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論考 2018/11/27

貿易とテクノロジーをめぐる米中関係(前編)

森 聡(法政大学法学部教授)

 アメリカ中間選挙の前から、選挙後の米中関係の動向には世界の注目が集まっていた。選挙直前にトランプ氏は中国との取引に前向きな考えを表明し、報道1によれば、政権内で合意案をとりまとめるように指示を出した。選挙後の11月半ばには、中国側が142あまりの項目からなる行動計画を提示してきたとも伝えられている。11月末のアルゼンチンG20首脳会議の機会をとらえて開かれる米中首脳会談で何らかの取引について米中両首脳が合意をみるのではないか、という楽観的な予測や、仮にアルゼンチンで合意が実現しないとしても、早晩米中間で取引が成立する、という見方もあるようだ。

 しかし、トランプ政権の対中政策は、選挙後も引き続き強硬路線を維持ないし強化していくのではないか、という見方が大勢を占めている。その背景には、アメリカの対中関係をめぐる政治と政策の変化がある。

 アメリカの対中関係をめぐる政治ということでは、オバマ政権第2期目から安全保障面における対中警戒論が高まっていたが、トランプ政権になってから、そこに、中国の関税・非関税障壁や政府補助金を争点化する経済面での対中圧力論、そして知的財産の窃取や強制的な技術移転などを争点化する技術分野での対中圧力論が合流しながら主流化したことで、米中関係の緊張や軋轢を一定水準以下に留めようという勢力や意見は非主流化した。2017年12月の国家安全保障戦略は、こうした動きをすでに体現していたが、今年10月4日にハドソン研究所でペンス大統領が行った演説は、トランプ政権の「中国問題」を総覧する内容となった。この中でペンス氏は貿易、テクノロジー、軍事、人権、借金外交、台湾、他国への干渉工作など、広範にわたる争点を挙げ、アジア歴訪中も一貫して中国への対決姿勢を示したところには、現下のアメリカの厳しい対中姿勢が見事に表れていた。

 アメリカの対中関係の政策という視点からみると、昨今の米中関係悪化の見通しは、アメリカの問題視する「中国問題」が、両国の政策上折り合いのつかない争点を含むようになってきたことに由来しているといえよう。アメリカの「中国問題」は、第三国への影響力をめぐるものと、二国間問題や中国自身に関する問題とに分類されうる。前者については、今後も一帯一路や情報戦・政治工作・シャープパワーなどを争点としながら、第三国への影響力をめぐって、米中が経済・安全保障面での競争を長らく繰り広げていくものと思われる。他方、後者の問題には、貿易不均衡のように妥協や取引が可能な二国間問題もあれば、「中国製造2025」の対象産業への政府補助金などのような各種の経済・産業政策のみならず、人権侵害、台湾問題といった中国政府が容易に政策を転換できないものも含まれている。

 トランプ政権による、対中国版「最大限の圧力」アプローチともいえる一連の関税引き上げ措置は、貿易不均衡のような、中国が農産品やエネルギーの輸入拡大を図るなどして妥協可能な問題のみならず、中国の産業政策の根幹にからむ、おそらく妥協や譲歩が困難な問題についても向けられている。このため少なくとも関税引き上げ措置の全面的な解除は当面難しいとみられている。(事実、トランプ氏は、中国は取引を望んでいるが、4つか5つの問題が未解決のままであると述べている。なお同氏は、中国との取引が成立しなければ、追加の関税引き上げに踏み切るとも述べている。)仮に貿易分野で米中が取引に及んだとしても、それが限定的な内容になったり、一時的なものとなったりする可能性も十分にある。

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 こうした米中関係の争点構造は、トランプ政権内における綱引きにも反映されているようである。11月9日にワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で「国家安全保障としての経済安全保障」と題した演説2を行った際に、ピーター・ナヴァロ大統領補佐官(ホワイトハウス通商産業政策局長)は、親中のウォール街勢力が米中取引を実現しようとしているが、そうした働きかけは行うべきではないといった趣旨のことを、50分あまりの講演の中で二度も述べた。これに対して、ラリー・クドロー国家経済会議(NEC)議長は翌週に、ナヴァロはまったくもって的外れな事を言っていると批判した。このつばぜり合いは、関税引き上げ合戦を収束させ、その経済的悪影響を局限することを目指す調整路線と、関税引き上げの圧力を梃子として、あくまで中国の「不公正貿易慣行」全般の是正を目指そうとする対決路線との間に存在する対立が表面化したものとみえる。

 この二つの路線の存在は、これまでの米中貿易交渉の経過からも垣間見える。米中の閣僚級貿易協議は、今年5月から6月初めにかけて3回(5月3-4日、17-18日、6月2-3日)開かれ、5月19日には貿易赤字削減へ向けた取り組みや中国による米国農産品やエネルギーの輸入拡大などに関する合意を含む米中共同声明も出された。しかし、第3回協議後まもない6月15日に、トランプ政権は中国の知的財産権侵害に対抗する500億ドル相当の関税引き上げ案を発表し、7月6日にそれを発動した。これは、政権内の調整路線勢力が中国による譲歩の余地を探る機会を与えられたものの、中国政府が満足のいく対応をみせないと、すぐに対決路線が優勢に立つという構図が存在することを示唆している。アメリカは中国との軋轢をいとわずに対決ないし競争すべしとする考え方が、米国内で主流化したという政治的な背景が、こうした対中交渉アプローチを形作っているといえよう。

 大統領未満レベルにおける当面の政策論争は、対中圧力を弱めれば、中国に政策変更を迫る梃子が失われるので、トランプ政権の要求を中国政府が全面的に受け入れるまで関税引き上げを解除すべきではなく、追加の引き上げ措置も講じるべきとする考え方と、まずは貿易不均衡の大幅な縮小を2019年に数字で実現することによって公約上の成果を回収し、そのあと2020年に残余の課題についてさらに中国に譲歩を迫ればいいとする考え方との間で、せめぎ合いがあるということかもしれない。

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 問題は、こうした路線対立がある中で、トランプ氏が習氏との首脳会談で、あるいはその後の過程で、どのような判断を下すかということであろう。例によって、その判断を見通すことは困難である。政策本位で考えるとすれば、中国に関税・非関税障壁、さらには補助金もゼロまで引き下げさせ、知的財産や技術移転に関する不公正慣行も廃止させ、「中国製造2025」の対象産業への政府支援もかなりの程度停止すると約束させ、目に見える結果が出るまでは、関税による圧力を緩めず、むしろ追加措置を講じるという考え方もありえよう。

 他方、トランプ氏は北朝鮮問題に関して、閣僚以下のレベルが想定していたのとは異なる「取引」をシンガポールで北朝鮮と取り交わすという事をやっている。大統領選挙のある2020年に、2019年の対中貿易赤字を公約通りに大きく削減したぞと、支持者らに大手を振ってアピールすることを優先するとすれば、2019年に中国に輸入拡大などをはじめとする是正措置を講じさせる必要がある。トランプ氏がそのように政治本位で考えるとすれば、中国が対米貿易黒字を大幅に削減するための措置を講じていたり、知的財産保護などについて改善措置を講じると中国が約束し、それを実行しようとする間は追加の関税引き上げ措置の発動を見送ることとし、2019年中は中国が是正措置を講じるかどうかをモニターして、2020年初めにレビューを行い、その時点で中国による対応や結果が不満足なものであれば、追加の制裁関税を大規模に発動するという筋書きを描くことはありうるかもしれない(ただし、中国による輸入拡大措置が直ちにアメリカの対中貿易赤字の削減に結びつくという保証はない)。この場合であっても、すでに発動されている関税引き上げ措置は維持されることになる。また、2019年に中国との間でとりあえず「凪」を作っておいて、その間に対日貿易交渉と対EU貿易交渉を本格化させようとすることも考えられる。

 しかし、もちろん「ノー・ディール」ということも十分ありうるし、追加の関税引き上げ措置が発動される可能性もあるといえよう。来年動き出す下院民主党から「中国に甘い」と批判される余地を減らすことを優先するとすれば、対決姿勢を維持し、中国からの譲歩を最大化させる方針をトランプ氏がとる可能性もあるからである。

 習近平氏は、関税問題を外交によって収束させたいのであろうが、過去の経験を踏まえれば、事務レベルで合意案を積み上げながらも、最終的にはやはり首脳会談で突破口を開くしかないと考えているのではないだろうか。しかし、それでもトランプ氏は、自らの都合で「取引」を覆すこともいとわないので、習氏としては極めて御しにくい相手であることは間違いないだろう。懸案となっている4つか5つの項目について、トランプ氏に関税の引き上げを保留させるほどインパクトのある中国側の措置を習近平氏が面と向かって示せるかどうか、とりあえずのモラトリアムを確保し、対米関係をうまく管理できていないとする中国国内からの批判や中国経済悪化の先行きを少しでも抑え込めるかどうかが問われている。トランプ氏をはじめとする政権関係者らは、習氏から最大限の譲歩を引き出すべく、取引成立についてあえて悲観的な見通しを首脳会談直前まで各方面で喧伝しているということかもしれない。こうした駆け引きは、ブエノスアイレスでの米中首脳会談から、関税引き上げが発動される年明けの直前まで、ぎりぎりの調整が続けられるかもしれず、首脳会談では、これまでの協議の成果を評価して、年内いっぱいの協議継続を確認する、ということもありえよう。中国側の対応に満足しなければ、トランプ政権は、躊躇なく制裁関税の引き上げや拡大へと動くであろう。

 いずれにしても、前述の通り、米中の間の競争や緊張の源は貿易不均衡だけではなく、ペンス演説で挙げられた「中国問題」は多岐にわたる。そして、その中にはテクノロジーや知的財産という産業と国防が交錯する分野が含まれている。ナヴァロ氏は、前述の講演において中国が、「経済侵略戦略(strategies of economic aggression)」を実行しているとして、中国は様々な経済・産業政策を通じて、アメリカの国富の源泉たるテクノロジーと知的財産を奪取しており、「経済安全保障こそ国家安全保障だ」と論じた。類似の認識は、国家安全保障戦略も示しており、中国がアメリカの富を不当に収奪しているとの見方は、トランプ氏の対中認識の根底にあるとみられ、ライトハイザーUSTR代表もそれを共有しているとみられる。

では、テクノロジーをめぐる米中競争とはいかなるものなのだろうか。後編では、その4つの側面に光を当ててみたい。

(続)

1 Alyza Sebenius, "Trump Says He Thinks U.S. Will Reach Trade Deal With China", Bloomberg, November 3, 2018,
<https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-11-02/trump-says-he-thinks-u-s-will-reach-trade-deal-with-china>, accessed on November 14, 2018.

2 "Economic Security as National Security: A Discussion with Dr. Peter Navarro", Center for Strategic and International Studies, November 9, 2018,
<https://www.csis.org/events/economic-security-national-security-discussion-dr-peter-navarro>, accessed on November 14, 2018.

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