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論考 2018/11/06

ペンス演説はアメリカの対中戦略の転換を示すものか?

渡部 恒雄(笹川平和財団上席研究員)

ペンス演説の背後にある政権内のパワーバランス

 ペンス副大統領は、10月4日に保守系のシンクタンク、ハドソン研究所で、体系的な対中政策の演説を行った1この演説は世界の注目を集め、米中新冷戦の開始を予感させるものという評価が成されている2。その内容は、中国の「略奪的」な経済慣行という問題から、南シナ海で米駆逐艦「ディケーター」が9月30日に「航行の自由」作戦を実施した際、中国海軍の艦艇が45メートルの距離まで近づき、衝突を避けるため回避行動を余儀なくされたこと、そしてサイバー分野での攻撃的な姿勢、特にトランプ大統領の再選を阻もうと米国内に影響を及ぼそうとしているとの指摘など、網羅的で手厳しい中国批判となっている3

 しかし実際のところ、ペンス演説はこれまでのトランプ政権の対中政策に沿うものであって、これまでのラインを大きく転換したというものではない。米国の安全保障戦略上は、ペンス氏も演説の中で指摘した「中国(とロシア)は米国の安全と繁栄を侵食することで、我々のパワー、影響力、利益に挑戦している」とした2017年12月の国家安全保障戦略に沿うものだ4。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」路線とは一線を画し、国際協調を重視するマティス国防長官も、6月1日に、シンガポールで毎年開催されるアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、中国の南シナ海の軍事化を地域諸国への「脅迫と強要」と批判しているが、ペンス演説はマティス演説とも整合性がある。

 今回のペンス演説への反響が大きかった理由の一つは、大統領とともに、選挙で選ばれた副大統領が体系的で直截的な中国批判を行ったことだろう。トランプ大統領も、ときおり中国に厳しい発言をするが、同時に習近平国家主席との人間関係の良好さを演出するため、それは中国とのディール(駆け引き)の要素としての批判、と理解されることも多い。そもそも彼の発言には一貫性がないため、どのような趣旨でも、長期的で戦略的なものだとは理解されない。しかしキリスト教保守派で、生真面目なペンス副大統領の首尾一貫した論旨の演説は、中国に「逃げ場」を与えない凄みがあったと考えられる。

 しかも今回のペンス演説は、米中が経済面でお互いに関税をかけあう厳しい貿易戦争にすでに入っている状況で行われた。しかも将来のハイテク技術のイニシアティブを米中のどちらが握るのかという競争が、安全保障上でも経済上でも顕在化している。これまでは、米中の経済相互依存は、軍事・安全保障面での対立を緩和させるものとして期待されてきた。しかし現状の米中貿易戦争とハイテク競争は、経済の相互依存関係が安全保障の対立を避けるための「抑止力」となる、という神話を崩すものと理解されるようになっている。これは「新冷戦の開始」という表現よりは、1972年のニクソン訪中以来の米国の「対中関与策」(エンゲージメント)の終焉としたほうが、本質を理解しやすいと思う。

 ワシントンポストのコラムニスト、ジョシュ・ロギンは、10月4日付のコラム「トランプ政権は米中関係をまさに『リセット』した」で、「この演説の本当の肝は、米国が中国の経済・軍事の強硬路線による世界への影響に対峙し、国内への弾圧にも反対し、中国政府の行動を国際的にも国内的にも変えていくと宣言したことだ」と指摘する。これは、トランプ政権内の安全保障と経済の両面での中国に対する危機感がペンス演説の背景にあり、米国の対中新思考は、ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官のタカ派的姿勢、ジム・マティス国防長官の戦略的思考、ピーター・ナヴァロ国家通商会議ディレクターの経済ナショナリズム、そしてペンス副大統領の民主的価値を重視する主張が合体したもの、と結論づけている。そして、これはオバマ政権では起こりえなかったことだとも指摘する5

 筆者もこの分析には同意するところが大きい。そもそも、トランプ政権の外交政策は、スティーブン・バノン前首席戦略官やトランプ大統領自身を含む、既存の国際秩序から米国の脱却を図る「現状破壊派」と、既存の国際秩序の維持を図るマティス国防長官らの「現状維持派」がせめぎ合ってきて、米専門家が、米国には、トランプ政権とマティス政権の二つがあると揶揄しているほどだからだ。しかし対中政策については、この二つの勢力の間に、世界と地域での中国の覇権国化を防ぐという大きな目的の一致があり、対中貿易戦争と安全保障上の対中けん制策を、同時に進行させる推進力になったといえる。

 マティス率いる国防総省が2018年1月に発表した国家防衛戦略は、「中国は軍事近代化、他国への浸透行為、貪欲な経済力をテコに、近隣諸国に影響を与え、インド太平洋地域を再編し、自らの優位性を高めようとしている。中国が経済および軍事の支配権と中国人民を動員した長期戦略を通しての力の誇示により、将来の世界での圧倒的な地位を目指し、短期的にはインド太平洋地域での覇権を握り、米国を排除しようという軍の近代化プログラムを追求し継続している」と記述されている(下線は筆者による)6。この下線部分、つまり、中国の経済力に安全保障上も懸念を示していることが重要だ。

ペンス演説は米国の対中関与の終焉か?

 問題は、ペンス演説以降の米国の対中姿勢が、「対中関与政策の歴史的な終焉」というような不可逆的なものかどうかだ。安全保障と通商での対中強硬姿勢は、中間選挙をはさみ、短期的には、トランプ支持の保守派には、大きくアピールするものかもしれない。本来であれば、経済にマイナスの影響があれば、選挙には不利だが、中間選挙の前の時点では影響が限られている。しかもトランプ大統領は、自身の立場を「ナショナリスト」と呼ばれることを肯定している。

 彼は民主党をグローバリストと定義して、「グローバリストとは世界がうまくいくことを望み、はっきり言えばわれわれの国をさほど気にしない人だ。それは受け入れられない」と述べた。そして自らの「アメリカ・ファースト」の立場を「私が何者かをあなた方は分かっているだろう?私はナショナリストだ。それでOKだ」とし、「その言葉を使おう」とした7。これは、中間選挙においてコアなトランプ支持層を固めるには、効果があると考えていいだろう。

 しかし、長期的な視点で、米国が中国との経済関係をどう見直していくのかどうかについては、現時点では判断するのは難しい。米国の民間ビジネスにおける中国の存在は、一政権の政策転換で簡単に切り捨てられる規模にはない。長期的かつ段階的に、中国経済への依存を減らしていくというのは、理論的には可能かもしれない。しかし、現在の共和党と民主党の亀裂の大きさは、超党派の長期的な戦略の維持を難しくしている。一方で、今回のトランプ政権の対中強硬策の中には、対中貿易赤字の縮小と米国での雇用の増加、および北朝鮮政策への協力など、トランプ大統領が期待する短期的な成果への期待がある。これは、長期的な戦略転換とは相反する要素だ。

 1972年のニクソン訪中以来の米中関係を振り返ると、米国の厳しい対中政策も、中国の妥協あるいは問題となる課題以外の協力分野との抱き合わせにより、二国間の決定的な対立を避けて現在に至っている。中国が、現在のトランプ政権の対中強硬策を、戦略的な転換点と認めて、多少の目に見える譲歩をした場合、米国側は長期的戦略上から、歩み寄りを断れるだろうか。もし中国が譲歩を見せるということは、トランプ大統領にとっては、自己の「ディール」の技術を米国民に示す最大の機会だからだ。トランプ大統領の優先順位は、北朝鮮に対して、曖昧で不完全な核合意の約束においても、ディールの成果を優先した、第一回の米朝首脳会談からもわかる。

 今回のペンス演説を米国の対中姿勢の歴史転換というには、トランプ大統領とその政権スタッフの間の共通の戦略観が、あまりにも欠如していると言わざるを得ない。ましてや、対中強硬の一角を占めるマティス国防長官が、ボブ・ウッドワードの内幕暴露本「Fear」で、トランプ大統領の行動と理解力を小学校5・6年生と発言した、と記述されたことで8トランプ大統領には「民主党のような行動をする」とも批判され9、その影響力とポジションは風前の灯にある。(先のトランプの民主党=グローバリストという定義からいけば、トランプの発言は一応説明はつく)

 ペンス演説が、米国の対中政策の歴史的な転換と呼べるようになるかどうかを現在判断するのは時期尚早かもしれない。ただし中国の存在が、安全保障の観点からも、長期的な経済利益の上からも、米国にとって脅威となっているという認識を、トランプ政権内の多様なアクターが合意したことを、見逃してはいけないだろう。議会においても超党派の対中懸念があることは、8月1日に、中国を念頭に外国からの米国企業への投資において、安全保障上の観点から審査を強化する法案を圧倒的過半数で可決したことでもわかる10。少なくとも、中国が行動を変えない限り、現在の政策転換が、トランプ後も継続する長期的戦略となっていく可能性は十分にあるといっていいだろう。

 歴史的なアナロジーとしては、日露戦争後に、米国からの合意を得ていた朝鮮半島の保護国化と南満州鉄道の権益から、じわじわと自国の権益を拡大し、満州に傀儡政権を作り、そこを拠点にさらに対中進出を拡大していた日本に対して、有権者の孤立主義的傾向にも関わらず、米国が日本に対して厳しい態度を取らざるを得なくなった1930年代の日米関係を想起すべきなのかもしれない。

(了)

1 "Vice President Mike Pence's Remarks on the Administration's Policy Towards China," Hudson Institute, October 4, 2018,
<https://www.hudson.org/events/1610-vice-president-mike-pence-s-remarks-on-the-administration-s-policy-towards-china102018> accessed on November 2, 2018.

2 Walter Russel Mead, "Mike Pence Announces Cold War II," Wall Street Journal , October 8, 2018,
<https://www.wsj.com/articles/mike-pence-announces-cold-war-ii-1539039480?mod=searchresults&page=1&pos=1> accessed on November 2, 2018.

3 Hudson Institute、前掲註1。

4 National Security Strategy of the United States of America,December 2017, p. 25,
<http://nssarchive.us/wp-content/uploads/2017/12/2017.pdf> accessed on November 2, 2018.

5 Josh Rogin, "The Trump administration just 'reset' the U.S.-China relationship," The Washington Post , October 4, 2018,
<https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/the-trump-administration-just-reset-the-us-china-relationship/2018/10/04/c727266e-c810-11e8-b2b5-79270f9cce17_story.html?utm_term=.40a148ba382e> accessed on November 2, 2018.

6 US Department of Defense, Summary of the 2018 National Defense Strategy, January 2018, p.2,
<https://dod.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf> accessed on November 2, 2018.

7 Jennifer Jacobs、Alyza Sebenius「トランプ大統領『私はナショナリスト』-テキサス州で宣言」 (Bloomberg、2018年10月23日)
<https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-10-23/PH13PC6JIJUZ01> (2018年11月2日参照)。

8 Mark Landler and Maggie Haberman, "Jim Mattis Compared Trump to 'Fifth or Sixth Grader,' Bob Woodward Says in Boo," The New York Times , September 4, 2018,
<https://www.nytimes.com/2018/09/04/us/politics/woodward-trump-book-fear.html> accessed on November 2, 2018.

9 Michael D. Shear & Thomas Gibbons-Neff, "Trump Gives Mattis an Inauspicious Label: 'Democrat'," The New York Times , October 14, 2018,
<https://www.nytimes.com/2018/10/14/us/politics/trump-mattis-democrat.html> accessed on November 2, 2018.

10 David McLaughlin、Erik Wasson「中国との対立激化必至か-対米外国投資の審査強化法案を議会承認」(Bloomberg、2018年8月2日)
<https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-08-02/PCTHWD6JIJUS01> (2018年11月2日参照)。

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