論考

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2023/12/27

NATOウォーゲーミング・ハンドブックの一考察

松 卓馬
笹川平和財団研究員

ウォーゲーミングとは、机上演習(Table Top Exercise: TTX)などの政策シミュレーションを総称するものであり、付与されたシナリオ下での意思決定や判断の演練です。TTXでは、ストレスの低い環境下で、特定の事象に対する政策や行動を自由に発想し、議論することが可能なため、政策決定やそれに基づく行動の段階における課題の抽出に有効な手法と考えられています。そのため、政策や行動の検証、あるいは政策決定等の教育・訓練を目的として、政府機関、軍事組織、危機対処機関、シンクタンク、大学等で広く用いられています。笹川平和財団においても様々な机上演習を試みてきました。

はじめに;NATO のウォーゲーミング・ハンドブックとは

 本論では、先般公表され、欧米のウォーゲーミング分野でも話題になったNATOのウォーゲーミング・ハンドブック(以下、「ハンドブック」)を参照し、その特徴を概観することにより、NATOの考えるウォーゲーミングとは何か、NATOにとってウォーゲーミングがいかなる位置付けを有するのかを考察することを目的とする[1]。

 「ハンドブック」の構成は次の通りである。

  • 序文
  • 免責事項
  • 序文
  • 第 1 章 - 序章
  • 第 2 章 - ウォーゲームの基礎
  • 第 3 章 - デザイン
  • 第 4 章 - 開発
  • 第 5 章 - 実施
  • 第 6 章 - 分析とレポート
  • 第 7 章 - デジタルツールと配布
  • 第 8 章 - イベント管理の連絡先の参照
  • 参考文献

 「ハンドブック」はNATO諸国に対するウォーゲーミングの指南書と位置付けられるが、その前書きを見ると、その目的は「NATOが質の高いプロのウォーゲーミングを実施するために、より優れた能力を開発するための基盤を提供すること」とある[2]。また、「NATO諸国で行われているウォーゲーミングにとって代わるものではなく、同盟全体での有益な協力のための共通の枠組みと用語を作成すること」とある[3]。

 つまり、「ハンドブック」を通じて、NATO諸国におけるウォーゲーミングの質的向上と各種手順や用語の標準化を狙っているものと言える。また、一言付言するならば、「ハンドブック」は決定版というわけではなく、NATOのウォーゲーミングコミュニティと共に進化、成長していくことを前提とした、一つのベンチ・マークに位置付けられるものである。

NATOのウォーゲーミングは
人間が意思決定を下す紛争や競争を実現したもの

 第1章と第2章はウォーゲーミングの一般的な説明や用語の定義などを扱っているが、NATOはウォーゲームを、「人間(human)が決断を下し、その決断の結果に対応する、失敗しても安全な環境における紛争や競争を実現したもの」と定義している[4]。さらに、この定義の中核を成し、ウォーゲームに不可欠な3要素「プレイヤーの意思決定」、「摩擦により引き起こされ、影響を受ける決定」、「プレイヤーが対応しなければならない結果を伴う決定」を挙げている[5]。これらをまとめれば、NATOは失敗の許される状況下で、人間がプレイヤーとなって、様々な影響を勘案しつつ、意思決定することを演練することをウォーゲームとしている。

学習型と分析型の2つのタイプ分け

 NATOのウォーゲーミング・ハンドブックの特徴の1つは、ウォーゲームを学習型と分析型の2つのタイプに分類できるとしている点である。学習型ウォーゲームは意思決定の経験を提供するものである。対する分析型ウォーゲームは意思決定に関する情報を提供するものとしている。いずれも作成や実行プロセスはよく似ているものの、前者はプレイヤーの概念やアイデア理解に重点を置くが、後者は分析作業への貢献を第一としており、その分析目標を達成するためには、データ収集や分析計画の作成、確かなレポート要件を設定するために、より多くの労力を要するとある。つまり、ウォーゲームを通じて達成したい目的に応じて、これら2つのタイプのウォーゲームを使い分けることができるということである。

ウォーゲームのデザインはスポンサーと
ウォーゲーム・チームの課題の特定から始まる

 第3章はウォーゲームのデザインを、その課題の特定からゲーム構想のプロトタイプ作成までのライフサイクル順に解説している。ここで最も重要なのはウォーゲームのスポンサーとウォーゲーム・チーム(ウォーゲームのデザイン側)が最初に行う課題の特定である。これは課題の特定が済むまでは、他の設計ステップを進めるべきでないと記載されていることからも明らかである[6]。さらには、正当な課題を欠いたウォーゲームは目的がなく、実用的な結果を生み出す可能性は低いとある[7]。すなわち、ゲームデザインのプロセスでは、課題の特定、目的や結果、ゲーム概要の確認など一連の流れがあるものの、その初期段階の課題の特定がその後のウォーゲームの成否を左右する重要性を有しているということである。また、プロトタイプ完成まで、両者の間で十分な協議が継続して行われる必要があるのはいうまでもない。図1は本書のウォーゲーミングの一連の流れを図式化したものである。

開発プロセスにおけるプレイテストの推奨

 第4章は開発プロセスにおけるプレイテスト(playtesting)とこれから実施するウォーゲーム改良の重要性から、プレイテストを実施することが強く推奨されている。また、理想的には少なくとも2回のプレイテストが望ましいとする。その理由は、ゲーム中の構造(mechanics)、分析ツールが予想通りに動作しない場合に調整の時間を確保する必要があるためとする[8]。つまり、まずは初回のプレイテストで調整箇所の特定と調整を行い、2度目のプレイテストでそうした調整が機能するかを確認するという合計2回のプレイテストがより良いゲーム開発につながるということである。加えて、興味深い点は、この2度目のプレイテストにはスポンサーと代表者が参加する必要があるという点である。これはゲームの開発と実施間のギャップを埋める、ゲームの成功にとって非常に重要なプロセスであり、ゲーム実行の流れ、ルール、手順、仕組みを確実に理解させる必要があるためとする[9]。言い換えれば、ウォーゲームの実行の前段階であっても、これほど緊密なゲーム関係者の認識の統一、ゲーム理解が必要ということである。

ウォーゲームの実施

 第5章には参加者向けトレーニング、アイスブレークから、ゲームの実施、終局までの全てが内包されている。実施にあたっては、人間が意思決定を行うことが再度、強調されているが、中でも注目したいのがトレーニングである。この対象はプレイヤー、ファシリテーター/裁定者、アナリストとある。これら各参加者のトレーニング項目として、プレイヤーには、チームの目標や背景、ゲームの仕組みやプレイ方法がある。次にファシリテーター/裁定者には、プレイヤー同様の内容に加え、シナリオよりもゲームの仕組み、タイミング、コミュニケーション要素に重点を置いたもの。更に、裁定には経験の浅い者を起用しないことが勧められている。最後にアナリストには、シナリオ及びルール、データ収集と分析計画(Data Collection and Analysis Plan: DCAP)が挙げられている[10]。次に注目されるのがウォーゲームの結論である。具体的にはホットウォッシュ(hot-wash)と出口調査の2点があり、前者は得られた洞察や新たな分析課題、教訓に関する議論を指し、後者は書面によるDCAPの全ての要素に必要なデータ収集を指す。興味深いのは、出口調査は、アナリストにとって最後のデータ収集の機会であり、発言力のないプレイヤーが価値ある洞察を提供できることから、書面での調査が重要とされている点である[11]。つまり、出口調査を徹底することで、データ収集の取りこぼしをなくすことが必要と言うことである。

ウォーゲームのプロセスの最終段階である分析

 第6章には一連のウォーゲームのプロセスを完了するための分析及び最終報告書作成までのサイクルが説明されており、ゲームそのものの終了後の分析とウォーゲーム全体の終了後の分析に分けて、分析チームによる全ての情報の収集と体系的な処理の必要を説いている。前者はウォーゲーム・チームによるホットウォッシュ、事後評価(After Action Review: AAR)、最終報告書作成までを指しているが、後者は分析チームによる総合的な分析を指しており、ゲームの目的と目的の達成度などの共通要素が列挙されている。ここで注目したいのは前者の8項目目の「ウォーゲームによる分析結果を進行中の作戦に取り入れる」という内容である。ウォーゲームはその成果が使用されて初めて役に立つことができるのであり、その成果を基に関係者にフォローアップを実施することで、新たな議論を導くことができるとある[12]。つまり、ウォーゲームの成果を然るべき方法で活用してこそ、有益ということである。

実用主義的なNATOのウォーゲーミング観

 ここまで「ハンドブック」のポイントを概観して導かれる特徴は、NA T Oのウォーゲームは人間に決断を下させるものであり、その成果を通じて既存の計画や政策がカバーできていない課題や議論を抽出し、さらなる議論を促すという極めて実用主義的な性格を持っているという点である。また、第7章デジタルツールの使用、第8章イベント管理などでは、ウォーゲーミングの実施のための詳細な項目まで記載されており、「ハンドブック」を基にゼロからウォーゲームに取り組む国家や組織にとって、まさに至れり尽くせりの内容であることから、ウォーゲーミング実践のための1ガイドラインを示すものと言える。

米英のウォーゲーミングの影響を受けたハンドブック

 「ハンドブック」の説明するウォーゲーミングは米英のウォーゲーミングから多分に影響を受けていると言える。例えば、米国の場合は陸海空海兵隊及び宇宙軍、政府その他複数の国内アクターが計画立案、課題抽出、教育などを目的に広く使用している)[13]。また、インド太平洋戦略(IPS)[14]や太平洋抑止構想(PDI)[15]を見ても、2022年度会計年度のPDIではウォーゲーミング分析が明記され、ウォーゲーミングの実施・分析、演習、訓練と言う研究サイクルの導入が見て取れる[16]。そうした米国のウォーゲーミングの取り組みからは、ウォーゲームの教育型と分析型の分類、また、各軍種での下部組織から上位組織へと順番にゲームを実施して、計画立案やその修正に役立てるといった活用方法など、「ハンドブック」との共通点を複数見出すことができる。

 次に英国を見ると、同国国防省が発行するウォーゲーミング・ハンドブックには、ウォーゲームの核となる要素である人間の意思決定、物語の創造、教訓の導出といった内容や、ウォーゲーミングの一連のプロセスである、デザイン、開発、実施、検証、洗練といった内容がある[17]。以上の内容は「ハンドブック」と米英のウォーゲーミングの共通点のごく一部に過ぎない。そうした内容を考慮しても、「ハンドブック」が米英の各種ウォーゲーミングから相当に影響を受けていることが推察される。

結びに変えて:「安全に失敗してみる」こと及び日本への含意

 「ハンドブック」はN A T O同盟国を対象に作成されたウォーゲーミングの指南書に位置付けられ、人間が意思決定をすることにより、新たな洞察を獲得し、より効果的な軍事演習、同盟国間の協力に裨益することを意図した実用主義的な性格を持つ。NATOのウォーゲーミングへの期待は「ハンドブック」発行の必要がそれを証明していると言える。事実、NATOは学術、産業など各種ステイクホルダーが集い、ウォーゲーミングの普及、発展を図るウォーゲーミングの国際会議を主催するなど、ウォーゲーミングの活用のみならず、その発展や改善についても切磋琢磨に努めている[18]。

 「ハンドブック」は欧州の安全保障、特にNATOの集団防衛の枠組みの文脈に位置付けられたウォーゲーミングであることから、インド太平洋地域のとりわけ日本の国情などを考慮した場合、どの程度適したものかは今後の検討を要する。しかし、「ハンドブック」の説明するウォーゲームの手引きを概観するだけでも、これまでに日本で行われてきた各種シミュレーション等について、それらがどの程度客観的なものであったのか、成果を次の議論に反映できているかなど、多くの示唆を得ることができるのではないか。

 また、「ハンドブック」はウォーゲームの定義について述べたものでもあり、改めてこれを概観して言えることは、“Safe-to-fail”言い換えれば「安全に失敗してみること」という要素が極めて重要ということである。何故ならば、ウォーゲーミングは安全な環境下でプレイヤーが否定的な結果を恐れず、その時々に最善の判断に基づく決定をして、一連の決定やその潜在的な結果を探求することを可能とするツールだからである。日本も急速な発展を見せる欧米諸国のウォーゲーミングに追い付き、また、それを追い越すように切磋琢磨に努めなければならない。日本は日本に適したウォーゲーミングを発展させることによって、地域の情勢変化に柔軟に適応し、自国とその周辺を取り巻く地域の安全保障により積極的に寄与することができるのではないか。

1 NATO, “NATO Wargaming Handbook,” 2023.

2 Ibid, p. 1.

3 Ibid.

4 Ibid, p. 8.

5 Ibid.

6 Ibid, pp. 18-19.

7 Ibid, p. 31.

8 Ibid, p. 32.

9 Ibid, pp. 35-36.

10 Ibid, pp. 38-39. また、実施管理の項目におけるファシリテーターの説明を参照すると、ファシリテーターはゲームの進行方法、コミュニケーションなどに関する質問に答えられる必要があり、また、ゲームディレクター(全体の管理責任者)は、プレイヤーが特定の決定を下すようにファシリテーターが「誘導」していないかを確認する必要があるとある。Ibid, p. 41.

11 Ibid, p. 42.

12 Ibid, p. 45.

13 Matthew B. Caffrey Jr, "On Wargaming" (2019). The Newport Papers. 43. pp. 220-237.

14 The White House, Indo-Pacific Strategy of the United States, February 2022.

15 Office of the Under Secretary of Defense (Comptroller), Department of Defense Budget Fiscal Year (FY) 2022, Pacific Deterrence Initiative, May 2021.

16 阿久津博康「特別寄稿(ウォーゲーミングの動向):米国の太平洋抑止構想に見るウォーゲーミングの新展開―日本もこの意思決定ツールを大いに活用すべし―」2022年09月22日。

17 UK Ministry of Defence, “Wargaming Handbook (2017).” Development, Concepts and Doctrine Centre.

18 NATO, “NATO’s Wargaming Initiative 2023 Concludes, with Expert Participation from Academia, Industry, and Additional Stakeholders throughout the Alliance,” June 28, 2023.

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