トランプのホワイトハウス: ケリーは秩序と規律を回復できるか?

久保 文明
2017 年 7 月 28 日、これまでのラインス・プリーバスに代わって、それまで国土安全保障省長官を務めていたジョン・F.ケリーが大統領首席補佐官に就任した。
共和党全国委員長を務め、多数の共和党議員と密接なつながりを持つプリーバスであったが、ホワイトハウスの混乱と議会対策の拙さなどを批判され、更迭されることになった。
プリーバスについては、共和党議員への影響力が期待されながら、オバマケアの撤廃をはじめとして立法的成果をあげられなかったため、トランプ大統領は失望していたようである。ある高官は匿名ながら以下のように語っている。「先週 20 回は聞いた言葉があります。それは「信頼の喪失」です。出てくる言葉は「弱い」だけです。「弱い」「弱い」「弱い」。「何事も達成できない」。
ブリーバスの忠誠心も疑われていたようである。2016 年の 10 月、ワシントン・ポストがトランプによる 2005 年の「アクセス・ハリウッド」におけるセクシュアルハラスメントについて報道したあと、プリーバスは立候補取り止めを勧めていたが、トランプはこの件を根に持ち、しばしばこのことを口外してきた。
プリーバスの方も、政策論議の進展、コミュニケーションといったホワイトハウスの基本的な機能についてすらまったくコントロールできないことについて、不満を友人に語っていた。多くのことが大統領の衝動によって決定され、公式の発表すら時に彼の与り知らぬところで行われていた1。
プリーバスは、ホワイトハウス・スタッフに対して、滅多にトップダウン型のコントロールを行おうとしなかった。これは珍しい例であろう。首席補佐官は通常、大統領のスケジュールから、政権のアジェンダ、そして外に発信されるメッセージまで、すべて管理しようとするものである。
トランプ大統領がケリー長官に、最初に首席補佐官転任を依頼したのは本年の 5 月半ばであったと伝えられている。ケリーは断ったが、トランプは諦めることなく、その後も打診し続けた。ケリーも丁重に断り続けた2。
ケリーが受諾したのは 7 月後半のことであった。この間、ケリーは、トランプと一種の条件闘争を繰り広げてきた可能性がある。結果的に彼は、大統領との面会者をコントロールする権利を獲得し、また大統領のツイートの内容についてもコメントする権利を得た。
トランプ大統領には、近年のどの大統領をも上回る数の補佐官が存在する。オバマは 22人、ジョージ・W.ブッシュは 17 人の補佐官をもったが、トランプは 26 人の補佐官をもつ。その中にはイヴァンカ・トランプやジャレード・クシュナーも含まれる3。プリーバスが首席補佐官であった時のことであるが、あるワシントンのインサイダーは、約 30 人が大統領に面会の約束なしに会う権利を持っていると語った。通常は副大統領、首席補佐官、国家情報局長(あるいは CIA 局長)などを含めてせいぜい 5 ~ 6 人であろうか。
プリーバスは、トランプへのアポイントメントなしの面会者を制限しようとしてきたが、トランプ自身がそれに抵抗してきた。ケリーは、クシュナーも含めて誰であれ、自分の許可なしでは大統領に会えないと主張し、トランプを納得させた(スカラムッチはそれに抵抗した)4。
ケリーは、面会の予約を持たないものが気軽に大統領に会い、確度の低い情報や噂を大統領に伝えることを阻止している。トランプ大統領自身、私的な場で、これによって自分は考える時間を得たと語っている5。
ケリーがホワイトハウス・スタッフに就任早々求めたのは、まずは忠誠心であり、規律であり、リークの撲滅であった。首席補佐官就任 5 日目、彼は約 200 人のホワイトハウス・スタッフを集め、国が第一、大統領が第二、そして個人の希望や優先順位は最後に置くべきと語った。職場の倫理を強調するととともに、情報漏洩を行わないように強く警告した7。
ケリーはまた、就任して 10 日しか経っていないコミュニケーション部長のアンソニー・スカラムッチを直ちに解任した。彼は、ケリー就任後も大統領に直接面会する権利に固執し続けていた。スティーヴ・バノンや国家安全保障担当のセバスチャン・ゴーカも政権を去った。これによって、ケリーはトランプの取り巻きから強い批判を受けることにもなった8。
ケリー就任後、ホワイトハウスに大きな変化が見られるであろうか。"little rocket man"という言葉に見られるように、大統領のツイートに顕著な変化が起きたかどうかは疑わしい。議会対策についてはまだ判断材料に乏しい。それに対して、ホワイトハウス内部の規律については、以前より落ち着いた雰囲気はあるかもしれない。10 月 25 日付のニューヨーク・タイムズの記事によれば、大統領自身をどの程度コントロールできているかは別として、以前よりホワイトハウスに秩序をもたらしたことは確かなようである9。
首席補佐官の役割、重要性、位置づけは、大統領によってさまざまである。アイゼンハワーは軍隊式の規律を求めたため、首席補佐官は重要な役割を演じた。ケネディはアドホックな決定方法を好んだ。クリントンの最初の首席補佐官はアーカンソー州時代の幼稚園の同級生であり、ワシントン政界について無知であったため、全く機能しなかった。自ら黒子に徹し、ホワイトハウス内に規律をもたらし、大統領をさまざまなトラブルから守るとともに、大統領と信頼関係を維持しながら、決定的に重要な問題では大統領にも直言できることが理想的である。ちなみに、軍人の経験を持つ首席補佐官としては、ケリーはニクソン、フォード両政権のアレグザンダー・ヘーグ以来である。
トランプ政権の予測不可能性の大部分は大統領自身の言動が衝動的であり、自分を律することができないことに発する。ただ同時に、ホワイトハウス内の決定構造が不安定であったことも、確実にその原因の一部であったといえよう。その意味で、ケリー首席補佐官がどの程度大統領を律することができるかは、政権の安定性にとって死活的重要性をもつ。ただし、これは想像を絶する困難な仕事かもしれない。依然としてトランプ大統領は自らを律しようとはしていないからである。
また、ケリーの議会対策の経験、政治的経験は浅いため、その部分についてはペンス副大統領が実質的に「首席立法部門補佐官」として機能するであろうとの予測もある10。
なお、2017 年 10 月後半、ケリー首席補佐官は、ニジェールで死亡した兵士の妻に対する大統領の電話対応が批判を浴びている中で自ら記者会見を行い、自身の息子がアフガニスタンで戦死したことにも触れながら、トランプ大統領への批判に「あぜんとし、心を痛めている」などと語った。しかし、大統領を批判したフレデリカ・ウィルソン下院議員(民主党、フロリダ州)に反論した際に、ケリー自身が虚偽の発言をした疑いをもたれている。自らがトラブルの原因になってしまうとき、大統領補佐官はさらに厳しい立場に立たされる。ケリー首席補佐官の前途も多難かもしれない11。
ケリーがカメラで捉えられるとき、ほとんどの場合、気難しい表情を見せている。彼がホワイトハウス内で課す厳しい規律に反発する人々は、ケリーを「教会にいる気難しい女性」(church lady)と呼び、批判しているようである12。「乳母のケリー」(Nanny Kelly)、「ミセス・ダウト」(Mrs. Doubtfire)(家事を完璧に取り仕切る人物の映画から)というものもある13。トランプの友人たちが大統領に電話しようとしても、いまやケリーが立ちはだかっている。しかし、実はトランプ自身、ケリーによる束縛を嫌い、自分の携帯を使用してバノンを含む様々な人々に電話しているようである。ただし、トランプはケリーには常に賛辞を送っている14。
ケリーについては、大きな誤解があるようである。彼には、イデオロギーとは無縁の、ホワイトハウスに秩序をもたらそうとしているだけの冷徹な元軍人とのイメージが強いが、それは誤りとの指摘もある。元国防長官レオン・パネッタは言う。「彼は何といっても海兵隊員だ」。そして、神と国家について伝統的な見方をするボストンのブルーカラーの家族の出身である、とパネッタは続ける。アーカンソー州選出上院議員のトム・コトン(共和党)も言う。「彼はブルーカラーの人々が苦労して生活していることを理解しているのだと思います」。
2017 年の夏、政権首脳がアメリカへの入国が認められる難民の数を 11 万人から 5 万人に減らす議論をしている際に意見を求められたケリー国土安全保障省長官は、自分だったら 0 と 1 の間にすると語った。ケリーは愛国心、国家安全保障、移民などの問題について、実はトランプ大統領と非常に近いタカ派的な見解を抱いており、実はこれが二人の間に一定の信頼関係をもたらしているようである15。ケリーの評価にあたっては、この部分を忘れてはならないであろう。
- Ashley Parker, Robert Costa, Abby Phillip and Philip Ruckerh, "Trump names Homeland Security Secretary John Kelly as White House chief of staff, ousting Reince Priebus", The Washington Post, July 28, 2017. [https://www.washingtonpost.com/news/post-politics/wp/2017/07/28trump-nameshomeland-security-secretary-john-kelly-as-white-house-chief-of-staff-ousting-reincepriebus/?utm_term=.2f9862eb12fe](最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- 同上。
- Dan Merica, "Kelly sworn in as Trump's second chief of staff", CNN Politics, August 1, 2017. [http://edition.cnn.com/2017/07/31/politics/john-kelly-chief-of-staff/index.html] (最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- 同上。
- Jordan Fabian, "Trump backers turn on Kelly", The Hill, September 14, 2017. [http://thehill.com/homenews/administration/350537-trump-backers-turn-on-kelly] (最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- Jennifer Jacobs, Margaret Talev and Justin Sink, Bloomberg, August 6, 2017. [https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-08-06/new-chief-of-staff-reins-in-white-house-aidesand-trump-s-tweets](最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- 同上。
- Fabian、前掲註 5。
- Peter Baker, "Pitched as Calming Force, John Kelly Instead Mirrors Boss's Priorities", The NewYork Times, October 25, 2017. [https://www.nytimes.com/2017/10/25/us/politics/trump-kelly.html](最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- Parker、前掲註 1。
- David Nakamura, "Video shows Kelly made inaccurate claims about lawmaker in feud overTrump's condolence call", The Washington Post, October 20, 2017. [https://www.washingtonpost.com/politics/video-shows-kelly-made-inaccurate-claims-aboutcongresswoman-in-feud-over-condolence-call/2017/10/20/5cd328e4-b5bf-11e7-be94-fabb0f1e9ffb_story.html?hpid=hp_hp-top-table-main_kelly-840pm%3Ahomepage%2Fstory&utm_term=.5a03e5c279e0] (最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- Michelle Mark, "Some Trump loyalists have reportedly nicknamed John Kelly 'the church lady' because of his strictness", Business Insider, September 1, 2017. [http://www.businessinsider.com/trump-nickname-john-kelly-the-church-lady-2017-9] (最終検索日:2017 年 11 月 21 日)
- Fabian、前掲註 5。
- Mark、前掲註 12。
- Baker、前掲註 9。