中間選挙における重要争点:オバマケア

山岸 敬和
10月11日、トランプ大統領は『USA Today』に寄稿した論説の中で、民主党の医療改革案を辛辣に批判した。「"Medical for all"という言葉を不誠実な形で利用しながら、民主党は雇用主提供保険を含んだ全ての民間保険を廃業に追い込み、10年間で32.6兆ドルをかけてシングルペイヤー方式の皆保険を作ろうとしている」、そして「中道派民主党は確実に死んでしまった。新しい民主党は急進的社会主義者であり、ベネズエラに倣って経済政策を行おうとする者たちの集まりである」とトランプ氏は述べた。
中間選挙の1ヶ月前に出されたこの論説には、トランプ氏の焦りがにじみ出ていると言える。
11月に行われる選挙では、全下院議員と3分の1の上院議員が改選となる。その中で医療政策は有権者にとって重要度が高い政策として位置付けられている。
このコラムでは、中間選挙において有権者が医療政策に対してどのような態度を持っているのか、それがトランプ氏にどのような圧力をかけているのかを述べる。
選挙争点としての医療政策
今回の中間選挙での選挙行動に一番影響を与える政策は何かを問うカイザー・ファミリー財団の調査の結果、医療政策(30%)が最上位となった1。それに続くのは、経済・雇用(21%)、銃規制(15%)、移民(15%)、減税・税制改革(7%)、外交(6%)となった。民主党と共和党の候補者が拮抗しているいわゆる「バトルグラウンド」における数字もほぼ同様となっている。
医療政策の中でどのような側面を重視するかは党派性によって異なる。民主党支持者が重視する点の上位四つは、医療サービスへのアクセスの拡大(31%)、医療費の自己負担(22%)、メディケア(9%)、オバマケアの継続・改善(7%)であった。他方、共和党は、医療費の自己負担(23%)、オバマケアへの反対・廃止(18%)、メディケア(7%)、保険・医療サービスの質向上(7%)となった。
このような党派性による相違はある意味これまでと大きく変わるものではない。
しかし今回の中間選挙で特徴的なのは、党派性によって医療政策への"温度差"があることである。民主党支持者は40%が「医療政策を重要な争点である」と答えたのに対して、共和党支持者で同様の回答をしたのは17%であった2。無党派ではその数字は31%となる。
既往症者問題
5月10日のコラムにも書いたように、共和党は2010年3月にオバマケアが成立してから「オバマケア廃止(Repeal Obamacare)」の旗印の下で選挙を戦ってきた。しかし、トランプ政権になり上下両院で共和党が多数となってもオバマケアを廃止することができなかった。そして2017年12月に、個人に対する保険加入の義務付けを実質ゼロとすることを税制改革の一部として実現させる、という手段を用いるしかなかった。「オバマケア廃止」からは程遠いものであった。
共和党がここまでまとまるのに苦しんだ最大の原因は既往症者問題である。オバマケアが成立するまで、自営業者など個人で保険に加入しなければならない人々を苦しめていたのは、高血圧、精神・行動障害、高コレステロール等のような既往症を持った人々が民間の保険者から保険加入を拒まれる、という問題である。オバマケアは保険者に対してこれを禁じた。
この既往症者対策は、オバマケアの中でも党派性を超えて広く支持されている。カイザー・ファミリー財団の調査によると、75%の人々がこの対策を「とても重要である」と答えている。
「pre-existing conditions(既往症)」この言葉が、民主党にとって医療問題に対する有力な武器となった。民主党は、共和党の改革案に対し、自己責任とは言いにくい既往症を持つ人々から、必要な医療サービスへのアクセスを奪うものだと主張し、特に選挙戦終盤になって既往症問題を全面に出してきている。
他方、共和党にとっては、これは内部分裂を招く問題となる。保守色が強い選挙区の候補者は引き続きオバマケアの廃止を訴えるが、バトルグラウンドの候補者の中には既往症者への保護は維持すべきだと声高に主張する者もいる。
トランプ大統領の冒頭の発言は、このような状況に危機感を感じて、共和党内をまとめるために行ったものである。またシングルペイヤー方式による皆保険については民主党内で意見が大きく割れるので、ここを強調することによる民主党への揺さぶりの意味もあった。
メディケイド拡大問題
最後に、11月には36州の知事選も行われる。これがオバマケアの執行過程に影響を及ぼすものとして注目されている。
オバマケアには、貧困者を対象とするメディケイドを、その所得基準の138%までの層にまで拡大するという方策も含まれる。そしてそれを実施するかどうかは州政府の決断に委ねられた。
現在は17の州で未実施となっており、このうち13の州で州知事選挙が行われる。また4州(ユタ、アイダホ、ネブラスカ、モンタナ州)では、メディケイドの拡大の可否が州民投票にかけられる。
この17州における世論調査によると、54%がメディケイドの拡大を支持している(共和党支持者に限定すると39%)。それゆえに民主党候補者の多くはメディケイドの拡大を重要争点として位置づけている。
中間選挙では、#MeeToo運動やブレット・カバノー氏の最高裁判事指名問題で女性票がどのように推移するか、銃規制問題で若者の票がどのように影響を及ぼすのか、そして何よりもトランプ政権を支持するか支持しないかが選挙結果にどのような影響を与えるのかが注目される。しかし、日本人にとっては理解が難しい医療政策も注目すべき重要争点である。選挙戦最後の一週間でどのようなレトリックや戦略を使いながら候補者たちが票集めをしようとするのか。今後の医療改革の方向性を左右するという意味で、連邦議会選挙に加え、州知事選挙と州民投票の行方にも注目したい。
(了)
- Ashley Kirzinger, Liz Hamel, Bianca DiJulio, Cailey Muñana, and Mollyann Brodie, "KFF Election Tracking Poll: Health Care in the 2018 Midterms", Kaiser Family Foundation, October 18, 2018,
<https://www.kff.org/health-reform/poll-finding/kff-election-tracking-poll-health-care-in-the-2018-midterms/> accessed on October 31, 2018. - 共和党支持者が重要な争点として回答した最上位(25%)は移民政策。