論考

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2022/09/22

特別寄稿(ウォーゲーミングの動向):
米国の太平洋抑止構想に見るウォーゲーミングの新展開
―日本もこの意思決定ツールを大いに活用すべし―

阿久津 博康
笹川平和財団特別研究員/平成国際大学法学部教授

はじめに:意思決定のツールとしてのウォーゲーミング(wargaming)の新展開

 世界の主要国では、ウォーゲーミングは意思決定の重要なツールである。この場合のウォーゲーミングは英語表記である“wargaming”の日本語表記である。英語では従来“war gaming”や“war-gaming”という表記法も多いが、近年ではウォー(war)とゲーミング(gaming)とを切り離さないウォーゲーミングという表記法が一般的になりつつある[1]。そのウォーゲーミングは、2014年にオバマ政権下で開始された第三の相殺戦略(The Third Offset)を契機に米軍、北大西洋条約機構(NATO)、そしてファイブアイズ(Five Eyes)諸国でも有用な意思決定のツールとして再び脚光を浴び、これまでの研究およびAIの発達に代表される技術革新を取り入れながら、日本では想像できない程のレベルとスピードで発展している[2]。また、英米の民間のシンクタンクでも頻繁に実施されるようになっている。特に現在では、昨年(2021年)来の中国による台湾への軍事的圧力攻勢および本年(2022年)2月以降のロシアによるウクライナ侵攻等、国際情勢の急激な変化を反映し、ウォーゲーミングの契機やシナリオには事欠かない程である。

 勿論、ウォーゲーミングは冷戦期も冷戦後も何度か流行り廃りの波を経てきたが、この数年の注目度は少し違う。というのは、米国のウォーゲーミング専門家たちがこれまで声高に主張してきた「研究のサイクル(The Cycle of Research)[3]」が米軍の意思決定過程の中で機能し始めている兆候が顕著になっているからである。そして、それは米国の同盟国である日本の安全保障政策にも大きな影響を与えつつある米国のインド太平洋戦略(Indo-Pacific Strategy)[4]および太平洋抑止構想(Pacific Deterrence Initiative)[5]の中にも垣間見ることができる。本稿ではこのことについて簡単に紹介する。

太平洋抑止構想に表出した「ウォーゲーミング分析」

 米国のインド太平洋戦略には、同戦略履行のために今後1年~2年に追求するインド太平洋行動計画(Indo-Pacific Action Plan)が規定されている。この計画の3項目目として「抑止強化(Reinforce Deterrence)」が盛り込まれ、太平洋抑止構想は海洋安全保障構想(Maritime Security Initiative)やAUKUSとともにその項目に括り付けられている[6]。2022年会計年度の太平洋抑止構想そのものは2021年5月に公表されており、現在進行中である。また、2023年会計年度版も本年(2022年)4月に公表済である[7]。

 ここで本稿が読者の注目を喚起したいのは、2022年会計年度の太平洋抑止構想にある「ウォーゲーミング分析(wargaming analysis)」という言葉である。同構想は米国防省が対中抑止戦略を履行するために全省全軍を挙げて企画する各種プログラムの予算配分を明示した文書であり、「ウォーゲーミング分析」は「演習、実験、イノベーション」(総額1億5000万ドル)の中の海軍省が担う4000万ドルが配分される大規模実験の統合演習計画への導入、統合シミュレーションおよび訓練能力、太平洋戦闘センター(Pacific Warfighting Center)の改善、各軍訓練・演習ネットワークの統合等の計7項目の1つとなっている[8]。但し、「ウォーゲーミング分析」そのものが実際にどれだけの予算を受け取っているかは明らかにされていない。

 では、ウォーゲーミング分析とはどのようなものであろうか?ウォーゲーミング分析とは、特定のウォーゲームの実施により「何ができるか」が明らかにされた後、主に「それを実現するために最善の方法は何か」を明らかにするためになされるものである[9]。実際に軍隊を動員して行う演習(field exercise)はこうして得られた最善の方法案を検証するためのものであり、訓練(training)は最善の方法を学びそれに習熟するために行われる。このように、ウォーゲームの実施・分析⇒演習⇒訓練、という一連の過程は「研究のサイクル(Cycle of Research)」を描く。図1は、ウォーゲーミング関連の文献で頻繁に引用される「研究サイクル」の代表例である。

図1 研究のサイクルの1例

図1 研究のサイクルの1例

(出所:Peter Perla, The Art of Wargaming, 1990, p. 288)

 また、太平抑止構想が想定しているウォーゲーミングの主題およびシナリオは、同構想の目的である中国によるマルチドメイン脅威への対応を前提とすれば、そうした脅威をめぐる米国および日本を含む同盟諸国・協力国(台湾を含む)とレッドチームたる中国との「戦争(war)」に関するものとなる。勿論、マルチドメインの脅威が対象であれば、この場合の「戦争」は純軍事的なものだけでなく、非軍事的な要素を含むであろう。

 なお、本年4月公表された2023年会計年度版の太平洋抑止構想には、ウォーゲーミング分析は明示されていない。同構想の「演習、訓練、実験、イノベーション」には「短期的不測事態および将来戦闘の潜在的シナリオでの訓練」が盛り込まれているので、恐らく2023年には本年度末までに実施される各種ウォーゲームの結果を受けた分析の結果に基づいて各種訓練が実施されるということであろう。即ち、米国は既にインド太平洋における対中抑止に関する複数のウォーゲームを実施しつつ、来年の訓練に向けて分析を進めているということであろう。

日本への示唆:「研究のサイクル」を構築に向けて

 日本を含む米国の同盟諸国は、当然こうしたウォーゲームに参加することとなる。よって、米国が構想し主導する各種ウォーゲームで様々な学習をすることになる。これは日米同盟および他の同盟諸国との相互運用性を向上させることになり、大いに意義深いことであることは間違いない。しかし、問題は、日本が独自にウォーゲーミングを企画し、特定のウォーゲームの構想・実施⇒分析⇒演習⇒訓練という論理一貫した「研究のサイクル」の構築ができているのか、あるいはできるのか、ということである。

 正確にいえば、米国においてさえ、こうしたサイクルを機能させるための具体的な動きが見え始めたのは、比較的最近のことのようである。他方、太平洋戦争後、ウォーゲーミングに関して必ずしも長年に亘る研究や組織的活動の蓄積がない日本の場合、米国のような「研究のサイクル」を構築し、機能させるまでには、より多様かつ膨大な課題が山積しているのではないだろうか。欧米の大学や学会ではウォーゲーミングに関し博士号や資格を授与するプログラムも設置されつつある。ウォーゲーミングの専門能力を有する軍のOBには、大学等教育機関、防衛企業、コンサルタント会社、シンクタンクでその専門性を活かす機会が与えられている。しかし、日本にはこうした環境が形成される素地そのものが欠如している。

 日本周辺を含むインド太平洋で核兵器が使用される可能性が否定できなくなっている現在、日本は米国および他の米同盟諸国や安全保障協力国と協力を強化しなければならない。こうした協力の一環として、日本はウォーゲーミングにおいてもこれら諸国の水準に早急に達する必要があろう。尤も、これは「研究のサイクル」の構築以前の課題なのかもしれないが[10]。

結びにかえて:ウォーゲーミングに真摯に取り組むべき時

 日本は、例えば米空軍主導の「シュリーバー演習」に参加している。しかし、同演習の原語は“Schriever Wargame”である[11]。どう考えても、wargameを演習と和訳するには無理がある。日本が伝統的に使用している机上演習や図上演習という用語はtable top exercise(TTX)の和訳であり、しばしば使用される政策シミュレーション(policy simulation)という用語も必ずしもwargameを直截的に意味するものではない。今や、ハイブリット戦(hybrid warまたはhybrid warfare)という用語も普及し始めている。「戦争」の意味がかつての総力戦(total war)という用語と同様に、純軍事のみならず非軍事をも含むものに回帰しつつある現在、もはやウォーゲーミング、ウォーゲームという表現を回避しようとする姿勢は、グローバルスタンダードから益々乖離するものと思われる。勿論、最近は現下の情勢変化を受けて日本の民間シンクタンクでも「政策シミュレーション」が行われていることが報道されるようになり、誠に歓迎すべき傾向になりつつある。しかし、筆者の個人的ケースで恐縮であるが、必ずしも第二次世界大戦後の日本の防安全保障をめぐる思想・言論傾向に明るくない米国のある若い友人から、「日本は邦人救出のことばかり考えているのか、逃げることしか考えていないのか」という趣旨の質問を受け、かつての集団的自衛権の行使の問題をめぐる長年の悶々とした停滞状況が想起された。現在のグローバグスタンダードでは、日本に同情的な反応、または日本にとって都合の良い理解を示してくれる姿勢はもはや期待できないのだと痛感する。

 時代は変わったのである。欧米はウォーゲーミングを単発のイベント、または毎年恒例のショーとして扱うのではなく、論理一貫した「研究のサイクル」の中で真摯に機能させようとしている。それは具体的な脅威が益々顕在化しているからである。情勢は変わったのである。今や、日本もより真摯にウォーゲーミングに取り組むべき時である。

1 次に示す近年の英米の専門書の表題からも明らかである。UK Ministry of Defence, Wargaming Handbook (Swindon, Wiltshire: The Development, Concepts and Doctrine Centre, 2017); Graham Longley Brown, Successful Professional Wargames: A Practitioner’s Handbook (The History of Wargaming Project, 2019); Jeff Appleget, Robert Burks, Fred Cameron, The Craft of Wargaming: A Detailed Planning Guide for Defense Planners and Analysts (Annapolis, Maryland: Naval Institute Press, 2020); Matthew B. Caffrey Jr., On Wargaming: How Wargames Have Shaped History and How They May Shape the Future (Newport, Rhode Island: Naval War College Press, 2019)等。

2 欧米のウォーゲーミング界の動向については、例えば次を参照されたい。阿久津博康「ウォーゲーミングのエピステミック・コミュニティの現況」『NIDSコメンタリー』第110 号 2020 年 1 月 23日.

3 Peter Perla, The Art of Wargaming (Annapolis, Maryland: Naval Institute Press, 1990), p. 288を参照。

4 The White House, Indo-Pacific Strategy of the United States, February 2022.

5 Office of the Under Secretary of Defense (Comptroller), Department of Defense Budget Fiscal Year (FY) 2022, Pacific Deterrence Initiative, May 2021.

6 Indo-Pacific Strategy, 2022, p. 15.

7 Office of the Under Secretary of Defense (Comptroller), Department of Defense Budget Fiscal Year (FY) 2023, Pacific Deterrence Initiative, April 2022.

8 Pacific Deterrence Initiative, 2021, p. 3.

9 Phillip Pournelle, Improving Wargaming in DoD, Connections US 2016 (August).

10 実は、日本の旧海軍には日露戦争に向け兵棋演習⇒図上演習⇒海上演習という一種のサイクル的思考法が機能していた時期がある。これについては、例えば次を参照されたい。阿久津博康「フレッド・ジェーンの海軍ウォーゲームと日本帝国海軍将士たち」『NIDSコメンタリー』第139号 2020年10月13日.

11 防衛省「多国間机上演習等への参加について」、2017年10月16日。

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