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論考 2018/11/27

貿易とテクノロジーをめぐる米中関係(後編)

森 聡(法政大学法学部教授)

 テクノロジーをめぐる米中二国間の問題については、そもそも取引や合意の対象になりうるのか疑わしい。中国が仮に自国内における知的財産権の保護に向けて、一定の前向きな措置を講じる約束をして、何らかの取引が出来上がるとすれば、そうした合意は一見して問題を鎮静化させたかのように映るかもしれない。しかし、中国が先進経済へと脱皮しながら産業の自立化を達成すべく必死に進める「中国製造2025」の重点分野技術ロードマップや、第13次5カ年計画100大プロジェクトに示されたような重点事業を成功させようとするならば、これまで海外で展開してきた知的財産や先進技術などを入手・窃取・搾取するための組織的な活動をそう簡単に停止することはできないはずである。

 アメリカ側でも、2017年12月に発出した国家安全保障戦略が、テクノロジーをめぐる中国の行動や取り組みを深刻な問題と位置付けているほか、アメリカ連邦議会も今年8月、対内投資規制を強化する超党派の法案を可決し(後述)、ペンス演説でも重要なテーマの一つとして取り上げられた。つまり、先進テクノロジーをめぐる米中間の争いは、短期的な政治の影響を超えて、中長期的な競争や対立を両国間にもたらす可能性が大いにある。

*****

 第一に、先進テクノロジーを経済及び軍事に適用し、国力を増強させるのを競い合うという<戦略的な競争>としての側面がある。経済・産業面でいえば、トランプ政権は、中国政府が進めようとしている「中国製造2025」に対して強い警戒心を持っている。中国がアメリカから人工知能、ロボット技術やバイオテクノロジーなどの最先端テクノロジーを窃取し、研究・開発に要する多大な労力を払わずにアメリカを追い抜こうとしていることへの強烈な反発は、ペンス演説にも如実に表れていた。先進テクノロジーの中でも、人工知能(AI)はとりわけ大きな注目を集めており、中国が昨年夏にAIに関する国家計画を策定し、引用論文数が急増している状況を受け、アメリカでも時代に合った国家戦略を策定すべきとの議論が高まっている。また軍事面でも、中国は様々なデュアルユース技術を軍事利用するための軍民融合なる取り組みを国家的に進めており、軍事技術面での米中の競争も加速している。アメリカ側では、国防省が先進技術1、作戦構想2、組織3などの面でイノベーションを推進しているほか、例えば国防高等研究計画局(DARPA)は、AIやバイオテクノロジー、電子工学の分野に多額の研究・開発資金を投じて、全国の大学等研究機関と連携しながら中国との競争に挑む動きがある。経済・軍事の両面で先進技術の導入をめぐる競争は、すでにかなりの速度で進んでいる。

 第二に、中国がアメリカから合法・違法な方法で先進テクノロジーを奪取し、アメリカがそうした中国によるテクノロジー移転を制約ないし阻止するという、投資規制・貿易管理面における<戦術的な競争>の側面がある。例えば、中国による対米投資が国家安全保障上の悪影響をもたらしかねないとする懸念は、2011年頃から国防省や連邦議会の管轄下にある米中経済安全保障委員会などによって提起されてきた。また、2017年2月には、新技術の探索・開発を含むイノベーションを担当する国防省の国防イノベーション実験ユニット(DIUx)の関係者2名が、中国によるアメリカでの技術取得の実態を詳細にまとめた中間報告書を公表し、注目を集めた(2018年1月に最終報告書4が刊行された)。DIUxの報告書は、中国が産業スパイやサイバー手段による情報窃取といった違法な手段のみならず、教育・学術交流、中国政府の技術移転団体による活動、アメリカでの研究拠点の形成、アメリカにおける科学技術専門家の協会諸団体への支援・助成、米民間企業を媒介した投資などといった合法な手段を通じて、先進技術を中国に大規模に移転しているとして、アメリカの技術的優位が損なわれているとの危機感をあらわにした。こうした警戒心の高まりを受けて、2018年8月には、対米外国投資委員会(CFIUS: Committee on Foreign Investment in the United States)の権限を強化する「海外投資リスク審査現代化法」(FIRRMA:Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018)が超党派で可決され、8月13日にトランプ大統領が同法案に署名して成立した5。また、技術移転対策として、2019年国防授権法によって「2018年輸出管理法」(Export Control Act of 2018)も定められ、省庁間プロセスを通じて輸出管理の対象とすべき新技術や基礎技術を特定し、保護するための法整備も行った。つまり、アメリカはインバウンド(対内投資)とアウトバウンド(輸出管理)の両面で規制強化に動いたのである。

 また、ナヴァロ補佐官が率いるホワイトハウス通商産業政策局は、本年6月に「中国の経済侵略がアメリカと世界のテクノロジーと知的財産をいかに脅かしているか」と題した報告書6を発出したほか、10月には大統領令第13806号を受けて、国防省がとりまとめる省庁間タスクフォースが組織され、報告書「アメリカの製造・防衛産業基盤とサプライチェーン・レジリエンスの評価と強化」7を発出した。これらの報告書は、中国が実に多様な産業・経済政策を巧みに操り、重要技術分野で優位を確立するための国家的な取り組みを通じて、アメリカに「経済戦争(economic warfare)」をしかけているとの見方に立つ。そして、アメリカの製造業や国防産業は、サプライチェーンの一部が一社に偏っていたり、中国など外国に依存していたりといった脆弱性やリスクを抱えている、と指摘している。そこには、アメリカの製造業と先進テクノロジーを守るという取り組みが国家安全保障上の重要課題とされるべきとする基本認識があり、伝統的な経済的ナショナリズムと新たなテクノ・ナショナリズムが一体化しながら国防政策に結合する現象が見て取れる。

 第三に、中国がAIをはじめとする先進テクノロジーを、プライバシーの権利を大幅に制限する形で社会監視に活用する「デジタル権威主義」を自国で打ち立てるのみならず、第三国にも輸出しようとしており、リベラル・デモクラシーの諸国は競争するための戦略を立てる必要がある、とする議論も登場している。このテーマは、国家安全保障戦略やペンス演説でも言及されていたが、いわばテクノロジーの問題がイデオロギーや人権問題と結びついた<体制間の競争>というナラティヴを生み出しつつある。AIやビッグデータが社会監視システムとして活用されれば、権威主義政府による言論統制と社会支配は安価に実現することになる。中国では、電子情報にまつわるプライバシーの権利が実質的に不在であると言われるほか、AIやビッグデータがインターネットやソーシャルメディアにアップロードされたものを事後的に検閲するのみならず、収集データに基づいて同じ技術を活用し、潜在的な反体制論者を予防的に突き止めて先制的な措置を講じることも将来的には可能になる、と警鐘を鳴らす論者もいる。こうしたテクノロジーを活用した政治的自由の抑圧は、アメリカからみれば、強烈な違和感を持たざるを得ない。デジタル権威主義に対抗するためのアメリカの政策は、まだ明確ではないが、ある論者8は、まずアメリカ自身が政治宣伝目的のソーシャルメディア活用を適切に規制するとともに、限られた少数の巨大メディア企業が電子言論空間を支配できないように、多元的なデジタル・メディア環境を維持し、そうした適切な規制を第三国にも提供して、個人のプライバシーの権利と国家主権を尊重する国際規範を広げていくべきだ、と主張している。

 第四に、中国がデジタル通信インフラを外国に輸出して実現しようとする、いわゆる「デジタル・シルクロード」の拡散に、アメリカもデジタル・インフラ分野での取り組みによって対抗すべきとする議論がある。「デジタル・シルクロード」はこれまでのところ、中国による電気通信インフラ、海底ケーブル、携帯ネットワーク、クラウド、電子商取引、スマートシティといった事業の海外展開を緩やかに指しているようである。中国製のデジタル通信ネットワーク・システムが、その安価さゆえに諸外国によって受容されていくとすれば、それらの国々の情報通信データが中国によって吸い上げられ、経済・軍事目的に利用されるのではないか、との懸念が提起されることもある。こうした懸念もあってか、ポンペオ国務長官は2018年7月に、米商工会議所で「自由で開かれたインド太平洋戦略」に関する政策演説9を行った際に、1億1,300万ドルの予算手当について言及したが、この中でサイバー、エネルギー、インフラに加えてデジタル・コネクティビティを優先分野として挙げた。また、サイバーセキュリティ・パートナーシップや技術支援プログラムを第三国に提供する取り組みも進めている。これはデジタル・インフラをめぐる競争ではあるが、その本質は、<情報空間での優位をめぐる競争>である。

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 産業、軍事、知的財産、イデオロギー、情報空間といった分野において、先進テクノロジーは、米中両国の間に競争の力学を生み出しており、米中関係の競争的側面を分厚くしていく作用をもつとみられる。筆者が最近参加した日米の会議では、ある米側の専門家が、「実は対中アプローチをめぐって、ワシントンには深い溝がある」と述べたところ、他の多くの専門家たちも首を縦に振っていたのが印象的であった。要するに、従来よりも厳しい姿勢で中国に向き合うべきと考える点では一致するものの、ペンス演説に示されたような対中アプローチが、「戦略なき対立」となってしまっているのではないか、という懸念が水面下にはあるという。こうした静かな懸念があったとしても、それがトランプ政権の政策や、強硬化するアメリカの対中路線の大きな流れに何らかの影響を及ぼすのかどうかは定かではない。むしろ上記で見た通り、テクノロジーをめぐる競争の性質に照らせば、米中が相互に自制するような原理は働きにくそうである。そうだとすれば、米中関係の表層レベルでは、トランプ氏の政策判断によって、「取引」などが行われては反故にされる、という浮き沈みが繰り返されるかもしれないが、テクノロジーにまつわる4つの競争は、米中関係の深層レベルでこれからも熾烈さを増していくとみられる。こうした戦略的かつ長期的なインプリケーションをもつテクノロジーをめぐる米中競争が、政治的で短期的なインプリケーションをもつ通商・関税などをめぐる米中関係にどの程度の影を落としていくのかは、今後の注目点の一つといえよう。

(了)

2018年11月26日脱稿

1 森聡「技術と安全保障―米国の国防イノベーションにおけるオートノミー導入構想」、『国際問題』第658号(2017年1月)、24-37 頁;
Satoru Mori, "Japan-U.S. Defense Cooperation in the Age of Defense Innovation: The Challenges and Opportunities of Strategic Competition with China," Center for Strategic and International Studies, Strategic Japan Working Papers (April 2018) ,
<https://csis-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/180402_Strategic_Japan_Satoru_Mori_paper.pdf?Ye5Ij_WUpTZyYYWCWD9yAomgC_oeVyLb>, accessed on November 14, 2018;Satoru Mori, "Artificial Intelligence and U.S. Defense Innovation," Asia Pacific Review, Vol.25, No.2 (2018) 近刊。

2 森聡「統合作戦構想と太平洋軍-マルチドメイン・バトル構想の開発と導入」、土屋大洋編著『アメリカ太平洋軍の研究―インド・太平洋の安全保障』、千倉書房、2018年、163-191頁。

3 森聡「オバマ政権期における国防組織改編の模索―国防イノベーションの組織的側面」、『国際安全保障』第45巻第1号(2017年6月)、24-42頁。

4 Michael Brown and Pavneet Singh, "China's Technology Transfer Strategy: How Chinese Investments in Emerging Technology Enable A Strategic Competitor to Access the Crown Jewels of U.S. Innovation", Defense Innovation Unit Experimental (DIUx), January 2018,
<https://admin.govexec.com/media/diux_chinatechnologytransferstudy_jan_2018_(1).pdf>, accessed on November 14, 2018.

5 森聡「米国におけるCFIUSの強化―技術覇権をめぐる米中の争い」、『NPIクオータリー』、第9巻第4号(2018年10月)、8-9頁。

6 "How China's Economic Aggression Threatens the Technologies and Intellectual Property of the United States and the World", White House Office of Trade and Manufacturing Policy, June 2018,
<https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2018/06/FINAL-China-Technology-Report-6.18.18-PDF.pdf>, accessed on November 14, 2018.

7 "Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States", Interagency Task Force, Department of Defense, September 2018,
<https://s3.amazonaws.com/static.militarytimes.com/assets/eo-13806-report-final.pdf>, accessed on November 14, 2018.

8 Nicholas Wright, "How Artificial Intelligence Will Reshape Global Order," Affairs Snapshot, July 20, 2018,
<https://www.foreignaffairs.com/articles/world/2018-07-10/how-artificial-intelligence-will-reshape-global-order>, accessed on November 14, 2018.

9 Michael R. Pompeo, "Remarks on 'America's Indo-Pacific Economic Vision'", U.S. Department of States, July 30, 2018,
<https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/07/284722.htm, accessed on November 14, 2018.

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