国の日本としてもその経緯を注視すべきだろう。

(了)

1 Joe Biden, “Why I Chose Lloyd Austin as Secretary of Defense: We need a leader who is tested, and matched to the challenges we face in this moment,” The Atlantic, December 9, 2020, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/12/secretary-defense/617330/> accessed on December 14, 2020.

2 Editorial Board, “Can a retired general restore order at the Pentagon? There’s reason for doubt,” The Washington Post, December 9, 2020, <https://www.washingtonpost.com/opinions/can-a-retired-general-restore-order-at-the-pentagon-theres-reason-for-doubt/2020/12/08/e5069e8c-397c-11eb-98c4-25dc9f4987e8_story.html> accessed on December 14, 2020.

3 Sabrina Siddiqui and Natalie Andrews, “Biden Faces Pressure From His Party Over Cabinet Picks,” The Wall Street Journal, December 3, 2020, <https://www.wsj.com/articles/biden-faces-pressure-from-his-party-over-cabinet-picks-11607018376> accessed on December 14, 2020.

4 Jim Golby, “Sorry, Gen. Lloyd Austin. A Recently Retired General Should Not Be Secretary of Defense,” The New York Times, December 7, 2020, <https://www.nytimes.com/2020/12/07/opinion/biden-defense-secretary-dod.html> accessed on December 14, 2020.

5 Eliot A. Cohen, “This Is No Job for a General: President-elect Joe Biden should choose a civilian to lead his Department of Defense,” The Atlantic, December 8, 2020, <https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/12/no-job-general/617326/> accessed on December 14, 2020.

6 拙稿、「トランプ大統領が理解できない米国のシビル・ミリタリー関係」、『SPFアメリカ現状モニター』2020年7月15日。 <https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_70.html> (2020年12月14日参照)。

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