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論考 2018/07/13

トランプ大統領の「先祖返り」外交の中東地域への影響

渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員)

トランプ政権は一貫してイスラエルとサウジを重視

 7月11~12日、ブリュッセルでNATO首脳会談が開催され、加盟国に一方的に国防費の負担増を要求するトランプ大統領と、カナダと欧州の加盟国メンバーとの冷たい関係が鮮明だった1。特に中東情勢とロシアをめぐっては、トランプ大統領と欧州の首脳との乖離は広がっている。6月8~9日のカナダ・シャルルボアG7サミットでは、トランプ大統領が、ロシアのサミット復帰を提案して、欧州からの反発を受けた。さらに、7月16日には、ヘルシンキで米ロ首脳会談を開く予定だ。トランプ政権の中東政策と、その結果、ロシアの中東への影響力強化、という現状については、米ロ首脳会談の後に改めて振り返る必要があるだろう。

 トランプ政権の成立当初から一貫した中東政策の方向性は、イスラエル、およびサウジアラビア(以下サウジ)を中心とするスンニ派のアラブ諸国との関係強化である。オバマ前政権は、英仏独とEUおよび中ロとともに、イランとの核問題に関する最終合意(包括的共同作業計画、JCPOA: Joint Comprehensive Plan of Action)を結んだが、イランとの関係改善は、むしろ米国の伝統的な同盟国であるイスラエルとサウジとの距離を広げた。

 トランプ大統領は、2016年の大統領選挙中からJCPOAに否定的であったが、政権発足一年目の2017年を通じて、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、マクマスター国家安全保障問題担当補佐官らの主要スタッフから、欧州の同盟国との関係維持や、中東地域のパワーバランスを急速に変えるリスクを避ける、といった現実的観点からの「アドバイス」があり、一定の自制をみせてきた。

 しかし、2018年2月以来、トランプ政権の人事が大きく変わり、トランプ大統領を伝統的な共和党の現実路線に近づけようと試みてきたコーン国家経済会議(NEC)委員長、ティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障問題担当補佐官、ロブ・ポーター秘書官が政権を去り、トランプ大統領の「先祖返り」が顕著になった。「大統領の直観を否定するのではなく、それを励ますような外部の友人や非公式のブレーンがその空白を埋める」という状況となったからだ2

 国務長官にはポンペオ前CIA長官、国家安全保障問題担当大統領補佐官にはボルトン元国連大使という対イラン強硬派が起用され、5月8日には、トランプ大統領は、自身の選挙公約でもあるJCPOAからの離脱を表明した。これまでも、トランプ大統領は持論である「史上最悪のディール」であるJCPOAの見直しを実施しようとしてきたが、欧州の同盟国との信頼関係維持を主な理由に、ティラーソン国務長官やマティス国防長官などの現実派から説得されて実施しなかった。

 しかし、トランプ好みの人事刷新により、トランプ大統領は選挙公約を遂行できるようになった。今回ばかりは多勢に無勢を自覚したのか、マティス国防長官は異論をはさまなかった。そして、現実派が懸念した通り、欧州首脳は米国に反発した。5月17日、フランスのルメール財務相は、欧州がイラン核合意を維持し、同地域が米国の「家臣」でないことを示さなければならないと述べ、ドイツのメルケル首相は、欧州が安全保障面で今後も長期にわたり米国に依存すべきか疑問を呈した3。トランプ政権が、5月末に鉄鋼・アルミニウムへの追加関税を欧州に課したこともあり、JCPOAの一方的離脱は米国と欧州に大きな亀裂を入れた。

 トランプ政権の中東政策のもう一つの重要政策は、過激派組織「イスラム国」(IS)対策だった。トランプ大統領は、就任直後の2017年1月28日、IS掃討に向けた大統領令に署名し、自国の外交・安全保障政策の最優先の課題とした。実際、サウジを中心とするスンニ派のイスラム国家も、イラク国内のシーア派とシリアのアサド政権に影響力のあるイランも、イラクとシリアでのISの勢力拡大に危機意識を持っており、IS掃討計画は着実に進んだ。2017年12月9日、イラクのアバディ首相は、過去3年間に及んだイラク軍とISの戦いにおける勝利宣言を行った。

 かつてイラクとシリアで猛威を振るった軍事的な脅威が消失したことは、トランプ政権の目標の大きな達成ではあった。しかし皮肉にも、これにより、シリアでのアサド政権の立場を強化することになり、中東でのパワーバランスは、米国の影響力を削ぐ方向に動いている。ISの弱体化により、アサド政権は「反政府勢力」に対する攻勢を強め、5月21日、アサド政権はISが残存していた首都ダマスカス南部を制圧した。さらに、「反政府勢力」が支配していた南西部のダルアー県への攻勢を強め、シリア人権監視団(英国)によると、7月4日深夜から5日にかけて600回以上の空爆を加えて、民間人の死者は約150人に達したという。7月6日、シリア国営メディアは、アサド政権軍が南西部ダルアー県の大半を支配していた反体制派と停戦で合意したと伝えている4。トランプ政権成立以来、「反政府勢力」への支援の度合いを意図的に減らしてきたとはいえ、米国にとっては影響力低下以外の何物でもない。


内向き志向の中東・イスラム政策が地域への影響力を削ぐ

 米国の影響力の低下の理由の一つに、トランプ大統領の一貫しない関与姿勢がある。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」という名のもと、他国への軍事関与を最小にしようとしてきた。例えば、トランプ大統領は、3月29日には2,000人規模の駐シリア米軍を撤退させ、「他の人達に面倒を見させよう」と発言し、先にティラーソン国務長官がクウェートで開かれた対IS有志連合の会議で資金拠出を表明した、2億ドルの対シリア復興支援を凍結すると発表した。しかし4月4日、トランプ政権は米軍のシリア駐留を当面継続すると表明した。国家安全保障チームはトランプ大統領に対し、撤退すればISが再び勢力を回復する危険を生じさせる、と助言して方針転換を図った5。トランプ政権は、2017年4月と2018年4月の二回に渡り、シリアの化学兵器使用への警告として空爆を行っているが、「アメリカ・ファースト」による地上兵力派遣へのハードルの高さは、米国の影響力を削ぐに十分である。

 トランプ政権は、駐イスラエル米大使館のエルサレム移転をイスラエル建国70年にあたる5月14日に前倒しをして実行した。これに対して、ガザ地区で抗議デモがあり、イスラエル軍が発砲して55人の死者を出して、中東地域での反米感情を高めた。これらの決定は、キリスト教保守派のエバンジェリカル(福音派)の代表でもあるペンス副大統領の強い意向で進められたともいわれ、11月の中間選挙での共和党の勝利を狙った国内政治の要素が強い、と指摘されている。

 トランプ大統領は、政権就任当初、米国の安全を理由に、イラン、イエメン、シリアなど7カ国からの入国制限を求める大統領令に署名したが、裁判所から憲法上の理由で差し止め措置となっていた。しかし6月26日、連邦最高裁は入国制限措置を支持する判断を示し、入国制限が恒久的に実施されることになった。入国のために必要な査証(ビザ)の発給などに大幅な制限がかかる見通しだ6

 これらの措置は米国人の安全のための措置としているが、結果的には、イスラム圏における米国への反感を高めている。国内においても、トランプ政権は、過去の政権が行ってきたイスラム系アメリカ人コミュニティーとの関係づくりをまったく行っていない。

 クリントン政権が始めた6月のラマダン明けのホワイトハウス・ディナーに今年、トランプ大統領は、サウジやUAEの外交官は招待する一方で、米国在住のイスラム系アメリカ人を招待していない。ブッシュ(子)大統領は、イラク戦争に従軍したイスラム系軍人や、9・11同時多発テロの対処で活躍したイスラム系警察官らを招待し、オバマ大統領は、イスラム教徒の女性や若い指導者を自らのテーブルに招待してきた。一方で、トランプ大統領は、エバンジェリカル(福音派)のキリスト教保守派をホワイトハウスに頻繁に招待して優遇しており、この点がメディアから批判されている7

 トランプの国内優先の姿勢、国際ルールを軽視し、中東地域でのパワーバランスを軽視する政策は、結果的に中東地域の主要国の行動のタガを緩めて混乱を作り出し、結果的に米国へのリスクを高めることにもなっている。トランプ政権は、イスラエル、サウジ、UAE、エジプトなどとの関係を強化して、中東をコントロールしようと考えてきたが、一連の政策の結果、シリアのアサド政権の力を増し、アサド政権を支えるロシアやイランの地域への影響力を増す結果になっている。

 さらに米国全体では、ロシアのウクライナ内戦介入やクリミア併合への反発に加えて、2016年の大統領選挙への介入が顕在化して、トランプ政権関係者とロシア政府との「共謀」の可能性、いわゆる「ロシアゲート事件」について、特別検察官の捜査も現在進行中だ。そして議会を中心にロシアとの関係が冷えているにも関わらず、トランプ大統領の独自のロシアへの接近の試みは、米国内外を困惑させている。このような一連の動きは、ロシアの中東への影響力を益々高めることになっているが、トランプ大統領の動機については不明な点が多く、様々な憶測を呼ぶ結果となっている。

1 Julie Hirschfeld Davis, "Trump Presses NATO on Military Spending, but Signs Its Criticism of Russia," The New York Times, July 11, 2018.
[https://www.nytimes.com/2018/07/11/world/europe/trump-nato-summit.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&clickSource=story-heading&module=first-column-region®ion=top-news&WT.nav=top-news](最終検索日:2018年7月12日)。

2 ジェラルド・F・サイブ「解き放たれたトランプ氏、『米国第一』の本領発揮―移民・通商政策も軍事プレゼンスも、2年目は新たな次元へ―」『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』2018年4月4日
[https://jp.wsj.com/articles/SB11866489112839433655404584142923467086400?mod=searchresults&page=1&pos=1](最終検索日:2018年7月12日)。

3 ローレンス・ノーマン「『家臣ではない』欧州首脳、トランプ政権に不満爆発―イラン核合意からの離脱や関税措置に反発 『気まぐれな自己主張』を批判―」『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』2018年5月17日
[https://jp.wsj.com/articles/SB11182910543236833496604584228850666893082](最終検索日:2018年7月12日)。

4 「シリア南西部、停戦で合意」『日経新聞電子版』2018年7月7日
[https://www.nikkei.com/article/DGKKZO32736760X00C18A7NNE000/](最終検索日:2018年7月12日)。

5 「米トランプ政権、米軍のシリア駐留継続を表明」『BBC News Japan』2018年4月5日
[https://www.bbc.com/japanese/43651158] (最終検索日:2018年7月12日)。

6 「最高裁、入国規制『合法』 政権に追い風 イスラム圏など対象」『毎日新聞』2018年6月27日、朝刊
[https://mainichi.jp/articles/20180627/ddm/002/030/133000c](最終検索日:2018年7月12日)。

7 Catie Edmondson, "On Islam, Trump Takes a Different Approach at Home and Abroad," The New York Times, June 13, 2018.
[https://www.nytimes.com/2018/06/13/us/politics/trump-muslims-iftar-dinner.html](最終検索日:2018年7月12日)。

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