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論考 2019/07/22

トランプ・ドクトリンの追加事項:イランとの緊張、
大阪G20サミット、米中・米露・米朝首脳会談を経て

渡部 恒雄(笹川平和財団上席研究員)

 筆者は、2月18日付の論考で、新トランプ・ドクトリンという、ニューヨークタイムズ紙の保守系コラムニスト、ロス・ドーザットの仮説を紹介した1。それは「これまでの理想主義的な期待や非現実的な世界への軍事コミットメントを止め、仮想敵と米国が影響を与える国家のリストを絞ろうとする試みであり、巻き込まれ防止(disentanglement)、戦線縮小(retrenchment)、外交資源の再配分(realignment)のドクトリン」というものだった。また、トランプ政権の国家安全保障会議(NSC)で戦略コミュニケーション担当の次席補佐官を務めたマイケル・アントンはフォーリンポリシー誌に寄稿し、「トランプ・ドクトリン」の本質は、自国民の利益を第一に考える「アメリカ・ファースト」の外交であり、リベラルな国際秩序維持を米国の重要な国益と定義した過去の米政権の考え方とは大きく異なる姿勢を示し、それに対する思想的な説明を試みている2。この説明はドーザットの仮説とは矛盾せず、むしろそれを補強していると考えられる。

 その後のトランプ外交はおおむねドーザットの仮説に沿っているようだ。例えば、今回、イランによる米国の無人機の撃墜に報復する武力行使を一旦許可したことは、ドーザットの仮説に反するが、攻撃10分前に命令を撤回したことは、イスラエルやサウジへの「巻き込まれ防止」と中東からの「戦線縮小」、そして対中圧力強化の「外交資源の再配分」を優先するというドクトリンに沿うものだ。

 一方で、一旦は軍事力行使を命じながら攻撃10分前に攻撃を中止し、その過程をあえて公表したり、G20大阪サミットで平行して開催された米中首脳会談で対中圧力を減じるような通商戦争の休戦合意を結んだり、朝鮮半島の軍事境界線(DMZ)にある板門店で、事前の準備ゼロで、ほとんど「アドリブ」で行った三度目の米朝首脳会談など、これらの要素については、ドーザットのドクトリンに加えて、新しいドクトリンを見出すことができる。

 保守系のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の7月1日付の社説が「トランプ・ドクトリン:この大統領の外交は常に人間関係に左右される」というタイトルで仮説を提示している。ドーザットの仮説に加えて、新しい要素を検討してみたい。

WSJが指摘する人脈重視ドクトリン

 この社説 (WSJ日本語版による訳は「トランプ外交の真骨頂」、原題は"The Trump Doctrine: With this President, the diplomacy is always personal") は、「トランプ大統領が外交政策で最も重視しているのは、個人外交とショーマンシップ」であり、大阪G20サミットにおけるトランプ外交では、これが「良くも悪くも示された」とする3。「対中国、対北朝鮮で行き詰まっていた交渉を再開させたことは、大統領再選に向けて外交政策面での勝利を欲しているからだ」と示唆し、米朝会談は中身よりも象徴的意味の方が大きかった、とも述べている。

 米朝首脳会談があくまでも「象徴的」なものである理由は「トランプ氏はこれまでと同様、お世辞と個人的関係で金正恩氏に核兵器廃棄を説得できると信じている」からだ。社説は、トランプ大統領の6月30日の発言「偉大な勝利の多くは人間関係から生み出された」は、「トランプ・ドクトリン」の最も純粋なエッセンスだ、とも指摘する。

 WSJの社説は、中国の習近平国家主席との間では、トランプ氏はより実質的な前進を達成した、と考えている。中国との交渉中は、米政府は3,000億ドル規模の第4弾の報復関税は凍結するとして一時休戦し、「両国の経済にダメージを与えたであろう事態のエスカレーションを止める」ことになったからだ。現在の休戦が合意を保証するわけではないが、交渉が継続されれば、貿易の不確実性が経済に与えるダメージは緩和されると思われる。これは、中国による報復措置に最も苦しめられてきた米国の農業地帯でトランプ氏が支持を獲得するにあたり重要な対応だ、とWSJは指摘している。つまり、大統領選挙での再選優先という国内要因である。

 また、イラン攻撃をめぐる一連の動きについての説得力のある解釈は、WSJ紙のコラムニストで歴史家の、ウォルター・ラッセル・ミード「トランプ氏が仕掛けるイラン劇場」(2019年6月25日付)の指摘だ。

 トランプ政権のイランとの戦争への傾斜に対し、ハト派と孤立主義者らはパニックに陥ったが、その後の中止に歓喜した。タカ派はオバマのような譲歩だと批判したが、イランへのサイバー攻撃と制裁強化の公表で怒りを静めた。米国民も世界もトランプ氏の一挙手一投足にくぎ付けとなり、次の展開の予想に夢中になった。イラン劇場は、世界がこれまで目にしたことのない迫真のリアリティーショーとなった4

 ミードはイラン劇場の意図をあえて記さなかったが、筆者は、その目的はイランの核開発を阻止するなどではなく、支持者の関心をイランに引き付けて他の不都合な事実から目を逸らし、来年の大統領選挙で再選することだと考えている。

個人的人脈重視と民主化理念の軽視

 ワシントンポスト紙(WP)も、7月1日付の「Trump's hard line approach appears to soften in meetings with world leaders」(世界の首脳との会談でトランプの強硬姿勢が軟化をみせた)という記事で、トランプ大統領が見せた外交姿勢を分析している5

 WSJと比較すると、WP は、「今回米中首脳会談では何の合意もなかった。トランプ氏の休戦は、ファーウェイ製品への制約を緩和し、中国製品への新たな関税措置を遅らせただけだ」と手厳しい。トランプ氏は、海外の指導者と会談する際に、しばしば明確な合意を得ることなしに首脳会談を終えることがあるが、彼が公言するディール能力とは反する結果になっている、と指摘する。

 トランプ大統領は、ロシアのプーチン大統領と、新しい核軍縮協議の必要性は話したようだが、具体的な成果は発表されなかった。また、米国からF35を購入しているトルコがロシアから防空システムS400を購入することは、米軍にとっても同盟国にとっても深刻な話だが、エルドアン大統領は、トランプ大統領がこの件で米国はトルコにペナルティーを科さないと言っている、と発言した。

 WPのインタビューに答えたリチャード・ハース米外交問題評議会会長は、「プーチンやエルドアンのケースのどれにおいても、トランプが厳しく相手を追い詰めたようには見えない」とコメントする。そして、イランについても北朝鮮についても、今後どのような政策が続くのかは、まったく不明だとも指摘する。

 WPは、トランプの大阪での外交は、「脅し」、「お世辞」と「妥協」のショーケースだと指摘し、例えば記者会見で、中国の習近平主席を「過去200年の中国の歴史の中で最も偉大な指導者の一人」と持ち上げたことや、多くの共和党議員が反対している中、ファーウェイに米国企業が部品を売ることを認めたことを、妥協の例として挙げる。

 さらに、ドニロン元国家安全保障担当補佐官(オバマ政権)の「トランプ大統領は個人的な関係に高い価値を置き、自分の魅力に彼らが屈すると考えているようだが、彼らは冷徹な国益の計算により行動するので、期待のようにはならない」という批判を掲載している。

 このように、6月の大阪G20、米中首脳会談、米朝首脳会談を通じて、米国内の反響を見ると、トランプが経済を重視して、経済に悪影響を及ぼす対決を避けたことに対しての一定の評価と安堵はあるが、個人ベースの外交スタイルに対する批判と不満が多い。例えば、外交場面において、本来ならば表舞台にでるべきではない娘のイバンカ補佐官が、外交舞台に出てきたことに対する批判もそうである。

 また、トランプの外交スタイルへの批判として、独裁国、敵対国には甘いが同盟国には冷たい、という評価も一様になされている。トランプ氏がテレビカメラの前でロシアのプーチン大統領に対し、「米国の選挙に介入しないように」と冗談めかして警告したことについては、上記のWSJとWPともに批判的だ。WSJは、2012年にオバマ大統領がロシアのメドベージェフ大統領に対し、再選後にはより柔軟に対応できるとささやいたことを、メディアがいかに無視したかという経緯を思い返すと、批判したリベラルメディアに信頼性はないと断った上で、しかしトランプ氏が公の場所でプーチン氏と馴れなれしくするのはやはり嘆かわしい光景だと書いている。

トランプ・ドクトリン仮説への追加事項

上記をまとめれば、トランプ・ドクトリンの新たな項目は以下のようになるだろう。

・2020年の大統領選挙での再選重視のために中・長期的な持続性や国益よりも、現在の経済成長の維持を最優先する
・外交の目的は、トランプ大統領個人のショーマンシップを米国の支持者にアピールすることである
・外交政策では、国家の理念や歴史的経緯よりも、個人的な人脈を重視する
・人権や民主化などの価値は上記の目標よりも重要でない
・相手が独裁者であることは外交交渉の制約要因にならない

(了)

1 渡部恒雄「マティス退任後の新トランプ・ドクトリンの可能性」(笹川平和財団、SPFアメリカ現状モニター、2019年2月18日)
<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_21.html> (2019年7月18日参照)。

2 Michael Anton, "The Trump Doctrine: An insider explains the president's foreign policy," Foreign Policy, April 20, 2019,
<https://foreignpolicy.com/2019/04/20/the-trump-doctrine-big-think-america-first-nationalism/> accessed on July 18, 2019.

3 「【社説】トランプ外交の『真骨頂』」(WSJ日本語版による訳、原題はThe Trump Doctrine: With this President, the diplomacy is always personal)、『ウォールストリートジャーナル日本語版』、2019年7月1日
<https://jp.wsj.com/articles/SB11841944534654974904704585398521939834394> (2019年7月18日参照)。

4 ウォルター・ラッセル・ミード「【オピニオン】トランプ氏が仕掛けるイラン劇場」『ウォールストリートジャーナル日本語版』、2019年6月25日
<https://jp.wsj.com/articles/SB12120469692213223839204585386531237558378> (2019年7月18日参照)。

5 Anne Gearan, Robert Costa & David J. Lynch, "Trump's hard line approach appears to soften in meetings with world leaders," The Washington Post, July 1, 2019,
<https://www.washingtonpost.com/politics/trumps-hard-line-approach-appears-to-soften-in-meetings-with-world-leaders/2019/07/01/93b470c2-9c25-11e9-b27f-ed2942f73d70_story.html?utm_term=.c1888837b169> accessed on July 18, 2019.


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