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論考 2018/05/10

オバマケア、"low politics"へ

山岸敬和(南山大学国際教養学部国際教養学科教授)

2018年3月、オバマケア(患者保護及び医療費負担適正化法)が成立してから丸8年を迎えた。もしヒラリー・クリントンが大統領になっていたら、8周年記念を盛大に祝っただろうが、トランプ政権下には祝福の雰囲気は全くなかった。

2010年の成立以降、共和党は「Repeal Obamacare(オバマケアを廃止せよ)」というスローガンを使い続け、オバマケアはアメリカ国内のメディアにおいてしばしば大きく扱われた。

オバマケアは"high politics"、すなわち、国家全体の方向性に関係するような争点であった。トランプ大統領もオバマケアの廃止を公約として掲げて当選を果たした。

しかしオバマケアをめぐる政治的争いは最近変化を見せ始めてきた1

トランプ政権は、2017年末に税制改革と抱き合わせにすることで、個人に対する保険加入の義務化(以下、個人加入義務化)を「撤廃」することに成功した。しかしトランプ大統領がそれを事実上の「オバマケアの廃止」と自画自賛した後も、オバマケアによって設立された医療保険取引所は継続され、個人への補助金の仕組みも大きくは変更されていない。共和党保守派からすれば、「オバマケアの廃止」とは未だ程遠いものであった。

このコラムでは、まずオバマケアに対するトランプ政権や共和党議会の動きをまとめ、オバマケアが"low politics"になっていく過程を述べる。


「オバマケア廃止」に向けた動きの挫折

2017年1月、トランプが大統領就任演説の直後にホワイトハウスに立ち寄って、オバマケアについての大統領令に署名したことは日本でも大きく報道された。しかし、大統領令によって影響を及ぼせるのは、基本的に、法律によって行政府に与えられた裁量の範囲内に限定される。

大統領令によって、オバマケアによって定められた個人加入義務化を廃止するようなことはできない。できることは、個人を対象とする免除規定の運用をある程度まで緩めるということや、医療保険取引所で提供される保険の内容についての規定の運用を柔軟にする、医療保険取引所での保険購入ための広報活動を控える、というようなことである。

オバマケアの完全廃止をするためには、医療保険取引所を解体し、補助金制度をやめ、メディケイドの拡大運用を停止し、さらに、その他にも法律で定められた様々な規定を覆すために、議会が改めて法案を通過させなければならなかった。

上下両院で多数を占める共和党は、オバマケア廃止に向けてトランプ政権発足直後から動き出した。しかし結局は共和党内でまとまることができずに失敗した。7月末に、脳腫瘍手術後に無理を押してジョン・マケイン上院議員が議場に現れたが、彼の一票によって共和党の法案が上院で否決されるという結果となった。

共和党案では無保険者を再び増加させてしまう、という動かしがたい事実が、共和党内の結束を揺さぶる大きな要因だっただろう。中立の立場をとる議会予算局は、下院で通過した法案では2,400万人、上院で6月中旬に審議されていた法案で2,200万人、7月末の「skinny repeal(かなり薄まった廃止)」と呼ばれた法案でも1,600万人の無保険者を生み出すことが予測された。


税制改革の中での苦肉の策

共和党議会は、オバマケア廃止を諦めかけたかのように見えたが、年末になって再び争点として息を吹き返した。税制改革の中で、オバマケアの個人保険加入義務化に反した者に課せられるペナルティーをなくすことを盛り込む案が急浮上したのである。

今回は、税制改革という大きな傘の中での取引アイテムとなったこともあり、共和党内はこれを通過させることに成功した2

トランプ大統領は、これを「オバマケア廃止」であると自画自賛したが、ペナルティー以外の部分はほぼ手付かずで、実際は共和党保守派がこれまで望んでいたものに比べるとかなりスケールダウンしたものであると言える(ちなみに議会予算局は2027年までに1,300万人の無保険者が出ると予測している)。

しかし、トランプ政権も、多くの共和党議員も、もはやこの象徴的とも言える収穫物を手に入れて、それで満足しているように見える。中間選挙や次の大統領選挙では、オバマケアを廃止したと言え、アメリカ人に選択の自由を取り戻したとアピールでき、それと同時に無保険者数の拡大は限定的なものに抑えることができた、と主張できるからだ。


医療問題の今後

オバマケア廃止をめぐる政治的争いはこれ以降トーンダウンし、"low politics"になっていくと考えられる。

しかし選挙における医療問題の重要さが低下するというわけではない。高齢者・障がい者を対象としたメディケアなども引き続き政治的な争点であるし、最近はいわゆるオピオイド問題(麻薬性鎮痛剤による中毒問題)が注目を集めている。

次の中間選挙に向けて、民主・共和両党が「ポスト・オバマケア」の医療問題をどのように扱うのかが注目される。

1オバマケアの成立過程と、オバマ政権下における執行過程については拙著を参照。山岸敬和『アメリカ医療制度の政治史―20世紀の経験とオバマケア』(名古屋大学出版会、2014年)

2ペナルティーの徴収が廃止されるのは2019年度からである。現在のペナルティーは、世帯収入の2.5%か、大人一人当たり695ドルと子供一人当たり347.50ドルで計算したもののうち高い方となっている。

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