フロリダ銃乱射事件を機に、銃規制は進むのか?

西山 隆行
フロリダ州の高校で起こった銃乱射事件により生徒や教職員17名が死亡した惨事を受けて、3月24日、「命のための行進」が全米規模で行われた1。事件の起こった高校の生徒が企画者となり、オプラ・ウィンフリーらセレブが資金援助を行ったこともあり、100万人規模での行進が行われた。
アメリカでは学校での銃乱射事件はこれまでも何度も発生しており、都市の貧困地域に居住する人々、とりわけ中南米系や黒人が多く犠牲になっている。今回の乱射事件は、ある意味その一例に過ぎないともいえる。
だが、乱射事件後の展開は、これまでに類を見ないものである。銃規制を求める社会運動にこれほど多くの人が集まったことはなかった。コロンバイン高校銃乱射事件など、これまでの銃乱射事件に際しては、主に犠牲となったり事件に巻き込まれたりした子どもたちの親が中心となって抵抗運動を繰り広げていたのが、今回は当事者、そして、当事者になる可能性があると考えた生徒が中心となった動きであることが、多くの参加者を集めた背景にあるといえるだろう。
民間部門の取組みも積極的である。例えば、ウォルマートなどのチェーンストアが銃販売について独自の規制を行っている。ウォルマートは全米最大規模のスーパーのチェーンストアであるが、そのようなスーパーで銃や弾丸を購入できるということが日本の読者には驚きかもしれない。また、デルタ航空やユナイテッド航空は銃規制反対派の全米ライフル協会(NRA)の会員に対する値引き価格の設定を取りやめたりした。さらに、これまで銃規制に強く抵抗してきたフロリダ州が、バンプストックという、半自動小銃に取り付けることによってマシンガンのように全自動での連射を可能にする装置の販売を禁止したり、銃購入可能年齢を18歳から21歳に引き上げたりした。
連邦レベルでも、以後の銃規制につながる可能性が生まれたのではないかとの議論もある。例えばトランプ大統領は、バンプストックの規制を求めるという発表をTwitterで行っている。また、3月23日に通過した暫定予算法案には、これまでにない文言がいくつか含まれている。従来連邦議会は、疾病管理センターが銃を用いた暴力事件の原因について調査するのを禁じてきたが、今回の法案では、同センターが調査を行う権限を持つとの文言が挿入されている(ただし、調査を行うための予算は計上されていない)。また、学校に金属探知機を設置するなどの安全向上のための予算として10億ドルの予算が計上されたほか、犯罪者の身元に関する情報を整備するための補助金も州政府に対して計上されている。
事件後のこのような展開を考えると、これを機に、アメリカでも銃規制が強化されるのではないかと期待する声もある。だが、事態はさほど簡単ではない。
まず、日本の読者が念頭に置かねばならないのは、アメリカでは徹底的な「刀狩り」ならぬ「銃狩り」を行うのは不可能だということである2。今日のアメリカでは3億丁を超える銃器が流通しているが、その全てを回収することは不可能であり、政治家のみならず、銃規制推進派の中でもそれを期待している人はほとんどいないだろう。合衆国憲法の修正第二条は、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は侵してはならない」と定めている。この条文に基づいて、連邦最高裁判所は、合衆国憲法は個人に銃を所有する権利を認めていると解釈している。そのため、多くの日本人が素朴に念頭に置くような銃の全面規制を行うのは不可能であり、ある意味マイナーなところでいかに効果的な規制を行うかが、アメリカの銃をめぐる政治過程で問題となっているのである。
では、連邦議会は銃規制を推進する可能性があるだろうか。近年のアメリカ政治では二大政党の対立が激化する傾向が強くなっている。アメリカの政党は日本やヨーロッパと比べると政党規律が弱いのが特徴だが、銃規制については、共和党議員は規制反対の立場で結束している。今日、連邦議会は上下両院ともに共和党が多数を握っているため、中間選挙前に規制強化の法案が通過する可能性は低い。
今年の中間選挙では共和党の有力候補が複数引退表明をしていることもあり、民主党が多数を奪還する可能性があると予想されている。だが、民主党系候補は、銃規制については一枚岩にまとまっているのではないことに注意する必要がある。例えば、2016年大統領選挙で民主党候補を目指したバーニー・サンダースは銃規制反対派である(なお、彼は議会では民主党ではなく無党派である)。今回の事件後に、この事件で使われたような銃の販売や所有を規制するための法案が下院で提出された際、共和党は全員が反対票を投じたのに対し、民主党議員193名中賛成票を投じたのは174名に過ぎなかったことからも、民主党候補の中にも銃規制に消極的な人がいることがわかる。
その理由は、銃規制反対派の利益団体であるNRAの選挙戦術にある。一般にNRAは共和党の支持団体だと考えられているが、実際はそう単純ではない。例えば中間選挙が行われた2010年には、NRAの献金総額の29%が民主党候補に対して提供されている。NRAは、自らの方針に賛成する議員がいるならば党派に関係なくその人物を支持し、方針に反対する議員に対しては追い落としキャンペーンを展開するのである。そのため、銃の問題に必ずしも強い関心を持たない議員で、選挙区内の有権者の間で銃の問題に関心が強くない人物にとっては、NRAの方針を支持した方が自らの再選に有利になる。このような考慮から、民主党内でも銃規制に消極的な政治家は多いのである。
では、連邦議会が動かないのであれば、トランプが大統領令でバンプストックの規制を行う可能性があるだろうか。これについては、トランプの発言の前提からしておかしなところがある。トランプは3月24日にTwitterで「オバマ政権はバンプストックを合法化した。悪い考えだ」と記している。だが、これは事実に反している。オバマ大統領は、バンプストックに対する規制を大統領令で行うことができるか検討したが、大統領令での規制は法律解釈上不可能だと判断したために、大統領令を出さなかったのである。ジェフ・セッションズ司法長官はバンプストック規制を行うと表明したものの、既存の法律との整合性を考えると、立ち消えになる可能性は高いだろう。
アメリカで銃規制が進まない大きな理由は、銃規制推進派が十分な利益集団を組織できていないことである。銃規制反対派のNRAが膨大な資金力を背景に連邦、州、地方政府のあらゆるレベルで強力な組織を形成しているのに対し、銃規制推進派は資金面でも組織面でも脆弱である。銃規制推進派団体に対しては、マイケル・ブルームバーグが継続的に多額の寄付を行っているし、今回の行進に関してもセレブから多額の献金が行われたが故に実現した面がある。だが、銃規制推進派は、それらの資金を用いて銃規制を推進するための組織を制度化することに成功していない。そのため、何らかの事件が発生した時には大規模な反対運動が展開されるものの、時期が経つとその影響力は減退してしまうのである。
確かに、今回の銃乱射事件後の展開は従来とは異なる性格を持っていたが、これによって銃規制が進むとは考えにくいのである。
- フロリダ州の銃乱射事件とその後の展開については、以下の拙稿で説明している。西山隆行「フロリダ州銃乱射から2ヵ月、これまでの事件と違う『5つのこと』」現代ビジネス(講談社、2018年4月11日)[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55151](最終検索日:2018年5月10日)。
- 以降の、銃規制に伴う困難については、以下の文献で詳細に説明している。西山隆行「アメリカの銃規制をめぐる政治」高野清弘、土佐和生、西山隆行編『知的公共圏の復権の試み』(行路社、2016年)。また、ここ数年の銃乱射事件を題材として何本か記事を書いているので、そちらも併せて参照していただきたい。西山隆行「アメリカ「銃社会」の起源と現在―だから一筋縄では規制できない」現代ビジネス(講談社、2016年9月5日)[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49557](最終検索日:2018年5月10日)、西山隆行「59人殺害「ラスベガス乱射事件」―それでも米国から銃が消えない理由」現代ビジネス(講談社、2017年10月16日)[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53149] (最終検索日:2018年5月10日)。