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論考 2019/04/25

民主党版「オバマケア廃止(Repeal Obamacare)」

山岸敬和(南山大学国際教養学部国際教養学科教授)

 以前「オバマケア、"low politics"へ1というコラムを書いた。しかし2020年大統領選挙を見据えた動きを見ていると、それは半分間違っていたというしかない。半分当たっていたのは、共和党が「Repeal Obamacare(オバマケア廃止)」を政党全体の看板スローガンとしては使わなくなったということである。共和党が廃止を求めて、民主党が存続を主張する、2010年のオバマケアの成立以来続いてきたこの形の政治的争いは収束したと言える。

 しかし今度は民主党がいわば「Repeal Obamacare」を持ち出してきたのだ。昨年11月の中間選挙後に民主党左派が「Medicare for All(全市民にメディケアを)」というスローガンを前面に打ち出し始めたのである。メディケアというのは、65歳以上の高齢者を対象(後に障がい者が加えられた)とした公的保険プログラムである。連邦政府が一元的に管理・運営する形をとる。したがって「Medicare for All」は、民主党左派がその導入を唱えてきたシングルペイヤー制をより具体化したものであると言える。

Medicare for All Act of 2019

 民主党内では、「Medicare for All」を2020年大統領・議会選挙の候補者への「踏み絵」に使おうとする動きが強まっている。その中心の一人が、2018年11月の中間選挙で、民主党予備選挙で重鎮ジョセフ・クローリー現職議員を破って当選を果たして注目を浴びたアレクサンドリア・オカシオ=コルテスである。

 そもそも「Medicare for All」は、2016年の大統領選挙の民主党の予備選挙でヒラリー・クリントンを相手に善戦したバーニー・サンダースが唱えたことで注目された。サンダースは、オバマケアでは高騰する保険料や免責額の問題が解決しない、それを解決するためには保険内容や医療サービスをコントロールするために連邦政府がより積極的に役割を果たさなければならない、と主張した。オカシオ=コルテスは、彼によって勢いがついたこの運動を引き継ぐ形となった。

 2月26日、Medicare for All Act of 2019が下院に提出された2。法案は、民主党の100人以上の共同提案者を集めたことでも注目された。またこの法案では、医療サービスへのアクセスは基本的人権であることが強調され、連邦政府が全てのアメリカ市民に公的保険プログラムの提供を保障するものであり、多くの人に負担となってきた免責額分などの窓口負担もなくなる、と説明された。

民主党内の事情

 同法案が提出された後の民主党内の反応を見ると、Medicare for Allが民主党をまとめる材料になるのかといえば、そうとも言えないことが分かる。ナンシー・ペロシ下院議長をはじめとする民主党主流派の多くの議員が慎重な姿勢を示した。32兆ドルにものぼる財政負担を伴い、民間保険を事実上締め出すような提案には支持が集まらないだろうとする予測からである。

 事実、Medicare for Allは、確かに総論では世論の支持を集める。カイザーファミリー財団が1月に行った調査によると56%が「Medicare for Allに好意的である」と回答した(反対42%)。しかし、「それによって民間保険が市場から締め出されるならばどう思うか」と質問すると、その数が37%になる。また「それによって医療サービスを受けるのに待ち時間が長くなるならば」と聞かれると、その数は26%にまで下がってしまう3

 このような状況でもMedicare for Allが民主党内で大きな支持を集めるのには、左派の勢いだけでは説明できないとジョンズ・ホプキンス大学のアダム・シャインゲイト教授は以下のように指摘する。「1965年に成立したメディケアは、アメリカ市民の中でも人気のプログラムだ。シングルペイヤーというと得体の知れないものに聞こえる。しかしメディケアを拡大するだけだ、という説明の仕方を粘り強くすれば、少しずつ支持者が増えるのではないか、という公算が民主党内にあるのだと思う」。

 果たしてこのような考え方を持つ民主党候補者の期待は実現するだろうか。事がうまくいかないと、Medicare for Allは民主党の予備選挙では勝てる主張であっても、一般選挙になると、大きな足かせになってしまう。そうなると、Medicare for Allを主張することで墓穴を掘り、トランプの再選を助けてしまうという民主党にとっては最悪の結果となってしまう。

Public Option 再び

 さらに、民主党の主流派から最近になって持ち出されてきたのは、「Public Option」である。オバマケアは、雇用主から医療保険の提供を受けられない人がプールされる医療保険取引所という仕組みを作った。現状では個人がそこで民間保険プランの中から選択して購入するようになっている。Public Optionというのは、その選択肢の中に公的保険プランを入れるというものである。

 しかしPublic Optionも政治的に安全なものではない。事実オバマケアの成立過程では、政治的に危険だということでオバマ大統領がその導入を断念した経緯がある。Medicare for Allほどではないが、これを導入すると連邦政府の財政負担は増加し、民間保険も結果的に締め出されることになると当時も批判されていた。オバマケアに賛成していた民間保険業界やアメリカ医師会などは、Public Optionに対しては反対に回ることが予想される。

 民主党内で今後オバマケアに対してどのような議論が進んでいくのか、これは次の選挙結果に大きな影響を与えるものである。しかし同時に、民主党にとっては、この問題はダイナマイトのようなものである。最後まで爆発しなければよし、でも爆発してしまえば民主党全体をも吹き飛ばしかねないものであると言える。民主党版「Repeal Obamacare」の行方に今後も注目したい。

(了)

1 山岸敬和「オバマケア、"low politics"へ」(『SPFアメリカ現状モニター』)
<https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-a-m-d-detaillow_politics.html>(2018年5月10日参照)。

2 法案は以下を参照。"Medicare for All Act of 2019,"
<https://jayapal.house.gov/wp-content/uploads/2019/02/Medicare-for-All-Act-of-2019-Bill-Text.pdf> accessed on April 18, 2019.

3 Kaiser Family Foundation, "The Public on Next Steps for the ACA and Proposals to Expand Coverage,"
<https://www.kff.org/health-reform/poll-finding/kff-health-tracking-poll-january-2019/?fbclid=IwAR3IKzSSmJyu2tuym_iQ7-gjK8FJv0_Gy9gSEAFRGj1i2TAsiHP5St7JcBE> accessed on April 18, 2019. 

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